月雪ミヤコの恋愛録 作:一等星の夜
「たこ焼きの具材ですが、タコさえ入っていれば他にはなにを入れてもよい、という意見をどう思いますか?」
カラカラと、下駄の音が鳴っている。
黄昏時ということもあり、日中に比べるといくらか気温はマシ……といえなくもないこともないのではないだろうか。
真っ白な布地に、黒の牡丹柄が散りばめられた浴衣をまとった飛鳥馬トキは、ヒマリの車椅子を押しながら問いかけてきた。
ちなみに髪はおろしている。
「タコが入っているのなら問題はないと思いますが、そうですね。私なら桜えびを入れちゃいます」
ちらとこちらに寄越してきたトキの視線から察するに、先ほどの問いは私に対するものだったように思ったのだが。
ちなみに髪はふたつにまとめて両肩から慎ましやかな胸へと垂らしている。いわゆるおさげというやつだ。たぶん、知らんけど。
「……私なら、チーズを」
私の右隣にはトキとヒマリ。そして私の左隣を歩く、紺碧の浴衣にポニーテールを携えた月雪ミヤコは、ひとりごちるように小さく答えた。
目的地へと近づくにつれ、周囲には同じように浴衣を着た人たちの姿が増えていく。
そう、『キヴォトス夏祭り』がついにやってきたのだ。
「具はタコと紅生姜だけでいいかな。ただし、塩マヨ1択だよ。ソースはとうの昔に卒業したんだ。だししょうゆマヨにハマった時期もあったけどね、結局たこ焼きは塩マヨが正義なんだよ」
湊鼠色の浴衣を揺らしながら、カラカラと下駄を鳴らす私も、一応会話に混ざっておくことにした。
一応と言っておきながら熱く語ってしまった気がしないでもないが。
「では次にかき氷のシロップについてなのですが──」
続けて、トキが問いかけてくる。
「はいはい! 私はレモンとブルーハワイとメロン1択だよ!」
「1択という言葉の意味を理解できていますか? ちなみに私はレモン1択です」
祭りらしくテンションを上げた私を一瞥して、月雪ミヤコは素っ気なく答えた。
私とレモンがかぶってしまったのが嫌だったのだろうか。声には棘があるような気がした。同担拒否か?
「なるほど。ではここで悲しいお知らせがあります」
浴衣の袖で涙を拭うフリをしてみせたトキに、私と月雪ミヤコはことりと首を傾げた。
「かき氷のシロップですが、実は──」
「基本的に同じ味であるとされています。ちなみに私は抹茶1択です。もちろん練乳と小豆は欠かせません」
トキの言葉を遮り、ふふんとドヤ顔を浮かべながらぴんと立てた人差し指をくるくると回して、ヒマリは言葉を繋げる。
「レモン、いちご、ブルーハワイ、メロン。他にもありますが、これらは香料と着色料が異なるだけで主原料は同じです。つまり、視覚、嗅覚から得る情報による──」
ヒマリは饒舌だった。
脳の錯覚がうんたららーとか、クロスモダリティがなんたららーとか言っていた。
要するに、祭りなんかで使われているシロップや、市販の安いシロップはどれもこれも同じ味らしい。
そして、そんなことを得意げに語るヒマリの後頭部を、トキは不服そうに目を細めて見つめている。
言おうとしていたことを全て取られてしまったらしい。
「ということらしいのですが、どうですか月雪さん」
「度し難いです」
生まれて初めてかき氷を口にしたあの日の感動が、大人になった今でも大好きなかき氷が、全部同じ味だったという真実は、とてもショックだった。
珍しく月雪ミヤコも私と同じ気持ちらしく、私の問いかけに応えた彼女の声は若干震えていた。
「ちなみに私は先生1択です」
「ん? トキちゃん?」
未だ不服そうな表情を浮かべたまま、トキはこちらに視線を寄越した。
かき氷の話はどこへいったのだろうか。
「な、なにを口走っているのですか、トキ」
「……」
ふるふると身体を震わせて動揺しながらも、なんとか口の
いつものおふざけに過ぎないのだろうが、なんとなく微妙な空気を払拭できるような面白い返答を考えようとしたところで、いつの間にか目的地へと到着したことに気がついた。
太鼓の音が鳴っている。
ガヤガヤと、人がゴミのようで。鳥居をくぐって長ったらしい階段を登った先には、あちこちに屋台が出ていて、等間隔にランタンが飾られてある。
