月雪ミヤコの恋愛録   作:一等星の夜

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「──子供心にも、赤服の爺さんの存在を信じたことはなかった気がする」

 

 煌びやかな街並みは、クリスマス一色だった。

 イルミネーションでライトアップされたクリスマスツリーや街路樹、建物などがうるさいくらいに存在感を示している。

 しまいには雪なんかも降り出して、よりクリスマス色が強まっていた。

 吐いた息はたちまち白く凍りつく。

 

「先生にもあったんですね、子供時代」

「あるよ。私のことなんだと思ってる?」

「なんとも思っていません。強いて言えば、変態……変な人、と」

「……」

 

 隣を歩く月雪ミヤコの私に対する態度は、頬に落ちて溶ける雪よりももっと、冷たかった。

 それもそのはずで、今日の分の執務をまだ終えていないのに、せっかくクリスマスなのだからクリスマスらしいものが食べたいと駄々をこねて買い出しへと出かけた私に、彼女は嫌々ついて来たのだから。

 私は執務室で待っていていいと言ったのだが、そういうわけにはいかなかったらしい。

 なにしろ最近忘れかけていたのだが、彼女には私を監視するという任がある。

 

「ええと、それで、サンタクロースなんだけど、」

 

 とりあえず、一旦話を戻すことにする。

 

「おかしいよね。だって一晩の間に世界中をまわって子供たちのところへプレゼントを届けるなんて不可能だ。それも、無償で」

「ずいぶんとひねくれた子供時代だったみたいですね」

「まあ、可愛げはなかったかもしれないね」

 

 特に、彼女は興味なさげだった。

 こちらには目もくれず、小さな歩幅でほんの少し遅れてついてくる。

 

「月雪さんは信じてた? サンタクロース」

「……まさか」

「へえ。なんで?」

「見返りも要求せずに、理由もなく優しくしてくる大人なんて、いつの時代も掛け値なしにうそつきだからです」

 

 彼女は事もなげに、吐き捨てるように言った。

 聞いたことのあるセリフだ。

 しかし今の物言いではまるで、サンタクロースの〝存在〟を信じていないのではなく、サンタクロース〝を〟信じていないといったふうに聞こえる。

 つまり、サンタクロースは信用できない、と。

 

「くふっ……」

 

 それがなんだか少しおかしくて、思わずふきだした。

 

「……なにか?」

「いや、深い意味はないんだ。──ひねくれてるね、月雪さんも」

「……」

 

 ふっと、揶揄うように私は笑った。

 笑ってからすぐに、これは怒られるやつだと身構えた。

 しかし彼女は怒るでもなく拗ねるでもなく、ただ驚いたように目を丸くして、隣の私を見上げている。

 

「……叩いてもいいですか?」

「だめだよ? なんで? ひどい」

 

 前言撤回。怒っているらしい。

 

「すみません。つい手より先に口が出てしまいました」

「いやそれでいいんだけど……。だめだよ? 口より先に手が出るようなことがあっては」

「はい。次からは先に手を出すよう気をつけます」

「私の話聞いてる?」

 

 冷静に、いや少し食い気味に突っ込んだ私を見上げて、月雪ミヤコは数秒固まった。

 それから不意にゆっくりと、軽く握ったこぶしを口もとにあてて、彼女は小さくふきだした。

 

「ふふっ。──いえ、聞いていません」

 

 前言撤回。怒っていないらしい。

 くすくすと、楽しそうに笑う彼女を見て、私も口の()が持ち上がるのを感じた。

 笑うポイントがどこにあったのかはわからない。

 私の間抜けな顔がおもしろかったのかもしれない。

 なんでもいい。

 年相応に、無邪気に笑った彼女の表情(かお)は、とてもかわいらしかった。

 

「初めて見たよ、」

「……?」

 

 君のそんな表情(かお)

 そう続けようとしたが、また私たちの距離が離れてしまってはたまらないので、心の中だけにとどめておくことにした。

 

「いや、なんでもない」

「なんですか」

 

 先ほどまで楽しそうだった隣を歩く少女は、一変してジト目で私を見上げてくる。

 そんな彼女から目を逸らし、私は下手くそな口笛を吹いた。

 

