連邦生徒会執務室、そこではカリカリとペンを走らせる音だけが聞こえている。
机が1つだけ空いている、その机に前まで座っていたあの太陽のような笑顔が特徴的な少女は2日前に連邦生徒会を辞職し居なくなってしまった。
彼女が去ったばかりのために、机と椅子は片付けられていなかった。
どれほど時が経ったとしても、彼女の机を片付けることなど想像もできなかった。
不意にそんな執務室の机の一つから鳴る音が消えた、机に座る少女の一人……不知火カヤは不満と不機嫌さを隠しいつものような優しい雰囲気のまま給湯室へ入る。
何度も、何度も淹れてきたコーヒーカップにこれまで飲んできたインスタントコーヒーを入れてお湯を入れかき混ぜて溶かし、息を吹きかけて湯気を散らすと即座に口に含む。
そして含んだコーヒーを静かに嚥下すると、悲しそうに眉を落とし口を開いた。
「あまり、美味しくありませんね」
焼け付くように熱く、薔薇のように苦いそれは、彼女が淹れてくれたコーヒーの匂い、味や飲んだ後に感じる満足感や風味が感じられなかった、半端に似た泥水を啜ったせいなのか、胸の中には余計に彼女がもういない事実と、彼女に会えない現実に空しさと悔しさ、そして悲しさが心の奥からこみ上がる。
「せめて、彼女が学園にさえ残っていれば……連絡さえ付けば私の側仕えやお茶汲みとして勧誘していたのに」
「貴方も、休憩ですかカヤ」
「リン行政官」
もしかしたら自分のコーヒーの淹れ方が間違っているのかもしれないと、カップの中のコーヒーを飲みながら七神リン行政官の背中越しにそれを眺める。
だが、特に私と変わらない淹れ方だ。
粉を入れて、お湯を入れて、混ぜて溶かしたブラックのコーヒーをリン行政官が口に含むが何処か苦虫を噛み潰したような表情のまま口許のカップを下ろす。
「はぁ……彼女は今頃どうしているんでしょうね」
「私の聞いた噂では、トリニティ総合学園を辞めたとか」
「そんな……」
そんな二人のみの給湯室にドタドタと一人の生徒が入ってくる、入ってきたのは岩櫃アユム調停室長だった。
「カヤさんにリン先輩!大変です!!」
走ったからか肩で息をする彼女の酷く焦った様子に、思わずリン行政官と顔を見合わせる。取りあえず飲みかけのコーヒーを一気に飲み干して二人でアユム調停室長の後を追う。
そして辿り着いたのは執務室で中に入ると由良木モモカが手に持ったスマホの画面を真剣に眺めるアオイ財務室長がおり、私たちが来たことを確認したモモカは私達を見るなり興奮した様子で話し出した。
「このニュース!お二人も見てください!」
そう言いながら手招きする彼女、疑問しか感じられないがアオイ財務室長が真剣に見ていることもあり、取りあえず彼女たちの後ろに回ってスマホに映るニュース番組を見てみる。
『トリニティ総合学園のティーパーティー、百合園セイアを誘拐したと思われる犯人が現在も逃走中であり、トリニティ総合学園は現在総力を上げた追跡と確保を───』
なるほど、トリニティの事件ですか……ティーパーティーと言えばトリニティ総合学園のトップ。その一人が誘拐されたのなら確かにここまでの騒ぎになるのも納得ですね。
ですが、これはあくまでもトリニティの問題。我々連邦生徒会が介入するような事では……。
『たった今新しい情報が入りました、クロノススクールから提供されました誘拐犯と思われる人物と正義実現委員会の戦闘映像を入手したため、放送します!』
そうして放送された映像に、隣に立つリン行政官は驚いた様子で目を見開き、映像を食い入るように見つめる。
どうやら正義実現委員会の人達が相手にしているのは、あの所々の毛先が桃色から金髪へとなっていて目立つ髪色の少女だった。
荒く肩を上下させて呼吸する彼女はその手に持ったサブマシンガンと左腕に着けた三角の形状をしている小さな盾を構えていた。よくみれば盾を持つ手には拳銃が握られている。
なるほど、あれは実体を持たない何かしらのエネルギーで生成された盾ということですか。そんな盾の発生源は左手につけられた時計……あれがシールドを発生させる機関なのだろう、そしてエネルギーで生成されているからこそ実態のある盾とは違い左手が完全に自由、だからこそ拳銃を握ることが出来ているらしい。バリアシールドを実現する科学力、彼女はミレニアムサイエンススクールの生徒?
