「おい、おい! アニキ、アニキ、大丈夫か!?」
悪童藤木源之介を倒したオレは、急いでアニキに駆け寄る。倒れたアニキの頬を軽く叩いて呼びかけ続けた。
「……ぅ」
すると、僅かに呻き声を上げた。幼い体の源之助くんは相当な暴力を受けたようだが、オレが駆けつけるのが速かったおかげか、目を覚ましたようだ。
確か原作漫画だと夜中に目を覚ましたはずだから、まだ軽傷で済んでいたのかもしれない。
それでも、顔には殴られた跡と口の周りには馬糞が付いたままだ。痛々しい姿をしている。
「……」
アニキは目を覚まして周囲を見て、倒れた悪童藤木源之介を見る。
そして、オレの顔を見た。
「安心しろ、アニキ。あいつはオレがぶちのめした。もう調子に乗ること、ねえぞ!」
オレの言葉に、アニキは驚いた顔をした。体を起こし、改めて悪童藤木源之介を見ている。
自分が反撃できなかった相手に対して、オレが倒したことを驚いてるのかな?
大丈夫だアニキ、アニキも数年後には素手で頭蓋骨を割るまでになるから。
大丈夫じゃねぇな……人間凶器じゃねぇか。
それも仕方が無い。全ては虎眼が悪い。虎眼 is Devilなのだ。
さて、これからのことを考えねば。オレはアニキに肩を貸して立ち上がらせる。
アニキは何気にボロボロだ。原作で起き上がったのが夜中なのも、ダメージのせいかもな。
「アニキ、あいつは一応ぶちのめすにはぶちのめしたが、これからが大変だ」
「……」
「なんせあいつは
アニキは黙ってオレの顔を見続けた。
「だから、オレはあいつを闇に葬ろうと思う」
「……!?」
「気絶してるからな。このまま川に落として証拠隠滅だ。行方不明になりましたーとか言っちゃおうぜ!」
さらっと殺害宣言してるが、もうこの世界はシグルイ原作なので割り切ってる。良心の呵責とか覚えてたらキリがねぇんだよ!
なので、悪童藤木源之介くんには犠牲になってもらい、源之助アニキは虎眼に連行してもらう。
いや悪童藤木源之介をぶちのめしたのはオレだから、源之助アニキは虎眼に連れて行かれないか?
だが虎眼なら必ず源之助アニキを連れて行くと確証がある。
アニキには才能がある。
ただ人と接するのが苦手なだけだ。運動神経の才能のバケモノだからな。
その苦手のせいで原作では悲惨過ぎることになってるからな!
「じゃあさっそく」
「うぅ、う、ふざけるなぁ!」
突如として上がった叫び声。慌ててそっちを見ると、なんと悪童藤木源之介が立ち上がってやがる!
何気に片手を押さえて痛がってる。あれは確か、オレが脇差しを抜かせないように柄尻を蹴ったとき、柄を握ってた手だ。
今まではアドレナリンどばどばで気づかなかっただけで、折れてたのかしれないな。
「こ、ころ、殺すだと!? 百姓が、士を!?」
「だって、お前はやりすぎたんだもん」
オレをバケモノのをように見る悪童藤木源之介に、しれっとした顔で答えた。
「女の子の尻に枝を刺すわ、与一の頭に石を落とすわ、アニキに暴力を働くわ。
お前は害獣だよ害獣、畑の作物を奪ってく猿と同じ」
「さ、ささ、さっ!???」
「害獣はさっさと弓で射殺して、食えるなら食って食えなきゃ皮を剥いで埋めて終わりっしょ?
お前は食えないし皮を剥いでも金にならん。安全のために捨てた方がよくね?」
倫理観皆無の言い方だけど仕方ねぇじゃん。原作を読んでたときもそうだけどさ、実際に目の前にするとマジで害獣か外道だよ。
矛先がまたアニキに、または家族に向かったら? オレに向かってきたら?
