月雪ミヤコの恋愛録 作:一等星の夜
「任務ですので、致し方なく」
月がきらめく夜に、ふわふわと雪が舞っていた。
最近やけに調子の悪い暖房器具が、ガタガタと音を鳴らしながら暖かい風を吐いている。
シャーレオフィスの執務室、その一室でソファに腰かけて向かい合ったまま不服そうにため息をついた彼女、月雪ミヤコは、目を丸めて固まった私を見て、もう一度ため息をついた。
「なんですか、その
彼女が他人の思考を読み取る能力に長けているのか、あるいは私が相当わかりやすいのか。
おそらくそのどちらもだろう。
なんですかと問いかけておきながら、その
せっかく淹れたお茶にも、口をつけてくれる気配はない。
「いや、だって君は──」
「ええ、そうです。私はあなたのような大人が大嫌いです」
「……」
私の言葉を遮って、月雪ミヤコはわかりきったことを再確認するなというふうに、無愛想に応えた。
嫌いではなく、大嫌いだと。
「だったらなおのこと──」
「ですから、任務だと言いました」
どうやら私には、最後まで喋らせるつもりはないらしい。
「こういうのは隠密行動が常じゃないの?」
「24時間365日、私の監視下にいてもらいます」
「いやいや……。仮にも先生と生徒が同棲なんて、」
「ち、違います! いやらしいことを言わないでください」
「ええ……。いやらしいかな……?」
「とにかく、私のことは気にせずいつも通りの生活をしてください」
SRT特殊学園、そこに属する月雪ミヤコは今、閉校の危機に追い込まれていた。
それをなんとかすべく、他の仲間たちも各々行動しているらしい。そして彼女は私から、私や私と密に繋がりのある連邦生徒会の弱みを握り、それを材料に交渉の余地を設けようとしているのだとか。
「あのさ、やっぱり私にバレないようにするべきだったんじゃないかな?」
つまるところ、彼女は潜入捜査のため私がいるシャーレオフィスへとやって来て、これから私がなにをするにも、どこへ行くにも、片時も傍を離れないと宣言した。
しかしだ、潜入捜査というものは普通、自身の身分を偽って潜入した先で情報を収集するものだろう。
まあ今さら身分を偽ったところで意味がないことはわかるが、バカ正直に真っ向からやって来て手の内を曝け出すのはいかがなものか。
せめて私が出払っているときや、眠りこけているときに侵入でもすればいいものを。
そんな私の思考を読み取ったのか、月雪ミヤコは呆れたように、これみよがしにため息をついた。
「わかっていないですね。いくらRABBIT小隊といえど、シャーレや連邦生徒会に侵入して貴重なデータを盗み出すのは困難を極めます。犯人が私だとわからなければ、先生だって本気で対処するでしょう? しかし、敵の姿がハッキリしていてなおかつそれが生徒であり目的も悪事のためでないとなれば、先生は本気にはなれません。そういった先生の甘くて優しいだけの、反吐が出るような性格を利用させてもらうと言っているのです」
ふむ。どうやら私は、本当に嫌われているらしい。いやわかってはいたことだが、なんだかんだいってもそのうち心を開いてくれるような気がしていたが、今の彼女──月雪ミヤコが私を見つめる冷酷なまでの、強烈な瞳は如何ともこの先仲良くなれるような未来を想像させてはくれなかった。
「……まあ、ひどい言われようだが、たしかに的確だ」
ところで並行世界というものをご存知だろうか。
私が今いるこの世界の未来には、月雪ミヤコと仲良くなれるような現実は存在しないかもしれないが、どこかには私と彼女が仲良くよろしくやっている世界線もあるのかもしれない。
たとえば一緒に笑い合ってご飯を食べたり、たとえば一緒に海に行ったり、たとえば一緒に力を合わせて困難に立ち向かったり、そういった世界線も存在しているかもしれない。
しかし、そういった世界線が仮に存在していたとしても、私が今いるこの世界を投げ出すことはできないので、結局のところ私は月雪ミヤコと向き合う他ないのだろう。
「君の言うとおり、私は本気になれない。君の目的も、君の信じる正しさも知っているからね。邪魔をするどころか、むしろ手伝いたくなるくらいだよ」
「そうですか。では超法規的権限を持つ〝シャーレ〟の先生にぜひSRT特殊学園閉鎖の件を撤回していただきたいのですが」
「わかってるだろうけど、それは今すぐに私がどうこうできる問題じゃあないんだ。でもね、ミヤコ──」
「馴れ馴れしいですね」
私の言葉を遮った彼女は両目を伏せて、もうすっかり冷め切っていたお茶に、ようやく口をつけた。
「……月雪さん。私は本当に、君たちの力になりたいよ」
「口ではなんとでも言えます」
「生憎、君が欲しがりそうな情報はないんだ。後ろめたいことはしていないつもりだし。でも、信じてもらえるよう、努力するよ」
私は君の、君たちの敵ではないと、そんな意を込めて微笑した私の心情を、彼女が読み取ってくれたのかはわからないけれど、それ以降は彼女は口を開かなかった。
