シグルってたまるか   作:風袮悠介

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42話・男はいつか旅立たないといけないときがある

 オレは失敗した。

 それを酷く実感している。

 やはり、最初の時にさっさと伊良子を殺すべきだったか。

 それとも虎眼への弟子入りから逃げるべきだったか。

 もはや要因となった全ては過去の彼方へと過ぎ去り、残されたのは無惨な未来のみ。

 ここからは、どうやっても不幸な結末にしかならないだろう。

 

 ハッピーエンドが無理ならば、

 せめてビターエンドにしなければならない。

 それが、全てを知りながら決定的な場面で間違い続けた、

 愚かな男の償いだ。

 

 だから、オレは行動を開始する。

 

 

 

 

 

 雪降る夜になってきたな、とオレは白い息を吐きながら走る。

 神社の長い階段を下り、町中を駆け抜けて一気に虎眼屋敷に戻ってきた。

 ふぅ、と一息吐いて歩く。

 

 屋敷の前に三重ちゃんと中間の茂助さんが立っていたから。

 二人はこの雪夜にて外で待っていたわけだ。

 

「はぁ、ふぅ……三重ちゃん」

「裕次郎さま」

 

 三重ちゃんは心配そうな顔でオレを出迎えてくれた。後ろの茂助さんはずっと目を伏せがちにしてオレを見ようとしない。この人は、出会った頃からこんな感じだ。

 まぁいい。三重ちゃんに近づく男に警戒するのがこの人の仕事だしな。

 オレは三重ちゃんの前に立つと、肩に着いた雪を払う。

 

「裕次郎さま、お帰りなさいませ」

「あぁ、うん。ちょっと寄ったよ」

 

 三重ちゃんは花開くような笑顔を浮かべている。

 

「さ、中へ。父上のことで付き合わせてしまい、疲れたでしょう」

 

 オレは答えそびれる。三重ちゃんは今回のことを、親父がオレを連れて面倒事を片付けようとした、くらいにしか聞かされてない。

 伊良子といくさんのことを知らない、わけではない。

 ただなんとなく察してる部分はある。

 

 なんせ、いくさんの胸を破壊して引きずってどこかに行く姿を目撃しているのだから。

 

 本来ではそういう場面を見ておらず、婚約者であった伊良子が秘剣を伝授されて戻ってくると思っていたのに、実際はいくさんと不義密通を交わして裏切っていた挙げ句、そのことで親父から制裁を喰らって何もかもが終わった後に知った。

 だが今回の親父は怒り心頭だ。なんせ、オレから牛のおっさんが伊良子の兄者が他の武家の子女に手を出したことをチクったからな。

 いくさんとの不義密通による浮気に加算して伊良子の大きすぎる不始末だ。

 三重ちゃんの前で隠そうなんてこと、思いつかないほどに怒り狂っていたわけだな。

 

 そしてこの場にオレだけ戻ってきている。

 いくさんが何かをして、その制裁にオレが駆り出された。

 屋敷内の噂から伊良子も加担している。

 そこからは、まあ、男女のことだから、と察してるかもしれないな。

 

 なので三重ちゃんは戻ってきたオレを甲斐甲斐しく世話しようとしてくれている。

 こうして出迎えてくれるわけだ。伊良子に対して、恋心がないから。

 オレに対しては好意があるから。

 

 でもそれを裏切らないといけない。

 

「三重ちゃん」

 

 オレは三重ちゃんに声を掛けた。

 

「オレ、今日からここを出て行くよ」

 

 三重ちゃんの顔が引きつった。口をパクパクさせて、何かを言おうとする。

 

「え、そ、え、出て行く、とは」

「親父も言ってたじゃん? 新しく道場を建てろってさ。それで、まずは江戸に行ってくる」

「そ、そうで……ございますか」

 

 三重ちゃんは明らかに落ち込んだ様子を見せている。後ろの茂助さんは三重ちゃんを悲しませたことに怒り心頭なのか、オレを睨んでいた。止めてくれよ。

 

「まずは江戸に行ってやることをやって、次に濃尾と掛川、日坂に近いところで道場を建てようと思う」

「日坂はダメです。あの双子と泥棒猫がいますので」

「ほんと、舟木の人たちに悪感情を持ちすぎじゃない??」

 

 何なんだろうね、この舟木に対する憎悪というか嫌悪感は??

