第5話 はじめまして
ある日、ロズワールさんに呼び出された。
「エリオット君、エミリア様が王都に行くのは知っているね?」
「はい。非常に心配です。姉さんを引っ掛けようとした不埒な男をパックが八つ裂きにする事件が起きないか」
もしくは姉さんが迷子になって騎士達のお世話にならないか。
「心配するべきはそこなのかなぁ?それで本題だ。君もついて行ってくれない?」
「願っても無いことですね。是非とも行かせてもらいます」
「うん。ありがとう。エミリア様をよろしくね」
「はい、それでは準備を始めますので」
「あぁそうだ、エリオット君」
「?」
「こういう時にお土産を買って帰れる男は女性からの好感度が上がりやすいよ」
「!」
「“個人に”とか“一人だけ”が重要だーぁよ」
「ありがとうございます、ロズワールさん。貴方にも日頃の感謝を込めて何か買ってきます」
ワインか貴金属か珍しいものか。
「お金は大丈夫なのかーぁな?」
「貴方が毎月僕と姉さんにくれるお小遣いをまるで使っていないので。それと村で働いた時の謝礼が溜まっていますし、森で切ってきた薪を売ったりでお金は割とあります」
「“魔獣の森”が心なしか削れていたのは君か」
「はい。問題有りましたか?」
「いぃや?よほどでない限り構わないよ」
「ありがとうございます」
「ところで金額はどれぐらい?」
「ざっと聖金貨で50枚ほど」
「わーぁお、随分と溜め込んでるねぇ」
「それでは失礼します。選ぶのはそれなりに頑張るつもりですので少しだけ期待していてください」
「エリオット様」
「! フレデリカさん!」
心が躍る。フレデリカさんと仲直り?した日からフレデリカさんと話すのが楽しくて仕方がない。
見かけるだけで気分が上がる。話をすれば心が躍る。理由はわからないけど、そんな毎日が幸せだと感じてる。
「エミリア様について王都に向かわれると聞きました」
「ああ、知ってたんだ。そうだよ、王都に行ってくる。エミリア姉さん一人じゃ不安だしさ」
「はい。わたくしも連れて行ってとは言いません。せめて、これを」
フレデリカさんが渡してくれたのは無地の白いハンカチだった。
スンスン…いい匂いがする。
「これは?」
「今何で匂いを嗅ぎましたの!?
見送りに白いハンカチを渡して、旅の最中に汚れたそれを返す。…今ではあまりされませんけど、旅の無事を祈る昔からの風習ですわ」
「向かう先は王都ですし、危険は無いと思いますけれど」
「そっか。ありがとう、フレデリカさん。きっと無事に帰ってくるよ」
頬が緩む。こうして心配してくれる人がいる。なんでもない事かもしれないけど、凄く嬉しい。
「お土産買ってくるから、楽しみにしてて!」
さぁ準備に取り掛かろう!このハンカチは絶対に忘れないようにしなきゃ。心も足取りも軽い。ああ、僕は幸せだ!
エリオットが離れていった後の廊下にフレデリカの声が小さく響く。
「まぁ予想はしていましたけれど、やはりご存知ありませんでしたわね。でもいいですわ。無事に帰ってくると約束してくれましたから」
常に淑女ぜんとして落ち着いている彼女だが、今日はいささか足取りが弾んでいるように見えた。
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「ねぇエリオ!あそこの食べ物、すごく美味しそう!」
「そうだね、エミリア姉さん」
「あれはなんていうんだろう……あ、あっちは!?」
「何だろうね〜」
こういう時のエミリア姉さんはもう子供みたいにはしゃぐ。そしてあっちへ行ったりこっちへ来たり。
確かに王都に来たのは初めてなんだけど、はしゃぎすぎだと思う。
四方八方に目を輝かせて興味が湧いたものがあれば駆け出して行く。
姉さんがめちゃくちゃにはしゃいでるせいで僕はもう落ち着いちゃった。
「あ!ねぇエリオ、私リンガ食べたい!」
「わかった。一緒に買いに行こうか、エミリア姉さん」
ちょうど向こうに果物屋がある。きっとエミリア姉さんもアレを見て食べたくなったんだな。僕も久しぶりに食べたいから二人で分けて食べよう…
「おう、いらっしゃい。何にする?」
「とりあえずリンガをひと…やっぱり二つ。あとは…もうちょっと見させてください」
