まどドラにまばゆの参戦を望んでいルと申します
まだ、小さな子供だった頃。
ある日 お母さんと話してからというもの、ずっと映画を見る毎日だった。
気付けば、私は──愛生まばゆは、映画が好きになっていて。
好きだから観る。そして満たされる。
来る日も懲りずに映画を観る理由なんて、今となってはただ それだけだ。
だけど心の何処かにいつからか、言い表せない空虚があって。
映画でもどうにもならないそれが埋まる日なんて来るのかって、ずっと思ってた。
あの人は、それを簡単にやってのけてしまったのだ。
『只今より、○○上映の為 開場致します。チケットをお持ちのお客様は…』
アナウンスを聞きつけ、係員さんにチケットを渡す。一部を切り離し返却されたそれを受け取り、指定のスクリーンへ。
飲食物は、特には持たない。家ならあれこれ摘めるけども、ここでは…ね。うぅん、懐事情…。
「えーと、Eの…」
自ら指定した席を探して、座り込む。場内は未だ明るいけれど、その内暗くなることだろう。
(私以外、人いないなー)
席を決める時もガラガラだった。まあ古い映画のリバイバル上映だし、人の入りなんてたかが知れてるか…
なんて考えてる内に、照明がゆっくりと落とされていく。
こうなるといよいよ映画が始まるぞって気になれて、私は好きだ。
やたらと長い気がする他作品の宣伝はまあ…商売とはそういうものだということで。
(やっぱり良いなあ)
主題歌をバックに流れるスタッフロールを眺めながら、余韻に浸る。
何度か観ている映画だけれど、良いものは何度味わっても良いものなのだ。映画、万歳。万々歳!
「どうでした?」
上映が終わり、明るくなった場内に響く、私の声。
入場した時は独りだったが、"彼女"のことだ。きっと居るに違いないと確信して、正面を向いたまま聞いてみる。
「ええ。良い作品だと思う」
すぐ隣から返ってきた返事を聞いて、思わず顔が綻ぶ。ほら、やっぱり居た。
横を向けば、その綺麗な黒髪と端麗な横顔が、視界いっぱいに飛び込んでくる。
普段の制服とは違う大人びた私服姿は、同性の私から見ても魅力的だ。
「また、来たんですね」
「…」
今となっては、付き合いもそこそこ。しかし名前すら未だに知らない人。
ミステリアスな雰囲気を身に纏う彼女と初めて出会ったのは、保護者である叔母───咲笑さんが営む店の手伝いをしていた時のことだ。
最初こそ「同じ学校の子が来てるなあ」くらいの感想だったけど、来店する度やたらこっちを見てくるから、私も緊張したり困惑したりで大変だったなあ。
「私が映画館に来る度に、決まってあなたも居て…しかも場内にはいつも私達だけ。毎度のことながら、出来過ぎじゃありません?」
「秘密」
「やっぱり、またそれ…」
ダメ元で何度目かの同じ質問だけど、返答も同じ。いつも教えてはくれない。
最初にここで出会った時は、驚く私に「店長さんに行き先を聞いた」と言ってはいたけど。
「そんなことよりも、ほら。立って」
「"いつもの"ですよね?分かってますよ」
席を立ち、互いに向き合う私達。彼女の方から近付いてきて、至近距離で見つめ合う。
「………」
「…………」
青紫を湛える瞳が、私を射抜く。深く昏い闇のような静けさを持ったそれを見ていると、なんというか、吸い込まれそうになるから不思議。
側から見れば何をやってるんだって話だろうけど、私と彼女は、いつもこうなのだ。
この劇場で待ち合わせも無しに出会って、二人きりで映画を見た後、見つめ合う。
それが私達の…大袈裟に言えば、逢瀬の形。
初めてされた時、それはもうドアップで見せつけられる超美麗な顔と、女子特有の良い香りに不覚にもドギマギさせられたが、今となっては慣れたもので。