──夏は嫌いだが、それでも夏の良さはたしかにあった。
「……よかったら、撮ろうか?」
祭りの景色を写真に収めようと、巾着袋から取り出したスマートフォンのカメラアプリを開いた月雪ミヤコへと問いかける。
彼女は顔だけをこちらへ向けて、なにやら考え込んでいた。
「小隊のみんなに送るんでしょ? なら、月雪さんも写ってた方がいいと思うから」
「……私だけが写っていても仕方がないでしょう。ですので、先生も──」
「少し屈んでいただけますか? 画角的に、私が見切れてしまいますので」
月雪ミヤコの言葉を遮って、会話に割り込んできたヒマリは私の浴衣の袖をくいっと引っ張った。
それに従って膝を曲げて、ヒマリと目線の高さを合わせる。
「ミヤコ、自撮りの基本はインカメです」
いつの間にか、ヒマリの右隣で屈んで頬がくっつきそうなほどの距離まで詰めていたトキが、呆然としている月雪ミヤコを急かしたてた。
「お二人も、もう少し私の方に寄ってください。トキが見切れてしまいます」
言われるがまま、私も頬がくっつきそうなほどの距離までヒマリの方に寄った。
月雪ミヤコは少し間を置いてから、やがて不服そうな表情を浮かべて、私にぴとりと身体をくっつけた。
月雪ミヤコ、私、ヒマリ、トキと、4人が並んでぎゅうぎゅうにくっついて、月雪ミヤコが空に手を伸ばして構えたスマートフォンのインカメでパシャリと写真を撮った。
暑苦しい。それから、いい匂いがした。
「共有していただけますか?」
巾着袋から取り出したスマートフォンを、ふりふりと振ってヒマリは微笑した。
「私にもお願いします」
同じように、トキもスマートフォンを取り出した。
「私にも送ってもらえる?」
2人にならって、私も取り出したスマートフォンを月雪ミヤコの眼前でふりふりと揺らした。
「……──」
一瞬、私のスマートフォンを見た月雪ミヤコの目が丸くなり、なにかを言おうと口を開きかけたのだが、小さく息を吐いてから、「わかりました」と、つぶやくように言った。
すぐにモモトークに画像が貼られて、私がそれを保存している間に、月雪ミヤコは2人と連絡先を交換していた。
「ていうか、この人の多さじゃ買いたいもの全部買えないよね。一旦各自で好きなものを買って、20分後に合流しない? かき氷はあとでみんなで買いに行こう」
私の提案に、顔を見合わせた3人はこくりと頷くと、やがて散り散りになった。
人混みをかき分けて、私がまず最初に買いに向かったのはもちろんイカ焼き。から揚げとラムネも外せない。
5分ほど並んで渡された作り置きのイカ焼きを手に、次の屋台へと向かう。
『ラムネ』と書かれた屋台に並んでいると、その隣の『りんご飴』と書かれた屋台にトキが並んでいるのが見えた。
「別れた意味、なかったね」
苦笑を浮かべて話しかけると、「そうでもありません」と、トキは微笑した。
「私が買いたかったのはこのりんご飴だけですので、ここからは先生と2人きりです」
言って、トキは私の腕に自分の腕を絡めて、ぴったりと身体を寄せてきた。
「……暑いよ。あと、歩きにくい」
「私は構いません」
「私が構うんだけど?」
どうやら離れる気はないらしい。
私の肩にこつんと頭を預けてきたトキに苦笑して、そのまま次の屋台へと向かった。
「……」
私の目の前で、ちょうど作り置きされていたから揚げがなくなり、今揚げているところだから少し待ってくれとお願いされた。
揚げたてを食べられるのは嬉しいのだが、みんなと別れてからもうすでに15分が経過している。
合流地点まではここから歩いて5分ほどかかる。
「少しくらいなら遅れても問題はありません。心配でしたら、連絡してみては?」
未だ腕にくっついたままのトキが、私の心中を察して至極まともな提案をしてくれた。
それに従って月雪ミヤコに電話をかけてみたが、人混みのせいか繋がらない。
まあ、遅れてもせいぜい5分程度なので、謝って許してもらうことにしよう。
うんうんと頷いて、私は店主に4人分の料金を支払った。
× × ×
「携帯は……繋がりませんね」
「まあ、この人混みでは仕方ないでしょう。不本意ですが、ここで2人を待つ他ありませんね。あなたと2人というのは不本意ですが」
