月雪ミヤコの恋愛録   作:一等星の夜

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『Nothing lasts forever. Even the stars die』

 

 〝永遠に続くものはなにもない。星でさえ死んでしまう〟。

 

 ──私がまだ大人ではなかった頃、なんだったかのドキュメンタリー番組で聞いた言葉が、なぜだか忘れられなくなった。

 休憩室のベッドに横たわり、小窓から見える空にふと視線をやった。

 夜空を彩るあの星たちも、いつかは死んでしまうらしい。

 大人になった今ならわかる。たしかに永遠というものは存在しない。……語弊があった。永遠というものは、それを観測できないがゆえに証明することができない。

 時は止まらない。たとえ100年生きようが1000年生きようが、1万年生きたとしても、変わらず明日がやってくるのなら、〝永遠〟という概念は証明しようがない。

 永遠というのはつまり終わりがないということなのだから。まあ、終わりのないのが『終わり』、それが『ゴールド・E・レクイエム』だと言ってしまうこともできるかもしれないが、終わるのなら永遠ではない。

 ということはつまり、永遠は存在しないということではないだろうか。

 

「……」

 

 と、真面目なことを考えるふりをしたところで、現状が変えられるわけではない。

 私は窓の外に向けていた視線を反対側に移して、小さくため息をついた。

 

「ヒマリ。これはどういう状況?」

「ふふ。ええそうです。先生のおっしゃる通り、私はキヴォトスに咲く一輪の──」

「なんでいるの」

 

 長くなりそうな彼女の自己紹介を遮って、私はもう一度ため息をついた。

 超天才以下略ハッカーの明星ヒマリは、ベッドの上の私を見下ろす形で車椅子に腰掛けたまま、私の真隣で不満げに頬を膨らませている。

 

「私のような稀に見る、いえ1000年に一度の美少女が、先生が眠りにつくのを見守ろうというのに、一体なにが不満なのですか」

「いや不満とかではなくて、そんなふうにじっと見られてると眠れないよ」

 

 理由はよくわからないが、飛鳥馬トキとツーショットを撮り、それを待受とロック画面に設定された。

 そのあとはトキが準備してくれていた風呂に入り、肩まで10分ほど湯船に浸かってから執務室へと足を運んだ。

 いつの間にかトキの姿はどこにもなく、私のデスクの上には書き置きが残されていた。

 

『任務があるので私は一度先生のお側を離れますが、少しの辛抱です。心配はいりません。寂しいのは私も同じです』

 

 などというよくわからないが凛と美しい文字の横に似つかわしくない、かわいらしいピースサインの絵が描かれたメモが貼ってあった。

 なんのことかよくわからなかったがとにかく今日はもう寝ようと休憩室に行き、ベッドにダイブしたのと同時に、何者かが部屋に入ってきた。

 その何者かは、驚く私を気にもとめずに私の隣までやってきて、「こんばんわ」と場違いなほど美しい病弱美少女スマイルをくれた。

 そして今に至る。

 

「……ていうかその車椅子、外をうろついたりしてるんだから汚れてるよね、主に車輪が」

 

 一応ここは休憩室であり、まあ、自室なので、気になってしまう。

 

「安心してください」

「なに? 履いてるの?」

「この超天才病弱美少女ハッカーが愛用する車椅子です。車輪はなんと、地面から3ミリ浮いているので汚れません」

「え、なにそれすごい。ヒマえもん?」

「ふふ。もちろんうそです」

 

 うそらしい。

 少しガッカリした私とは裏腹に、ヒマリは澄まし顔で微笑した。

 

「これは室内用の車椅子です。リオのAMASを少しお借りして、ここまで運んでもらったのです」

「なるほど、しっかりしてるね」

 

 ところで、彼女はいつになったら帰ってくれるのだろうか。

 そろそろ眠りにつきたいのだが、さすがに見られていると眠れないのでぜひ帰っていただきたい。

 

「ときに先生、」

 

 そんな私の心情など知らず──いや、知ったことではないとばかりにヒマリは言葉を繋げる。

 

「なに、ヒマリ」

 

 一度起き上がりベッドの端に座り直すと、私とヒマリ以外この部屋には誰もいないのに、ヒマリはキョロキョロと辺りを見回してから、私に向けて両手を伸ばした。

 その動作の意図がわからずに小首を傾げていると、ヒマリは「ん!」と不満げな声をもらした。

 

「なに、ヒマリ」

 

 私はもう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「甘えているのです、察してください」

「いやわからないよ」

「……先生の隣に座りたいので、手を貸してください」

 

