Re.ゼロから始める姉弟生活   作:黎川暁明

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第12話 交渉開始

「失礼。お爺さん。スバルく…スバルが完全に信用できる人間だとわかってのが嬉しくて」

 

「ああ。どことなく感じてた壁が完全に取り払われた気がするぜ」

 

「別に構わんがのう。それにしてもお前さんは変わり者じゃて」

 

そう言ってロム爺からからと笑う。

 

――スバル達の交渉は成立、携帯電話を手にしたロム爺はそれを確約してくれた。ただ、

 

「儂が面倒みてやれるのはフェルトと交渉する場を用意することまで。その先、この魔法器と徽章の交換に関してはお前さんが交渉せいよ」

 

「ふんだくられるのをあらかじめ了解しての交渉だぜ? ロム爺さんも、こいつの価値は保障してくれんだろ。それに俺は一人じゃない。だからきっと楽勝さ」

 

「口に自信はある?スバル」

 

「ああ、そっちは?」

 

「友人に高位の貴族がいるから交渉のやり方は知ってるよ」

 

「お前の人間関係どうなってんの?」

 

気楽に会話をするスバル達の様子にロム爺は何か言いたげに顔をしかめる。

油断するなとか、交渉を甘く見るな、とかそういう類の忠言だったのだろうと思う。

が、飲み干した酒で赤ら顔になり始めているスバルと、薄っすらと黒い笑みを浮かべるエリオットに説教は無駄だと感じたのか、

 

「ま、実際、その通りじゃろ。もうちっと意地が悪い奴が相手なら、魔法器と追加で足下見られかねんが……フェルトもそこまで性根が曲がっとるわけでなし」

 

「でえじょーぶでえじょーぶ。それよか、ロム爺さん。もっとマシなメシとかないのかよ。クソまずくて残飯食ってる気分だぞ」

 

「だからダメだよスバル。いくら本当のことでも言って良いことと悪いことが…」

 

「人の夕飯に手ぇつけといて、勝手なこと言いよる。お前、どんどんふてぶてしくなるの。もう一人もじゃ。それ貶しとるのと変わらんからの」

 

粗末な皿に乗ったペースト状の豆、そんな感じのものを口に運びながらスバルはぶーたれ、エリオットはそんなスバルをたしなめ?る。

最初の酒への嫌悪感もどこへやら。今は空になるグラスにロム爺が酒を注ぐのをいいことに、その豆をつまみにちびちびと酒をすすっている。

なおエリオットは酔えないので水を飲んでいる。

 

「つか、そんなでっかい図体してんのにこんだけで足りんの? 霞食って生きてるわけじゃなし、まさか酒さえあれば飯はいらないとか言い出す類?」

 

「巨人族の燃費の良さを知らんのか。その戦闘力に反して食う飯の量は少ない。戦乱が多かった頃は各地でならしたもんじゃぞ」

 

「らしいね。実際に見たわけじゃ無いけど随分と恐れられる種族だったみたい」

 

スバルの素朴な疑問に応じるロム爺とエリオット。エリオットののんびりとした口調に対し、ロム爺の顔は厳しい。

彼はグラスに注いだ酒瓶をそのまま己の口に運び、直接に酒をあおりながら、

 

「それ故にだいぶ数を減らした。王都でも、他の巨人族を見たことはないしの」

 

「食わねぇのに強ぇのか、そらスゲーな。かっちょいい。……吐きそう」

 

「お前、儂が憂い顔で語っとるのにその態度はないじゃろ」

 

「お爺さん、何かスバルが吐けるようなところない?」

 

他人の不幸自慢ほど聞いていて萎える話はない。

耳を塞いで話の腰を折るスバルに、ロム爺も聞かせるのを断念して豆を食らう。

三人してマズイ豆を肴に、二人は酒を、一人は水の入ったグラスを傾ける静かな時間が続いた。

 

独特の符丁で盗品蔵の戸が叩かれたのは、日差しもだいぶ傾く時刻になってからだ。

うつらうつらとし始めていたスバルが、肩を叩かれて顔を上げると、音に反応したロム爺の巨体が身軽に扉の方へと向かう。

 

