月雪ミヤコの恋愛録   作:一等星の夜

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更新が遅くて申し訳ないと謝罪するのはおこがましいと思っているのですが、読んでくださっている方の中には少しでも待ってくれている方がいるということを信じて謝罪させてください。
更新が遅くて申し訳ありません。


20.5

 私がシャーレに遊び──先生のお世話をしにいくようになってから、数ヶ月が過ぎた頃。

 一冊の小説を読み終えて、私は執務を放り出してスマートフォンに夢中になっている先生へと視線を向けた。

 ぱたんと閉じた小説をわざとらしくテーブルに置いてみても、先生はこちらになんの反応も示さない。

 私はむっと口を尖らせて、そのまま数秒先生を凝視していたが、やはり彼はこちらを向かなかった。

 一体なにに、そんなにも目を奪われているのかと気になってしまい、私はそっと先生の後ろに立って、スマートフォンの画面を覗き込んだ。

 

「──は?」

 

 思わず、声が出てしまった。

 背後の私に気がついた先生はびくっと大袈裟に肩を揺らして、すぐにスマートフォンを裏向けてデスクの上に伏せた。

 

「は?」

「……」

 

 私の威圧に気がついていないふりをして、先生はわざとらしく書類を広げる。

 「よし」、などと意気込んでペンを手にした先生は、そのまま押し切るつもりらしい。

 

「は?」

「……」

 

 さすがに、見逃すわけにはいかなかったので、私は先生の肩にぽんと手を置いて、後ろから頬がくっつくほどの距離まで顔を寄せた。

 

「もしや、ごまかせると思いましたか?」

 

 そのまま、ぐりぐりと自分の頬を先生の頬に押し付ける。

 先生は「うぅ……」と情けないうめき声をあげていた。

 

「いや違うんだよ」

「なにが違うのですか」

「さっきのはなんというか、ほら、私は安心安全な大人だよということをわかりやすく認識してもらう方法として──」

「先生」

「……はい」

「私はかわいいです。そうですね?」

「まあ、おっしゃる通りかと」

 

 先生は左手で私の顔をそっと押しのけると、身体ごとこちらに向き直った。

 

「私は優秀です」

「それも存じ上げております」

「私は頼りになります」

「うん。本当に頼りにしてるよ」

「……」

 

 こほんと、わざとらしく咳払いをしてから、もう一度先生へと視線をやった。

 

「では、なぜ私がいるのにマッチングアプリをしていたのですか? 詳しく……説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」

「……」

「目を逸らさないでください」

 

 顔ごと逸らした先生の両頬を包み込んで、無理やりこちらを向かせる。

 

「やましい気持ちはないよ」

「なら目を合わせてください」

「……」

 

 観念したように、ため息をついた先生は、しぶしぶといったふうに視線をこちらへ向けた。

 

「私は大人で、先生でしょ?」

「そうですね」

「結婚どころか、恋人さえいなかったら、ほら、生徒たちからすれば怖いなって思うこともあるかもしれないし」

「は?」

「けど、せめて恋人がいれば生徒たちも安心して接してくれるんじゃないかなって──」

「は?」

「……」

 

 ふたたび、先生は気まずそうに私から目を逸らした。

 声ももにょもにょと小さくなって聞き取れない。

 

「つまり、こういうことですね。べつに恋人が欲しいわけではないが、生徒への安心感を与えるためになんとも思っていない女性と交際し、なんとも思っていない女性を利用するべくマッチングアプリでお相手を探していたと」

「……」

「先生」

「……」

「こちらを向いてください」

 

 ふたたび、顔ごと逸らした先生の両頬を包み込んで、無理やりこちらを向かせた。

 

「私と先生の付き合いはそれほど長くはありません。ですが、先生はそんな不誠実なことを平然とできる大人ではないということは、よく知っています」

「トキ……」

 

 うるうると瞳を潤ませて、わざとらしく感動をアピールしてくる先生をじっと見据えたまま、私は続けた。

 

「結論を急がないでください。『独身だから怖い』、『安心できない』と、誰かがそう言いましたか?」

「……いや、そんなことを言われたことは一度もないよ。そんな噂を聞いたことも」

「当然です。そんなことを言っている生徒は存在しませんし、そんなことを言う生徒は存在させません」

「……? ちょっと? 雲行きが怪しくなってきたな」

 

 108ある特技のひとつ、瞳のハイライトオフを実行。

 口もとを引き攣らせた先生の視線を捕らえるように、じとりと目を細めて顔を近づけた。

 