「……」
わたがしと、それからベビーカステラを買って合流地点へと向かうと、そこにはチョコバナナとチュロスを手にして突っ立っている月雪ミヤコだけがいた。
先生とトキは遅れているらしい。
連絡がつかないから状況はわからないが、迷うほど広大でもないので、心配はいらないだろう。
「私はずいぶんと嫌われてしまっているようですね」
「……べつに、嫌っているわけではありません。ただ、第一印象がよくなかった。それだけです」
「……」
言われて、初めて月雪ミヤコと顔を合わせた日のことを思い出す。
『夜な夜な先生のPCをハッキングして変なメッセージを画面上に表示させるのはやめてください!』と、そんなことを言われた。
変なメッセージだなんて、失礼極まりない。
「では、これを機に仲良くなりましょう」
「……どれを機にですか」
「こうして2人きりで話せる機会に、ですよ」
超天才清楚系病弱美少女スマイルを浮かべると、月雪ミヤコは観念したようにため息をついて、なにを話すのかと目で訴えかけてきた。
「先生の好きなところについて、語り合いましょうか?」
「……はい?」
「私は先生の──」
「待ってください」
心底訳がわからないというふうに、月雪ミヤコは眉を顰めて私の言葉を遮った。
「先生の好きなところ? 言っておきますが、私は先生のことは好きではありません」
「そうでしたか。ですが、私は好きですよ?」
「……」
「ええ、そうです。私は先生のことが大好きです。たまらなく愛おしいのです。『全知』の学位を持ってしても、この気持ちを抑える
冗談みたいに笑って、されど射抜くように月雪ミヤコの瞳の奥を覗き込む。
数秒、彼女は私を見つめ返していたが、ふと、ばつが悪そうに足もとへと目線を逸らした。
「……」
「ミヤコ。あなたはどうですか?」
「どう、と言われましても……。なぜそんなことを私に?」
「そうですね──」
ちらと、彼女の背後から先生とトキが歩いてくるのが見えた。
月雪ミヤコは不安そうに私の目を見つめるだけで、微塵も気がついていない。
私から先生へのアプローチを〝変なメッセージ〟だと言われたことへの仕返しは、ここまでらしい。
心の中でタイムリミットまでのカウントダウンを始めて、私は口の
「あなたも──私と同じ気持ちだと思ったからです」
× × ×
たっぷり15分も遅れてしまったことに気まずさを感じながら、私はもにょもにょと小声で謝罪の言葉をつぶやいた。
遅れてしまった理由としては、合流地点へと向かう途中にクレープの屋台を見つけて、その珍しさにまんまと惹かれてしまったからである。
「べつに、怒っていません」
クレープと、それからから揚げを差し出すと、月雪ミヤコは唇を尖らせてそれを受け取った。
ヒマリは食べ切れるかわからないといったふうに微妙な笑顔を浮かべて受け取ってくれた。
「……祭りの屋台にしては美味しいな」
中のアイスが溶け始めていたクレープをひと口かじって、いささか失礼ではあるが素直な感想が口をついて出た。
「失礼ですね」
間髪入れずに月雪ミヤコが私を窘める。
ヒマリは小さな口でちまちまと食べ進めることに集中している。
もくもくと口に詰めたクレープを飲み込んだ目の前のトキは、ふと私に向かって右手を伸ばした。
「じっとしてください、先生。唇の端に生クリームが付着しています」
言って、トキは私の頬を包むように右手で触れて、親指で私の口もとを拭った。
生クリームをすくいとった親指をじっと見つめたトキは、なにを思ったのか、ぺろりとその親指についた生クリームを舌で舐めとった。
「ちょっと!?」
「は?」
恥ずかしげもなく、どころかなぜか得意げにふんすと息を吐いたトキは、任務達成とでも言わんばかりにぴーすサインを作ってこちらへ向けてきた。
ちなみに、隣の月雪ミヤコの瞳から光が消えていて怖い。
「私も口に生クリームをつけるので、次は先生が同じようにしてください」
「しないから!」
わけのわからないトキのドヤ顔と提案にしっかりと断りを入れて、私は残ったクレープを一気に頬張った。
真隣から睨めつけるように見上げてくる月雪ミヤコの視線には気づかないふりをして……。