ロム爺の巨躯と比較するとやたら小さく見える扉。そこに耳を押し当て、ロム爺は神妙な顔つきで戸の向こうをうかがい、

 

「大ネズミに」

 

「毒」

 

「スケルトンに」

 

「落とし穴」

 

「我らが貴きドラゴン様に」

 

「クソったれ」

 

 

短い問いに間髪入れずに差し込まれる返答。

それが合図と合言葉、なのだろう。満足げに戸の鍵を外すロム爺。その背中を見ながら、スバルは品のない合言葉だと内心で暴言。エリオットは随分と覚えやすいなと無意識に合言葉の存在意義を問うようなことを考える。そして、

 

「――待たせちまったな、ロム爺。意外としつっこい相手でさ。完全にまくのに時間かかっちまった」

 

親しげに、己の戦果を誇るように、ひとりの少女がロム爺の隣を抜けて蔵に入ってくる。

金色の髪をセミロングにした少女だ。兎のように赤い瞳、口の端から覗く悪戯な八重歯。小柄な体を動きやすそうな、言葉を選ばなければボロい服に包んでいる。

 

一瞬ではあったが、路地裏で出くわした少女に間違いない。

見覚えのある少女の出現に思わず立ち上がるスバル。コレが自分の姉を毒牙にかけた不届き者か、と紫の双眸を鋭くするエリオット。

がた、と音を立てて自分を見るスバルに気付き、続いて自分を見つめるエリオットに気づいた。一瞬エリオットの視線に体を跳ねさせたが、それに気づいた人間はいなかった。少女はそれまでの笑みを消して胡乱な顔つきを浮かべた。

 

「あ?あんたら誰だよ。おい、ロム爺。アタシは大口持ち込むから誰も入れとくなって言ったろ?」

 

「お前さんの気持ちはわかるがの、あの小僧っ子はお前――フェルトに用があってここにおるんじゃ。ま、無関係ってわけでもない」

 

ロム爺の答えにますます顔を不審にしかめる少女――フェルト。

心なしか胸のあたりに手を当てる様子を見るに、盗んだ戦利品はそこにあるのだろう。

スバルとエリオットの無言の視線を受けて、フェルトは落ち着かない様子でロム爺を振り返り、

 

「なんだよ、あの兄ちゃん。――まさか、アタシを売ったんじゃないだろな」

 

「そんな義理に反する真似はせん。それにお前さんにとっても悪い話じゃないと思うが」

 

片目をつむり、ロム爺は「のう?」と同意を求めてくる。

ウィンクするジジイという貴重な気持ち悪さを体験し、スバルは小さく頷いて肯定。

それからいまだに警戒心の消えないフェルトに言葉を選びつつ、

 

「とりあえず、落ち着こう。俺は君に悪意はなくて……おろろろろろろろろろろ」

 

――選びつつ、こみ上げてきた吐き気に負けて全部口から出た。

 

「「ぎゃあああああああああああああああ――!!」」

 

「うわぁ」

 

突然ゲロったスバルの醜態に二人の悲鳴が上がり、あーあ、やっぱりとでも言うような声が響く。

 

当のスバルはその場に膝をつき、胃を絞るような苦痛のままに腹の中身全部出し。

酒の琥珀色とペースト豆の色が混ざり合って、最悪の作品が生み出される。

 

「なにがアタシにとって悪い話じゃないだ! 最悪じゃねえか!!」

 

「最悪は儂の方じゃ! 盗み食いされた晩飯と酒が! 酒なんかたっかい! たっかいんじゃぞ!?」

 

「あーあ、慣れないお酒なんか飲むから」

 

「うるせぇ!叫ぶな!…頭痛ぇのにガンガン響くわ!気持ち悪っ!エリオも心配より背中さするとか…おぇ…マジ気持ちおろろろろろろろろ」

 

「「ぎゃあああああああああああああああ――!!」」

 

「うわぁ、また」

 

