Side フロスティ
私の名前はフロスティ、帝国から代々鍛治師を輩出しているファブリ家の跡取りです!
先日……御先祖様の代から破損していた金槌、それの修理に必要な純鉄石を皇帝陛下が全て集めて頂き、金槌は見事に修理出来ました。
その恩に報いるべく皇帝陛下──クワワ陛下のお力添えする事を強請ってみました。
ダメ元で頼んで流石に無理だと思っていましたけど、陛下は海の様に心の広い御方で了承して下さいました。
心の中で諦め掛けていたんですけど、やはり聞いた通り素晴らしい人でした!
陛下の武勲は歴々の皇帝にも負けておらず、つい先日七英雄の一人・ダンターグを倒したという話は帝都でも噂になっています!
そして今回、これまでの陛下の苦労を労うべくマーメイドの町へと宿泊する事になりました。
マーメイドと言うのは南ロンギットにある小さな湖畔の町の名前です。
その名前に由来となっているかは不明ですが、この町には人魚伝説が伝わっているそうです。
他には町の近くにある祠に魔女が住んでいて、ちょっと怪しげですけど薬を作っているらしいです。町の人からは恋人同士になれたと言う話を聞きますけど、それが本当かどうか怪しいです。
それと町の酒場には時々、踊り子がやって来て毎夜、町の男性に凄く人気みたいです。
町の女性達曰く美人みたいで優雅な舞いを披露していて、町の男性は皆それを拝むべく毎日夜の酒場に出向いているそうです。
「………」
現在、宿屋の一室でトパーズさんが鬼に近い恐ろしい形相で部屋の中を動き回っています。
彼女と同様に陛下の随行に同伴した私はそれが恐ろしく感じ、部屋の隅っこに張り付いていて背景と一体化しているようなものです。
同じく同伴しているサラマンダーのケルートさんは息を吐き、彼女に対して「少しは落ち着くがいい」と諭しますけど、本人は聞く耳を持たずな状態です。
「おかしいですわ」
「おかしい……確かに話に聞く祠に住む魔女とやらの話を聞けば何やら胡散臭く聞こえる──ぶっ!?」
「違います!
眉間に青筋を浮かべてトパーズさんが投げた枕で勘違いしてるケルートさんを黙らせ、彼女は怒りを私達にぶつけています。
彼女の怒りの原因はクワワ陛下がこの三日間、夜の酒場に出向いているとの事です。
陛下の事ですから美人で評判の踊り子の噂の真偽を確かめるべく、わざわざ宿を抜け出して酒場へ赴かれているんでしょう。
だけど三日間も通い詰めているのはトパーズさん的にも流石におかしいと思うらしく、嫉妬の炎を灯してその踊り子さんを傷物にしているのではないかと疑いつつ激昂しています。
まあ怒りたくなるのも無理ないですけど、陛下が下心目的で踊り子を見に行くとは思えないですね。ちゃんと「少し酒場へ行ってくる、心配しないでほしい」と書き置きを残していますし、それが余計に不安を煽っているんですけどね。
そう言えばトパーズさん関連の話で思い出しましたけど、彼女のお父さんである大臣はトパーズさん御本人の証言もあって宮殿から解任処分を言い渡されたみたいです。
幾ら陛下がサバンナ出身の異国人とはいえ、偏見的な理由でトパーズさんに陛下暗殺を強制させるとは……同じ帝国人として恥ずかしい思いです!
大臣──いえ、元大臣の処遇に関してはトパーズさんも肩の荷が下りて何処か清々しい笑みを浮かべていて、完全に親子の縁を切ったようなものでした。
まあその話は置いておいて、陛下に想いを寄せる彼女がやきもきする御様子に私もケルートさんも呆れ、マーメイドの夜は静かに更けていきます。
※
そしてその翌朝。
「魔女の祠へと向かうとしよう」
「え?」
「陛下!?」
クワワ陛下は真顔でそう言い放ち、私達は突然の提案に困惑します。
三日間の夜に何かあったんでしょうけど、問い詰めても陛下は答えをはぐらかすだけでした。
何か隠しているとは思いますけど、陛下の口から語られるまで待つしかありません。
そしてその魔女の祠は町の近くにある山の洞窟にあって、其処はモンスター(主にアンデッド系)が生息する巣窟でもありました。
私達四人は洞窟内を進みながらモンスターを蹴散らしていき、カエル系のモンスターは地術や
モンスター達を一掃していく内に何やら木の根が大きくした様な家を発見したので、私達は扉の前に立ちます。
陛下が扉をノックすると中から「用があるなら入って来たらどうじゃ」と言う声が聞こえ、お言葉に甘えて私達はその家の中にお邪魔する事にしました。
中に入って見ると独特な雰囲気の内装に難しそうな書籍が並ぶ本棚、怪しそうに置かれた釜。
その家の中で佇んでいるのは黒いローブを纏った怪しい雰囲気のお婆さん、もしかしてこの人が?