 なぜこのようなこともわからないのでしょうか……とでも言いたげに、呆れたようにこれみよがしに大きなため息をついたヒマリに納得はいかなかったが、私は素直に彼女の両手を取ってベッドに腰かけさせた。

 その隣に私も腰かけると、ヒマリは片手に体重を乗せてベッドを少し軋ませると、頬を少し染めて私の耳もとにもう片方の手を添えて息がかかるほど唇を近づけた。

 

「せ、先生は、恋バナといったものをご存知でしょうか?」

 

 恋話(こいばなし)、通称〝恋バナ〟。

 もちろん知っている。部活帰りや、修学旅行の夜、その他いろいろなシチュエーションで語らいあうものだ。

 それが一体どうしたというのだろうか。

 ていうか耳がくすぐったいし、いい匂いがするのであまり近付いてほしくない。

 私は少し横にズレて、ヒマリに向き直るとこほんと咳払いをした。

 

「気になってる人はいるかとか、好きな人は誰かとかのアレ?」

「そのアレです」

「で、ソレがどうしたの?」

 

 問いかけると、ヒマリは慎ましやかな胸──胸を張って得意げな表情を浮かべた。

 

「先生の好きな人、もしくは気になる人、あるいは好きなタイプについて語り合おうという話です」

「……その場合、ヒマリのことも語ってくれるんだよね?」

「……、……い、いえ、私はなんといいますか、その、先生が気に……といいますか、先生がす……といいますか……」

「?」

 

 もじもじと胸の前で指をいじりながら、もにょもにょと何事かを呟くヒマリ。

 そんな彼女から目を逸らしてふと記憶を探る。

 そういえば、私は恋バナをしたことがない。

 好きな人もいないし、気になる人もいない。好きなタイプについても自覚したことはない。

 

「私ってどんな人が好きなの?」

「はい? それは私が訊きたいのですが?」

「いやほら、私って恋をしたことがないでしょ?」

「いえいえ、知りませんが?」

 

 なんだ、知らないのか。

 全知の学位とやらも、人の恋路には詳しくないらしい。

 いやでも、以前ヒマリとトキに言われたことがある。私が月雪ミヤコに恋愛感情を抱いていると。

 そんな勘違いをしているのなら、今さら私の好きな人について訊ねることなどないのではないだろうか。

 

「ちなみに月雪さん──」

「んなっ!? やはり月雪ミヤコに対して恋愛感情を抱いていたのですね!?」

 

 ちなみに月雪ミヤコに対して恋愛感情は抱いていないよと先に説明しておこうと思ったのだが、明星ヒマリはもしかすると超天才清楚系病弱ポンコツ美少女ハッカーなのかもしれない。

 いや、それにしても良いな、この子。

 私はこういった天才系であったり無口系であったり無表情系であったりする女の子が、実は意外にもポンコツな部分があるといったギャップがかなり好きなのかもしれない。

 いま初めて自分の好きなタイプがわかった気がする。

 そしてべつに月雪ミヤコにこれといってポンコツな部分はないわけで、それはつまり月雪ミヤコは私の好きなタイプではないということになる。

 よかった。なにに対しての〝よかった〟なのかはわからないが、とにかくよかった。

 以前ノアに月雪ミヤコは私の好きそうなタイプだと言われたこともあるが、勘違いも甚だしいということだ。

 

「なに……」

 

 なんとなく言い訳じみたことを長考していた私に、ヒマリはじとりとした視線を送ってきている。

 

「いいえ」

「誤解がないように言っておくけど、私はべつに月雪さんに恋愛感情は一切抱いていないよ」

「そうですか」

「信じて? お願い」

 

 誤解は解けないらしい。

 ならば理解の紐を解いてもらう他ないのだが、どうにもその方法は思いつかず、私はもうどうにでもなれと言わんばかりに体重を後ろに乗せて背中と頭をベッドに預けた。

 天井に貼り付いたシーリングライトが眩しくて目を閉じる。

 その数秒後に、ぽすっと控えめな音がして、隣が少しだけ軋んだ。

 目を開けて顔をそちらに向けると、同じようにベッドに身体を預けたヒマリは、身体ごとこちらを向いている。

 

「お疲れですか?」

「おかげさまでね」

 

 軽口を叩くと、むっと表情を歪ませてヒマリは私の頬をきゅっとつねった。

 

「痛い……」

「私のような美少女とふたりきりで話せる機会に、先生はもっと感謝を示すべきではないでしょうか。感泣するべきです」

「はははっ」

「冗談ではありませんが?」

 

 冗談ではないらしい。

 私の頬をつねっている指先に、少しだけ力が増した。

 

