走る、走る、走る走る走る!
後ろからゆっくりと近づいてくる虎眼の親父の気配を感じながら、オレはひたすら屋敷を走り続ける。廊下を走ることですれ違う女中さんの驚き顔と、刀を片手に歩く親父を見て悲鳴を上げる声が後ろへ流れていく。
ごめんよ女中さん、あとで謝るわ!
そのまま道場の戸を開き、視線を向ける。壁に立てかけてある木剣、槍、そして刀!
「裕次郎!」
「牛のおっさん、説教はあとだ!!」
オレは立てかけてあった刀を手にして、抜き放つ。唐突な道場での凶行に一切動じることなく、先日はオレに倒された面々が畏れることなく、すぐに木剣や槍、刀を手にして臨戦態勢に入ろうとしていた。
さすが虎子たち、先日敗北しても、一切の恐れなく向かってこようとしてくる姿に、正直怖いと思った。
だが、それどころじゃない!
「虎眼の親父が来る!!」
オレの言葉に一瞬、道場の全員がフリーズしたが、すぐに意味を理解すると道場の入り口に目を向けた。
そこには、すでに抜き放たれた刀を持つ虎眼の親父の姿が。
目はハッキリとしており、曖昧な状態ではなく、確かな意思でオレを斬ろうとする殺気が漲っている。
なのに、目は穏やかな笑みを浮かべていた。
「せ、先生」
「権左」
牛のおっさんの困惑した言葉に、親父が言った。
「他のものたちを道場より遠ざけよ。ここに残って良いのは、権左のみ」
牛のおっさん……いや、牛股師範はこの言葉の意味を瞬時に理解した。
虎眼流印可を受けた牛股師範だけがこの場に残って良い、という言葉の意味。そして、オレと虎眼の親父が刀を片手に道場にいるその理由。
ふと目を向ければ、そこには同じように木剣を持ちながらも集団の外側にいた、源之助アニキと伊良子の兄者の姿が。
二人ともオレから目を背け、いたたまれないって顔をしてた。
今は無視だ、今はただ、虎眼の親父を退けて叩きのめさねばならぬ!
「野次馬がいるとやりにくいってか!? 関係あるかぁ!」
今がチャンス!!!!! とばかりに斬りかかろうとした俺だったが、牛股師範というか牛のおっさんが虎眼の親父の前で両手を広げて立ち塞がる。
思わず刀を止めたオレが叫んだ。
「どけ、牛のおっさん! オレは」
「先生は他のものを遠ざけよと言った」
冷たい声だった。
「皆よ、道場より出よ。これは虎眼先生の命である」
冷たい声で、感情のない無表情。
ああ、牛のおっさんの傀儡のような顔ってのはこういうことか。三重ちゃんが絶望するのもわかる。きっと、源之助アニキもこんな顔をしてたんだろう。
昨日。
雪の降る、あの夜。
きっとみんな、こんな顔をして三重ちゃんを押さえつけてたんだろう。
オレは改めて、このシグルイという世界がどれだけ厳しい世界なのかを突きつけられた。