シグルってたまるか   作:風袮悠介

77 / 110
第十景・簪 類似譚 その一

 寛永(かんえい)元年(がんねん)

 

 雪が積もり、晴れ渡る青空の下で伊良子清玄が歩いていた。

 片手には土産となる箱を携えている。

 

 歩いていると、子供二人が雪だるまを作って遊んでいた。立派な大きさの雪だるまを前にして、伊良子は立ち寄った。

 二人の前で膝を曲げ、伊良子は拾った松ぼっくりを雪だるまに装飾する。

 松ぼっくり二つで、雪だるまに目を飾りつけた形になった。

 

 それを前にして伊良子は満足そうに微笑んでから、伊良子はその場から立ち去る。

 

 ここは逆川に面した貧民集落。年の瀬の賑やかさはここにはない。

 その一つの家に入り、中に上がる。

 布団の中で眠っている女性に、伊良子は話しかけた。

 

「お袋……」

 

 女性……清玄の母の(よう)が体を起こした。

 壮年の女性がにこりと笑っていった。

 

「い、いらしゃんせ〜」

 

 着ていた襦袢をはだけさせる。

 蓉は夜鷹であり、その声は少女そのものであった。

 さらにその頭は七年前より、脳梅に侵されて曖昧な状態となり、今では息子と客の区別すらままならない。故に、こうして誘う(・・)のだ。

 

 伊良子ははだけた襦袢を戻し、蓉の前に手拭いで包まれた箱を差し出した。

 蓋を開けると、そこには銀鐔があった。

 焼餅で中に餡子が詰められた高級菓子である。

 

「いつか死ぬほど食ってみたいと言っていた、もちやの銀鐔」

 

 箱いっぱいにある銀鍔を見て、蓉は「ヒグ……」と声を漏らし、銀鐔に齧りついた。

 次々に銀鍔を喰らう母を前に、伊良子は懐からさらに一冊の草双紙を出した。

 

「あとこれ。卍手裏剣先生の草双紙。お袋、卍手裏剣先生のこの本、好きだったもんな」

 

 伊良子は母の前に出したが、蓉は首を傾げて草双紙を見てから、再び銀鐔に喰らいつく。もう興味は失っているようだ。

 

 当たり前である。蓉は別に、卍手裏剣の草双紙が好きなわけじゃない。

 確かに面白くて読んではいたが、伊良子ほどではないのだ。

 

「……もうじき、三百石の屋敷が手に入る。ぬかるみ長屋とはこれ切……」

 

 す、と伊良子が立ち上がる。銀鐔を食べる、幼児退行した母の後ろへ移動。

 卍手裏剣の草双紙を一瞥して、頭を下げる。

 

(ありがとう、裕次郎。ありがとう、卍手裏剣先生。あなたの思想、主義、その考えは己を救ってくれた)

 

 親に縛られなくてもいい、権力に縛られるのなんてクソ喰らえ、夢を叶えるために頑張る。

 立ち塞がるものは権力者だろうが強者だろうが立ち向かう。

 

 

 それが、たとえ、肉親であろうとも。

 

 ——只今より、清玄の身分は、士にござる。

 

 

 伊良子の腕が、蓉の首に回る。

 

 まるで草双紙に、いや、卍手裏剣に見せるようにして、そして……。




完全にダウン中。
皆様も体に気を付けてくださいね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。