再び押し寄せる波にスバルの惰弱な精神が屈し、二人の悲鳴が尾を引いて響く。

唯一エリオットだけが優しく背中をさすってくれていた。友人の手のひらはあったかくてスバルは泣きそうになった。

――スバルが胃の中身を出し切り、スバルが出し切った汚物を掃除して、スバルが生んだよどんだ空気を換気し終わり、ロム爺がスバルに『飲酒禁止』を言い渡し、エリオットが「ちょっとずつ慣れて行こ?僕も付き合うからさ」と、もしコイツが女だったら惚れてたとスバルに思わせるようなことを言うまで、その騒ぎは延々と貧民街の夕闇を切り裂き続けた。

――夜が更ける。

 

 

 

 

「――それじゃ、気を取り直して交渉といこう!」

 

手を叩き、白けた場の空気を切り替えるようにスバルは言った。

場所は盗品蔵のカウンター側から移し、蔵の奥側に用意された小さなテーブル席だ。カウンター側にはいまだにさっきの騒ぎの名残(臭いや痕跡)が残っており、その場所での交渉を頑なにフェルトが拒否したのが原因である。

 

同じテーブルにつき、ロム爺が出したミルクの入ったグラスを傾けるフェルト。

彼女の赤い瞳からは警戒心は消えておらず、今やそこには少なくない不信感と不快感も上乗せされている。出鼻から先が思いやられる。

 

「そんな恐い顔しないでスマイルスマイル。可愛い顔が台無しだゾ?」

 

「んな媚び媚びすんなよ、兄ちゃん。それにアタシはアンタの持ってきた話が、金になるのかならねーのかにしか興味がない。余計なことしないで本題に入っていーぜ?」

 

「スバル、言っちゃ悪いとは思うんけど、すごーく気色悪い」

 

「エリオットお前なあ!」

 

頬に指を当てて精いっぱいの親しみを演出したが、フェルトの反応は冷たくすげない。

それどころか友人であるエリオットにすら容赦なくボロボロにけなされた。

 この世界においても、ことごとく空振るスバルのコミュ能力。世界を超えてなお、スバルを孤立させる『絶対ぼっちの力』。

 

「なにもかも置き去りにしてきたはずなのに、あいつだけは俺を手放してくれない、か。ふふふ、因果なもんだよ。そう思わないか?」

 

「ごめん、何言ってるのか分かんない」

 

「おい、ロム爺。このミルク、水入れて薄めてねーだろーな。マズイぞ」

 

「どいつもこいつも人が好意で出してやっとるもんをマズイマズイと……」

 

自分の世界に浸るスバル。律儀に反応するエリオット。そんな二人を無視して、それなりに楽しげなフェルトとロム爺。

スバルは咳払いして改めて三人の視線を自分に集め、

 

「んじゃま、交渉といこう。えーっと、フェルト。――徽章は持ってるな?」

 

「……ああ、持ってるぜ」

 

単刀直入に切り込んでみせるスバルに、短く応じるフェルトも素直な肯定。

彼女は懐に手を入れると、そこから抜き出したものをテーブルの上に静かに置いた。

 

エリオットが目を細める。スバルが気合を入れ直す。

 

――スバルの求め続けた徽章。それは竜を象った意匠が特徴的なバッジだった。

大きさは元の世界のワッペン程度。材質はいまいち判断できないが、高価そうな金属が使われて見える。スバルの知識でいうところ、翼竜を正面から象ったデザインをしていて、徽章の中央――竜の口が赤い宝石をくわえるような絵を描いていた。

 

徽章の中心、赤い宝石はぼんやりと淡く輝いており、その灯に思わずスバルは言葉を見失ってしまう。

徽章を値踏みするロム爺も黙り込んで「ううむ」と難しげにうなるのみだ。

 

「さあ――」

 

その沈黙を破ったのは、徽章を握るフェルトだった。

彼女は前置きの一言で二人が我に返るのを見届けて、テーブルの上の徽章をこちらに押し出し、

 

「今度はそっちのカードを見せなよ。徽章はこんだけの出来で、しかもアタシはそれなりに苦労させてもらった。それに見合うカードだと、お互いに嬉しいよな?」

 