「…それで、その…会えました?前に言ってた、探し人には」
「残念ながら」
「そう、ですか」
その証拠にほら、小粋なトークなんかも挟んじゃう。
決して、静寂の中ド美人に見つめられて心臓やら何やら色々と耐えられなくてとか、そんなんじゃない。視線だって、微妙にズラしてなんかいない。
誓って。断じて。
「あの…そろそろこうする理由とかって、教えて貰えたりは…?」
「嫌なの?」
「いえ…」
「なら、いいじゃない」
聞いてはみたけど、やはり教えてはもらえないらしい。
まあ自分で言った通り、この行為が不快というわけではないからいいんだけど。
…むしろ、不思議と懐かしい気分になるし。
「はっきりとした理由があるわけじゃない。ただ、あなたが気になるから」
あ、話すんだ…。
「あなたの存在と、私の探す誰か…。関係しているのかは分からない。けれど…」
「けれど?」
「あなたを一目見た時から、私の中の何かが騒めいてる。自分でも分からないけれど、私にはその感覚が唯一の手掛かりに思えるの。だから…」
「………」
なるほど…。そういうことなら、仕方ない…と、思う。
きっとこの人は、少し前までの私と似てるのかも。
大切な人との記憶があるはずなのに、それを思い出せない。それがどんなに辛いものでも、自分は全部、全部、覚えていたいのに。
私の場合はお母さんとの思い出で、最終的には記憶を取り戻すことが出来た。
だけど彼女は、その思い出の中の"誰か"の輪郭すら分からないままで…。
(辛い…ですよね。多分…。辛くて、焦ったくて、切なくて…)
だったら、私が彼女にしてあげられることは…
「いい、ですよ…?」
「?」
「私でよければ、その…見てやって下さい!幾らでも…」
「あなた…」
彼女が大切な誰かを思い出せるよう祈って、その為に、出来る限り力になる。それだけだと思う。
「…………」
「……………」
「……ありがとう」
「へ、あ、あ!?はいっ!えと…はいっ…!」
うわあびっくりした。まさかお礼を言われるなんて。
変な声出しちゃって、恥ずかしいなあ…。
「でも、今日はここまで」
「あ…」
遠ざかる彼女の顔は、二人の時間の終わりの証。
助けると意気込んだ手前、なんだか少しだけ残念だけど、仕方ない。
彼女には とても大事な使命があるのだと、以前聞いたから。
「また、会いましょう」
「それは……はい、もちろん」
「あなたの気持ち、嬉しかった」
私に背を向けて、去っていこうとする彼女。
これで、今日という日の私達はお終いか。
そう思うと、なんだかこのままお別れするのが惜しくて、勿体なくて。
「あ…あのっ!」
「?」
だから つい、呼び止めてしまった。
「どうしたの?」
「あっ…と、ですねっ。えと…」
「…?」
ああ、いけない。何を言おうか吃ったお陰で、あなたに怪訝な顔をさせて。
もう少し。あと少しだけでいい。二人の間に、言葉があって欲しい。心通わせられる時間があって欲しいのだ。私が一方的に話すのでも、構わないから。
「その…わ、私も!なんていうか、失くしてるような気がしてて…」
「それは…私のように、ということかしら」
「同じなのか分かりませんけど…こう、欠けてるというか、穴が空いてるっていうか」
私のこの、いつからか感じるようになった空虚。
常に心に付き纏った、ずっと何か足りない感覚。
お母さんとのことを思い出した後も、それはなくならなかった。
ケーキを食べても、炬燵でぐっすり眠っても、愛してやまない映画を見ても、どうにもならなくて。
「けど…けど、それが最近、少しずつ埋まってるような…そんな気がしてるんです!」
「………」
「そのっ…あなたの、お陰で!」
「…!」
この見えない風穴を抱えて、この先ずっと生きていくのかな なんて、なんとなく思ってた。でも、違った。
