シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第九景・傀儡 異聞譚 裏面 その二

 三重は天井を見上げている。

 虎眼流道場の冷たい床に、屈強な男四人がかりで手足を全力で押さえ付けられている形だ。

 門弟と高弟たちにより無理矢理着物を剥ぎ取られ、襦袢一枚で床に貼り付けられたその姿は、まるで子供に弄ばれる前の蛙のようであった。

 両手両足を全力で押さえ付けられた痛みはあるが、三重にとってはどうでもよいことだ。

 

(傀儡……)

 

 三重はすでに、諦めていた。

 

(男はみな傀儡)

 

 お家のためとはいえ、ここまであからさまな扱いを受け、さらには玩具のようにされれば怒りはおろか、笑いすら出てこない。

 無表情のまま、三重は天井を見る。

 

(三重は産むための道具。産まれてくるのは蛭子)

 

 男児であろうと女児であろうと、産まれてきた子は父親の意向に従わねばならず、当主となったものの命令に従うために意志をなくすことになり、世代交代をしても続く。呪われたお役目からの解放はない。

 いずれ傀儡になるであろう子ならば、蛭子と呼んでも変わりはないではないか。

 

「い~」

 

 父親、虎眼の呻き声が聞こえる。ボタボタと涎が落ちる音すらも聞こえた。

 

 す、と伊良子が動く音が聞こえる。

 不思議と、左腕を抑える手が震えていることに気づいた。伊良子の動きと同時だ。

 確か……左腕は源之助が抑えていたはずだが、と視線を向けた。

 

 泣きそうな顔のまま、鼻血を流していた。

 

 先ほど必死に隠した顔を、もう隠せぬままに露わにしているのだ。

 頭上の方にいる牛股の顔はいつもと同じだが、眉間に僅かにだが力が籠もっているようであった。

 

 三重がそれを考える前に、伊良子が動き……止まる。

 何をするつもりかはわからぬが、逡巡しているのか? とも思った。

 三重の方からでは足下のことなので、押さえ付けられている状態では見ることすら叶わない。

 だが、伊良子は動かなかった。

 

 かしゃり、と音が鳴る。

 

 幾度となく聞いた、父親が鞘から剣を抜かんとする音。

 伊良子は何か溜め息を吐き、そして、

 

 三重の股ぐらの間に、体を入れてくる。

 

 怖気立つ感覚だった。そういうこともある、と思っていたものの、その相手が父親の意志とあれば傀儡となるような男であれば、嫌悪感が先立つ。

 

 このまま三重は、望まぬまま蛭子を孕み、蛭子を産み、蛭子を育て、蛭子のまた子である蛭子を見ることになるだろう。

 そこまでくれば、もはや三重の中にある意志は固まる。

 

 死のう――。

 

 ――舌をかんで死のう。

 

 ――裕次郎様。おさらばです――。

 

 三重は己の奥歯に舌を挟み、力を込めていく。死への恐怖と生から来る絶望の狭間で、三重は懊悩を繰り返した。その間にも、伊良子は股ぐらの奥へ、乙女の秘所へと迫る。

 覚悟をせねば、だがしかし、と無限に繰り返し続け、とうとう内太股に伊良子の体が触れる。

 

 ぐ、と三重の顔に力が籠もった。

 逡巡してる暇はないと言わんばかりに。

 

 だが、どうだろうか。

 ふ、と。股ぐらにあった伊良子の感触が消えたのだ。

 

「お許したまわりますよう」

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