「悪い笑顔でこっち試してみてるとこ悪いが、俺の出せるカードは一枚だけだ。なにせ、俺はたいそう立派な一文無し!」

 

「僕も悲しいけど同じく無一文」

 

相変わらず『無一文』と聞いた途端にみんな嫌な顔するなぁ、と思うスバル。

この小娘にどんなケジメをとらせてやろうかと思考を巡らせる目が笑っていないエリオット

そんな胸中の感情はさておき、宣言通りに切れる最強のカードを切る。

叩きつけるようにテーブルに置かれた携帯電話を見て、こちらの予想通りに困惑顔を浮かべるフェルト。

ロム爺のときと同じ反応に気を良くしつつ、スバルは携帯電話のカメラ機能を起動。

 

「NATUKIフラッシュ!!」

 

「うわ、まぶしっ!」

 

ピカッと光り、機械的なシャッター音が鳴ると画像が切り取られる。

スバルのマナー違反な撮影にフェルトは文句を言いたげな顔をしたが、その口が開くより前に携帯の画面を彼女に突きつける。

そこに表示された自分の姿に、少女の赤い双眸が大きく見開かれる。

 

「これって……」

 

「そう、フェルトだとも! これは時間を切り取って映像を残す魔法器だ」

 

「驚いたでしょう?僕もかなーり驚かされた」

 

「俺の出せるカードはこいつだけ。その徽章と、こいつとで物々交換を申し込む」

 

初手からスバルは(・・・・)最大のカードを切って、勢いのままに交渉をこちら優位に進める。

スバルの取った手段は交渉の定石のひとつだ。場合によっては交渉の趨勢をそれだけで決めてしまえる強力な手段。

もっとも、それはこれ以上に強力なカードはないと暗に宣言するも同然であり、実質スバルは口頭でそれをやらかしてしまっているわけだが、

 

「なるほど、そりゃスゲーな。で、ロム爺。この魔法器は売ったらどんなもんよ」

 

画面を覗き見て、ふんふんと頷いたフェルトのその後の反応はもの凄い淡泊だった。

目を輝かせるでもなく、携帯電話を手に取るでもない。その効果に対する興味より、彼女の興味は携帯電話自体の高価さにしか向いていなかった。

 

「男のロマンってのは異世界でも男にしか理解できないもんか! そうなのか!?」

 

「ぴーぴー騒ぐなよ、みっともない。ドンと構えてな、自信あんだろ。それで、そこんとこどーなんだよ、ロム爺」

 

蓮っ葉な態度というべきか、妙に男らしい態度と言うべきか、フェルトの自若さは揺るぎない。

見た感じ自分より二つ三つ年下の彼女に対し、スバルは思わず身を傾けて「姐御」と慕ってしまいそうだ。

男らしさとは遠いスバルの懐中はさて置き、フェルトは隣に立つロム爺に携帯電話の価値を問う。

彼女は心底、大した興味なさげに携帯の側面に指を滑らせながら、

 

「アタシとしては魔法器? みてーなもんがこの宝石付きの徽章より高いなら万々歳だ。そこらへん、見る目は疑っちゃいねーしさ」

 

「ま、数字でいくらになるかは想像がつかん。儂も魔法器をさばいた経験はないしの。ただまあ、かなりの上物の徽章じゃが魔法器には劣る。――つまるところ、この交渉はお前さんにとってかなり利がある。ってのが儂の結論じゃな」

 

「……実際いくつかミーティア…魔法器を見たことがある僕から言わせて貰ってもコレはかなり希少なものだよ。出来ることなら僕が買い取りたいぐらい。…君が僕の言葉を信じるかどうかは別だけどね」

 

「そっかそっか、ならま、いいんじゃねーかな」

 

信頼するロム爺、そして誰だか知らないが小綺麗な身なりをした外見のいい客の太鼓判に気を良くした様子のフェルト。

やや予定と違う反応ではあるものの、大まかな目的は果たせそうでスバルも満悦。

しかし、それじゃ早速と手を伸ばしかけたスバルを「待った」とフェルトが制止する。

 

