現代最強の呪術師は、五条悟である。呪術を多少知っている者ならば誰もがそう答えるだろう。この世界の呪術師の基礎知識である。朝に日が出て夕に沈むように、人が無意識に呼吸を重ねているように、万物普遍の常識である。
その強さには幾つもの理由があるが、代表的なものは次の三つが挙げられるだろう。
まずは無下限呪術。全ての攻撃は無限の壁に阻まれ、収束と発散を織り交ぜた攻撃はあらゆる敵を討ち滅ぼしてきた。本人の高い技量と相まり、呪いの王をして厄介と言わせる戦闘力を誇る。
次に、六眼。空間を流れる呪力の流れをサーモグラフィーのように可視化できる。また、原子レベルの緻密な呪力操作と呪力をロスなく効率的に扱うことを可能とする。呪力の自然回復が消費呪力を超えることになるため、実質的に彼に呪力切れはほぼあり得ない。
そして、領域展開『無量空処』。領域内に閉じ込めた対象に無限回の思考を強制することができ、決まれば相手の自由の一切を奪うことができる必中必殺の奥義である。
これらを駆使する五条悟は人の悪意の澱から生まれた呪霊や呪術を悪用する呪詛師にとって天敵であり、彼がいる事で現代日本の治安は保たれている節すらある。
無敵に近い無下限呪術を駆使する五条悟はおおよそ、人間という括りの中では最強かそれに近い存在である。
ただし、何事にも例外というものがある。人外魔境渋谷決戦において呪いの王両面宿儺が『縛り』を用いた次元を断つ斬撃によって無下限ごと五条を刻んだように、無下限呪術は無敵のバリアなどではない。
それに五条悟の学生時代には術式を無効化する『天逆鉾』を持った伏黒甚爾に一度は敗れている。
ただ、これらは人外じみたフィジカルや術式、そして呪物の特性により成し得た稀有な事例であり、一般的な呪術師はたとえ呪術師の上澄みたる一級術師であったとしても、本気の彼に相対すれば1分と持たずに敗北するであろう。
しかし、五条悟の無下限を破ることのできる術式であり、尚且つ彼に迫る技量の持ち主ならば、或いは。
都心から離れた山中。呪術高専東京高のグラウンドで、一人の少女と最強の呪術師が向かい合っている。
「君が、編入生?」
「そうです。あなたが五条悟で間違いないですね」
五条悟の前には呪術高専の制服に身を包んだ一人の少女。女性にしては長身で、深い青の長髪に呪物と思わしき日本刀を腰に差している。
交流会の終わった後、呪術総監部から直接のお達しがあり、急遽呪術高専東京高に編入されることとなった少女を見て、五条悟は口を開く。
「本来なら校長が直々に面接するんだけど、今その校長は交流会の後始末に忙しくてね。わざわざ僕が時間を空けて面接してるってワケ」
「……」
説明しながら、五条は眼帯越しに少女を見やる。眼帯越しでも分かる少女の呪力の流れはまるで河川のように一切淀みない。呪力量も五条に匹敵するものであり、重心の全くブレない立ち姿から体術の力量も一定以上あることが伺える。事前に知らされていた特別一級術師の肩書に相応しいものであるのは間違いない。上から渡された資料には生得術式が書かれていなかったため、気になる所ではある。
「それでね、本来だったら呪術師になった目的とか聞く入学試験をするはずだったんだけど…、夜蛾先生もいないし面倒なんで省略するよ」
「それよりもさ、君その歳で特別一級術師でしょ。君の実力が知りたくなったからさ、よかったら今ここで僕と戦っちゃってよ」
入学当初から実地訓練を行う。目の前の特級術師の破天荒なその言葉に、藍色髪の少女は僅かに眉をひそめた。
「今、ですか…?」
「そう、時間が惜しいから今ここで。全力でかかってきていいよ。君、呪力の流れからして術式持ってるでしょ。気になるんだよねー」
「わかりました」
10メートル程の距離をとり、少女は居合の構えで現代最強の術師と向き合う。五条は軽く手首のストレッチを終えた後、いつもの学生への戦闘訓練よろしく手ほどきのつもりで、若者の攻撃をまずは無下限で受けようと自然体で構えていた。その無自覚な油断が、隙を生む。
「────!」
ほんの僅かな呪力の揺らぎを感じ取り、無下限呪術で防御しようとした次の瞬間、五条は順転術式『蒼』を利用した擬似的な瞬間移動で距離を取り、同時に少女を反転術式『赫』で吹き飛ばしていた。
「ハハッ、やるね」
五条は思わず乾いた笑いをこぼす。左腕中程から先は消失し、血が吹き出している。言葉にすればなんということはない。少女は五条の知覚を超えた速度で瞬時に肉薄し、術式を纏わせた刀を振るったのだ。
五条悟に傷を負わせる…。呪術界にいる人間が聞けば耳を疑う話である。なにしろ、五条の術式は現実世界に『無限』を持ってくるものである。敵対者の攻撃は永遠に届かず、特殊な呪具か術式をもたなければ基本的に傷つける事すら困難であるからだ。
五条は今になって真に理解した。そう、彼女の術式は────。
「私の術式は、空蝉の術。空間跳躍と空間の切断を行うことができます」
五条の無下限呪術を破れる、まさしく天敵となり得るものだ。