親龍王国ルグニカ、その王都。そこで二人の男が項垂れていた。
「「ぜんっぜん見つからない…」」
「なんで!迷子になったらその場所から動かないことって言ったじゃん!」
「随分とおてんばなんだな、お前のお姉さん…」
「そんなところも可愛くて大好きなんだけどね。今は勘弁して欲しいけど!」
「うすうす思ってたけどさぁ…お前かなりのシスコン?」
「しすこん?」
「お姉ちゃんとか妹が大好きってこと」
「ああ、そういう意味なら僕ほどのしすこんはこの国にいないと思うよ」
「うっわ大きくでたな」
「今の僕の中で一番大切な人だから」
そう言ってエリオットはふわりと微笑む。彼の女性的な顔立ち故に、その微笑みは蠱惑的な香りを纏っていて、見るものをぐらつかせるようだった。
「うーん、ここまで探していないとなると…もしかして僕の方が迷子になったって勘違いして詰所に行った?」
「そんなことあるのか?」
「姉さんならあり得る。よし、僕は詰所に行ってみる事にするよ。協力してくれてありがとね、スバル君」
「おう、もう良いのか?」
「うん。これ以上協力してもらうのも何だしね。はい、お礼のリンガ。あと…」
彼は袋から甘い香りを漂わせる真っ赤に色づいたリンガを出してスバルに手渡し、更に懐から巾着らしき布を取り出して金色に輝く硬貨を一枚手渡した。
「一文無しって言ってたもんね。だから、コレ」
「おう、ありがとな。…で、コレ何なのか聞いて良い?」
「スバル君、君ホントにどこから来たの?コレは聖金貨。一枚有ったらとりあえず何日かは宿を借りれるし、仕事も探せると思うよ」
「マジで!?ほんっとうにありがとう!恩にきる!」
「あはは、またね、スバル君。またどこかで会えたらいいな」
「またな、エリオット。今度会った時にはきっとお礼するぜ」
そう言って二人の青年は別れた。
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「めちゃくちゃいいヤツだったな、アイツ」
道を歩きながら一人ごちる。
「さぁて、この後どうすっかなぁ…待てよ、そういや裏路地とかは探さなかったな…」
エリオットと二人で探したのは表の人通りが多い道のみ。さすがに一人で裏路地に入るなんて危ないことしないだろうというのがエリオットの談だった。
「うっし、ちょっと裏路地も探してみっか!もしかしたら見つけられるかもしれないし!」
「そうと決まればゴー!」
「やーい…エリオットのお姉さんやーい…」
と、小さく呟きながら一人薄暗い裏路地を歩く。その表情が僅かに暗いのは不安からだろうか。
と、その表情が変わる。理由は音だ。
ふいに路地裏に響いた足音。見れば路地の入口、三人の男が道を塞ぐように立っていた。
男たちの侮蔑と嘲弄まじりの視線、それを受けながらスバルもまた彼らを値踏みしていた。
見た目はおそらく二十代半ばくらい。薄汚い身なりと、内面のいやしさがそのまま顔に表れたような雰囲気。亜人ではないようだが、善人でもありえない。
「やべぇ、強制イベント発生だ」
薄笑いを浮かべる男たちに対し、スバルは顔を拭って慌てて立ち上がる。明らかに物盗り。しかも、世界設定的に物だけじゃなく命まで盗られる可能性がある。
ミッション1『物盗りを撃退せよ』の発生だ。クリア条件は敵の全滅。敗北条件はスバルの死亡、といったところである。
背中を悪寒が駆け抜けるのを、スバルは自分の頬を叩いて無視する。開き直るのが現状の最善、まごまごしていては命がヤバい。決断力、それには自信がある。
「それに異世界召喚だぜ。俺無双パターンからすれば、ひょっとしたら俺はこの世界じゃメチャクチャ強いかもわかんねぇ。なんか重力が元の世界の十分の一とか……そう考えたら体が軽い気がしてきた! いけるかもわかんねぇ!」
「なーんか、ぶつぶつ言ってるよ、アイツ」
「状況がわかってないんだろ。教えてやればいいんじゃないか」
気分の盛り上がるスバルに対し、男たちの反応はやや冷たい。
が、スバルはそんな彼らの態度にめげずに胸を張り、
「おっと、調子づいてられんのも今のうちだぜ。言っとくが、俺みたいなタイプはこうやって路地裏でチンピラに絡まれたパターンの妄想も日常茶飯事だ。バッタバッタなぎ倒して、明日の俺の糧にしてやんよ、経験値どもめ」
「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。ぶち殺す」
「そりゃ……こっちのセリフだ!」
言い切って、男たちが動くより先にスバルの先制攻撃が入った。
懐に飛び込んで渾身の右ストレート。先頭の男の鼻面を見事に直撃し、当たった相手の前歯が理由で拳骨から血が出る。
――初めて人殴った! しかも、思ったより殴った方も痛い!