「カードの切り合いは互いに終了。だけど、アタシの吹っかけはまだ終わらねーぜ?」

 

「……自分から吹っかけるって宣言されるのゾッとしねぇな。ってか、これ以上に釣り上げようって言われても無理だぜ。なにせ俺は天下無双の一文無し」

 

「僕もお金は今持ってないよ?」

 

「安心しろ、アタシもそこまで悪じゃねーよ。爺さん、ついでにそこの綺麗ななりした姉ちゃんがこんだけ言ってくれんだ。徽章の価値よりこっちのが上、それは認める。――アンタらが切れるカードがないってのは嘘だろけど」

 

椅子に座るスバルとエリオットを、立ち上がって見下すフェルト。

その赤い双眸は嗜虐的な感情に濡れていて、スバルは内心を見透かされたことに冷や汗を浮かべるしかない。

スバルからすれば隣で涼しい顔をしている友人が頼りだ。

交渉のカードとして、最大の効果を持つだろう携帯電話は切った。

が、スバルの手元にはまだいくつか、この世界には流通していないだろう財貨が残されている。

財布の中の硬貨や各会員証など、交渉次第ではいくらかの金に換えられるはずだ。いざとなればジャージやスニーカーも、技術提供という意味で換金が考えられなくもない。

隣の男も涼しい顔をしているところからして、まだ何かカードを隠していそうだ。

携帯電話はあくまで最大のカードであり、まだ見せ札はいくつか残している。もっとも、それらは本格的に今後のこの世界での生活を支える初期投資になり得るものなので、よほどのことがない限りは切ることのできない札だ。

 

――もしも携帯電話で足りないと言われれば、切らざるを得ない、または切って貰ざるを得ないカードではあったが。

 

「安心しなよ、言ったろ? アンタからこれ以上、巻き上げるつもりはない。アタシはこいつが金に代わればそれで満足さ」

 

「べべべ別に? 動揺? とかしてねぇし? ってか、マジちょっと意味わっかんねし。俺が俺が俺が切れるカードは切ったし? ビビる必要とかどこにもおろろろろ」

 

「落ち着いてよスバル」

 

自分で自分にかけたプレッシャーで吐きかけるが、口の中まで巻き戻ったリバースを再び胃へとリバース。

飲み込んでガッツポーズのスバルに、エリオットは頑張ったね〜と言わんばかりの幼子を見るような目で優しく背中をさすってくれる。どうしてコイツは男なんだとスバルが考え始めたころ、「それにしても、」と前置きしてエリオットが口を開いた。

 

「よく分かったね。僕らにまだ切れるカードがあるって」

 

「あん?勘だよ勘。あんたらこの徽章が欲しいんだろ?それこそそんな聖金貨二十枚以上の価値があるような魔法器を支払っても。なら万が一の為に他にカードを取っといてるんじゃねーかって思ったんだよ」

 

「アンタはやけに綺麗ななりしてるしな」と付け加える。そしてフェルトはスバルに視線を向け、吐きかけた彼を心底嫌そうな顔で見て、

 

「表に出なかったからいいんだけどさー。持ってきたのが魔法器じゃなけりゃ、今のとこで表に蹴り出してるぜ、絶対」

 

「それ言い出したら最初に儂が殴り倒して終わりにしとったろーがな」

 

「そうなったら僕が抵抗しただろうからお爺さんは今頃あの世か牢屋だね」

 

がははは、とそれこそ男らしく笑い合う二人。

そんな二人に笑顔で氷水を浴びせ掛け、あははと笑うエリオット。

 

「そんな細っこい体で儂に勝てるとでも思っとるんか」

 

「大きく出たじゃねえか姉ちゃん。ロム爺は強えぞ?」

 

半ば呆れたように問う二人。その二人にエリオットは笑顔を崩さぬまま、

 

「何も純粋な筋肉量や体重だけが勝敗を決めるわけじゃないだろう?」

 

「言うじゃねえか姉ちゃん」

 

「さっきから言おうと思ってたけれど、僕は男だよ?」

 