「貴女が噂の魔女殿か?」
「ひっひっひっ……マーメイドの町の者から聞いたのかえ、七英雄と戦うアバロンの皇帝」
お婆さん……否、魔女さんは怪しそうに笑いながら陛下の事を察した様子、長生きする人は侮れませんね。
わざわざこんな陰気な場所を訪ねた私達に魔女さんは何の薬が欲しいのかを問答してきます、怪しいことこの上ないですけど、陛下は迷いなく「人魚薬が欲しい」と答えます。
人魚薬は残念ながら手元にはなく、作るには材料が必要で私達に材料を集めるように依頼してきます。
人魚薬を作るには以下の材料が必要のようです。
漁業が盛んな港町、トバの名産品であると言う海ツバメの巣。
巨大な鳥の卵の殻……これはサバンナへ赴けば鳥の一羽を見つけられる可能性があるそうです。
そしてルドン高原の美しい湖、アクア湖の水。
以下の材料を揃えたら、10000クラウンを手間賃として払うようにと要求してきます。陛下は躊躇いなくその要求を飲み、私達は陛下の望むまま付いていく事にします。
あ、そう言えばこの洞窟には噂に聞く七英雄の記憶が点在されていて、陛下がそれを作動して体感した後、私達にその記録を伝えました。
とある野営地で深刻な様子で話し合う後の七英雄であるワグナスとノエルの二人、彼等はタームの群勢の苛烈な暴挙に不安を覚えていました。
タームの群勢は度々人々の生命を喰らって成長を続けてきましたが、次は更なる数で攻めて砦を破り、城下へと攻め入ると予想。
それが現実となれば王都は血に染まり、多くの人の命が失われるでしょう。
そんな残酷な光景が繰り広げられようとしていると言うのに、評議会は防戦に徹すると命令を下しています。
表面上は評議会の指示ですが、実際に王国を動かしているのは国王じゃなくて大神官達枢密院の方々で、国王は枢密院にとって都合の良い傀儡。
この期に及んで攻勢に出ようとせず、未だに次元転移装置完成の時間稼ぎを目的とした策みたいです。
ワグナスが怒りに打ち震える中、ノエルはある秘術の可能性を考察していました。
そしてその秘術がこの状況を打開する希望とも考えているそうです。
その秘術は古代人達が使っていた同化の法を超える代物。同化の法は古代人達が寿命を先延ばしにするべく、現在の肉体が朽ちる前に自分の魂と対象の肉体を馴染ませて新しい肉体を得る術法。
それに対してノエルが考案する術法は唯単に対象を同化するだけでなく、その対象の能力や知識……経験をも糧にするみたいです。
所謂それは吸収の法と呼ぶべきでしょうか。
其処へ多くのタームと戦ってきたのでしょうか、満身創痍のスービエが合流。彼は自らの傷を大した事はないと一蹴し、ノエルに話の続きを催促します。
確かにその吸収の法とやらのメリットは魅力的なものでしょうが、メリットだけでなくデメリットも存在しました。
吸収した対象の性格と経験に加えて、術を行使した者にも影響がある可能性がありました。
例えば殺人鬼を吸収したとすれば、そのまま殺人が快楽になってしまうと言う例が出てくるかもしれない事。
使い方を誤れば、それは世界を滅ぼすかもしれない存在へと成り果てる危険な術法でした。
そんな危険なリスクを承知でワグナスは了承、それ程の覚悟がなければ世界を救うなど出来はしない。
その説明を聞いてそんな危険な術に手を出そうとする二人をスービエは止めるべきだったんでしょうが、彼はそこまで人間は出来ておらずそれを肯定。
但しあくまで信じるのは吸収の法ではなく、危険を覚悟したワグナスをです。
「──おかしいですよ、こんなの!」
陛下から体感した記憶を全て聞き、私は思わず柄にもなく声を荒らげてしまいます。
タームが非常に強力で、生身の人間──鍛え抜かれた戦士でも梃子摺るのは分かります。
王国の政治を担う者達が腐敗していて、己の無力感に絶望して状況を覆す程の策を考えるのも痛い程分かります。
だからといって、そんな危険過ぎる力に縋るだなんてどうかしています!