「おう!嬢ちゃん別嬪さんだから美味そうなの見繕ってやるよ!」
「僕は男ですが」
「その顔で?」
「ええ。美形でしょう?双子の姉と似て美人顔なんです」
「へえ。おう、いらっしゃい!」
「あの、おっちゃん。ええと……言葉って通じてたりする?」
横から低い声が聞こえてきた。聞こえた方向を見てみれば、見たことがない変わった着物に黒髪黒目の青年が立っていた。
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「あん?何言ってんだ兄ちゃん。ボケてんのか?」
「ふむ、言語はまずオッケー。次は……今日って、何月の何日?」
「タンムズの月の十四日だろ。もう今年も半分切ったとこじゃねぇか」
「タンムズ……ね。このリンゴに、ギザ十って使えたり……」
「ギザ十?悪りぃが、ルグニカ以外の貨幣はお断りだぞ?」
「お兄さん、リンガ食べたいの?」
隣から聞こえてきた中性的でよく通る声に目を向ければ、そこにいたのは美しい女性だった。
肩を過ぎるほどの長さの
身長は百八十センチほど。白い服装に装飾は無く、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。ゆいいつ目立つのは、彼が着ている黒灰色のロングコートに入った『鷹に近い鳥』の紋章を象った刺繍だろうか。
「え?うおっすっげぇ!長身スレンダー美女!なにお姉さん奢ってくれんの?」
「まずさっきこのおじさんにも言ったけど僕は男だよ。すれんだぁ?は分かんないけど美人って事に関しては僕は双子の姉さんにそっくりだから間接的に姉さんを褒めてくれたって事でお礼を言っとく。あと奢る奢らないに関しては食べたいなら奢ってあげてもいいよ」
「嘘だろ、男…?異世界一発目で長身スレンダー美形男の娘引くとか俺の運どうなってんだよ。これとそっくりなお姉さんいるの?やっべぇ」
「で、いる?」
「あ、お願いします」
「わかった。おじさん、リンガ一個追加で。あとレモムも一個ちょうだい」
「あいよ銀貨一枚な。それにしてもよ、じょ…男なんだったな。にいちゃん、随分優しいじゃねえの」
「はい、ちょうど。困ってる人は助けなさいって姉さんに言われてるから。ね、姉さ…居ない!?」
ふわりと微笑んで凶悪な面構えをした果物屋に銀貨を渡した青年は狼狽したように辺りを見回す。
「確かにちょうど受け取った。あいよ、リンガ三つとレモム一個。それでどうしたんだにいちゃん」
「姉さんが消えた」
「姉さん?消えたも何もにいちゃんは最初っから一人だったろ?」
「ウソ…でしょ…」
両手を顔に当てうなだれる彼はどうやら姉とはぐれてしまったようだった。
「お姉さんと逸れたのか?」
「…ああ、そうだよ。後ろにいると思ってたんだけどね。姉さんがそんなに甘いわけ無かった」
「そうか。ならお姉さん探すの手伝うぜ」
「いいの?僕としてはありがたいんだけど」
「ああ。大切な家族なんだろ?俺にも手伝わせてくれ!」
「何のお礼出来ないよ?」
「お礼なんていらない。そもそも、俺が礼をしたいから手伝いたいんだ」
「お礼をされるようなことしてないよ。リンガのことなら、姉さんだったらこうしただろうからってだけだし」
あくまで頑なな姿勢を崩さない青年。
そんな彼の頑固な態度にスバルは苦笑して、「それなら」と前置きし、
「俺も俺のために君を手伝う。俺の目的はそう、だな。そう、善行を積むことだ!」
「善行?」
「そう、それを積むと死んだあとに天国に行ける。そこでは夢のくっちゃね自堕落ライフが俺を待っているらしい。だからそのために、俺に君を手伝わせてくれ」
「あとついでに君にそっくりだっていうお姉さんを紹介してくれると嬉しい!」
青年は多少面食らったようだったが、すぐに笑ってこう返した。
「ふふっ、いいよ。考えとく。…そうだ、名前を教えてくれない?」
「名前?」
「うん、名前」
「ようしわかった!任せとけ!」
右手で点を指し左手で地を指し、スバルは声を上げる
「俺の名前はナツキ・スバル!無知蒙昧にして天下不滅の無一文!ヨロシク!」
「ふふふっ。僕はエリオット。ただのエリオットだよ。よろしくね、スバル君」