「ウッソだろ!?んな綺麗な面して男かよ!?」

 

「その反応見るのもコレで4回目だな」

 

そんな自分を除く三人の会話のおかげで、胃液で喉を焼かれる痛みから多少回復したスバルは「おえ」と前置きして、

 

「で、吹っかけが終わらねぇってのはどういう意味よ?」

 

「ん? ああ、簡単な話。アタシの交渉相手は兄さんだけじゃないってこと」

 

疑問符を浮かべるスバル。その疑問に答えるようにフェルトは「だから」と指を立て、

 

「そもそも、アタシがこの徽章をギッてきたのは頼まれたからなんだよ。これ一個で、聖金貨十枚と引き換えるって話でな」

 

「盗みの依頼が先約かよ! 金貨十枚って、相場がイマイチわかんねぇけど……」

 

ちらりとロム爺を見ると、彼はスバルの意を汲んだように頷いてみせ、

 

「この徽章だと、儂ならうまく流して金貨四、五枚。叩かれて三枚の可能性もある」

 

「なら、単純に買い取り価格は倍ってことか」

 

「いや、聖金貨と言ったじゃろ? 市場に流れとる金貨と違って、聖金貨は素材が希少な聖金を使っておるから、価値的には金貨二十枚近くある」

 

「四倍強かよ!?」

 

「なにを驚いとる。お前さんが持ってきた魔法器なら、最低でも聖金貨で二十枚。場合によってはもっと出す好事家もおるじゃろ。話にならんぞ」

 

「お爺さんの言う通りだよ。僕だってお金があるなら聖金貨で35枚は出す。高位の貴族なら人によっては50でも出すんじゃないかな」

 

イマイチ物価がわかりにくい世界だが、最上と思っていた金貨の上の貨幣が飛び出し、さらにそれで二十枚ともなれば驚きの一言だ。

しかもエリオットの言葉を信じるなら更に倍以上で取引される可能性がある。

思わず、登録者が十人に満たない自分の携帯電話が神器のようにも見えてくる。

あんまり使い込んでいないから見た目もきれい。友達がいなくてよかった。

 

「そんな自分の心の慰めはいいとして、こっちのが高値がつくってんなら、盗みの依頼人にはなんて断るんだよ」

 

「だから、吹っかけるって言ってんだよ」

 

フェルトはその小生意気な顔つきを、さらに悪そうな笑顔に歪めて、

 

「兄さんがこんなバカ高いもんを出したんだ。徽章が欲しいなら、あっちもそれなりの報酬を追加してくるかもしれねーだろ?」

 

「……つまり、アレか? 聖金貨で向こうが二十枚以上出してきた場合は」

 

「兄さんはアタシに残りのカードも切って上乗せしなきゃ、勝負は成立しねーな」

 

「そうなったら僕がカードを切るよ」

 

悪そうな、を訂正して悪一直線の顔でフェルトが爽やかに言い切り、まだ笑顔を崩さないエリオットが続く。

スバルはここへきて雲行きが怪しくなり始めたのを感じながら、

 

「んで、その依頼人ってのはどこで、いつ落ち合う予定なんだよ。その交渉のテーブルには一緒につかせてもらえるんだろうな?」

 

「もちろん。一方的に兄さん達が不利になるだけじゃ、アタシの儲けも減るかもわかんねーしな。それと、交渉場所なら心配すんなよ。――ここさ」

 

「お前、また儂に断りもせんで勝手なことを……」

 

「だってよー、ロム爺がいりゃ、大抵の相手から暴力って選択肢消せっからさ。この見た目とケンカなんか、考えただけでする気なくなるし」

 

同意を求めてくるフェルトに、スバルもロム爺を一瞥してから「うんうん」と肯定。

エリオットはそうでもないのか「んー」と肯定とも否定とも取れない声を漏らす。

二メートル近い筋骨隆々のハゲジジイだ。実際、七十キロ近い体重のスバルが軽々と片手で持ち上げられた実績もあり、見せ筋という可能性はかなり薄い。

マジメに殴り合いになったら、話にならんだろうなとスバルは結論している。

 