 まあいいや。ふぅ、と一息を吐く。

 

 大事な話をしよう。

 

「三重ちゃん。改めて言おう」

 

 ほんと、心が重いよ。

 

「オレは虎眼流を継ぐ」

「はい」

 

 三重ちゃんの笑みが辛い。

 

「だが掛川藩武芸師範役岩本家を継ぐことはできない。きみと婚儀は結べない」

 

 全ての好意と誠意を無視して言わねばならない。

 

「オレは、三重ちゃんと一緒にはなれない」

 

 そうしなければ、

 

「オレはキミに相応しくない」

 

 アニキも三重ちゃんもオレも、親父も牛のおっさんも、みんなが不幸になる。

 

 もちろんここで三重ちゃんの手を取ってしまうのもアリだと思う。

 そうして岩本家に入り、数年後にあるかもしれない伊良子の襲撃に全力で対処する。

 仇討ちすら起こさぬようにして、徳川の目に留まらぬようにして真剣御前試合の運命をねじ曲げてしまう。

 そうする手もあると思う。

 

 でも不可能だ。

 

 徳川忠長の暴虐は凄まじく酷い。

 その暴虐が、いつ虎眼流に襲いかかるかわからない。

 いや、絶対にその魔の手がこっちに来るだろう。

 そのときに三重ちゃんを寄越せと言われたら、岩本家は抗えるか? 虎眼流は戦えるのか?

 

 ムリだな。

 不可能だ。

 武家社会の江戸時代である以上、徳川家の威光は凄まじい。

 オレ一人なら反逆者になってでも抗い、山中で隠れ潜んで生きることができる。

 

 出来るが、その場合となると岩本家のみんなと虎眼流関係者全員が反逆者となり、必ず消される。

 武官から文官の時代に移り変わろうとしている時代とはいえ、伊達政宗がまだギリギリで生きてる時代だ、戦国時代の空気を知ってる古強者はいくらでも存在している。

 岩本家という、小さな小さな剣術道場一つで日本全体の大名というか戦国武将と戦うことなぞ無理無謀だ。

 じゃあ江戸に単身攻め入って、徳川家光をぶっ殺すか?

 隠密のように隠れ潜み家光一人を殺すなんぞ。オレならできるだろう。

 

 で、その後はどうする?

 江戸時代を何百年も早く終わらせて、再び戦国時代に戻すのか?

 徳川統治の世の中をひっくり返して、どうなるんだ?

 

 どうもならない。

 世の中が再び地獄になるだけだな。

 

 ここがシグルイ世界からは派生しつつある江戸時代である以上、徳川忠長をどうにかしなければ、岩本家に平穏なんて訪れないのだ。

 そして、三重ちゃんがあいつの魔の手に落ちないルートこそが、駿府城御前試合へ至る道だ。

 

 このルートでは千加ちゃんがあいつに目を付けられてしまうが、それは蝦蟇を殺せば済む……と思う。

 だがこのルート以外では、どのような流れで三重ちゃんに危険が及ぶかわからない。

 

 三重ちゃんに危険が及ばないルートかつ、千加ちゃんを救うために御前試合に至る運命を選ばないといけない。

 

 あぁダメだ、頭がグルグルする。そのルートだと親父が死なねばならない。仇討ちとは、お家の存続が危ぶまれるほど大変なことにならないといけないんじゃなかったか?

 いや、ここで伊良子を殺して目を付けられないようにすればなんとかなるか。

 

 ダメだ。

 どのみち検校がいた。

 あいつが何かしないとも限らない。伊良子がいないと大丈夫かもだが、その場合どうなる?