彼女がたった一人でこんなにも大量の人数を相手にしているという事実と、たった一人を捕まえられないトリニティの正義実現委員会の強さに疑問しか浮かばない。
見れば、彼女は左肩を庇いつつ片足を引きずりながら戦っているように見える。そして彼女はそんな状態で生徒へと指示をしていた
一発ではない、ピストルからは聞きなれないフルオートの射撃音が響き渡り彼女の攻撃を受けた
彼女が倒れたことでその場にいる正義実現委員会の統率のとれた動きが乱れていく、その隙を突くように桃髪の少女は盾を使いつつ生徒を倒していく。
あれほどの実力がある生徒ならば連邦生徒会へと話が上がっても可笑しくない、だが彼女のような姿の生徒の話は上がっていない。
ならば、ブラックマーケットや他の様々な場所で活動している名のある傭兵でしょうか。
相手の撃ってきた銃弾を再び展開したシールドで受けながら近づき、サブマシンガンを下から振り上げて相手の銃口を逸らせて、のけぞった相手にシールドを解除した左手に握った拳銃を突き出すように殴りつけ、そのまま引き金を引きまた一人気絶させる。
荒々しい、自分が怪我をするのも構わないとも見える、そんな自暴自棄な戦い方に違和感を感じる。
「何故、彼女が……」
そんなとき、隣でスマホをみていたリン行政官がそう呟く。そしてそんなリン行政官の次の言葉がその場いた全員の思考を一時的に奪った。
「
「えぇ!?」
「は?」
「うそ……」
彼女が動画に映る人物へと向けて言った言葉に私だけではなくアユム調停室長にモモカ、アオイ財務室長も驚いていた。
「さすがに冗談、だよね?リン先輩」
「いえ、間違いなく彼女は…以前までこの場にいた晴崎カリナで間違いありません……最後にみた姿と同じ、見間違える筈がありません」
彼女が、本当に晴崎カリナだというんですか?
リン行政官が最後にみたカリナの姿ということは髪を染めた?彼女の愛銃であるP90は?そもそも何故彼女は連邦生徒会を辞めた?なぜ?何故?何故!?
理解できない、分からない……今明かされた情報が私を混乱させるには十分だった。
最初の彼女を見た時の感想は、本当にトリニティの生徒なのかという疑問でした。
トリニティ総合学園からスカウトされ学園に通いつつ連邦生徒会として活動するというのだから、世程の高飛車なお嬢様が来るかと思えば、やって来たのは悪く言うなら軽い、よく言うのであれば話しやすい人物だった。
そんな彼女が、私にとって特別に感じるようになったのはいつからだったのか覚えていません。
『お疲れ〜パイセン、コーヒーでも飲んで一息いれるっしょ?』
いつも、いつもいつもいつも私が悩んでいた時も劣等感に苦しんでいたときも、表面に出さないでいるのに、いつも彼女は決まって私がそんな時にコーヒーを差し入れてくれたのだ。まるで、私がそうなっているのを分かっているように。
だから、彼女が辞めたと聞かされたとき頭が真っ白になった。
そしてそんな彼女は、カリナは今髪を染め明るく太陽のようであった彼女とは正反対の姿となって目の前の端末に映っている。
明るく、活発で元気な彼女と、何処か暗く荒々しさを見せる何処か虚ろな瞳をした彼女。
カリナに、一体何があったというのですか?
何故、彼女がティーパーティーホストの誘拐なんて事を企てた?なぜ?なぜ?