だから殺さないとダメじゃん? もうオレはシグルイ世界に来たときからある程度は人を殺すことを覚悟してたから、これが最初ってだけだよ。
だが悪童藤木源之介くんはそうでもないみたいだな。恐怖で震えてる。
「ということで、すまんがオレたちの平穏な暮らしのために死んでくれ」
「し、っしし、死にたくなっ」
「じゃあ今まで傷つけたきた村のみんなに、村のみんなの前で土下座して謝れよ。『調子に乗ってごめんなさい、もうしません』ってさ?」
オレはハッ、と軽く笑い飛ばして言った。
「できねっしょ? そんな恥知らずなこと」
よくわかんないけど、
だから、無理だろうなって話だ。なので、とっとと川に流して終了させてやる。
悪童藤木源之介は震えていたが、突如として顔を真っ赤にしてツバを吐き散らし、こっちに突っ込んで来た。腕を滅茶苦茶に振り回しての突貫。
「ふざけるなー!!! 死ねぇ!!」
「死ぬのはてめぇっ、!?」
だ、と言って返り討ちにする前に、源之助アニキが前に出た。
源之助アニキは悪童藤木源之介の振り回される腕を、片手で手首の部分を掴んで止める。
一瞬の間に肘にもう片手を添え、一気に折った。
「ひぎ」
悲鳴が上がる前に、次は左膝への前蹴り。膝関節がへし折れる。
崩れて倒れるところ、もう片手を出して抵抗しようとした悪童藤木源之介。
源之助アニキはその手を掴み、手首を一気に手の甲側に折り曲げて骨を砕く。
最後に飛び、倒れた悪童藤木源之介の右膝を踏み潰して、膝の皿を割る。
一瞬。
一瞬にして、悪童藤木源之介の四肢を折り砕いて割ってしまった。
「は……っ?」
オレは呆然としてその光景を見ていた。
確かにアニキには武の才能がある。運動神経はピカイチだ。
でも、でもこんなに強かったのか、アニキは!?
「お前は」
アニキの口から言葉が出た。アニキは悪童藤木源之介の髷を握る。
「いいたいいいいたいちあたちあたったっったいたたいたいたいたい!!??」
「裕次郎を殺そうとした」
え、アニキってそんなに流暢に喋れたの?
「だから、」
ぐ、とアニキの腕に力が籠もる。
そのとき、オレは見た。
アニキのボロ服の裾から見えた背中が、常人のそれよりも遙かにハッキリとした形で浮き上がり、さらに隆起していくのを。
「お前がそうなれ」
オレは、原作再現を見た。
目の前でアニキが、悪童藤木源之介をボロ雑巾のように振り回す姿を。
最初は髷を握って振り回し、悪童藤木源之介の体を真上に振り回してから地面に叩きつけた。
その衝撃で悪童藤木源之介の肋骨が砕ける音と、髷がちぎれた。
次に足を掴んで、さらに振り回して地面で悪童藤木源之介の顔面を削る。
血が、髪の毛が、服の破片が、そこらに散らばった。
強い。
強いなんてもんじゃない。
「あ、アニキ、アニキ!! 源之助アニキ!」
正気に戻ったオレはアニキの名前を名前を呼んだ。
最後に地面で悪童藤木源之介の背中を削ったアニキが動きを止めた。
悪童藤木源之介と呼ばれた何かが、血だらけで誰だったのか判別できない肉の塊と化していた。
「……」
「アニキ、もういい、もうっ、もういい……オレの腕を折られた恨みは、もう、アニキのおかげで消えたから、だから、もういい。ありがとう」
声が震えてた。必死に押さえてたけど。
怖い。アニキが強すぎて怖い。
怖いが、同時に格好良いと思っちまった。
圧倒的に暴力と実力は、なんとかっこよくて美しいかと。
いや、それはいいから。あとでいいから。
「アニキ……これ、どうしよう……証拠隠滅できない……」
「……? ……!」
落ち着いた源之助アニキが周囲を見た瞬間、周囲の惨状に気づいたらしい。
周囲は悪童藤木源之介だったものの肉片と血しぶきでめちゃくちゃになり、悪童藤木源之介だったものは顔面の判別が出来ないほどに破壊され、着ていた衣服はボロ衣になって周囲に散らばっていた。
惨状だよ、スプラッター映画だよ!
思わず吐きそうなくらいにやべぇぞ!
