シグルってたまるか   作:風袮悠介

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二話更新しても許されるはずだ……!


第十二景・篝火 不変譚 裏話

「若先生」

 

 ここは虎眼屋敷の宴会場。

 額と顎に包帯を巻いた源之介が、上座に座る伊良子の盃に酒を注ぐ。

 宴会場の両脇には高弟たちと、掛川藩の役人たちが勢揃いし、妻も伴って参加していた。

 

 良き婚儀の日であった。

 

 酒を口に含み、一気に飲み干した伊良子の顔に、笑顔が浮かぶ。

 とうとうこの日が来たと。

 源之介が平伏すると、隣で妻となる女、三重が口を開いた。

 

「清玄さま。初めてお会いした日より、このようになる日を祈っておりました。裕次郎さまよりも、ご立派になり三重をもらってくれる、今日という日を」

 

 三重の震えるような歓喜の声。平伏する源之介。伊良子は三重の小指に己の小指を絡ませて、この喜びを伝えた。

 それを見た虎眼もまた、笑っていた。曖昧な状態ではあるが、手を振るわせて酒が注がれた盃を口に運ぶ。思わず噛み砕いてしまった虎眼を、隣に座ったいくが甲斐甲斐しく世話をする。

 いくも、伊良子も、微笑んでいた。二人の関係は解消され、良き関係となり、以前のようになったのだ。決して不純なことは、もうない。

 

 そんな宴会場の真ん中では、裕次郎がひょっとこの面を被って踊っていた。

 片手に空の盃を持ち、ひょうきんに踊って歌って場を盛り上げていた。

 

「いやはやめでたい! 伊良子の兄者も、これで立派な虎眼流の跡目だ! 兄者、オレは心から祝うぞ! オレに勝った男だからな!」

「大人しくせんか、裕次郎! ここは婚儀の場であるぞ! 最初は静粛にすると言うたであろう!」

 

 そこを牛股がゲンコツを落とした。凄いいい音が鳴り、ひょっとこ面が落ちた。

 拗ねた顔をした裕次郎が牛股に文句を言う。

 

「何だよ牛のおっさん! こういうお祝いの場であるからこそ! みんな楽しく笑顔でいなきゃダメだろう! オレはそれを演出してる、何も問題はない!」

「まだ神主が祝詞を上げてすらおらん! だいたいお前のそれは念仏踊りだろうが! あまりにも縁起が悪いだろう!」

「え!? そうなの!? なんとなくやってただけだぞ!?」

「知らない状態でやったのが念仏踊りとかふざけるでない! というか何も知らんのに踊るんじゃない!」

 

 そのやりとりを見て、とうとう堪えきれず高弟たちも役人たちも、笑い声を上げた。

 牛股は気まずそうに裕次郎の首根っこを掴んで脇に戻って行く。

 大人しく連行される裕次郎だったが、伊良子を見て笑顔を浮かべた。

 

「お祝い事は、笑顔でないとな! 皆さんも笑って兄者のこれからの幸福を祈ってくだされ!」

「ええい、大人しくせぃ」

 

 もう一度ごちん、とゲンコツを落とされた裕次郎は大人しく脇の席に座った。

 

 そして、そして伊良子の前に、綺麗な着物を着た女性が立つ。

 少女のような声で、涙を流して幸せな表情を浮かべていた。

 

「倅や」

(お袋!)

 

 伊良子は思わず駆け寄った。母親の蓉を優しく胸に抱き、涙を流す。

 

(まだじゃ。今宵は踏み台に過ぎぬ。さらに昇るぞ、己は。どこまでも)

 

 幸せな時間であった。

 

(どこまでも――)

 

 幸せな――。

 

 

 

 

 

どぉん。

 

 

 

 

 放たれた綺羅星により、清玄は再び仰向けに倒れ気絶していた。伊良子の額には、不自然な程に深い、上からの太刀筋である縦一文字の線が残っている。

 綺羅星を峰打ちで受けたことによる痣であった

 そこに源之介が馬乗りとなり、鉄槌打ちにて伊良子の顔面を破壊している。

 握り拳を上から振り下ろし小指の肉厚面で打撃するこの技は、倒れた相手に対しての攻撃としては非常に優秀な類いである。

 

 裕次郎は黙って見ていた。

 高弟たちも、もう目隠しを外してそれを見ていた。

 

 ひたすら伊良子の顔面を破壊し続け、攻撃を続ける源之介の拳はすでに伊良子の血で染まっている。

 トドメとなる一撃。思いっきり振りかぶった源之介がそれを――。

 

「それまで」

 

 打つ前に、虎眼から止めの合図が出される。

 すると源之介がピタリと止まり、立ち上がって退いた。

 

 伊良子の周りに高弟たちが集まり、伊良子の状態を確認する。死んではいない、と確認してから、運び出した。

 

 それを裕次郎は冷めた目で見ていた。

 

「止まらなかったなぁ……伊良子の兄者……」

 

 残念そうに、呟いた。

 