一方でロム爺はそんな二人の評価に悪い気はしないらしく、

 

「仕方ないのぅ。儂がおらんとなんにもできんのか。まったく、嘆かわしい。ミルクのお代わりいるか? 少しなら甘いもんもあるが」

 

孫を猫可愛がりするバカなお爺ちゃんみたいな感じになっていた。

上機嫌のロム爺になみなみとミルクを注がれているフェルト。彼女を見ながらスバルは「しかし」と呆れたため息をこぼし、

 

「最初からここにその相手を呼んでるってことは、俺のことがなくても値段交渉する気は満々だったのか」

 

「そらそーだろ。どんだけ苦労したと思ってんだ、これ盗るのに。それにアタシみたいなか弱いのがひとりで相手して、踏み倒されたりしたらどーする。浮かばれねーだろ?」

 

「「か弱い、ねぇ/かぁ……」」

 

無意識にエリオットとスバルの言葉が被る。

 

華奢で小柄なフェルトの外見、そこから判断すれば決して間違った形容ではないが。

その精神のたくましさと図太さをこうも味わうと、彼女を「か弱い」と形容するにはかなりの抵抗があった。

さらに思い返せば、彼女はその徽章を盗む苦労の過程で一度、人生終焉のピンチにあったスバルのことを見捨てているのだ。

どこが精神的に脆いのか、と思い返してムカムカし始める。

 

「君、そんなに弱くはないと思うけどな。力は無さそうだけど速さだけならかなり良い。鍛えればいいセン行くと思うよ」

 

「お、おお!?ほ、褒めても何も出さねえからな!」

 

フェルトは褒められ慣れていないのか多少顔が赤くなっている。

が、そんなことを気にするスバルではない。

 

「って言うか、お前ってば俺のことひょっとして覚えてないか?」

 

「? どっかで会ったか? っつっても、相当に印象強い出会い方してねーとアタシも暇じゃねーから覚えてねーよ。そもそも、兄さんってかなり地味な見た目してるからな。そっちの美形の兄さんは別だけど」

 

「髪の色と服装しか目立たねー」とフェルトはけらけら笑う。

その態度に嘘が感じられず、外見の凡庸さをディスられたのも合わせてスバルは愕然。

異世界では人情は完全に廃れ切っているのかもしれない。強盗殺人の現場をさらっと忘れる精神性がその証拠だ。

 

その一方で、何の得にもならない状況でスバルを助ける少女がいたり、初対面のスバルにリンガを奢って聖金貨までくれるエリオットがいたり、ゲロ吐いてもスバルを追い出さないロム爺もいるのだからわからない。

異世界でもやっぱり個人差があるのだろう。悪いところだけ見て評価、実にいくない。

 

「ま、フェルトの残念な記憶力はいいや。で、その待ち合わせ相手はいつくんだ?」

 

「大切なことだね。教えて貰っても?」

 

「なんか黒い兄さんは癪に触る言い方しやがんなー。アタシが日没までに仕事終わらせるって言ったら、日没後にここでって言ってたし……日も沈んだからそろそろ」

 

「くるんじゃね?」という会話がフラグになったのかもしれない。

扉を鋭く、二度叩く音がふいに蔵の中に響き渡った。

四人が顔を見合わせ、ロム爺が「符丁は?」とフェルトに問うと、

 

「あ、教えてねーや。たぶんアタシの客だし、見てくるわ」

 

跳ねるように立ち上がり、フェルトの姿が入口の方へ。

勝手知ったる他人の家、という感じのフェルトの振舞いに、スバルは「いいのか?」という意味を込めてロム爺に肩をすくめてみせる。

 

「ま、知らん仲じゃないしの。付き合いも短くない……用心棒紛いの真似ぐらいしてやるとするか」

 

心なしかうきうきと、頼られるのが嬉しいお爺ちゃんが蔵の奥から棍棒を持ち出す。

長さは竹刀程度で、材質はたぶん木材。だが、先端からはちらほらと棘が突き出していて、見るからに殴られたら致命傷食らいそうな一品だ。

 