「……!」

 

 そんな私の態度が気に入らなかったのか、月雪ミヤコは軽く肩で私の腕にぶつかってきて、もう一度「なんですか」と問いかけてきた。

 

「痛い、暴力反対」

「すみません、躓いてしまいました」

「ほんと?」

「うそです」

 

 うそつきの彼女はまた一変して、くすくすと笑い声を落とした。

 

「……」

 

 ──月が、見上げた星空の彼方で煌めいている。

 

 ──雪が、私たちを彩るように舞い降っている。

 

「……寒いね」

「そうですね」

 

 子供心にも、赤服の爺さんの存在を信じたことはなかった。

 けれど、どうやらサンタクロースはいるらしい。

 たった今、彼は私に彼女の笑顔(プレゼント)を寄越したのだから。

 

「……」

 

 ひとつ、ついたため息は白く凍りつき、霧散した。

 執務を途中で放り出してきたとはいっても、時刻はすでに20時をまわっている。

 飲食店はどこも満席で、私たちは雪が降る星空の下をしばらく、あてもなく歩いた。

 

 途中立ち寄ったショッピングモールの食料品売り場で、惣菜やお菓子、ジュースやケーキを買ってから帰路についた。

 結果として、どれもこれもクリスマスらしいというには欠けている。

 とくに、半額のシールが貼られたケーキが見すぼらしかった。

 

 ただ、今まで幾度と過ごしてきたクリスマスの中では今夜が一番、クリスマスらしかった。

 

 

 

 

 

   ×  ×  × 

 

 

 

 

 

「年末ですね」

「そうだね」

 

 執務は滞りなく、順調に進んでいた。

 月雪ミヤコの元々の能力が高いのももちろんあるのだが、やはり一貫して当番を任せていたのは大きかったように思う。

 日に日に書類を処理するスピードは増していったし、そのおかげで年の瀬だというのに特に執務に追い込まれるような事態には陥らなかった。

 いま現在も、21時はまわっているが、とくに急ぎの仕事があるというわけではない。

 ただお互いに手持ち無沙汰を誤魔化すために執務に取り組んでいるだけで。

 

「初詣などに行かれる予定はあるのですか?」

「いや……。多くの生徒たちから誘いはもらってるんだけどね。全ての誘いを受けることはできないし、かといって誰かを特別扱いするわけにもいかない。だから、大人しく仕事でもしているよ」

「なるほど……」

 

 本当は寝正月の予定なのだが、そんなことを言えば月雪ミヤコは怒り出すと思うので、仕事をすると言っておく。

 なに、バレはしない。

 彼女だって年始くらいは仲間のもとへ戻るだろう。

 

「月雪さんは?」

「……? 先生が仕事をするというなら私が黙って見ているわけにはいかないでしょう。心配しなくても手伝いますが」

「……」

 

 どうやら、元旦もシャーレオフィスで過ごすつもりらしい。

 いやだ。元旦くらい、執務のことは綺麗さっぱり忘れて気が済むまで惰眠を貪っていたい。

 

「いやそうじゃなくて。いいの? 小隊のことは」

「経過は逐一モモトークなどで報告しあってますが……」

「でも元旦くらい顔を合わせた方が──」

「怪しいですね」

 

 月雪ミヤコは手を止めて、流し目でこちらを睨めつけた。

 ギクリ、と私の心臓が音を立てたような気がした。もちろん気のせいだ。

 しかし、会話がやむと、この執務室は異常なまでの静けさに覆われてしまう。それはたいてい、月雪ミヤコから発せられる圧によるものだった。

 

「なぜ私を追い出そうとしているのですか」

「え、なにが? 追い出すわけないよ、むしろずっと傍にいてもらいたいくらいなのに、ははは」

「私がいるとなにか不都合なことがあるのですか?」

「いやいや、なんの話? はは……」

 

 おそらく、私が正直に話すまで彼女は折れないだろう。

 私を一向に離さないジトリとした視線が、それを物語っていた。

 

「……、……いや、本当はうそなんだ。仕事のことなんて忘れて、だらだらと過ごしたい。その……そんな感じです、はい」

 