「吸収の法……その代償である精神汚染……」
「もしや陛下……クジンシーやダンターグ、現在の七英雄達があのように成り果て、人格さえも変わり果てたのも」
「可能性はあるだろう……だが、まだ確信には至っていない。唯それだけで彼等が世界の敵になったとは思えないからな」
確かにこれだけじゃあまだ証拠が不十分です。まだ他にも記録があるならば、彼等の身に何があったのかの決定打になっていません。
兎に角今はこんな事を考えている場合じゃなく、さっさと人魚薬を集めるとしましょうか!
Side out
Side クワワ
マーメイドの酒場にて、私は運命的な邂逅を果たした。
"彼女"は酒場を訪れては優雅な舞を披露し、酒場を訪れた客達の心を魅了した。
他の男達は
彼女の舞は率直に言えば、素晴らしい舞だった。
まるで海の妖精を想起させるものであり、その場の空間が海中そのもの。
その舞を見る私を含めた客は好奇心で見つめる魚そのもので、私はずっとそれを見続けいたいとも……この時間を永遠にその記憶に残していたいとも思った。
だが……その空間は時としては残酷。
彼女は人間ではなかったのだ。
三日目の夜、彼女に勧められて共に舞を披露していった。
他の男達はそれを妬むような視線を送っていたが、それを気に留めず踊り続けた。
そんな幻想的で美麗な彼女の身体は突如淡い光に包まれ、そのまま逃げるように酒場の裏へと飛び出した。
この三日間、彼女は舞を披露した後は必ず酒場を急いで飛び出していた。
それがどうしても気になり私は気付けば彼女の後を追い、酒場を飛び出した。
酒場の裏口は海が続いていて、その辺りで居座った彼女の身体は光に包まれ……満月の下、
「人魚……だったのか」
「………!!」
彼女は私の姿を見て酷く驚き、海に飛び込む。
海面から顔を見せて「本当の姿を見られた以上、もう此処にはいられない」と悲しみを帯びた表情を浮かべ、そのまま一方的に別れを告げて海へと消えていった。
あのような悲しげな表情を見てしまった以上、私はもう一度彼女に会いたいと心より思った。
私から見ても彼女は罪の意識はあれども、優雅に舞うその姿はとても後ろめたい事はなかっただろう。
彼女の舞こそが何よりの真実であると確信を抱き、私は酒場のマスターから魔女の情報を聞いて臣下達と共に魔女の住う祠へ。
そして魔女殿から人魚薬を作る為の材料の話を聞き、我々が最初に赴いたのはルドン高原のアクア湖の美しい水。
清らかに澄んだその青い水は確かに美しいと称される程で、少しだけでも頂戴すべく手を伸ばそうとする。
「やめて!!」
『!?』
突然と聞こえた声に思わず身体を止め、トパーズ達は周囲を警戒する。
湖から水飛沫が上がるとそれは段々と我々に近付き、水飛沫と共にその正体を表す。
「そんな汚い手で触らないで頂戴!」
「えっと……人魚?」
「マーメイド以外にも存在していたなんて……でもちょっと人魚と言うには俗っぽい存在感ですね」
フロスティの一言に「誰が俗っぽいですって!?」とその人魚に似た女性は食らいつくが、ケルートが口を開く。
「ほう……これは珍しい、ネレイドの者か」
「ネレイド?」
「我々サラマンダーやモールと同じ亜人の者、水を司る種族だ」
「あら……よく見たらサラマンダー族の者が一緒とはね。それで、何か用でもあるの?」
ネレイドの女性の問いに私は此処までの経緯(人魚の事は伏せて)を語り、ネレイドは「……どうしても此処の水が必要なの?」と聞いてきて首を縦に振る。
ネレイドは此処の水を清める月光のクシとやらを要求、サバンナのモール族に聞けば詳しい事を聞ける筈だと語る。
※
ネレイドの言葉を頼りに我々はサバンナの地下のモール族の里へ、経緯を話すとシエロや他のモール族曰く手先が器用な我々ならば細工物を作る事が可能だと言う。
月光のクシの事を話せば壺に月の光を集めれば作る事が出来る上、その対価に金が必要だと自負。
さりげなく満月が見える宿屋ならば集めるのに必須だと言い、我々は満月が見える宿屋──つまりアバロン城下町の満月亭で月の光を収集する事に。