「釘バットっつーかなんつーか、やっぱ異世界でも棍棒って標準装備なんだな……」

 

「もっと鋭く振れる武器とかないの?」

 

五十ゴールドとひのきの棒を渡されるのが、わりとRPGのスタンダード。

見た目的にも期待を裏切ってないな、とロム爺の装備を斜めから評価していると、フェルトが変に愛想よく笑いながら戻ってくる。

 

「やっぱアタシの客だったよ。こっちだ、座るかい?」

 

暗にスバル達にどけと手振りで指示して、彼女の愛想は背後の相手に向けられる。

それが交渉相手か、と心持ち緊張しつつ相手をうかがい、スバルは少し驚きいた。

フェルトが招き入れたその人物が、見目麗しい女性だったからだ。

 

少し驚いただけのスバルに対し、エリオットはかなり驚いたようだった。明らかに緊張している。

やはり彼でも綺麗な女性には緊張するのだろうか、などとスバルは考える。

 

入って来たのは身長の高い女性だ。スバルと同じぐらいの背丈に、年齢は二十台前半くらい。

顔立ちは目尻の垂れたおっとりした雰囲気の美人で、病的に白い肌が薄暗い蔵の中でもはっきりと目立つ。

黒い外套を羽織っているが、前は開けているのでその内側の肌にぴったり張り付いた同色の装束が目につく。細身ながらも出るとこの出たナイスバディだ。

そしてスバルと同じく、この世界では珍しいとされる黒い髪の持ち主。背を越して腰まで届く長い髪を編むように束ねて、指先でその先端を弄んでいる。

 

どことなく妖艶な雰囲気の大人のお姉さんだ。

スバルにとって縁がない上に、経験値もかなり少ない稀有なキャラである。

端的に言えば、超ドギマギせざるを得ない。

 

ふと思い至って隣に座るエリオットを見る。

スバルよりも拳一つ分は高いの背丈。年齢は外見から考えるに十台後半でスバルと同じくらい。

顔立ちは少しツリ目気味だが柔和な雰囲気の美人で、肌は陶磁器のような滑らかで、ミルクのような温かみを感じる白さだ。

黒灰色のロングコートを羽織っているが、二人とも前は開けている。ただし、彼は顔と手程度しか晒していないところが対象的だ。

エリオットが男性でさらにその中でもかなり細い部類に入るところも対照的だと言えるだろう。

そして髪は紺色。肩を過ぎるほどまで伸ばされた髪は結ぶでもなく、そのまま真っ直ぐ下ろされている。

総合的に見て、彼女とエリオットはよく似ていると思う。だが、どこか互いに対局に立つ存在のように思えた。

 

「さあ退いた退いた!」

 

「うおっ!?」

 

精神的に優位をとられて、思わず席をフェルトに譲ってしまうスバル。

空いた席にフェルトが腰掛け、その左隣に棍棒を携えるロム爺、右隣に緊張が隠せないスバルが立ち、反対の左側に緊張した様子のエリオットが立った。

わりと物々しい出迎えを受けた女性だが、彼女はそれを気にした様子もなく小首を傾け、

 

「部外者が多い気がするのだけれど」

 

「踏み倒されたら困るかんな。アタシら弱者なりの知恵だよ。んで、スバル飲み物」

 

手振りでこき使ってくるフェルトに、反論すら浮かばず場に呑まれたまま従う。

比較的汚れていないグラスを選び、ミルクを注いでから二人の前へ。

給仕するスバルに女性は小さく「ありがとう」と礼を言い、それから値踏みするようにこちらを眺めて、

 

「そちらのご老体はわかるのだけれど、こちらのお兄さん達は?」

 

立ち振舞いと雰囲気から、場馴れしていない感を読み取ったのだろう。

純粋に疑問に思う女性の言葉に、フェルトはさっそく本題に入ろうというのか悪い笑みを作り、

 

「この兄さん達はアンタのライバル。アタシのもうひとり…ふたり?の交渉相手さ」

 

と、宣言通りの吹っかけを始めたのだった。

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