シグルってたまるか   作:風袮悠介

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55話・師とはかくあるべし。ただしやらかしについては知らん。

 夕雲との修行は順調であると思う。

 オレがまず行った修行は、身体を動かして飯をよく食って寝ることだ。

 いわゆるお相撲さん部屋みたいな奴である。

 

「こんなに、これを食べるんですか?」

「喰え。まずは喰わねば強くなれないし」

 

 この日もヘトヘトになるまで夕雲をしばいたあと宿屋の部屋で無理矢理昼寝させて、その間にオレは江戸の郊外に出て鳥だの猪だの鹿だのをぶっ殺して解体して持って帰る。それを焼いて、夕雲の前に出す。

 もちろん野菜、魚もどっちゃりだ。卵もである。

 

 金? それは道場が持っておるじゃろ?

 

「ですがこんな贅沢」

「いいか夕雲」

 

 オレは神妙な顔をして、食事を囲む夕雲へ言った。

 

「剣の強さってなんだと思う?」

「心……と言う話ではないんですよね?」

「あながち間違いじゃないが、大切なものがある」

 

 オレはふんっ、と腕の力こぶを見せながら言った。

 

「筋力だ」

「筋力?」

「なんだかんだ言ったって、腕力だ脚力だの、身体能力が高い奴が強い。技が熟達だとか、心がつえぇだとか、そんなもんは身体を鍛えてから言うことだ」

 

 えぇ……と夕雲は納得してない様子だったが、無理もない。虎眼流だって日がな一日稽古して、さらに稽古終わりには自主鍛錬で身体をいじめ、鍛え抜く。

 確かに身体を鍛えてもいるが、厳しい鍛錬による心と、それによって磨かれた技を身体に染み込ませるなんて節はあるからな。

 

 んなもんが通用するのは昭和までだ!

 ここは江戸時代だけど。

 

「いいか夕雲? 目が良いのは大切なことだ。技が身についているのは大切なことだ。それを本番で出せる度胸、心があるのは大切なことだ。

 だがな、なんだかんだで圧倒的腕力による暴力が一番強い」

「それは」

「貧弱坊やが剣を握ったって、体格が二回りも違う奴が握った剣に勝てるのはそうそうない。いや勝つ人もいるにはいるがな。そんなもんはよっぽど剣の稽古に邁進した達人だ。

 そして、その達人になるまでにたくさん稽古しないといけないが、まずはたくさん稽古しても耐えられる身体と戦って生き残れる身体を作らないといけない。それが飯と睡眠と稽古なわけだ」

 

 前世でオレが好きだったとある野球選手も、というかプロ野球選手だって厳しい栄養管理と専門家が組んだトレーニングメニューをこなし、身体を成長させるためにしっかりと睡眠を取っていた。

 この時代にサプリなんてもんはないから無理矢理飯を食うしかないが、それでも効果があるはずだ。

 

 実際、栄養状態が良くなる未来では、男子の平均身長が高くなっていったわけだし。

 

 オレは専門家じゃないからわからんが、素人考えでもわかることはある。

 

「それに、身体を作るのに飯を食わねぇと何もできねぇぞ。江戸城だって数本の木と石っころであんな立派な城ができると思うか? たくさんの材木と石材、腕っこきの職人が何百人と集まって作られただろう。人間の身体もそうだ、たくさんの飯を身体に蓄え、稽古に邁進し、よく寝て育てる。そんなもんだ」

 

 オレが説明すると夕雲はちょっと納得した顔をしてたが詭弁だゴメンな!

 詳しいことは未来の世界で調べてくれ! 無理だろうけど!