結果は上々。満月亭で一泊して夜分で壺に満月の光を集め、壺をシエロ達の下へ。モール族のリーダーは笑みを浮かべ、私は対価として彼等に10000クラウンを支払い、モール達は無事月光のクシを完成させる。
そして後日、再びアクア湖へ向かい月光のクシを湖に浮かべて水を清める。
その現象を垣間見てネレイドは驚き、我々に水を譲渡。水は予め用意しておいた小瓶に入れる、これで一つ目の材料は手に入った。
更にネレイドは我々の行動に誠意を感じ、クシを手にするとその身体は光に包まれ──下半身が尾ひれから人間と遜色変わらぬ両足へと変わる。
月光のクシさえあれば地上でも活動が出来る──要するに、我々の力になると宣った。
「改めましてアバロンの
「種族の垣根……確かにサラマンダーとモール、ネレイド……亜人たる我々を陛下は受け入れて下さった」
ネレイド──基、テティスの言葉にケルートは同意。また新たな出会いに感謝しつつ、次なる材料集めに向かうとしよう。
「………」
「トパーズさん……」
「やはりフロスティさんも同じ事を考えていたのですね」
「はい……でももう少し様子見ておこうかと」
何やらフロスティとトパーズが雑談していたが、私は気にも留めなかった。
※
断崖絶壁から見える蒼穹と優雅に飛ぶ鳥達、そして微かに匂う海の潮風。
トバの町外れの断崖絶壁から見える海は格別だが、一歩足を踏み外せば天国から地獄へ──奈落の底へと落ちる。
魔女殿が話した人魚薬の材料の一つ──海ツバメの巣を確保するべくトバへと赴いた。
しかし目当ての代物は町中にはなく、町の者によると町の外れにあるモンスターが徘徊する断崖絶壁にあると齎してくれた。
そうと決まればと断崖絶壁の道を通り、モンスターや落ちるかも知れないと言う恐怖を感じつつ、雛や親鳥が巣立った後なのかもぬけの殻となった巣を回収。
更に町中で小さな邂逅を果たした。
占いしているその少女の名はナタリー、この町で海女をしていてトバの町の良い所を話してくれた。
もし海で困った事があれば占うと約束してくれ、我々はトバを発った……最後の材料を手にするべく。
※
我が故郷・サバンナの荒野は変わらずモンスターが徘徊しているが、気にせずに我々はその危険地帯を突き進む。
百獣王などの獣人はケルートやフロスティが引き受け、コカトリスの群れは私が、そしてその補助でトパーズとテティスが行う。
サバンナの高台を登り、頂には外敵を守るべく卵を守るサバンナ特有の鳥の姿があった。
あの様子からすると……もしや生まれるのか?
少しずつその様子を見守るべく近付いていき、後一歩の所で気配を感じた。
「…!全員、構えろ!」
私は槍、トパーズは小剣、ケルートは拳を突き出し、フロスティは斧、テティスは
親鳥も警戒して鳴き声を上げ、三つの首の巨大な首を蛇のモンスターが親鳥とその卵を喰らわんとばかりを姿を見せ……威嚇する。
その巨大な蛇のモンスターを迎え撃ち、親鳥を守るべく我々は攻勢に出る。
「この辺りの主か……悪いが、これから産まれてくる命を奪わせるわけにいかない」
自然の摂理に従って巨大な蛇モンスター……後にバイオヒドラと呼称される其奴に向けて槍を突き立てる。
それに怯まずバイオヒドラは三つの首の口を開け、首を伸ばして我々に襲い掛からんとする。
「させません!」
フロスティが跳躍して薪割りの要領で斧を振るって胴体を切り付け、三つ首の口から放つ炎が襲い掛かるが、ケルートが我々の壁となりて炎をその身で受け止める。
「この程度の炎で我を焼き尽くそうなど……片腹痛いわ!」
お返しとばかりに斧で切り付け、バイオヒドラは悲鳴を上げる。
「容赦などしません!熱風!!」
「私も添える程度で援護するわ!サイクロンスクィーズ!!」
炎と水、それぞれの属性を組み合わせた風の複合術はバイオヒドラの身体を襲う。
「まだ終わりじゃありませんよ!グランドスラム!!」
「つぇあ!!」
大地を揺るがす衝撃波でバランスを崩し、追撃をかけて斧でバイロヒドラの胴体を切り付けるケルート。
「押し通らせてもらう…!!イヅナ!!」
