オレが正眼に構えると、忠明は困惑した様子からニマ~っと笑顔を浮かべた。再び刀を抜き放つが、明らかに先ほどとは様子が異なる。
まるでこれは――。
「お主、もう一度名乗れ」
「虎眼流、藤木裕次郎」
「そうか」
忠明は刀を握り直し、再び正眼に構えた。
「覚えておこう。……ところで、お主の師匠とやらは強いのか?」
「ああ、強い。オレが知る限り最も」
「そうであろうな」
どういうことだ? とオレが聞く前に忠明は口を開いた。
「いくら斬っても死なぬ、技を尽くしても死なぬ、どれほど痛めつけても、どれほど技をかけても、どれほど刀を振るって傷を付けてもと死なぬ。
これほど素晴らしい肉人形を、儂は知らん。これほど極上の練習台を儂は知らぬ。肉を切る感触、内臓を割る感触、頭蓋を砕く感触、急所を貫く感触……只人が一生掛けて得ていく経験であるが、お主一人居れば全てを存分に試し、技を磨ける。
お主の師匠も随分とお主を痛めつけ、殺してきたはずだ。なのにお主は死なぬ……お主を相手にした師匠は、儂すらも及ばぬほど人体を『壊す』経験と『殺す』技を磨けたであろう。
お主の師匠は常人ではたどり着けぬ人斬りの極地、その最奥を見たはず……儂もお主を切り刻んで、得るとしよう。
宗矩に囚人を斬れと言うたが、これほどの者を宗矩に寄越すにはあまりに惜しい。
よくぞここに来た。存分に儂の技で死ぬがよい」
そうだ、これは極上のおもちゃを、最高の稽古台を得た、人斬りの顔だ。親父もそんな顔を覗かせたことが何度かある。見逃したことはない。
忠明の言う通りだ。
オレは何度も親父に殺され、
何度も親父を叩きのめした。
その経験がオレを強くし、親父はそれ以上に強くなり、さらにオレを強くしていく。
殺される経験は、斬られる経験は、相手の技を体でこれでもかと感じ、解析し、会得することができる異常の業。
ただのチートなんだけど。
忠明に言っても通じないし、言うつもりもないけども。
「あっそ」
だけども、腹は立つ。誰が肉人形だっ。正眼に構えた刀を、峰を返して忠明に突きつける。
「今度はお前が、死ぬかもよ?」
「それが常道。死なぬのは外法の何かよ」
「へーへーごもっとも」
死ぬ覚悟もとうにできていると。そうですかそうですか。死ぬ覚悟はできてるけど死なない相手を前にいくらでも技を試せることに、表情筋が狂気に染まった笑顔から喜びが溢れてるのがわかる。
そう簡単に斬られてやるつもりはないけど。
オレは正眼の構えから虎眼流必勝の型、刀を担ぐ形に変える。
「ごもっともだが、一刀流切り落としはすでに見切ったし、使える。もうオレの勝ちは決まったようなもんだぞ?」
「それだけが一刀流と思われても困る」
「それまた、ごもっとも」
にこりと笑ってから、オレは動く。
するりと前に出した左足の荷重と共に、右手の刀を振り抜く。唾元から滑り、手は柄尻へ。
急激な間合いの延長による斬撃、流れ。
忠明は一瞬驚いた顔をしたが、冷静に刀で受け止める。峰に手を沿え、両足で踏ん張る形。
ギャリイイィィイン! と凄まじい金属音。忠明の顔が一瞬、苦痛に歪んだ。両足が少し浮き、重心が揺らぐ。
「この、膂力はっ」
それでも堪えようとした忠明を前に、オレは右手に左手を添えて、両の腕の力を全開にして込める。忠明の体勢が一気に崩れ、倒れそうになる。
が、忠明はこれも堪えて体勢を戻そうとした。オレの刀は振り切られる形で、忠明の体を掠めることすらない。振り切った形で、無防備となった。忠明に背中を見せる形となる。
これを逃す忠明ではない。右足で踏み出しつつ、オレの盆の窪目掛けて突きを放つ。真剣による突きだ、受ければただじゃすまない。オレでさえも。
だが、見えてるぞ。オレの刀に、お前の動きは映っている。氷面鏡を忘れてたな?
振り向きざま、少し身を屈めて突きをやり過ごし、振り切った刀をさらに振るう形で再び右薙ぎの斬撃だ。
ただ、これは忠明の刀を弾き飛ばして突きを反らすことしかできない。胴を薙いで殺すこともできるかもだが、ちょうど刀の軌道上に小太刀の柄がある。大小を腰に差しているのが、この場では防具の役割を果たしていた。
下手に胴を攻撃していたら、小太刀の柄に阻まれてさらに隙を晒した可能性がある。
鉄と鉄を衝突させる。忠明の刀が反れ、二人して素早く間合いを離す。
だがオレが一瞬速い。再び唐竹割り。
呼応するように忠明もまた唐竹割り。先ほどと同じ、切り落としの勝負。
手首を曲げ、指の力を変化、両腕の位置と刀の軌道をできるだけ最適化、背筋の歪みを矯正、腹筋と背筋の力の分配を均等にして真っ直ぐに。
今度こそ、オレの刀が忠明の刀を抑え込む形となる。
忠明の目が見開かれ、オレの刀が忠明の額――で止まった。
寸止め。
「……」
「……ふぅ」
僅か十数秒の攻防。
オレは、切り落としを会得した。
刀を鞘に納め、呆然とする忠明――殿にそれを差し出した。
「これにて一刀流奥義、切り落としを会得できましてございます。ありがとうございました」
ボケッとしたまま刀を受け取った忠明に、オレは一礼してから背を向ける。誰も彼もが動けないまま、オレは悠然と道場を去ることができた。
入り口を抜け、道場の庭に出たと思ったら後ろから音がする。
はて……一瞬でお礼参りか、なんとも賑やかだなっ、と思って振り返りつつ刀の柄に手を掛けると、なんとそこには庭の玉石の上で土下座するハゲの姿が。
なんだ、こいつ? と思い、それをハゲに聞こうとしたらその前に大声で叫びだした。
「あ、あ。あなたの、弟子にしていただきたい!!!」
「なんやて?????」