 

 

 

 あるときは、剣での稽古が終わったあとに江戸郊外をひたすら走った。

 

「せんせい、これには、なんの、いみ、が」

「あ? 今の状態がまさにそれだろ」

 

 オレは息を切らさずに1㎞を5分で走れるくらいの速度で続けているが、夕雲は息も絶え絶えの状態だ。時速11㎞くらいか? まあよくわからんが走り続けて1時間くらい経ったし仕方ねぇか。

 

「剣での戦いってのは、一瞬で終わる。斬られりゃ終わる、斬れば終わる。だがな、斬られないようにして斬るってのをお互いすると、とんでもなく体力を消耗するんだ。緊張とか恐怖に抗うとか、そういうことをするとすげぇ疲れる。で、ヘトヘトになったところで斬られて死ぬ」

「ですが、なら、稽古を」

「稽古をしまくりゃ、そら体力は付くわ。もちろんやる。ただ、負けるとわかったりしたとき、走って逃げないとダメだろ? お前はオレと同じでこれって死ぬんじゃね? って戦いでお家のためだとかで命をすてがまるなんぞしないでしょ? なら、走る体力と戦える体力、それを支える脚力を身に付けないとなー」

 

 嘘です適当です。とにかくランニングしまくればなんとかなると思ってるだけ。

 稽古と言えば走り込みだからやってるだけです。

 もっともらしいことを語ってるだけだ、ごめんな!

 とはいえ、走りまくって夕雲の膝を壊す訳にもいかんし、この辺にしとくか。

 

 で、振り返ると夕雲が汗塗れで視線が定まってない目と虚ろな顔をして走っていたので、慌てて木陰で水をぶっかけて休ませた。ごめんやり過ぎた。

 

 

 

 

「最後の鍛錬だ、夕雲。ついてこい」

「どこへ?」

「道場破りの真髄を見せてやる……江戸建立許し虎参りってやつをぉ……」

 

 そうして鍛錬を続けていた日の中で、オレはとうとう夕雲に伝授する。

 

 江戸建立許し虎参り。

 

 無双許し虎参りよりもはるかにマシなはずの、虎眼流の伝統ってやつをぉ。

 オレの代から始めるぜ、新しい歴史と伝統、慣わしみてぇなやつを!!

 

「な、なんですかそれ?」

「いいか夕雲? この江戸において、道場を建てたければ虎眼流の許しがいるのだ」

「本当ですか??」

「これから本当にする」

 

 オレの言葉に「本当なのか……? ん、これから本当にするってことはまだ嘘……?」と困惑していた。でぇじょうぶだ、これから本当になる。

 二人して着替えて得物を持ち、木刀を携えて適当な道場の前に立つ。別に有名な流派でもなんでもないが、最初としてはいいだろう。

 

「見ていろ、夕雲。手本というものを見せてやる。この藤木裕次郎がどうするのかをな」

 

 寂れた門扉を前に、オレは息を思いっきり吸おうとした。叫ぶために。

 

 何故かその前に道場の中から水を入れた桶を持った男が走ってきて、オレに水をぶっかけやがった!

 

「っぷわ!?」

「なんっ!」

 

 オレと夕雲は不意の水かけに困惑していた。

 さらに男は懐から袋を取り出すと、中に手を突っ込んでこっちに何かを投げてきた。

 

 つぶつぶしたものが当たって痛ぇ! 口の中に入ったが……これ、塩だ!!

 

「ぺ、ぺっ! な、何を」

「お前が藤木裕次郎か!!」

 

 男は血走った目をしてオレに怒りを向けていた。

 顔を真っ赤にして、今にも腰の刀を抜きそうだ。しかし、何故こんなに怒り狂ってやがる!?

 

「そ、そうだけど、何を」

「知ってるぞ!! お前、江戸建立許し虎参りとかとんでもないことをしてるってな!!」

「え、あ、はい」

「そんなことをここでもされてたまるか!! 次に来たら奉行所に訴えて引っ立ててもらうぞ!! よりによって一刀流の道場を破った奴に関わってられるか!! 帰れ帰れ!!」

 

 ちょ、待、と言う間もなくありったけの塩を投げ付けられたあと、寂れた門扉を閉じられてしまった。中から閂を掛ける音も。

 どうやら、とことんオレと関わりたくないらしい。

 

 途方に暮れたオレは、夕雲の顔を見て言った。

 

「ねぇ、どうしよっか?」

「ど、どうもこうも……」

 

 オレと夕雲はその場で立ち尽くすしかなかった。

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