この恋は試してみる価値もないのかな   作:YSF51AF

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みきりはっしゃです


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あぁ…これは夢だ。

 

自身でそれが夢だと認識できるモノ。

それを明晰夢と言うらしい。

だが、コレは何ともわかりやすかった。

 

だって、目の前で笑っている人物が初恋の人だから。

 

自分の思考は自身で思ってるよりも乙女らしい。

あぁ…醒めなければ…どれほど心地よいのだろうか。

 

「はぁ…」

 

…溜息と同時に目が覚める。

 

先ほどまで感じていた名状し難い安息感。

それは、目を開けると同時に霧散した。

何かいい夢をみていた気もするが…思い出せない。

 

「夢みてた?」

 

眼前には少しほこりのついた天井が拡がるのみである。

 

「朝ごはん用意しないと。」

 

自分以外誰もいないこの部屋。

誰に言うでもなくそう呟く。

一人暮らしを始めてからというもの独り言が多くなった。

単身者が住むにしては過剰な広さ。

自身の収入を勘案し、妥当と思える住居を選んだのはよかったが、その広さはいたずらに虚しさを増幅させるだけ。

そう気づくのにたいした時間はかからなかった。

まぁ、私の考えが甘かったのだろう。

 

「…音楽をかけて」

 

雑音が欲しかった私は音声認識のプレイヤーにそう一声かけてから、朝の営みを開始する。

顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、簡単な朝食を準備する。

パンを齧りながらふと気づくと流れる音楽が洋楽の失恋歌に変わっていた。

昔流行っていたヤツだ。

進む毎に曲の流れは明るいものになっていくのに、歌詞は気まぐれな相手に未練がましく縋り尽くす。

そういう曲だった。

特段、リスニングが得意というわけではなかったがサビの部分は聞き取れる。

 

──この恋は…

 

女性の私が言うのもなんだが、なんとも女々しい歌詞。

気まぐれな彼女とどんなに尽くしても一緒にいたい。

そんな男の心情が歌われている。

 

──さよならなんて…言えない

 

本当に女々しい。

まぁボーカルの人は男性で、男性で歌う相手はsheなのだが…。

 

「まるで今の…。」

 

ふと口から出たことば。

 

…あれ?なんでそんな風に思ったんだっけ?

 

〔今日は病院の日です。〕

 

そんな思考を上塗りする様に、プレイヤーはその曲を中断した。

なんてことはない。

何日も前に仕込んでおいたリマインダーが再生されただけの事。

 

「えっ…?今日だっけ?」

 

すっかり忘れていたんだけどもね。

 

───

「いつもと変わらず?」

 

「はい」

 

「…とりあえず様子をみましょう。お疲れ様です。あとは会計へ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「お薬もいつも通りにね。」

 

病院では常なことだが、受診の時間よりも待ち時間の方が長い。

随分と長く感じられた待ち時間とは対照に、診察自体は確認だけで5分と足らずで終わってしまった。

郊外にある大型病院。

市営バスで二十分くらいのところにある。

最近、とある事情でここに通院している。

今の私は、命にかかわるというわけではないけれど…様子をみましょうという状態なのだ。

 

「失礼しました。」

 

スライド式の戸を引き、診察室を出ると目に飛びこむ待ちの列。

流石病院。

平日だって混んでいる。

 

「いや、平日だから混んでいるのかな?」

 

そんな事を思いつつ院内を異動する。

どこもかしこも人ばかり。

 

包帯をする人、マスクを抑えて咳き込む子、点滴台を引く入院着、家族に押される車椅子、松葉杖をついてる人…

 

そして、お腹を大きくした妊婦さん。

 

産婦人科

 

気づくと、院内を移動する内にそう掲げられた場所にいた。

独り身の私には似つかわしくない科である。

診察を待つのは妊婦さん。

その殆は異性と結婚し、めでたく懐妊という幸せを掴んだ人達に違いない。

 