シミュレーションに余念はなかったが、実践するのは初めてだ。
殴られた男は地面に倒れて動かない。そのまま感情に任せて、スバルは驚いている別の男にも躍りかかった。
「食らえ! 風呂上りストレッチが可能としたハイキック!」
「ぐはっ!」
弧を描く足先が男の側頭部を打ち抜き、壁に叩きつけて二人目を悶絶させる。
思いのほか好調な戦いぶりに、スバルの中で『俺無双』が確信に変わりつつあった。
「やっぱこの世界だと俺は強い設定か! アドレナリンだばだばでこれは勝つる――っ」
勇んで振り向き、最後の男を叩きのめそうとスバルは身をかがめた。
が、その最後の男の手の中にきらりと光るナイフを見つけた瞬間、かがめた体が沈み、
「すみません俺が全面的に悪かったです許してください命だけは――!」
土下座。それは相手に対して降伏を示す、最大にして最低の和の心だ。
さっきまで盛り上がっていた気分もどこへやら、全身の血の気が引く音を聞きながらスバルは必死で温情にすがるために頭を地面にこすりつける。
だって刃物は無理。刺されたら終わりだし、ナイフ持ち相手のスキルとかないし。
気付けば一撃食らわして倒したはずの二人も復活している。それぞれ鼻血の垂れる顔を押さえていたり、くらくらする頭を振ったりしているが、それ以外は元気そうだ。
「あれ!? 俺無双の攻撃でダメージ小ってどゆこと!? 召喚もののお約束は!?」
「なにわけわかんねえこと言ってやがる! よくもやってくれやがったな!」
土下座する顔面を上から踏みつけられ、額で地面を削って血が流れた。
そのまま顔を蹴りつけられ、必死で丸まる体に次々と攻撃が加えられる。
ーーやべぇ、すげぇ痛ぇ。死ぬかもしんない、いやマジで。
先に攻撃された形の彼らには容赦がなく、おまけに元の世界と違ってチンピラが命を取らない保障はない。このままなぶり殺しにされる可能性も十分にある。
いっそ玉砕覚悟で暴れるか。ダメージを受ける前ならそれもありだったが、重傷一歩手前の今では一矢報いれるかも微妙だ。かといってこのまま死ぬのも無理。
「動くんじゃねえよ、ボケ!」
「あたたたたた! 痛い痛い痛い!!」
立ち上がろうとするが、思い切り掌を踏みにじられて悲鳴しか出ない。
唾を飛ばしてがなる男が怒りで顔を真っ赤にし、持ったナイフを逆手に持ちかえるのが見えた。
「動けないようにしてから身ぐるみ剥いでやるよ。ふざけた真似しやがって……」
「か、金目の物が目的ならぶっちゃけ無駄だぜ。なにせ俺は一文無し…いや、エリオットに貰った聖金貨があったか…でもコレは渡せねぇ!何故ならコレはエリオットの優しさと俺とエリオットの友情の証だから!」
「んなこと知るかよ。持ってんなら大人しく出せ。珍しい着物も履物も追加でな。そしてそのまま路地裏で大ネズミの餌になれ」
あ、この世界にもネズミっているんだ。雑魚モンスターっぽい名前で。
振り下ろされそうなナイフを見て、そんな現実逃避がぽつりと思い浮かぶ。
走馬灯とかは特に見えない。世界がゆっくりに見える現象もなし。
ぷつりと糸が切れるように終わる――そのときだ。
「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」
切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。
ギョッと顔を上げる男たちにならい、スバルも動かない体で視線だけ持ち上げる。
その視界を少女が横切っていく。
セミロングの金髪を揺らす、小柄な少女だ。
意思の強そうな瞳に、イタズラっぽく覗く八重歯。小生意気そうな顔立ちだが、年相応として見れば可愛げもあるかもしれない。
着古した汚い格好の少女は、今まさに強盗殺人が行われる現場に出くわしたのだ。
見計らったようなタイミングに、消えかけた希望がスバルの中でガッツポーズを決める。
これだ、この展開を待っていた。流れ的にこの子が義侠心溢れる性格で、今にも消えそうなスバルのか細い命の火を助けてくれるような流れに――。
「なんかスゴイ現場だけど、ゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ!」
「って、ええ!? マジで!?」
だがしかし、そんな希望は儚く砕け散った。
目が合った少女はスバルに申し訳なさそうに手を上げ、走る勢いを殺さないまま細い路地を駆け抜ける。男たちの後ろを素通りし、行き止まりのはずの奥へ。
そのまま袋小路に立てかけてあった板を蹴り、身軽に壁のとっかかりを掴むとあれよという間に建物の上へと消えた。
少女の姿が見えなくなり、自然と場に沈黙が落ちる。
まさに台風のように一過していった少女。唖然としたのはこの場にいた全員に共通だが、我に返ったスバルの状況が変わっていないのも事実。
「今ので毒気が抜かれて気が変わってたりしませんかね!?」
「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ?」
ぎらつくナイフ男の目がマジなので、今度こそ終わったなとスバルは思う。
いまだに手は男の踵の下で、立ち上がろうにもワンテンポ遅れる。
自然、諦めが胸中を支配した。
終わる、のだろうか。何もしていないのにこんなところで。この世界で初めて自分に良くしてくれた
確かにまともな人生を歩んできたとは言い難いが、それでもこんな終わり方を迎えるのは酷すぎる。俺が何をしたのかと問えば、お前は何もしなかったと返ってきそうな無為な終焉。
痛み、ではない。
それ以外のなにかで涙が溢れそうになる。
終わるのが恐いとか、死ぬのが嫌だとか、そんなレベルの話じゃない。
ただ、何もない空っぽのままで終わってしまうのが耐えられなかった。
「――そこまでよ、悪党」
その声は雑踏の喧騒も、男たちの野卑な罵声も、スバル自身の荒い呼吸も、なにもかもをねじ伏せて路地裏に響いた。
ごめんなさい長月先生。かなりそのまま写しました。
だって!だって僕の文才じゃ年単位かけても書ける気がしないんだもん!
お願いします許してください…許されました。長月先生は心が広いですね。
時系列変じゃね?とか、探してたんならその時間の分フェルトたちが先行ってるだろとかいう疑問は受け付けません。
エミリアが頑張ってフェルトに食らいついたんです。