「えと……と、とりあえず、その、遺体は川に」
「お前たち!? な、何をやって……きゃああああああああ!!!?」
後ろから聞こえた絶叫に振り返ると、なんとお袋が立っていた。多分、オレを追って来てたんだと思う。
どうする!? 確か原作だと、源之助アニキが髷を持っていったことで、吊されることになるんだ。そして、虎眼に拾われる。でも、あれは一晩経った後の出来事だ。
具体的にあと何日後に虎眼が来るかわからない。
下手したら、虎眼が来る前にアニキが吊されたまま死ぬことになる!!
「いや、お袋、これは」
「なに、何を、したんだいあんたたち!?」
お袋は発狂したままオレたちに近づいてくる。
逃げるしかない。
オレの頭に逃走の二文字が浮かんだ瞬間、源之助アニキがオレの前に出た。
「あ、アニキ?」
「……」
源之助アニキは何も答えないまま、発狂しながら近づいてくるお袋の前に出る。
そして、差し出す右手。
握られていたのは、悪童藤木源之介の髷。
「あいィ…」
それを見たお袋が、素っ頓狂な呻きを発しちゃった。
あ、もうダメだ。
「それは、まさか、お士様を、お前が!?」
このままだと、アニキが吊される。そのまま殺されてしまう。
それは、いけない。
こんな幼い源之助が、吊されてボコられて虎眼に連れていかれる。
くっそ、人生計画が崩れちまうな! オレのお人好し具合はバカだ!
「待ってくれお袋!」
オレは源之助アニキの手から髷を奪い取り、お袋の前に出た。
アニキは驚愕の顔を浮かべてオレを見た。いつもは無表情の顔に、明らかな感情が浮かぶ。
「お、オレがやったんだ! アニキが襲われてたから、オレがあいつと戦って、その、殺した!」
「いぃいいぃッィ……」
お袋。その頓狂な呻きは止めてくれ。笑えてくる。
「アニキはオレを庇おうとしたんだ! それで、その、全部の責任はオレのせいだ! だから、もし、その、士に突き出すならオレにしてくれ!」
「う」
お袋は白目は剥いて気絶した。
どうやらショックが強すぎたらしい。
結局。
オレが白状した(殺したのはアニキだが殺そうとしたのはオレも同じ)ので、親父によってボコボコにされて木に吊し上げられた。裸にされて逆さ吊りだ。
二刻もすれば血管が破裂して死ぬ。
はずなのだが、翌朝になってもオレは生きてた。
「やはり、オレの体には即死以外では死なないチートがあるらしいな……」
逆さ吊りのまま、オレは平気な顔をして呟く。正直、この時期に裸にされると寒くて仕方がねぇ。
仕方がねぇが、親父たちが無礼討ちで殺されるのを避けるって言ったって、寒いのはつれぇな。
「ということで、だ。アニキ、そろそろ帰れ」
「……」
逆さ吊りのまま、木の下にいるアニキに呼びかける。アニキは木の下で、オレと一緒にやった格闘技の型を黙々と繰り返している。
どうにも昨日からアニキはオレの側を離れようとしない。一度夜中になったら帰ったが、早朝になったらまた来た。
やってるのは、ひたすら木の下で型稽古。話しかけても反応がねぇ。
オレはそれをボーッと見ているが、明らかに動きがよくなっていくアニキの型のキレは、見ていておもしれぇや。
「たくよぉ……死なねぇんだからそろそろ下ろしてくれねぇかなぁ…………っ!?」
突如、背筋に寒気が奔った。
そっちへ視線を向けると、笠を被った男が立っていた。腰には大小を刺していて、立ち姿に隙が無い。
何よりも、笠を抑える右手の指が六本。
「あ、やべ」
忘れてた。一晩明けたから、そろそろ来るんだってことを。
アニキはオレの前に立つようにして構えた。
「……どちらが藤木右京太夫が一子を士果たした童だ」
底冷えするような声で質問される。
作中屈指の狂人にして作中最強格の剣士。
将来、精神が魔人となるも伊良子に負けた、源之助の師匠。
岩本虎眼。
出会いたくなかった、シグルイ世界の代表とも言うべき人物が立っていた。