「それで、本当に月雪ミヤコとはなにもないのですか?」

「なにもないです、本当に……」

 

 本当になにもないので、そろそろ頬をつねっている手を離してほしい。

 べつにたいして痛くはないのだが、ずっと触れられているとなんというか、まあ、照れるので。

 

「──そうですか。今はその言葉を信じておくとしましょう」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 言って、未だ離してくれそうにないヒマリの手を優しく払いのけると、彼女は眉を寄せて不満げな視線を寄越した。

 

「ていうか、泊まっていく気じゃないよね?」

「……? 私のような美少女と一夜を共にするとさすがの先生といえど理性を保つことができず、うっかり既成事実を作ってしまうことを案じているということでしょうか?」

「君ほんとすごいね」

 

 この自信は一体どこからくるのだろうか。

 普通に寝たいから帰ってくれと遠回しに伝えたのだが、どうやら直で伝えないとだめらしい。

 

「帰ってくれない?」

「うふふ」

「冗談じゃないんだけど?」

 

 直で言っても伝わらないらしい。

 

「いやほら、時間も時間だからさ。見てよ、もう──」

 

 言って、私は携帯の画面を開いてヒマリに時刻を確認させてから、失態に気がついた。

 

「んなっ!? なんですかこれは!?」

 

 ……そういえば、私の待受画面は飛鳥馬トキとのツーショットだった。

 

「というわけで明日も早いし、私は先に寝るよ」

 

 とりあえずなかったことにして、私は寝返りをうってヒマリに背中を向けて目を閉じた。

 ヒマリはぶつぶつと文句を言いながら、私の背をぽこぽこと叩いている。

 説明しろだの浮気だの、ずるいだの羨ましいだの。

 超天才清楚系病弱美少女ハッカーの口から出てくる言葉とは思えないほど子供じみた語彙で私を責め立てるヒマリを無視して、私は眠りにつくことにした。

 

 おやすみヒマリ。

 そう心の中でつぶやいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜Interlude〜

『だから明星ヒマリは譲らない』

 

 

 

 

 

 小言をぶつける明星ヒマリを完全に無視して、先生は本当に眠りについた。

 この男、私より図太いのではないか──と呆気に取られるヒマリの神経を逆撫でるが如く、彼は呑気にすうすうと寝息を立てている。

 今さら髪を触ってみても、頬を触ってみても、試しに彼の手に自身の手を重ねてみても、一向に目を覚ます気配はない。

 ベッドを軋ませて、上体を起こして覗き込んでみた彼の寝顔は、大人と呼ぶにはあまりにもあどけなくて。

 先ほどまでの不満はどこへやら。くすくすと微かな笑みを落として、ヒマリは人差し指で彼の頬をつんとつついた。

 無反応というわけではない。

 眉をしかめてくすぐったそうにする彼の反応を見て、彼女の胸はきゅっと締め付けられた。

 

 ────愛おしい。

 

 そんな想いが、とめどなくあふれてくる。

 全知の学位を持ってしても、この気持ちを抑える(すべ)など知りはしない。

 ただひたすらに、ただ愛おしい。

 

『黙っていれば本当に清楚系だよね』

 

 いつだったか、彼はそんなことを言ったことがある。

 実に失礼な男である。

 しかし彼も大概だ。

 黙っていれば、本当にかわいらしくて愛おしい。

 

 とはいえ、生徒と身を寄せ合い腕を組み、頬をぴたりとくっつけて撮ったツーショットを待受にしている大人を、看過することなど到底できるはずがない。

 トキはヒマリにとっても大切で、妹のようであり、あるいは娘、もしくは孫のようでもある。

 

 だから──これはいたずらでもなく本気でもなく。そう、これは──いうなれば罰なのだ。

 お仕置きみたいなものだ。

 

「……」

 

 枕元にあったリモコンを手に取って、彼女は部屋の電気を消した。

 真っ暗になった部屋の小窓から、月明かりが差し込んでいる。

 薄ぼんやりと、彼の横顔が目に映る。

 

「──……」

 

 垂れ落ちる横髪を耳にかけながら、そっと触れただけの唇は、ゆっくりと彼の頬から距離を取った。

 

 ────暖房が効きすぎている。

 

 耳まで熱くなって、それを誤魔化すように彼女は彼に背を向けて、「うぅ……」と声なのか吐息なのかもわからないものをもらしながら、身を縮めて丸くなった。

 ドクドクと早鐘のように脈打つ心臓を押さえながら、目を閉じても中々眠りにつくことは叶わなかった。

 

 明星ヒマリ17歳。

 それをファーストキスと呼ぶのかは、全知の学位を持ってしても知りえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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