「子供ね…。」

 

私の口はあいも変わらず独り言が多い。

自分には程遠い存在だ。

そもそも結婚どころか、相手すらいないのだから。

全く機会がなかった訳では無い。

男性経験は人並みにはあるし、少し遊んだ時期もあった。

だけれども、どの恋にも真剣になる事ができず…年齢を重ねて今に至る。

気づけば慌て始めなければならない、そんな時期に差し掛かっていた。

でも、しょうがない。

経験したそのどれもが、心の芯から熱くはなれなかったから。

そして最近になって思い出す。

多分、一番輝いていたあの時期を。

 

その頃にはあの人もいて、私はもっと輝いていた。

 

もしかしたら初恋だったかもしれないあの人。

 

まだ鮮明に残る芝の匂い。

 

力む筋肉と流れる汗。

 

湧き上がる闘争心。

 

あの頃が一番輝いていた。

 

生物として、人間として、アスリートとして、ウマ娘として…。

 

「あっ、パーマー?」

 

「えっ…?」

 

かつての恩師の大好きなあの人。

 

多分初恋だったあの人。

 

彼が目の前にいる。

 

これはかつての記憶に浸っていた私の産み出す幻影なのか?

いや、違う。

 

「トレーナーさんがいる…?」

 

───この恋は…

 

頭の中で今朝聞いていたあの曲が流れ始めた。

 

────

 

音楽を聴いていた。

 

病院の待合室で。

最近は病院でもスマートフォンを使える様になった。

今の医療機器は電波の干渉を受けにくいらしい。

だから案外どこでも使える。

まぁ、病院にもよるし勿論、常識の範囲内での利用だが。

とある理由で仕事を休み、この総合病院に来ていた。

両耳に着けられた無線イヤホン。

その2つの電子機器からは、むかし流行った洋楽が流れている。

基本音楽は、自分好みのがランダムで流れる設定の筈。

今流れているこれは失恋歌。

ちょっと趣味じゃない。

しかし何故か、耳障りがよくスキップせずに聴き入ってしまう。

明るい曲調だからだろうか。

 

──辛い、キミが隣にいないのは

 

ネイティブでもないので、途切れ途切れに理解できる英語の歌詞。

テンポ良い曲調とは裏腹に、歌詞はとても悲痛な物。

破局した人との思い描いた未来に思いを馳せる。

そんな内容。

 

──去るよ僕は、キミの目には映らないから

 

女々しく縋るが、結局は諦めて最後は恨み節を残す。

ボーカルの高い歌声と、ポップなミュージック、途中流れるテンポの良いラップとは裏腹に、歌詞はどこまでも薄暗い。

英語が完璧というわけではないので、聞き取れる内容は半分以下ではあるのだが…。

概ねそういう内容だった。

 

産婦人科

 

見上げるプレートに書いてある文字。

どこまでも、それに似つかわしくない歌であることは間違いない。

 

「子供ねぇ…」

 

なんでこんな所にいるか。

それはある人の付き添いの為である。

視線を診療室の扉へと写す。

今、絶賛検査中であろう。

3ヵ月程度過ぎた頃合いだが、随分とお腹が大きくなった。

自分自身は男性なので、女性特有の苦しみを理解できる訳では無いが、負担はそうとうな物と聴く。

 

「大変なんだな妊娠って…」

 

失礼かもしれないが、男の自分には漠然とそう思う事しかできない。

それ以上なにか想像を含まらせる様な事はできなかった。

 

「…メッセージ?誰だ?」

 

数瞬、そう考えていたところ音楽を遮るようBluetoothのイヤホンからメッセージアプリの通知音が流れてきた。

 

…仕事の連絡である。

 

