「あ、こっちでーす」
オレはさらっとアニキを売った。アニキはめちゃくちゃ驚いてオレを見ていたが、知ったことか。
まさかここで虎眼とエンカウントするとは思わなかった……! 失敗した、本来はアニキが吊されて虎眼に持っていかれるはずだった。
だが、吊されてるのはオレ。しかし殺したのはアニキ。
すまねぇアニキ、オレのために原作へ連れて行かれてくれ!!
「ふむ」
虎眼はこちらに来ると、アニキの前に立つ。背丈の違いから、見下ろすようにしてアニキを観察していた。
よし、虎眼は原作通りアニキの才能を見つけるな。
「オレたち親に見捨てられてましてねぇ……へっへっへ、アニキは」
「……」
虎眼は腰の刀に手を掛けた。
特徴的な六本指、これがかの徳川に召し抱えられようとしたけど、指を隠したことで出世を絶たれた奴かぁ、と原作ファンとして見ることができて嬉しいぜ。
それが目にも留まらぬ速さで動く。
音も無く閃いた白刃は、オレを木に吊していた縄を断ち切った。
オレが地面に落ちるより早く、納刀される。
「!」
オレは両手両足を縛られていたものの、咄嗟に体を丸めつつ着地の体勢を整えた。
ど、と地面に落ちたとき、振り上げた足の勢いと丸めた背中の動きで、転がるようにして勢いを殺した。
しかし、両手は使えず両足は縛られたことで満足に動かせないから、この受け身が不十分になってしまった。
「いって!」
思わず口から漏れた言葉だった。
「……捨てられた、と言ったな」
「ヒィ!」
あれ? お袋の声? 体をよじって声のした方を見ると、そこには両親がいた。
何故ここに? と思ったが、確かに原作だと吊された源之助アニキの側に両親がいたな。
おおよそ、オレの様子を見に来たってところか。
で、オレは生きてるし
「ならば、この童。いらぬなら貰うぞ」
虎眼は源之助アニキの前に立ち、そう宣言した。
他ならぬ
え? 悪童くんはなんなんだって? 仕方ないんだ、彼は害獣なんだ。そういうもんだと思ってくれ。
「……」
源之助アニキは虎眼を見上げ、コクンと頷いた。
良かった……本来の原作だと、吊されてボロボロだったアニキを助けて、そのまま連れて行ってたからな。今は吊されていないものの、アニキがどう連れ去られるかわからなかったからな。
どうやらアニキは着いて行くと決めたらしい。
よし、これでシグルイ、完!!
オレはこのまま原作からフェードアウトさせてもらうでぇ!!
すまねぇなアニキ、ぐっへっへ!!
「……そこの童もだ」
ふぇ?
「そこの童もいらぬならもらうぞ」
「まままままままま、待って待って!」
なんと、虎眼はオレの方にまで視線を向けて、連れ去る発言をしやがるじゃねーか!
オレは全力で拒んだ。手足が縛られたままだったけど、ビタンビタンと跳ねて拒んだ。
拒むだろ普通はよー。
「オレも捨てられてますけどねぇ! ほら、お
「裕次郎は」
ふぇ?
「裕次郎は、最初にあいつに勝った」
アニキぃ!? なんで虎眼を真っ直ぐに見て言うんだよアニキぃ!?
虎眼は虎眼で源之助の顔を真っ直ぐに見て、ジッと観察していた。
「いや、まぁ、最初に殴りかかったのはオレですけどねぇ!? でも、その、ほら! 最終的に士果たしたのはアニキですんでぇ!! オレはアニキの露払いみてぇな」
「黙れ」
チィィィン。
と、納刀音が鳴ったかと思うと、オレの手足を縛っていた縄が断ち切られていた。
いつの間に、今度は抜刀の瞬間すら見えなかった!
両手両足が自由になったオレだったが、すぐに行動せねばいけない。
このままだと、虎眼とアニキによって原作に引きずり込まれる!!
「縄を断ち切ってもらってあざーすではオレはこれっ!!??」
立ち上がって逃げようとした瞬間、右足首に冷たい感触が覚えた。
咄嗟にその場で跳ねると、なんと虎眼の抜刀がその地点を閃いてるじゃねーかよー。
避けなかったら、足が切られてた!!
「……」
今度の虎眼は、納刀しなかった。抜刀したまま、今度は虎眼流骨子の指の握りを行う。
ヤバい、今度は斬られる!!
「えーと、オレを斬っても面白くねぇっすよ本当に! だからアニキを」
「裕次郎」
ピタ、とオレの体が止まった。
源之助のアニキがオレを真っ直ぐに見て、一言。
「
……はぁ、とオレは大きく溜め息を吐いた。
「アニキがそう言うんなら……わーったよ、逃げないよ! 一緒に行くよ!!」
こりゃダメだ、これは逃げられない。
アニキの目が、原作で伊良子清玄追放直後の牛股が見たあの目になってる。
怖いわ、あの目。怒りとも悲しみとも言いにくい、複雑な感情のそれ。
オレは諦めて、両手を広げて降参のポーズを取った。
「童」
今度は、右手首に極寒の冷気。咄嗟に下げた瞬間、虎眼の斬撃がそこを通り過ぎた。
怖っ!!
「何すんだジジィ!! 殺す気か!?」
「……見えておる喃」
チン、と今度はゆっくり納刀した虎眼は、オレたちに背を向けた。
「行くぞ」
ザッザッ、と歩き出した虎眼。え、マジで? 行かなきゃダメ? オレ?
アニキはアニキでその背に大人しく着いていく。
逃げ……ても無駄だなぁ! ちくしょうあのジジイ! オレが逃げた瞬間に胴を真っ二つにする気だ! さっきからヘソの辺り真一文字に寒気が止まらねぇ! 逃げたらここを斬られそうだ!
「わーったよ! 仕方ねぇ、行ってやるよ! その前に服を寄越せよな服を!」
「生意気な童だ」
ごちん。
虎眼に走り寄ったオレに、なんとゲンコツをかましてきやがった。いってぇ!!
「何すんだジジィ!!! いてぇじゃねぇか!!!」
「……今のは避けられぬか」
「あ? 何か言ったかジジイ」
「じ……っ。……ふん、何でもないわ」
虎眼の顔は、指で笠を深く被り直したせいで見えなくなってしまった。
どういう表情でいたいけな子供に、このゲンコツをかましてやがんだ虐待反対!
あー……でもこの時代にそんな殊勝な奴ねぇもんなぁ。
「アニキ」
「?」
オレはアニキの隣に立って、ニカッと笑った。
「なんか良くわかんねぇし大変だと思うけど、がんばろーな」
そう言うと、アニキは前へ向き直って頷いた。
心なしか、嬉しそうに口角が上がってる気がした。