 たまらず目を逸らして、私は率直に述べた。

 そんな私に、「はぁ……」と呆れたようにため息をつく彼女の姿が、視界の端に映った。

 

「先生」

「はい」

 

 呼ばれたので、そちらに視線を戻す。

 彼女は無表情だった。

 

「今さら隠さなくても、あなたがそういう大人だということを私は知っています」

「……それはそれでどうなんだろうね」

「情けない大人。頼りにならない大人」

「……」

 

 淡々と発せられる彼女の言葉が、グサグサと私の心に突き刺さる。

 私はしゅんと俯いて、これから降りかかるであろう罵詈雑言に備えた。

 

「ですが──」

 

 声のトーンがひとつかふたつ、上がった。

 おそるおそる、ゆっくりと顔を上げると、愛おしいものを見つめるような、なんとも言葉では言い表せない表情を、彼女は浮かべていた。

 気のせいだと思う。きっと、気のせいだ。

 けれど、思わず見惚れてしまうような、たしかにそんな表情だった。

 

「うそをつくのが下手なところは、先生の美徳です」

 

 ドクンと、心臓が跳ね上がった。

 見たこともないような彼女の表情に驚いたのか、はたまた聞いたこともないような彼女の優しげな言葉に驚いたのか。

 ただこの心音が、彼女のもとへ届いてしまわぬよう、私は祈った。

 

「つくのは、優しいうそだけにしてください」

「……気をつけるよ」

「よろしいです。では、元旦も執務をがんばりましょう」

「いいや、執務はがんばらない」

「では、私を納得させるに足る理由はありますか」

「もちろん」

「お聞きしましょう」

 

 彼女が淹れてくれた、もうすっかりぬるくなってしまっていた珈琲を一口喉の奥に流し込み、私は大袈裟な間をとった。

 壁にかけられた時計の秒針が、心音と重なってカチカチと音を鳴らしている。

 次に私の言葉を聞いた月雪ミヤコが、どんな反応を見せるかは、もう予想ができている。

 

「それは元旦らしくないからね」

「なるほど、却下です」

「だよね」

 

 私たちは、くすくすと笑い声をこぼした。

 そうは言っても、日頃デスクを埋め尽くしていた書類のほとんどがすでに、処理済みになっている。

 このままいけば余裕を持って新年を迎えられるのは明白だった。

 

「新年寝正月セット。テレビ、こたつ、そして今なら雪見だいふくもついてくる」

「……魅力的ですね」

「こたつに入って駅伝を見ながら、手元には熱いお茶と雪見だいふくだよ。迷う余地がない」

「……っ」

 

 月雪ミヤコは両目を閉じて、揺れ動く心を必死に抑えつけるような表情を浮かべている。

 意外とノリがいいらしい。

 

「……SRTの誇りに懸けて、私は屈しません」

「あれ? もしかして本気で揺れ動いてる?」

 

 どうやら冗談ではなかったらしい。

 真剣と書いてマジと読むくらいには、本気だったのかもしれない。

 

「……ふっ、あはは!」

 

 たまらず、ふきだした。

 彼女は意外とお茶目で、かわいらしい。

 

「……!」

 

 私がけたけたと笑っているのを見て、自身の言動を思い返して恥ずかしくなったのか、月雪ミヤコはみるみるうちに頬を赤く染め始めた。

 

「……なんですか」

「いや、べつに」

 

 〝──私はあなたに下の名前を呼び捨てられるほど、あなたと親しくはありませんし、今後そうなるつもりもありません〟。

 

 なんとなく、いつだったか彼女に言われた言葉を思い出した。

 頬を赤く染めてうらめしそうに私を睨めつけている今の彼女なら、下の名前を呼び捨ててみても、許してくれるような気がした。

 けれど、同じ轍を何度も踏んだりはしない。

 きっと今回のも気のせいで、〝ミヤコ〟なんて呼んだりすると、窘められるのだろう。

 

「──月雪さん」

 

 だから、距離感だけは間違えてしまわぬように──

 

「……」

「来年もまたよろしくね」

 

 一歩ずつ。

 

 

 

 

 

 

 

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