弓の弦を離すと同時に放たれた風を纏った矢が目の前の巨体を吹き飛ばし、バイロヒドラは高台から落ちていった。
卵を温めていた親鳥が我々を感謝を述べているように鳴くが、私は良心が痛んだ。
卵の殻を回収するように依頼されたが、それはつまりこの親鳥から生まれてくる子供を取り上げる事となる。
そんな無慈悲な行為を行えるわけがない。我々がその光景に判断を渋っていると、卵に罅が入り……割れると共に新たな命が生まれた。
生まれたばかりの雛鳥は元気よく鳴き、二羽の親鳥は柔らかな表情で雛鳥の誕生を見届ける。
それは我々も同じ心境であり、飛び散った卵の殻を拾って一つの家族愛を見届けて我々はその場を去った。
これで人魚薬の材料は全て揃えた。後は魔女殿に薬を調合してもらうだけ、だがその背後でテティスを除く臣下達が悲しみを帯びた表情を浮かべていたが、恐らく私の心の内に気付いたのだろう。
※
再び祠にある魔女殿の家を訪れ、材料を全て彼女の前に差し出す。
魔女殿は揃えた材料を目に通し、「ちょっと待っておれ」と材料を手に奥の部屋へと入っていった。
その場に残ったのは一抹の不安が含んだ沈黙、何かに気付いたのかテティスも私に視線を向ける。
「アクア湖の水……海ツバメの巣……卵の殻……人魚薬……!陛下、まさか…!」
そんなテティスの言葉を覆すかのように魔女殿が顔を出し、私の前へ行くと小さな瓶を手渡す。
「ほれ出来たよ」
「これが人魚薬か……」
「ああ、これを飲めば水中に行けるよ。……しかし敢えて聞かなかったが、水中に行って何をする気じゃ?宝探しかい?まさか、人魚に会いにいくんじゃないだろうねぇ〜?」
『!!』
高らかに笑って魔女殿は戯けるが、臣下達は目を大きく見開き私に視線を向ける。
「……好きに捉えるといい」
「そうかい。じゃが三回使うと、陸に戻れなくなるよ?気を付けな」
「忠告、感謝する」
それを最後に我々は魔女殿の家を去り、マーメイドへと向かった。
Side out
Side トパーズ
「陛下!お気は確かなんですか!?」
町への道中、フロスティさんはクワワ陛下に詰め寄り、その衣服を掴み上げる。
無礼を承知で彼女は先程の魔女のお婆様の話を聞いた上で激昂し、陛下は俯いて沈黙を貫いています。
「その反応を見る限り、例の踊り子さんは人魚だったんですね?」
「……そうだ」
「何を考えているんですか!人魚に会いに水中に行くと言うのは──もう二度と陸に上がる事、要するに帝国に戻れないと言う事なんですよ!?」
「すまない……」
陛下の御様子を伺う限り、余程決心はお硬いのでしょう。
テティスさんも呆れた表情で「つまり私は体よく利用されたと言う事ですね?」と蔑んだ目を向けていて、私はその心境を察しますけど陛下はきっと良心を痛めたに違いない。
陛下御自身人魚に会いたかったとはいえ、我々の信用を裏切ってしまったのは事実……ですが、その御心は嘘偽りないものである為に責められません。
「そこまでだ……陛下が御決めになられた事だ。我々にその道筋を咎める道理はない筈」
「ケルートさん……」
「ですが、敢えて言わせてもらいますぞ陛下。貴方は己のしがらみを捨て、自由に生きる覚悟はおありか…?」
涼しげな表情ですが、ケルートさんも内心怒りを孕んでいるのでしょう。
己のしがらみを捨てる、それは随分と残酷で悲しい選択ですわね。
嘗てのレオン陛下も例の魔道士から伝承法を授かり、晩年……当時のジェラール陛下に受け継ぐ際に己の人生を捨ててまで戦う覚悟はあるかと言う言葉を遺したそうですが、クワワ陛下は御自身が最も大切な者の為に全てを捨てる事を判断しようとしています。
「嗚呼……私は全てを捨てざるを得ない。皆には申し訳ないが、帝国の未来を頼みたく思う」
答えは肯定。私達に帝国を託し、自由を選択されました。
「陛下……」
「トパーズ……このような身勝手な皇帝に幻滅しただろう…?」
「いいえ、貴方様の選択は間違っているとは思いません。私は今宵の様な伝承法に選ばれたあの夜の如く、陛下を信ずると心に決めていますから」