満たされていく。塞がっていくのだ。ゆっくりと、ゆっくりと。今になって。
そうなっているのはきっと…いや。
間違いなく、あなたと過ごす時間のお陰だと思うから。
「だから、ですね。あなたは、私に感謝してくれましたけどっ…」
「……」
「わ、私の方こそ、ありがとうございますっていうか…!それに私 基本ぼっちですし、こうして定期的にあなたと過ごすのは良い刺激になってるといいますか、ですね…!」
ああもう、私はなにをやたらめったら捲し立ててるんだろう。己の対人スキルの低さが恨めしい。
なんか必死だねって、思われないかな。
「ふふっ」
あ、笑われたっ
もうダメ、恥ずかし過ぎて死ぬ。
「なら、頑張らないとね。お互い」
「ふえ?」
「大切なものを、取り戻せるように」
「え…は、はい!そう、ですねっ!うん…うん…」
よく分からないが、どうにかなったんだろうか。
うん、まあ…いいか!出来れば今の醜態は忘れて欲しいけど…。
「……ファイト」
そう言って彼女は微笑んで、今度こそ踵を返し 去っていく。
彼女らしからぬ、エネルギッシュな言葉。ミスマッチに感じられて、なんだか笑ってしまった。
「出ましたね その言葉。も〜、
足音が、突如として止まる。どうかしたのかと顔を向ければ、驚いた顔でこちらへ振り向く彼女が見える。
「…?あの、どうかしましたか?」
「私…あなたに名前を教えたかしら」
「へ?いや、別にそんなことは…」
ない、はず。うん。お互いの姓も名も知らないまま、私達は過ごしてきた。その記憶に、間違いはないと思う。
あれ…じゃあ今し方口をついて出てきた"暁美さん"とは一体…?
というか 「出ましたね」だの、「またそんな」だの、まるで何度も同じ言葉を聞いているかのような表現も、大概謎ではないか?
うぅん…これは一体…?
「っ…!」
考え込む私を他所に、ヅカヅカ、ヅカヅカと重々しい音を立て、彼女が早足で引き返してくる。
その様子に驚くのも束の間。再び私の前に立った彼女に、何故だか緊張させられた。
「………」
「………」
互いに言葉はない。彼女は私を見つめて、私も彼女を見つめて…。
どうしたのだろう。もしや、私は何かまずいことを言ってしまったり…?
「………」
「ひゃっ…!?」
突然 私の頬にそっと添えられる、彼女の右手。不意打ちのように訪れた肌の感触に、思わず声を上げてしまった。
「あ、あの、いきなりどうし」
「……………」
「て………」
「……………」
問いかける意図を表す言葉が、消えていく。
私を見つめる彼女の瞳が、揺れていると知ったから。
彼女の持つ昏い眼が、今確かに、
何故、私を見てそうなるかなんて分からないけど、今はいい。きっと言葉なんて、無粋なだけ。
「………」
「んっ……」
怒られないかなと思って、でも思い切って、頬に添えられた手に、私の手を重ねてみる。
労わるように、慈しむように、ゆっくりと。
自分でも本当に不思議だけど、今の彼女を見ていると、そうしてあげなきゃと思った。
目を閉じて、しっかりと感じ取る。しなやかで細い指の感触を。そして、彼女の温もりを。
瞼を開けば そこにはやはり、感情に揺れる双眸がある。
嗚呼、どうして?どうしてこんなにも暖かいあなたに、私はそんな顔をさせてしまうんだろう?
あなたは今、哀しいのかな。切ないのかな。苦しいのかな。それとも、全部?
幾ら考えても、私に答えは出せないけど。
「あなた…名前は?」
私に想いを向けてくれるなら、私はそれに応えたい。
未だよくも知らないはずのあなたに、報いたいと思うから。
「まばゆ…。愛生…まばゆです」
だからまた逢いましょう。続けましょう。
誰も知らない、二人の時間を。
私達の