多少抵抗感はあるがまぁしょうがない。

トレーナーという職種柄、公私の完全な分離は難しい。

どんな仕事もある程度そうだとは思うが、我々の業界は幾分か事情も異なる。

アスリートであるウマ娘達を取りまとめ、休日開催のレースの際には帯同し地方遠征だってある。

それに加え、ある程度の針路そのものも考えてあげないといけない。

誇張抜きでその娘達の人生に関わる仕事なのだ。

 

「珍しい、私用のアカウントに?」

 

連絡は今担当しているチームのリーダーからだった。

この前op入りを果たした優秀な娘だ。

性格はマジメで、滅多なことでは休日中にわざわざ私用の携帯に連絡なんかしてこない娘だった。

そんなリーダーの娘からの報告に目を通す。

 

「…ちょっと話をしないとまずいかもな。」

 

思わず溜息が出た。

曰く、チームメンバーの一人が現在の進路で思い悩んでいるという事だそうだ。

その娘は先日、芝からダートへし転戦し2戦目で遂に未勝利戦を脱した娘。

本人は芝への憧れが強く、芝の番組にてデビューを果たすも結果は全戦全敗。

ダートなら可能性があるとみて転向を勧め、見事未勝利脱却してくれたのだが…。

 

「どうしても芝を走りたいか…。」

 

どうやら芝への憧れをいまだ熱く抱いているらしい。

チームの変更をも考えているとの事だ。

 

(厳しいよ、あの娘じゃ…)

 

才能がない、訳では無い。

だがそれは芝の才能ではなかった。

俺の考えていた、あの娘が最大限に活躍できる場は地方の交流。

中央で鎬を削りつつ、地方で交流重賞を戦い、そこで重賞勝利を目指していくという物。

多分、それが一番彼女にあっている。

 

…勿論、本人の志望を最優先としたい。

 

だけれども、俺の苦い経験がそれはするなと釘を刺す。

まだ、若手も若手の頃。

ひよっこで、チームトレーナーなどできる

筈もなく一対一の専属トレーナーとして活動していた頃。

一番、最初に担当したウマ娘。

 

その彼女が努力の天才過ぎたのだ。

 

重賞を勝ち進み、共に3年間を走り抜け、諦めを殆ど知らないまま彼女はターフを去っていった。

その成功体験がある意味、俺を苦しめた。

次に担当した娘は彼女の程の才はなく、俺の実力不足もあってか中央で一勝もしないまま学園を去ってしまったのだ。

その原因は本人の希望と能力の差。

彼女の望んだプランと彼女の持っていた素質が見事に食い違っていたからだ。

 

止めればよかった。

 

違う路へと導けばよかった。

 

だけれども、それができなかった。

 

メジロパーマーという実力の塊が、努力を糧に、レースを制覇してしまったから。

その成功体験がこの娘も努力したから大丈夫。

そう錯覚させ、適切な対応を取れず、無念な結果となってしまたのだ。

 

例外も例外だったんだメジロパーマーは。

 

俺がそれに気づけたのは2人目の娘が学園を去った後だった。

それからは、その経験を糧にして俺は教え子達に適切なプランを示す様に成長した。

そして、そこそこの結果を残すことに成功している。

まぁ、パーマー以上の娘にはまだ会った事なんて無いのだが…。

 

───辛いキミが隣にいないなんて

 

洋楽がまたサビの部分へと突入する。

今、彼女はどうしているのだろう。

卒業後、いつの間にか疎遠になってしまっていた。

あの3年間は常に一緒に進んでいたのに…。

耳に飛び込む歌詞のせいか、そんな事を想像した。

 

「コーヒーでも飲もう。」

 

一度、落ち着いてそれから考えよう。

説得するしかないが、あの娘は少し頑固だから。

そう思い立ち上がった。

 

「あっ…」

 

立ち上がった瞬間。

 

「パーマー?」

 

とても素っ頓狂な声がでた。

 

──寄りを戻すのは遅い?

 

 

「トレーナーさんがいる…?」

 

──試してる価値もないのか?

 

洋楽はまだ流れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




きがむいたらつづきます
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