シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第八景・獣 異聞譚 裏面 その二

 そして迎えた、寛永(かんえい)元年(がんねん)師走(しわす)

 

 雪が降る夜にて、虎眼流道場では稽古納めが行われていた。

 門弟達が隅に座り、上座には虎眼と三重、側には牛股が侍っている。

 

 その中央にて向かい合うは、虎眼流師範代の藤木源之助。同じく伊良子清玄である。

 二人は座した状態より、向かい合う。

 

 源之助は太刀を担ぎ、伊良子は無手である。そして丹田の前に両腕を十字にして構えていた。

 

 源之助の視線が強まる中、伊良子の視線は胡乱である。しかし、それは曖昧な虎眼のそれとは違い、視線から気の起こりや力みを悟らせぬための虚ろ。

 気が高まり、そして。

 

 源之助の太刀が閃く。ひゅ、と軽い風切り音。

 それより一瞬速く、伊良子の両腕が動いた。源之助の太刀……流れが伊良子の側頭部を狙う。

 

 伊良子は尚も虚ろな瞳のまま、構えた手にて太刀を挟み止める。

 ビシィイイイン、という強い拍手音が鳴った。

 門弟一同……いや、一名を除く中で、二人は演武をやり遂げた形となる。

 

 虎眼流の稽古納めには、恒例として無刀取りの演武が行われる。

 この年の演武は、源之助と伊良子の二人によってなされた。

 源之助は後ろ手に太刀を持った形、二人して跪座(きざ)のまま、礼を行った。

 

 ちなみにこの演武、本来は藤木裕次郎を太刀、宗像(むなかた)進八郎(しんぱちろう)を受け手にして行われるはずだったのだが、裕次郎が「やだ! 用事があるからパス!」というよくわからない言葉を吐き、虎眼に殴られながらも逃亡をしたので、やむなく二人に任された、という経緯がある。

 

 それはそれとして、このときの虎眼は曖昧な状態であると思われる。

 この場に裕次郎がいないことはもちろんのことだが、そも曖昧になる周期が来てしまっているのだ。

 だが、虎眼は立ち上がった。

 

「先生……」

「お父上……」

 

 牛股と三重が驚愕する。曖昧と思われた虎眼が、明確な意思……のようなものを感じさせるように動いたからだ。

 

 そして、三重の襟首を掴む。

 

 源之助も、伊良子も、牛股も、他の門弟たちも、誰も動けなかった。

 当主が何かをするとき、それを咎められる立場になどいないからだ。

 

 虎眼はそのまま涎を流しながら三重を引きずり、源之助と伊良子の前に立つ。

 

「み、三重どの……」

 

 牛股より心配の言葉が零れる。老境に入っているとはいえ虎眼は達人である。

 その膂力など、並大抵の男はもちろんのこと少女が抗える余地などあるわけがないのだ。

 

 虎眼はそのまま、源之助と伊良子の前で周囲を見渡す。視線は虚ろでどこにも焦点があっていない。なのに、首だけはぎょろりと周囲へ向けられるのだ。視線は向けられぬが顔が向けられるだけで、門弟たちは震え上がる。

 

 虎眼はそのままふぅ、と溜め息を吐いたあとに、伊良子の前に三重を投げ出した。

 伊良子の胸のうちに投げ出され収まる形となった。

 

「た、種ぇ……」

 

 虎眼がそう言いながら、再び周囲をじろり、ぎょろりと見渡す。

 うー、あー、と言葉にならぬ言葉を吐き続けていた。

 

 三重が顔を上げて伊良子を見たとき、その顔は実に凜々しくはあった。

 

 だが、これが裕次郎であれば、とも思わなくもなかった。

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