「先生の良さは私だけが知っていればいいというのが本音ではありますが、それはそれとして先生の良さがわからない生徒を野放しにはしておけません。ご安心を。完璧なメイドであるこの私にかかれば、〝掃除〟は朝飯前というものです」

「待って」

「なんですか、私の先生」

「……君のモノになった覚えはないんだけど」

 

 言ってため息をついた先生に倣って、私も同じくため息をつく。

 

「わかりました。では私が先生のモノになりましょう」

「なにそのやれやれ感。え、これってもしかして私が悪い?」

「メイドといえば『ご奉仕』です。つまり、どういうことかわかりますね?」

「いやまったくなにも──」

「このパーフェクトメイドボディを使って、先生に『ご奉仕』をします」

「──……」

 

 ごくりと、先生の喉が鳴った。

 一瞬静寂が訪れて、すぐにそれは打ち破られた。

 

「……いやいやいや、身体を使ったご奉仕って……私は健全な生徒たちを導く立場にある先生だぜ……社会的に少しは有名なんだ。しかも! 調べたらそんな『(意味深)』みたいなものじゃなく、メイドの主な仕事は清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働と書いてあるッ。主人に尽くすメイドたちの日々のご苦労は想像できない!」

「『ご奉仕』をします」

「だから気に入った」

 

 古来より悪ノリには悪ノリで返すのが礼儀というものだが、先生はいささかノリすぎな気もする。

 さて、ふざけ倒している先生のことはいったん置いておいて、そろそろ逸れてしまった話の続きをレールの上に戻すことにする。

 

「先生」

「……?」

 

 ことりと首を傾げた先生の瞳の奥を覗き込むように、じっと見つめたまま、私は言葉を繋げた。

 

「先生に恋人は必要ありません。結婚など、もってのほかです。先生には私がいるではありませんか」

「いや、正直なところトキのせいなんだよね」

「……?」

 

 先生に倣って、今度は私がことりと首を傾げた。

 

「最近噂になってるんだよ。シャーレの先生は、生徒にメイド服を着させてオフィスに連れ込んで、あんなことやこんなことをさせているんじゃないかって」

「なるほど。続けてください」

「このままだと私は社会的に抹殺されてしまう」

「それは愉快ではありませんね」

「わかってくれる?」

「もちろんです」

 

 神妙な面持ちでこくりと頷いてみせると、先生は安堵のため息をもらして、私の肩にぽんと手を置いた。

 

「だからやっぱり、私には恋人がいた方がいいと思うんだよ」

「いいわけがありません。筋が通っていないので、初めからやりなおしてください。再入力をお願いします」

「ええ……。論理的かつ合理的だったと思うんだけど」

「やれやれ。今どき鈍感系は流行らないと思いますが、本気で言っているのであれば不本意ですが、説明させていただきます」

 

 言って、執務室に置かれてあるホワイトボードの前に立ち、手に取ったペンでこつこつとホワイトボードを叩いて先生の意識をこちらへ向けさせる。

 

「それでは始めていきますので、拍手をお願いします」

「……ちなみに、なにを説明してくれるの」

「キヴォトス滅亡の危機について、です」

「なにそれ怖い」

 

 わざとらしく怯える先生を無視して、手にしたペンでホワイトボードに絵を描いていく。

 デフォルメした先生の姿と、その隣に適当な女性の絵を描いた。

 

「先生に恋人ができました」

「はあ」

「それを知ったキヴォトス中の生徒はフル武装で集まります」

「え、」

 

 先生とその恋人を囲むように建物と、生徒たちの絵を簡単に描く。

 仕上げに、それらを塗りつぶして爆発させた絵を描いて、ペン先にキャップをかぶせると、そのまま先生にペンを手渡した。

 

「学園都市キヴォトスは崩壊しました」

「ちょっと?」

「ご理解いただけましたか?」

「わかるわけないよね?」

 

 食い気味に突っかかってくる先生に、私はやれやれといったふうにため息をついて応えた。

 

「つまり、先生に恋人は必要ありません」

「……」

「先生が、本当に心から愛せる人を見つけて、そういった関係になったのであれば、少なくとも私はそれを尊重します。ですが、世間体や、生徒たちのために──などといった理由で恋人を欲しがっているのであれば、そんな不誠実はこのパーフェクトメイドエージェントである飛鳥馬トキが許しません」

「……」

 

 先生はしばしの間複雑そうな表情で目を細めていたが、やがて観念したように苦笑した。

 

