高禄をはむ
流れ流れてようやく巡り会えた師と呼べる人物。
一刀流、小野忠明にある時、奇怪な剣を突きつけられる。
それはあまりにも細すぎる刀身に握ることの出来ぬほど頼りない柄、そしてとも手元を守るようにうねるような形の大きな鍔と、日本では見たことも聞いたことのない剣である。
「これなるは南蛮国。
夕雲は刀身をじっと見つめる。やはり細く頼りない刀身ではある。しかし、どこか惹かれるものがあった。
忠明が奇怪な剣を構える。腕を内側にねじり、左手の手は掌を地面に向けて
突きを放つ。
刀で出さないような、風切り音。まるで調子の外れた笛を吹いたような、小鳥が小さく啼くような音であった。
左手は後ろへ、右手を前にして踏みだし、全身のばねで放つ突き。片手で突きを放つことのみを考えた技であるのは、一目でわかった。
すなわち
「羽子を投げ込むように突く」
忠明から告げられた助言は、それだけであった。
そして鋭い目で夕雲を見る。
「夕雲。この突きを極めい」
夕雲は物置で受け取った
異教徒、
だが切市丹の剣法を学ぼうにも、そういう剣術を学んだものを連れてくることはできない。
馬鹿正直に「お前らの剣法を封殺するためにお前らの剣法を教えろ」なんて言って、大人しく来る奴なんていない。
故に。
そのために己自身が捨て石になることを主君に命じられたなら、喜んで仰せつかるのが士の本懐であるが。
――なんでそんなこと自分が?
夕雲には理解できないのだ。
幼い頃から忠義心などを理解できない。なんで自分がそんなことを、命令されたからといって捨て駒にされなければいけない? 死ねと言われて死ぬなんて馬鹿らしい、と思ってしまうのだ。
さらに夕雲は、母親がこっそりと買っていた卍手裏剣の草双紙を好んで読んでいた。
誰かに命じられても己の意志でそれを固辞し、己の自由と尊厳を踏みにじる奴、仲間を貶す奴がいたら例え相手が王族貴族という殿上人でも逆らい、戦い、自由を勝ち取る姿は、夕雲のそういった考えに拍車を掛けてしまったのだ。
――だが、相応の力と理由がなければ、この豊臣秀吉の宝を求める少年少女たちのように、自由に振る舞えない――
夕雲はもう一度、
どこでどうはぐれたものか。
遠い異国より流れ着いた一振りの歪な剣。
そこに夕雲は己を重ね合わせて、泣いた。
――力がいるのなら、
自分と同じ、歪な剣で力を得てやろう――
卍手裏剣の草双紙に出てくるものたちも、人とは少し異なる技を持っていた。
ならば自分も、常人とは少し異なる技と武器を持って、己の尊厳を勝ち取ろう。
夕雲は強く強く決意した。
毎日毎日、ひたすら突きを放つ。
雨の日も、暑い日も、雪の日も、風が吹き荒れる日であっても、夕雲は
毎日何千回と続けていくうちに、夕雲は剣の呼吸を聞いた気がした。その呼吸は、どうやら忠明の構えだと苦しそうに聞こえる。
剣が楽に呼吸できる構え、境地に到達したとき、夕雲の体は突きを放つという一点において比類なき業前を身に付けた。
どうやら忠明の構えよりも、内側にねじる腕は口と同線上にした方がよく、羽子を投げるようにするよりも体を投げ出した方がよく、握りはしっかりしていても手の内の空間を確保する。出した右足は踏み込みではなく急停止と急反転のためのもの。
投げ出した体をそのまま相手にぶつけるのではなく、あくまでも素早く体を元の位置に戻すための運足を考慮した方が良い。
再び突きを放ち続けた夕雲は、とうとう甲冑を身につけた剣士を相手にしても懐に飛び込み一突きで殺すほどの速度と技を身に付けるに至る。
さらに二年後。
“れいぴあ”と呼ばれる刺突剣が、一刀流の高弟を蜂の巣に変えていた。
高弟も弱いわけではない。身のこなし、技、胆力。その全てが高弟に相応しいものである。
しかし対峙したことのない『突くことのみを考えた剣と突くためだけに鍛えた体と突くことを極めた技』という、一点突破の異形の剣士相手ではあまりにも分が悪い。
振るう木刀は見たことのない運足で躱され、近づいたと思いきや素早く離れられている。ならば近寄り鍔迫り合いなどで押しつぶそうにも下がられながら突かれる。
さらに上半身に気を付けていれば、あっという間に伏せるような低い体勢から足を貫かれるのだ。
確かに夕雲は
極めすぎた。
大人しく犠牲にならない、という硬い意志を周囲に悟られるほどに。
そして、小野忠明にして捨て石にできぬほどの大岩になったと言われるほどにだ。
夕雲は最後、高弟の喉を狙い、突きを放つ。
これでお終いだ。
しかし、渾身の突きが、横合いから現れた男によって止められてしまった。
しかも真剣白刃取り、凄まじい拍手音で、素手で止めてしまったのだ。
必殺の刺突は、いきなり現れた鵺に捕獲されていた。
「このハゲー!!!!」
いきなり現れた男は自身を怒鳴り付けると、小野忠明と向かい合い文句を付ける。
そこで語られたのは、驚くべきことであった。
身に付けた突きは、異人にとってはお遊び程度のものであるのだ、と。
確かに道場では有利だが、こんなものは戦場では使われぬとのことだ。
夕雲は目の前が真っ暗になりそうであった。
この二年、身に付けた技で己を打ち倒そうとする剣士たちを穴だらけにするほどにまでなったのに、肝心の異教徒や異人はほぼ使わぬ嗜み程度の技なのだから。
この二年はなんだったのか。
夕雲は絶望でぐらついた。
しかし、そんな想いも吹き飛ぶ。
現れた男――藤木裕次郎。
夕雲にとって唯一の理解者であり友となった男は。
ここから小野派一刀流の高弟たちに対して一方的な蹂躙劇を見せつけ。
小野忠明と立ち会い、一刀流の奥義である切り落としすら初見で身に付けこれを下し。
ゆうゆうと立ち去っていってしまったのだから。
夕雲は知らず知らずのうちにその背中を追いかける足を、止める事ができなかった。
産まれてから知らぬ、男の背中に憧れるときめきのままに、激動のときを過ごすことになる。