ただ私が執務に取り組む姿をじっと見つめ、時折り思い出したように執務室をうろちょろと捜索して、またちょこんとソファに座り直す。
そんなことを幾度か繰り返していた。
× × ×
朝、シャーレオフィスの休憩室で、目覚ましが鳴るよりも少し先に目を覚ました。
ベッドの上で伸びをして身体を起こすと、その横に敷かれてあるもぬけの殻の布団が視界に入った。
そういえば、月雪ミヤコと同棲を始めることになったのだと、思い出すのに時間はかからなかった。
「……」
ボサボサになった髪をさらに乱すように、乱暴に前髪をかき上げてため息を漏らした。
先生と生徒──私と月雪ミヤコが同じ屋根の下で衣食住を共にする……それはどんなモノよりも、私の弱みになるのではないかと考えた。
月刊クロノスとやらにでもすっぱ抜かれて、仮にユウカやアコ、ミカやワカモの目にでも触れたらと想像すると、寒気がした。
恐ろしい ああ恐ろしい 恐ろしい
季語が入っていないだとかそういう問題ではないほどバカらしい俳句が浮かぶほど、今の状況は私の頭を悩ませているらしい。
しかし、力になると言った手前、今さら断ることなど到底できないし、そうしたとしても彼女がはいわかりましたと素直に出ていく姿も想像できない。
「……」
とにもかくにも身支度を整えて、私は執務室に向かうことにした。
歯を磨いて顔を洗い、寝癖を整えてスーツに着替えてから執務室へと向かうと、彼女はすでにそこにいた。
「おはようございます」
どうやら挨拶くらいはしてくれるらしい。
部屋に入って来た私に一瞥をくれてから、目の前のパソコンへと再び視線を戻した。
「おはよう、月雪さん。なにか欲しい情報は見つかった?」
「白々しいですね。そんなに簡単に見つかるものなら私に好き勝手行動させたりしないでしょう。それより──」
画面を見つめたまま、カチカチとマウスをクリックする音を響かせて月雪ミヤコは言葉を続けた。
「大人なのに、ネクタイもしないのですね」
「……してる方が好き?」
「好みの問題ではありません。していても、していなくても、私はあなたを好きになりません」
「そりゃ残念だ」
「そもそも、上着すら着ていないのはいかがなものかと」
「着ているじゃないか」
「スーツのです!」
黒のノータックスラックスに、真っ白なカッタウェイのシャツ。その上から袖に白の3本線が入った黒いジャージの上着を着用していた私の中途半端な服装が、どうやらお気に召さなかったらしい。
どうせしばらくは誰も当番には呼ばないのだからいいではないか、と心の中にとどめておいて、仕方ないからネクタイくらいはしておくかと、ソファの上に放り投げられていたコバルトブルーのネクタイを引っ掴み、くるくると首元に巻いた。
「まあ、中途半端な優しさで生徒を生殺しにする先生には、お似合いの服装かもしれませんね」
「ははは、毒気が強いな」
起き抜けには重い一発をいただいてしまった。
やはり彼女と仲良くなれる未来が想像できない。
「朝ごはんは?」
「まだですが、先生が気にすることではありません」
「そ。私は
「……では、私もついていきます」
「好きなの選んでいいからね」
「結構です」
余計なお世話だったらしい。
間髪入れずに返ってきた言葉に、口の
そうは言われても、私は余計なお世話を焼くのが好きなのだ。趣味なのかもしれない。あるいはタチの悪い、彼女が言うところの中途半端な優しさなのかもしれない。どれでもいい。
いま現在子ウサギ公園を占拠して、そこで生活している彼女らに、金銭面的余裕がないことを私は知っている。
そんな彼女の前で、自分だけ優雅に朝食を摂るなど、そちらの方がよっぽどタチが悪いだろう。
他の隊員たちにはあとで、キリノとフブキにでも頼んで朝食を届けてもらうことにしよう。
受け取ってくれるかはわからないが。
「ずいぶんたくさん買うのですね」
そんなことを考えながら、彼女らの好みがわからないので適当に菓子パンを買い物カゴに詰め込んでいると、月雪ミヤコは若干引き気味の視線を私に寄越した。
「……ああ、いや、まあね。月雪さんも、早く選んでね」
「ですから、私はあなたから施しを受けるつもりはありません」
「なら報酬という形にしよう。君のおかげで私は他の生徒を当番に呼ぶことができない状態なんだ。ほら、同棲してるとかバレたら困るでしょ」
「ど、同棲ではありません!」
同棲の意味を、なにか特別なものと捉えているのだろうか。
彼女は慌てて否定した。不服そうにしている。
「まあそれでね、代わりといってはなんだけど、月雪さんには執務を手伝ってほしい。それは情報を集めることにも繋がると思うし」
「……」
しばらく黙ったまま、彼女は握った拳を口もとにあてて、考え込む素振りを見せた。
実に悩ましい表情をしている。
提案自体は悪いものではないが、プライドが邪魔をしているのかもしれない。
しばらく悩んだ末、納得はいかないがしぶしぶといったふうに「わかりました」と、やはり不服そうな表情を浮かべていた。