「全面的に、君が正しいよ」

「では、私の勝ちですね。ぶい」

「勝負してた覚えはないけど、私の負けだよ」

「やはり、敗者にはそれ相応の罰が必要だと、そうは思いませんか?」

「え、怖い」

「古来より、負けた者は勝った者の言うことを聞くというルールがあります」

 

 ふんすと、私は息を吐いた。

 

「ですので、先生には──ロマンチックな告白のシチュエーションを考えていただきます」

「えぇ……唐突すぎない……?」

「む。なんですか、その面倒くさそうな表情(カオ)は」

「いや……まあ、なんで告白のシチュエーション? 告白の予定でもあるの?」

「ふふ。愚問ですね、先生。おもしろそう──先生の恋愛観に興味があるからです」

「……」

 

 先生は心底嫌そうな表情を浮かべていたが、やがて観念したようにひとつ息を吐くと、私に視線を向けた。

 

「ええと、そうだなあ。告白するなら、夏……お祭り? あ、花火とか」

「なるほど。続けてください」

「ほら、花火の音に告白がかき消されて──ってやつ。よくあるでしょ?」

「却下です。かき消されてどうするのですか」

「……じゃあ、手持ち花火──向かい合って線香花火を手にしながら、」

「続けてください」

「恋も線香花火も先に落ちたほうが負け、なんつってさ。はははっ」

「……」

「……えっと。恋は駆け引きだよ。まずは相手の花火に先に火をつけてやるんだ。自分の花火には、相手の花火から火をもらってあとからつける。そうしたら、負けないでしょ? これ、必勝法ね」

 

 盛大にスベッてしまった気恥ずかしさを誤魔化すように、先生はつらつらと語り始めた。

 

「……相手の花火が先に落ちたら、そこで告白すればいいんじゃないかな。たぶん。知らんけど」

 

 おそらく、九分九厘適当なことを言っているだけなのだろうが、的を射ている部分も少なからずある気がしないこともなくはないまである。めいびー。

 

「一応、頭の片隅には入れておきましょう」

「あ、その程度なんだ……。いやまあいいんだけど」

 

 口もとを引き攣らせた先生は、しかしすぐに破顔した。

 揶揄うような。それでいて愛おしいものを見つめるような。くすぐったさも交錯しているような、得もいわれぬ笑みを浮かべて、彼は口の()を持ち上げた。

 

「きっと、いつか君も誰かに恋をして、その気持ちを届けたいと思う瞬間が訪れるんだろうね」

「……」

「羨ましいよ。その誰かが」

 

 とくんと、心臓が音を立てた。

 それと同時に、屈託のない笑顔で、こともなげにそんなことを宣う先生が、少し腹立たしかった。

 

「そうですか。当然ですね。なにしろ私は完璧できゅーとなメイドエージェントですので、ぶい」

 

 ──私が言うのもなんだが、この先生はおかしいと思う。

 

 その最たる理由として、その気は微塵もないくせに、本気で、平然と、こちらをその気にさせるようなセリフを吐いてしまうところが挙げられる。

 その誰かが羨ましい? ならば、私がその気持ちとやらを告げたとき、彼はそれを受け止めてくれるのだろうか。

 きっと、おそらく、いや絶対。そんなことはありえないだろう。

 「私は先生だから」とか、「君は生徒だから」とか、きっとそういう断り方をする。

 はっきりと、その気はないと伝えられた方がこちらとしては幾分もマシなのに、〝傷つけないように〟と、望んでもいない気遣いをするのだろう。

 

「これからは時間をかけて、私の魅力を余すとこなく先生にお届けします」

 

 ただ、そんな気休めにもならない気遣いなど、施されてやるつもりは微塵もない。

 

「なんか、目が怖いな……」

「この切れ長の(ひとみ)も、私の魅力のひとつです」

「いや、なんというか、眼光が……」

「それも魅力です」

 

 ぐいっと、唇と唇が触れ合いそうなほどに距離を詰めて、じっと彼の瞳の奥を覗き込んだ。

 すぐに、先生は私の両肩に手を置いて、そっと突き放して距離をとった。

 

「知ってるよ。君の魅力は、傍で見ている私の方がよく知ってる」

「……なるほど、そうきますか。女たらしですね」

「失礼だな。──純愛だよ」

 

 得意げに、人差し指をこちらへ向けてドヤ顔を作った先生に、私はため息で応えた。

 

 ──やはり、この先生はおかしい。

 

 

 

 

 

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