こうして考えているのに、分からない……結局は私は超人のように全てを理解することも解決することも叶わないのですね……。
『カヤパイセ~ン!コーヒー飲みます?ウチの飲めば明るく晴れやかにリフレッシュ出来るコーヒー、名付けて[夜明けのコーヒー]!飲みます飲みます?』
あぁ、彼女が淹れてくれたコーヒーが飲みたい。
便利屋68の事務所には、今日も猫の鳴き声が響き渡っていた。
というのも、あれからカヨコに猫達が群がっていたのだがカヨコが反応しないからかそれとも単純に飽きたからか数匹の猫はカヨコから離れ一匹はアルの膝に、また一匹はハルカの頭に、また一匹はムツキのスカートの中に座り各々に構って貰っていた。
相変わらずカヨコは虚空を見つめボーッとし食事もしていなかった。
大切な物を失った衝撃からか、そんな彼女の様子に便利屋68の三人はどうするかと考えながら、ハルカは先程拾ってきたテレビから伸びたケーブルをコンセントに刺していた。
以前の事務所から場所を移す際に色々とあり、前の事務所にテレビを置いたままだったのだ。
映ると良いなという微かな期待と、どうせ壊れてて映らないんだろうなぁというハルカの想像とは異なりテレビは映像を映し出した。
『現在トリニティ総合学園のティーパーティー、百合園セイアを誘拐したと思われる犯人がトリニティ地区を現在も逃走中であり、トリニティ総合学園は現在総力を上げた追跡と確保を───』
「う、映りました!アル様!!」
「お手柄よハルカ!それにしても今のニュースって」
「トリニティのニュースみたいだね」
「…………」
小さなテレビに映し出された映像には興味を覚える便利屋68、ムツキが見ればカヨコの視線がテレビの方へと向かっているのに気付いた。
ようやく反応を示したカヨコに驚きつつアルやハルカに伝えようとしたその時だった。
「カリ、ナ……?」
カヨコの呟きにとうとう彼女の幻を見ているのではと感じたアルは、テレビを見つめ続けるカヨコにつられて視線を向ける。
するとそこにはトリニティの正義実現委員会達と救護騎士団に対したった一人で応戦する桃色の髪、髪の所々の毛先が金髪になっているのが特徴的な少女が戦闘している姿が映し出されている。
「晴崎カリナさんの姿は見えないけ……っ!?」
その映像を見ていた陸八魔アルは、画面に映った映像に晴崎カリナらしき人物を見つけ出せず振り返ると先程までソファに座り動こうとしていなかったカヨコがテレビの近くまで移動して食い入るようにテレビを見ていた。
「なん、で?なんでカリナが……」
「だ、大丈夫なの?カヨコ課長?」
「こんなの見せられたら、こうもなる。なんでカリナがこんなことに?さっき逃走中って……この怪我で逃げられるとしても距離は……」
先程までの生気のない様子だったカヨコとは違い、いつものような調子で思考するカヨコにアルやハルカ、ムツキは彼女がようやく元に戻ったのだと理解してアルとムツキは笑い、ハルカは安堵した様子で笑っているとカヨコは事務所の外へと向かう。
「社長、私少し先生のところに行って来る」
そう言ってカヨコはそのまま外に駆け出していった。
「あっカヨコちゃ……行っちゃった」
先生がいるであろうシャーレに向かい歩きながらモモトークで先生に現在のカリナの状況について話せないかメッセージを送ったことを確認してスマホをポケットへしまう。
『今までの私は全部、嘘。私が演じてきただけ、優しくしたのも、遊んだのも、一緒に過ごした全部、ぜんぶ、私が演じてきただけなんだよ!』
あのときに彼女に言われたことが、脳内にずっと繰り返されてきた。
『貴方達が望んでるのは、明るい私であって今の私じゃないんでしょっ!あなた達の"望む私"を、"私"に押し付けないでよ!』
そうしてようやくその言葉に気付くことができて、決断できた。
もし、もし彼女が本当に全てを演じてきたのだとしても私は彼女に会う。
そして会って伝える、伝えないと私は後悔する。
彼女を失うのは絶対に嫌だ、彼女を守れるなら、トリニティでもゲヘナの何処でも行ってやる。
絶対に探して、見つけ出して、そして彼女に伝えるんだ。
『あなた達の知ってる私は、あなた達がカリナって呼ぶ私は、本当の私じゃない』
私が望んでるのは明るいカリナでも、暗いカリナでもない。あなたが晴崎カリナである限り、私は貴方の友達でいたい。
どんな姿でどんな性格でもあなたが晴崎カリナであるなら、私の思いは変わらない。
私の望みは一つだけ、今後もずっと……どんなにあなたが変わり続けるとしても。
晴崎カリナ、あなたの友達でいたいって、いさせて欲しいって。
だから、待ってて……カリナ。
ご愛読ありがとうございます
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続きはミドリが南極に持って行きました。