「源之介アニキ……オレは、伊良子をここで殺しちまった方が良かったと思うんだが」

「先生がお止めなされた」

 

 裕次郎の言葉に、源之介は冷静に答えた。

 

「最後は、先生の手でけじめをつけなさる。先生の怒りは先生自身が付けねば気が済まぬのだ。お前が気に病むことでは無い」

「……そうだな。牛のおっさんと、源之介アニキにあれだけ慰められたんだ。これ以上、うじうじしてたら二人に失礼だな。

 あと、やるなら半端に生かすとか止めた方がいい。殺すなら殺した方がいいぞ。絶対だからな」

「その通りだが、それも先生が決めること」

 

 ふ、と源之介は笑った。

 

「それで……裕次郎」

 

 その目元には、僅かに涙がにじんでいた。

 

「行くのか。今日」

「いや、本当は行きたくないけどさ。虎眼流道場に居たいけどさ!? なんか話がそういう風になっちゃったからさ!! 行くしかないよね!?」

「そ、そうか……」

 

 一瞬で涙が引っ込んだ。なんだ、本当は行きたくなかったのか。己が結構苦悩して弟離れをしたというに、弟は兄離れをしておらんのか。ちょっとだけ嬉しい源之介であった。口に出さないが。

 それはそれとして、と源之介は続ける。

 

「でも、行くのだろう」

「うん……これ以上ここにいたら、名残惜しくなっちゃうから」

 

 裕次郎は遠い目をして、伊良子が連れて行かれた神社を見る。

 

「三重ちゃんにも、ちゃんとお別れの挨拶をして旅立つよ」

「どこへ行くのだ。江戸か?」

「最初は江戸にするよ。……本当は駿府でもいいし、なんなら全く違う土地でもいいかなと思ってたんだけど……」

「だけど?」

 

 源之介の問いに、裕次郎は冷たい声で答えた。

 

「あそこでちょっとやることやってから、濃尾と掛川、あと日坂に行けるようなところで道場を建てるよ」

「日坂はダメだ。あの双子がいる」

「そんな感情的に言わなくても……知り合いが近くにいないと心細いし……伝手がないと困るじゃん」

 

 あと、と裕次郎は目を伏せた。

 

「心残りがいくつかある。それをなんとかしたいから」

「心残りとはなんだ」

「……まぁ、おいおい話すよ。それはそうと、だ!」

 

 すでに境内は源之介と裕次郎と虎眼以外おらず、今頃は伊良子の仕置きのために必要な仕込みをしていることだろう。

 残された三人であった。

 

 裕次郎は虎眼の前に膝を突くと、頭を垂れた。

 

「父上。裕次郎はそろそろ行きまする」

「うむ」

「秘剣伝授、ありがとうございました。オレの綺羅星はどうでしたか?」

「良き星であった。よくぞそこまで練り上げた」

「父上の義息子なので、オレ」

 

 ふっ、と虎眼は口元を緩ませた。源之介が初めて見る、虎眼の顔である。

 

「一時の別れです。数年後、道場を建てて弟子を取り、一応の形を整えたら一回帰ってきますので」

「うむ。楽しみにしておくで喃」

「はい。では、行ってきます。あとついでに柳生新陰流の道場に道場破りを仕掛けてコケにして泥を塗りまくって、柳生宗矩に勝ってご覧にいれまする」

 

 虎眼が右手で顔を覆うと、少し肩が震えていた。

 裕次郎がさきほど伊良子にした笑いではない。虎とて、泣くときは泣くのだ。

 

 立ち上がった裕次郎は振り返り、源之介の前に立つと礼をした。

 

「兄上。オレは行きまする」

「応」

「兄上と共に居られて、オレは幸せでした。本当に」

「今生の別れではないのだからその重々しい別れは止めろ」

 

 源之介は視線を逸らした。

 

「どうせ何を言ったとて、一年(ひととせ)もせぬうちにひょっこり顔を出すであろう」

「バレた? なんなら三日後にでも顔を出そうか」

「馬鹿を言うな」

 

 逸らした目元には、もう一度涙がにじんでいた。

 

「……だから、いつでも顔を出せ」

「うん。そうする」

「体には気を付けろ」

「うん」

「無茶をするな」

「うん」

「変な女を引っかけるなよ」

「うん……うん??」

「あと人たらしの癖を抑えろ」

「うぅん??」

「面倒な事件や揉め事を起こすな」

「ちょっと待て、アニキにとってオレはなんだ??」

「揉め事大好きな弟」

「否定できねぇや!!」

 

 はは、と笑った裕次郎が走り出す。すれ違いざまにポンと源之介の肩を叩いて、一陣の風のように去って行った。

 去り際に「くそー! さっさとやることをやって戻ってこないとダメだこりゃ!!」とか言ってたが、まぁ気にすることでもないだろう、と源之介は結論付ける。

 

「さて――」

 

 源之介は振り返って、裕次郎の姿が消えた階段を見る。あっという間に消えた弟の残滓を見るかのように。目元の涙を拭う。

 

「やるか」

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