皆さん、出来ればどうか最後まで見ていって下さい。
帝国歴1000年 皇子ジェラール編(ソーモン前編)
Side 名も無き帝国兵
この日、運命の時を迎えた。
レオン皇帝陛下がジェラール殿下に戦闘経験を積んでもらうべく、日々訓練やモンスター退治に明け暮れていた。
帝国統一を目指すレオン陛下には先述したように第2皇子であるジェラール殿下、そして第1皇子である勇猛なヴィクトール殿下がおられる。
ヴィクトール殿下は勇敢なる剣士で質実剛健な性格、精神と力を持ち合わせている。
"流し斬り"を始めとする剣技を習得し、大剣を中心とした数多くの技を磨いて今の強さに至った。
美しい顔立ちである為かアバロン中の女性達に
対する第2皇子ジェラール殿下は心優しく、穏やかな気質の持ち主。
政治に関する知識を学ぶべく学問の授業を受け続けていて、子供達と遊んだりする姿はとてもレオン陛下の血筋を引いているとは思えない程に優しく、虫すら殺せない程の性格であった(陛下曰く、お母上である亡き皇妃様に似たのだとか)。
戦闘経験も浅く、言い方によっては素人に毛が生えた程の腕前。模擬戦を交えてみればてんで弱く、全く話にならなかった。
ほんの少し前まで本の虫であった殿下をレオン陛下や長く城に仕えておられる重装歩兵のベア殿、軽装歩兵のジェイムズ殿やライーザ殿、弓を扱う猟兵のテレーズ殿やヘンリー殿が手解きしておられた。
他には宮廷魔術師で火術を得意とするエメラルド殿、水術を得意とするアリエス殿も魔術の指南をジェラール殿下に叩き込む。
それと
ヴィクトール殿下は涼しい顔をしつつも内心心配する素振りを見せているが、敢えて気付かれないように平常を振る舞っておられる。
厳しくも弟君の事を気に掛けている側面もあり、陛下共々ジェラール殿下の成長を見守り続けている。
これからも未来永劫、このアバロンは平穏であり続けるだろう。
突然と響き渡る、悲痛な叫びと轟音。
レオン陛下がジェラール様、ベア殿、テレーズ殿、ジェイムズ殿を伴ってモンスター討伐に出向いた隙を狙ってか、数百匹にも及ぶモンスターの軍勢がアバロンを襲撃して来たのだ。
何故アバロンに攻め入る事に至ったのか。レオン陛下が不在とはいえ、今
妙に統一の取れたモンスター達に違和感を覚える中、ヴィクトール様の指示で人々を救う為、何よりアバロンを守る為に我々は出陣した。
ヴィクトール様を中心に剣術に長けているライーザ殿、ヘクター殿が先陣を切ってゴブリン達を肉薄にして斬り込む。
空を舞う敵や打ち漏らした敵はヘンリー殿とアンドロマケー殿の弓で撃ち落とし、火術を扱うエメラルド殿が回復術で負傷者を治療するアリエス殿の援護に回っている。
「ハハハハハハッ!恐れろ!慄け!このクジンシー様が、帝国を、世界を手に入れてやる!!」
噴水広場に留まるボスらしき異形の存在が、己の力を誇張するかの様に高笑いする。
深緑の外套を纏った蛇系のモンスターの様な長い胴体、片手には剣を持ち、顔は小鬼を彷彿とさせる醜悪な人相だった。
「アバロンが堕ちたと知れば、皇帝も降伏せざるを得ないだろうなァ!ハハハハハハ!!」
最早勝敗が決まったと過信して異形は笑う。
それに
遠い昔、この世界は現在より強力なモンスターの脅威に晒されていた。
そんなモンスター達に掃討すべく、立ち上がった者達がいた。
ワグナス、スービエ、ノエル、ロックブーケ、ダンターグ、ボクオーン、そしてクジンシー。
後世では七英雄と呼ばれる彼等はモンスター達を殲滅し、人々に平和と安寧を齎した。
世界が平和になった後、彼等は何処かに姿を眩ました。
そして再びモンスターによる襲撃が頻繁になったこの状況、人々は皆七英雄の帰還を願った。
誰もがモンスター達と再び戦い、我々を守ってくれると信じていた。
だが、現実は残酷だった。
モンスター達を束ねるその異形は七英雄の名を語り、アバロンの町を焼き、人々を蹂躙する姿は嘗ての英雄の面影が感じられない。
自らが嘗て築き上げた平和を崩し、猛威を振るうそれは悪鬼そのもの。
悪夢だ、七英雄が人類を脅かす筈がない…救世を願っていた人達は皆、恐怖を、絶望を剥き出しとなって表している。
「アバロンは私が守る!」
絶望に恐縮し、悲観する我々を鼓舞しようとしているのか、ヴィクトール様が叫ぶ。
大剣を振るい、異形に恐れを抱くことなく果敢に挑むその勇姿、それはまさにレオン陛下の血筋がそうさせている。
ヴィクトール様ならばやってくれるだろう、流し斬りが決まった瞬間を見て我々は勝利を確信した。
──否、
「ぐあああああああああああっ!!」
『ヴィクトール様!!』
ヴィクトール様の絶叫が鼓膜に響く。
一部のモンスター達の扱うというライフスティールと言う冥術──否、その上位版と思しき術を異形は駆使していき、その間ヴィクトール様の悲鳴が木霊する。
凡ゆる生命力を削り尽くされ、ヴィクトール様の身体が地に伏した。
だが、ヴィクトール様は立ち上がろうとしている。最早息絶え絶えの声で「ま、まだ…倒れるわけにはいかない…!命に代えても、アバロンは渡さぬ…!」と得物に手を伸ばすが、後一歩の所で力尽きる。
夢なら目を覚めて欲しかった。あの勇猛で雄々しいヴィクトール様が、こうも簡単に斃れるなど。