だからせめてと最早叶う事のない想い、今現在伝えなければいけない。そうしないと、私は人生で最も後悔するから。
「私は初めてお会いしたあの夜からずっと、
「……そう、だったのか」
「はい……これこそ私がずっと抱えていた偽りない気持ちで御座います」
フロスティさんも、ケルートさんも、テティスさんも複雑そうな顔で見つめておりますが、今の私には自然と羞恥心が掻き消えたような心地です。
「すまない……もう何度も謝罪しても許されない事だが、君の気持ちに答えられない」
「ええ……もう主君と臣下、それを越えた関係にはなれないのですから」
出来ればもっと早くに告白するべきだったと言う想いもありますが、陛下は優しくも素直に断って下さいました。
「皇帝陛下……臣下を代表して紡がせて頂きます。貴方に仕えて我々は幸せでした──後に帝都に帰還次第、他の者達にもそう御報告します」
「嗚呼……私も君達の事は忘れない、例えお互いの存在が永遠に回帰しても」
「はい……さようなら」
クワワ陛下はそのまま私達に背を向け、マーメイドの町へと去っていきます。
私は皆さんと共にマーメイドを去り、帝都へと帰還致しました。
歩き続ける中で涙が止まりませんでしたけど、気にする事なく私は帝国で余生を過ごすのでした。
陛下の帝位から始まり、コムルーン火山噴火阻止、二人目の七英雄打倒、陛下が刻んだ軌跡を記すとしましょう。
さようなら、私の永遠の皇帝陛下。
Side out
Side クワワ
マーメイドの酒場裏口の辺りで薬を含み、私は海中へ飛び込んだ。
海の中は不思議な事に息が続き、こればかりは薬を調合してくれた魔女殿に心の中で感謝を述べた。
「貴方は……いつかの」
海の中を進む中で私は彼女と再会した。
以前と変わらぬ美しい容姿は健在で、海の中で歩いてくる私に驚いていた。
「もう一度会いたかった……私は君に惹かれたのかもしれない」
「私に…」
彼女は深く聞くのを敢えて避け、共に踊り続けた。
海の中での優雅な舞は地上とは勝手が違い、まるで私自身が魚になったかのようだった。
踊りを重ねていく内に私も彼女も胸の高まりが収まらず、お互いが相手を意識していくような感覚。
これが愛と言うものだろう。
気付けば薬を使い続け、私は彼女に告白した。
「もう……戻る事はない。君と共にいる事を決めたんだ」
「…!私の為に……そんな」
悲しげに驚くが、彼女は私に「後悔はしていない…?」と告げられ、正直にそれを肯定する。
心残りがあると言えば、きっと皆はこんな私に様々な想いを馳せている事だろう。
手先が器用なスネイルはミサンガを編み、オードリーは変わらず帝国大学の臨時講師を引き受けて教鞭を取っているだろう。
ハーバード、シーシアス、カノープス御大は相変わらず酒に弱く、アイリスに世話を焼かされるかもしれない。
色を好むピジョンはいつもの様に宮殿の女湯を覗いて悲惨な目に遭い、その醜態を見てはマウスが呆れる。
タウラスは書斎で本を夜が更けるまで音読を続け、ウィリアムは時々実家の雑貨屋を手伝い続けるだろう。
キャシーとヒポさんは深い溜息を吐き、恐らく傷心のトパーズを労うかもしれない。
テリーは龍の穴で己を鍛え上げ、ポールとモニカはトーマ王とカンバーランドを未来永劫守護し続けるに違いない。
フロスティは鍛冶屋で帝国の為、鉄を打って素晴らしい武具や防具を作っていくだろう。
シエロは少し臆病かつ繊細だが、これからもサバンナの者達と平和を築き上げて欲しい所だ。
ケルートはコムルーン火山でツキジマの者と交流を深め、種族間を越えた絆を育むだろう。
テティスは邂逅してまだ日が浅かったが、アクア湖を含めた全ての海を同族達と守って欲しい所だ。
そしてトパーズ……こんな愚かな選択をした私の分まで、地上で永く生き続ける事を願う。
皆、私は此処までだが、帝国を支えて欲しい。
いつか私の意志、先帝達の力と記憶を受け継ぐ者が現れるその日まで──
続く
次なる皇帝は次の話が出来るまでのお楽しみとさせて頂きます、誰になるかは次回までお待ち下さい。