 

 あるいはオレが犠牲になって忠長を殺して、いや、そうなるとアニキもみんなも連座で殺されるか。

 忠長の目に留まらないことを祈る日々を? そういや牢人者が集まってくるのを忘れてた。牢人者がここら辺で滅茶苦茶なことをすれば必ず虎眼流がそれを討つ。

 集めた牢人者が殺されれば、集めることを命令していた忠長の耳に届く可能性が。

 

 これがオレの失敗だ。

 ここからのルート予測が難し過ぎる。

 どう考えても、もう時間が足りない。

 可能性を探り、それを潰し、ハッピーエンドに至る道を築く時間が足りない。資源も人手も足りない。

 ここから坂を転がるように虎眼流へ不幸が訪れる。

 

 せめて、せめて転がった先がマシなところに落ちつくようにしないとダメだ。

 奈落に落ちるのではなく、崖際であってもギリギリで引っかかって止まるような、そんな終わり方を。

 

 だから、そのために動く。

 一つ一つ、川に石を投げて、少しでも流れを変えるようにしなければ。

 

「そんなことは」

「あるんだよ、三重ちゃん。オレだと岩本家の運営ができない。オレはオレの生き方、動き方しかできない。それを受け入れられる女性じゃないとダメなんだ。キミは岩本家の一人娘、キミと結ばれると、オレは縛られる」

 

 三重ちゃんが泣きそうな顔でオレに縋り付こうとしたが、オレはそれを優しく振り払う。

 ここでオレが彼女の想いを振って、源之介アニキの方へ向かせる。

 そうすれば、ルート予測が出来るようになって、最悪の結末をちょっとだけマシな結末へ導けるかもしれない。

 

 ここで三重ちゃんと結ばれて岩本家に入ったらそれができない。

 オレのほとんどの自由時間、動ける時間がなくなる。

 時間がなくなったら、対策が取れない。

 

「お別れでございます」

 

 なのでハッキリと言う。

 

「三重ちゃん」

 

 三重ちゃんの顔が悲しみに染まり、涙が流れる。

 女の子を泣かせるなんて男としてあるまじきことだが、最終的にビターエンドへ向かうためにはこうするしかない。

 

 オレだって泣きたいわ!!

 

「ゆ、うじろう、さま」

 

「じゃ、茂助さん。あとは頼んだ」

「……うむ」

 

 三重ちゃんの横を通り過ぎ、荷物を片付けよう。

 残った荷物は捨ててもらい、持っていくものは予め準備したものと、整理したものの中からさらに持っていく感じか。

 

 すると、後ろから三重ちゃんが抱きついてきた。

 

「三重ちゃ」

「わかりました」

 

 三重ちゃんがオレの背中に顔を埋めて言った。

 

「わかりました……結ばれることがないこと、受け入れます」

「……」

「なので、最後、最後に、これだけ、お許しください」

 

 オレの背中で、三重ちゃんが震えていた。

 

「はしたないことではありますし武家の子女として相応しくないのはわかりますが、最後に、これだけ……」

「……」

 

 あえて何も答えない。ぎゅっと抱きしめてくる三重ちゃんを、敢えて振りほどかずにいる。

 茂助さんは何も言わないままだ。空気を読んでくれて助かる。

 

 やっぱり、いや、ダメだ。ここで甘さを見せたら終わりだ。

 オレが、オレがここで日和ったらダメだ。

 泣くな。泣いたら終わりだ。泣くな。笑顔で別れろ。

 

 少しすると、三重ちゃんが背中から離れたのがわかった。オレは振り向かない。

 

「裕次郎」

 

 さまが、ない。

 

「今まで道場での働き、ご苦労様でした。新たな道場で虎眼流を盛り立てることを期待します」

「……承知」

 

 堅い言葉。うん、これでいい。三重ちゃんも整理してくれた、そう思おう。だから、振り返らずに進む。

 

 茂助さんとのすれ違いざま、

 

「感謝する」

 

 と聞こえたのは、気のせいだろうか。

 

 

 

 

 こうしてオレは、三重ちゃんとお別れを済ませて去ることとなった。

 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから気づかなかったんだろうな。

 数年後、全ての終わり間際に。

 

 

 アニキがこの場面を見ていたと聞かされるまで、そこにいたってことを。




信じられるか? これでやっと三巻分までの流れが終わったんだよ……。
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