現代最強の術師、五条悟は術式で距離を取った後静かに思案する。
(単なる空間跳躍の術式を持っていて斬撃に纏わせるだけでは、無下限を容易く破れるほどの強度の攻撃を放てるかは疑問だ。おそらく、『縛り』を込めて術式性能を底上げしてる。本人の剣術の腕も一流。とんでもない逸材が転がっていたもんだ。)
「君、相当強いね…。その若さで大したもんだ。いったいどんな鍛錬を積んだか聞いていいかな?」
五条は反転術式で直した左腕を軽くブラブラさせながら目の前の少女に問いかける。対して少女、秋山凛子は刀を正眼に構えたまま、言葉少なに答えた。
「別に。ただ必死に刀を振い、呪霊を払っていただけです。」
「へー、結構普通の鍛え方だね。総監部の秘蔵っ子って聞いてたのに、ちょっと肩透かしかな。」
質問に答えたにも関わらず軽薄な返答をする五条。だがその胸中では冷静に凛子の戦闘能力を分析していた。
(さっきは油断して術式の『起こり』を見逃したのもあるけど、やっぱり転移の術式は厄介だな。無下限で距離を空けたり詰めたりしても、瞬時に距離を詰めるか、死角に転移されたら一方的に不利な状況になる。領域を展開できれば有利に持ち込めるだろうけど、彼女の術式の発動速度からいけば領域が閉じ切る前に領域外に離脱する事は容易だろう。領域の無駄打ちになる。これは一朝一夕ではいかなさそうだ。)
「…どうしました。もう降参ですか?」
少女のその言葉に、五条は思考をやめ、五条は常日頃から付けているアイマスクを外すと緩やかに拳を突き出し構えを取った。数々の魔を祓ってきた『現代最強』の名前は伊達ではない。状況は確かに不利かもしれないが、数年ぶりに本気を出せるかもしれない絶好の機会に心の中は少しずつ湧き立っていた。
(彼女の術式発動はさっき見た感じだと僕よりコンマ1秒か2秒遅いといったところか。術式発動の際の呪力の『起こり』を見てから『青』の吸引で発動を妨害しつつ、そのまま速攻で叩きのめす。…まあ何とかなるでしょ)
「いやまさか。そっちこそ泣いて詫びる用意をしといた方がいいよ。」
「僕、最強だから。」
その言葉をきっかけに、秋山凛子は五条悟のすぐ左後方の位置へと転移するや否や、瞬時に呪具である日本刀に術式を纏わせ、振るった。死角からの完全な不意打ちである。五条は彼女の術式の『起こり』を見た瞬間、術式順転『青』により距離を詰めようとしたが、凛子の術式の展開速度の方がコンマ1秒早かった。結果として五条は左肩を切り裂かる。
五条は振り向きざまお返しに術式反転『赫』を放つも、凛子は既に転移で消え失せていた。次の瞬間、五条の右手が宙を舞う。またも凛子は側面の死角に転移し、斬撃を放っていたのだ。五条は反転術式での治癒はせず、複数の『赫』を死角に同時に展開することによって反撃をしていくが、凛子は五条の『赫』発動の際の周囲の空間の僅かな歪みを見て、『赫』の効果範囲を時には転移で逃れ、時には『赫』ごと五条を切り裂き、次々と五条に斬撃を浴びせる。いつしか、戦場は完全に凛子の独壇場と化しつつあった。
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(押し切れない…)
五条に斬撃を浴びせながら、秋山凛子は思考する。彼女はここまでの戦闘で五条を圧倒しながらも、決定打を打てずにいた。
凛子は初撃で五条の左腕を奪った際、わざと術式発動をコンマ1.5秒遅らせたのだ。それにより五条は凛子の術式発動速度を見誤り、結果として2度目の激突の際『青』を空ぶらせ一方的な展開に持ち込む事に成功した。
それでもなお、最強を押し切ることができない。
(おそらく、オートの無下限術式のバリアを解き術式精度を向上させ、『赫』を放っている。それで私の術式を破れるわけではない。呪力切れを狙っている?)
六眼使いは呪力の消費を極限まで抑えローコストで術式を使用することができる。例え平安時代にその名を轟かせた両面宿儺であっても六眼の呪力効率には及ばない。このまま術式を連発していけば、いかに凛子の呪力が多いといえど先に呪力が尽きるのは明白。故に術式を多用した短期決戦に持ち込もうとしたのだが…。
(『青』と『赫』を同時に複数並行して使用することでその場に留まらずに常に高速移動しながら、首や頭、丹田といった致命的となる箇所への攻撃のみを回避している。流石は現代最強といったところか。)
五条は後手に回りながらも、あくまで冷静さを欠かさず持ちこたえている。対して凛子は短期決戦を決めきれず、呪力切れの不安を抱えながら戦闘している。現状押しているのは紛れもなく凛子ではあるのだが、戦況そのものはゆっくりと、着実に五条の元に傾きつつあった。
その時、五条の左手が持ち上がり、帝釈天印の形を形どる。五条を中心に膨大な呪力が立ち上がり、唸りを上げた。
「ここで領域展開…!?馬鹿な…」
凛子はひとりごちながら、即座に効果範囲外へと
領域展開は現代では可能な術師は数少ないが、正に必殺の奥義である。領域内では術者の術式は強化されると共に、術式効果は基本的に必中となる。領域内ではどんなに精強な呪術師であろうとも対策をとらなければ敗北を免れない。一部の例外を除いては。
基本的に決まれば勝敗が決する程の奥義である領域展開ではあるが、弱点も勿論存在する。効果範囲外になんらかの形で流れたりすれば必中必殺効果は意味を成さない。さらに領域展開直後は個人差があるが術式が焼き切れ、使用不可能になる。必殺の奥義ではあるのだが、使い所が難しい技といえる。
空間転移が可能な凛子にとって領域展開を先に切る事は悪手そのものである。凛子は効果範囲外に瞬時に空間転移で逃げる事で領域をかわし、領域が途切れたところで即座に相手の懐に飛び込み、術式の焼き切れた相手を一方的に叩きのめす事ができる。
秋山凛子に対し、領域展開は必殺足り得ない。それが分かっているのに五条悟は領域を展開しようとしている。
(とにかく、今は効果範囲外に流れなくては…。)
即座に五条悟の後方の上空200m地点に空間転移する凛子。後は領域が途切れ、術式が焼き切れるのを待って反撃するだけだと思い振り返り領域展開中の五条を視界に捉えるも────。
「居ない!?どこに…。」
領域展開中のはずの五条悟は居なかった。どこにいったのかと辺りを見回そうとするも、その時間はなかった。
「ヤッホー!」
凛子のすぐ背後から聞こえてきた声。反射的に振り返り術式と呪力を全開にして防御するも、黒く光る稲妻と共に空間を歪める程の威力で飛んできた一撃により、凛子は地表まで吹き飛ばされていった。