私を含めて誰もが同じ心境だった。だが目の前で起きた事は正しく現実。
そんなヴィクトール様を滑稽に思ったのか
「──何があったのだ…!?」
数刻後、モンスター討伐から戻られたレオン陛下達が町の惨状に顔色を驚愕に染める。
そして斃れ伏すヴィクトール様に気付くなり、陛下とジェラール様が必死に呼び掛ける。
テレーズ殿が水属性の術・生命の水を掛けるも、全く効果がない。
最早虫の息も同然のヴィクトール様は「流し斬りが……完全に入った……のに」と弱々しく呟き、その息遣いが段々と失われていく。
「ヴィクトオオオオオオオォル!!」
「兄さあああああああああぁぁぁん!!」
そして永遠の眠りについた、亡骸となった彼にレオン陛下とジェラール様の絶叫がアバロンの空に響き渡った。
我々はこの悪夢を忘れない。後世にこの日の事を日記に記した。
Side out
Side ジェラール
兄上が、兄さんが死んだ。
否、殺されたのだ。アバロンを襲ったモンスター共の首魁・七英雄クジンシーによって。
モンスター共の圧倒的な数の物量に押され、兵士の半数は兄さんと同じく犠牲になってしまった。
ライーザやヘンリーは身体の節々に傷を負い、アリエス達水術師から治療を受けている。
エメラルドは術師達の指揮を執り、術の解明に励んでいる。
ヘクターとアンドロマケーも負傷しているも、虚勢を張り「まだやれる」とは言うものの、アバロンを守れなかった事に歯痒い思いをしている事に変わりなかった。
あの勇猛で雄々しい兄さんが死んだなんて、私は決して信じない、信じたくない。
三日三晩、寝室で咽び泣き続け、私の脳裏にヴィクトール兄さんの最期が鮮明に蘇る。
そんな私に父上の叱責が飛び、悲しんでも兄さんは戻って来ないと諭され、私は絶対に許さないと誓った。
今まで私自身に宿る筈のなかった、言葉にならない怒りと憎しみが私自身を奮い立たせた。
奴は港町ソーモンを根城にしていると斥候が掴み、クジンシーへの憎悪を胸に僕らはソーモンへと赴く。
奴を許せないのは私だけじゃない。テレーズも、ジェイムズも、ベアも、そして父上も同じ筈。
胸の中に怒りを宿し、怒りを募らせていった。
※
「うあああああああああああああっ!!」
「ジェラール様!」
「ジェラール様、落ち着いて下さい!」
「ジェラール様!落ち着かれよ!」
屋敷の最上階の最奥、そこでクジンシーは待ち構えていた。
憎悪を、憤怒を抑えられず私は感情を剥き出しにして剣を振るった。
クジンシーはそんな僕を嘲笑うかの如く、小馬鹿にした様子で私を相手にする。
堕ちたとはいえ腐っても七英雄を担う実力、まるで駒を扱う様にあしらわれてしまう。
分かっていた。分かっていた事なのに、私は兄さんの仇を前に冷静でいられなかった。
「ジェラール!冷静になるのだ!」
父上が、テレーズ達が私に鎮まる様に呼び掛けてくるが、最早理性が追いつかない。
インペリアルクロスの陣形を自ら乱し、
「そんなにまで死に急ぎたいかァ……?ならば望み通り、兄貴の後を追うがいい──このソウルスティールでなァ!!」
父上達の援護があったものの、クジンシーは勝ち誇った笑みを浮かべている。
そして兵の報告にあったと言う、禍々しい波動を纏いし魔手が──私に向けて突き出された。
あれは危険だ、避けなければ。
だが私が動くよりも、クジンシーの方が速い。
「うあっ…!」
何かに突き飛ばされて、尻餅をついてしまう。
え、と思わずその人物が僕の盾になる様に両手を広げ、苦悶の声を上げる。
私だけでなく、テレーズも、ジェイムズも、ベアも、その顔色を青く染め上げる。
あの逞しい背中が、音もなく床に倒れ伏した。
「……ちち、上……?父上ッ!!」
「陛下!」
『レオン様!!』
父上が私を庇い、生命力を根こそぎ奪われた。
血相変えて私達は駆け寄る、父上は息を荒く吐き、全身から不自然な脂汗が垂れる。
私の所為だ。私が独断専行して復讐を優先したばかりに、父上がこの様な事に……!
「そうだ。お前の所為さ」
クジンシーが私の心を見透かしたかの様に告げ、醜悪な笑みを浮かべて僕達を見下ろす。
「残念だったなァ……お前は兄貴だけでなく、親父も喪う。これ以上皮肉な事はない…!」
悔しくて言葉が出ない、今すぐでも斬り掛かりたくなる程の怒りが湧き上がってくる。
「止せ、ジェラール……!」と父上が弱々しい声音で制止を掛ける。
「
普段は勇ましい父の弱々しい姿に私は愕然とし、その判断に心が揺さぶられる。
「ジェラール様……!陛下の言う通りです!」
「テレーズ……」
「お気持ちは分かりますが、此処は次の機会に備えてアバロンに撤退するべきかと。此処でジェラール様まで倒れられれば、ヴィクトール様の無念を誰が為すのでしょうか!?」
「………」
「御決断を……!」
「………分かった。総員、アバロンへと撤退する」
此処で倒れたら誰がクジンシーを討つのか。歯痒さを感じつつ、私達は静かに父上を連れてアバロンへと帰路へ向かう。
クジンシーの下衆極まりない高笑いを背に、私達は敗北を身に染みてソーモンを離れた。
同時に皇帝の死がどの様な意味を示すのか、私はこの時何も知らずにいた。