「初めまして、日本から留学にきた平 龍一です。よろしくお願いします」
ハイスクールにやってきたジャパンの留学生。私と龍一の出会いはそこからスタートだった。
5月の上旬。転入生がくる時期としては珍しい月……だと思う。17歳になったばかりの当時の私はクラスでいじめの対象で、新しくきた留学生に少し興味があった。
理由はゲスなもので、もしかするといじめの対象が新しくきた新顔に切り替わるのかも……なんていう安直な期待もあったのかもしれない。
それに留学してきた龍一は少し変わっていた。いや、容姿とかがおかしいわけじゃなくて、学校に来た当日も彼は1メートル半ほどの細い袋を肩にかけていたのだ。その中に何が入っているのか、クラスメイトがなにかざわついていたのも覚えている。
留学生が空いている机に案内されて1時間目の授業が終わってからすぐに変化は起こっていた。
「おい、ジャップ。その背負ってるやつはなんだ」
誰もが話しかけるかどうか伺っていると、クラスで一番大柄かつ、男子の中で中心的な存在であったビリーがそう話しかけた。ただ、龍一はネイティブなビリーの言葉を理解できなかった様子で、しばらく視線を右往左往させてから、申し訳なさそうに言葉を返した。
「あー、すまない。まだ英語を勉強し始めたばかりでうまく聞き取りできなかったんだ。なんて言ったんだ?」
その返事と同時にビリーは龍一の机を強引にひっくり返した。隣にいた女子生徒から小さな悲鳴が上がる。くちゃくちゃとガムを噛みながらも、ビリーの体からは不機嫌ですと言い張る様なオーラが立ち上っていた。
「言葉も話せないのかよ、よくここに来れたな」
挑発的なビリー。ようやく喧嘩を売られていると理解した龍一は、座っていた体をゆっくりと立ち上がらせる。
「この街に入ってからなんか嫌な感じはあったが……こうまで酷いとはな。やはり転校先も普通じゃないか」
聞き取れない言葉。あとからわかったけど、その時は日本語で龍一は話していたようで、彼は目の前で凄んでいるビリーなど身もしないで、傍に置いてあった細く長い袋の封を開けた。
しゅるりと音を立てて袋が地面に落ちる。
龍一の手にあったのは、刀だった。
ホビーショップや、ガンショップに置いてある安い模造品なんかじゃない。目を向けると吸い込まれそうな存在感があった。ビリーも驚いた様に龍一が出した刀を見つめている。
「まずはここだな」
そう言って龍一は鞘から刃を引き抜く。クラスメイトの何人か悲鳴をあげて、ビリーも大きくのけぞった。けど、龍一はそんなこと気にも止めないで抜いた水色の刀身をした刀を床にドッと突き刺す。
すると、大きな悲鳴が教室中に響き渡った。思わず耳を塞ぐが、クラスメイトの誰もその悲鳴には気づいていない様子で、悲鳴と同時にビリーをはじめとしたクラスメイトたちから黒い煙が出て、その後に広がった暖かな光が舞い上がった煙をどこかへ吹き飛ばしてしまった。
しばらくしてから龍一が頷くと刀を床から引き抜いて鞘に納めた。驚いたことに床には傷一つ付いていない。刀を袋に直した頃に起こった出来事に呆然としていたクラスメイトたちが再起動していく。
「い、今のは一体……」
「なんだろう……なんか、スッキリした気分」
「ずっと感じてた嫌な感じが消えてる……」
「私も、イライラしてたものとか、なんか気持ち悪い感覚も全部無くなってる」
クラスメイトたちが口々にそういう中、一番変化があったのはビリーだった。彼はワナワナと震えてから蹲ってしまっていた。恋人であるクリスが傍に寄り添うと、ビリーは小さく「すまない、すまない」とずっと繰り返しているのがわかった。
「大丈夫。ゆっくり、息を整えて。君、落ち着いたら彼にこれを飲ませて」
震えてうずくまるビリーを龍一は優しく背中を摩り、戸惑っているクリスに水筒から出した暖かなお茶を差し出した。龍一に怪訝な顔を向けながらもクリスはお茶を受けとり、落ち着き始めたビリーにそれを飲ませる。
「俺、みんなに酷いことを……母さんにも、祖母にも……俺……」
肩を振るわせながらそうボソボソというビリーに龍一はウンウンと頷きながらも背中を摩り続けて落ち着かせる。
その光景は、次の授業の講師が教室に来るまで続けられた。
クラスメイト全員がそわそわするという異様な空気感の中、ようやく昼休みになりクラスメイト全員の視線が勉強道具を片付けている龍一に注がれた。
その視線には先ほどのような嫌悪感な危害を加えてやろうというようなマイナスなものではなく、さっきの出来事についてや、純粋な興味といった視線が混ざっていた。
「あー……誰か日本語ちょっとわかる人いない?」
全員の視線に観念したのか、そう声を上げた龍一。ちょうど私の前に座っていたスー・スネルが小さく手を上げる。
「簡単な日常会話とか、単語とかならちょっと……」
そこから、龍一はスーや他のクラスメイトたちの力を借りつつ、袋に収めていた刀を見せながら事情を説明した。
「俺は妖祓い師。さっきやったのはこのクラス全体にあった負のエネルギーを発散させた技だ」
彼がもっているのは「霊刀」。
この刀は人や物理的なものは斬れない代わりに、一目に目は見えないもの……たとえば魂だとか、邪悪な感情から生まれる、人を不幸にしたり、人を残酷にしたりするエネルギーを斬ることができるという。
「つまり、さっきの行為で俺たちの中にあった……負のエネルギーを斬ったってことか?」
一番目の前でその力を目撃したビリーの言葉に龍一は頷く。信じがたいことだとクラスメイトの誰かが言うけど、確かに全員の心から相手を貶めたいとか、傷つけたいとか、理由もなくイライラする様な不快感が消え去っている。
そして、一番変化があったのがビリーだ。
彼は麻薬とか、そう言ったものにも手を出そうとしていて、もう少し進めば警察沙汰になるような過激な行動も起こそうとしていたと、本人の口から悔いる様に告げていた。
家でも随分と横暴な態度をしていたようで、帰宅したら母親や祖母に謝りたいとまで言っていた。今朝のビリーと比べると劇的な変化だった。
「負のエネルギーはどこにでもある。人が抱えて当然のものだ。だけど、この留まり方は不自然だ」
負のエネルギーは人の生み出す澱みであり、それは無くすことはできない。どこにでもあって、誰もが持つもの。けれど、それはわずかなものであって、自然的に集まったとしてもそれはすぐに分かれたりして留まることはできないはずだと龍一は言う。
「つまり、どういうこと?」
なんとかなく理解を示したクリスがそういうと、龍一は厳しい表情でこう答えた。
「この負のエネルギーを集める者が、この街のどこかにいる。そいつを止めないと……もっと酷いことになるかもしれない」
深刻な声色でそういう龍一に、クラスメイト全員がお互いに視線を交わすのだった。
早く日本に行きたい