100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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13話 前哨戦-3

 鳩尾を狙った貫手は、なんとか横っ飛びに回避したハーミットの脇腹を切り裂く。

 すぐさまハーミットが態勢を切り返すが、ロキも保険で用意していた左手の制空圏を張り巡らせる。

 

「"レフト・カーソル"は俺の領地を見切れる。お前の攻撃など……」

 

 だが次の瞬間、視界は黒に暗転する。ハーミットが脱ぎ、投げ捨てたフードがロキの上半身にまとわりついていた。

 

「何っ!?」

 

 反射的に左手に築いていた制空圏でフードを払いのける。

 だがその行動こそがハーミットの誘導であり、致命的な敗着手となった。

 フードを払う一手で生じた一瞬の制空圏の穴を突き、接近したハーミットが足を絡め取る。

 

「ちっ……もう一度"レフト・カーソル"を……」

 

「おせえ」

 

 至近距離から脇腹へと突きが吸い込まれ、続けて繰り出された烏龍盤打の連撃が、立ち上がることなど到底許さぬ痛みと衝撃を与える。

 元より打たれ慣れていないロキの急所を抉り、ライフを一瞬で奪い去さった。

 

「ごはっ! バカな……」

 

 詰み盤面からわずか3秒での決着。

 何が起きたかわからず硬直した配信のコメント欄が、一瞬のディレイを経て観客席の歓声と共に乱舞する。

 

「ラーニングハイだな。技が悪かったわけじゃねえ。

 成長に溺れたことで、手段の一つに過ぎないはずの制空圏で防御を全部こなすことに目的がすり替わっちまった。

 フードを手で払わず後ろに退いてりゃ、制空圏が崩されて隙になることは無かったのにな」

 

「ロ、ロキ様!」

 

「ぐっ……手ェ出すな20号! 他の奴もだ!」

 

 ロキの敗北で荒れているラグナレクシンパのリスナーに対し、更に火に油を注ぐような解説を阿含が披露する間に、手下達は武器を構えながら実況席から飛び出す。

 そんな自分の元へと駆け寄る部下を、ロキが制した。

 最も事態が読み込めず、錯乱と恥辱の最中にあるロキを、静かに見下ろすハーミット。

 その眼差しに侮蔑は含まれていない。

 

「組手や実戦で試行錯誤と研究を重ね、失敗の果てにようやく使い所を身につけるのが技だ。ただ技術を覚えりゃいいってもんじゃねえ。

 謀略も武も一日にして成らねえってことだ」

 

 それだけを敗者への置土産として残し、己の反応を待たずに踵を返すハーミットをロキが見上げる。

 込み上げる悔しさには蓋をしきれない。だが手下をけしかける気も、策で罠に嵌めての復讐をする気も起きなかった。

 

(チッ……策に徹しなかったことよりも、もっと早く修行を積まなかったことへの後悔が勝っちまった。自分に嘘はつけねえ……)

 

 遠い、まだ家族が離散する前の過去。

 庭で球技か何かの練習に、一心不乱に打ち込む自分を優しく見守る父と、茶菓子を運ぶ母の姿。

 あの頃の記憶が蘇りながら励んでいた拳聖との修行は、他者を陥れるための策を練る時間よりも――

 

 

 

 回顧の最中ロキの意識が途切れると同時に、もう一つの戦いも決着を迎える。

 大の字で仰向けに伏すクロノスを、ほうぼうの身体でトールが見下ろし汗を拭っていた。

 

「うぬっ……。インファイトで一歩も退かずに俺との殴り合いを制するとは……なんという益荒男よ」

 

「ふぅ……兼一や金剛へのリターンマッチを意識した猛修行が無ければ危なかったわい」

 

 隣のキサラVSフレイヤからハーミットVSロキの連戦が派手過ぎたためか、巨体同士の真正面からの殴り合いにも、いまいち会場とコメント欄の空気も盛り上がっていない。

 阿含の見解はやや異なっていたが。

 

(……言うほど単調なしょうもない戦いじゃねえ。

 足は止めてノーガードだったが、急所に喰らわねえような反射神経や技術が問われる戦いでもあった。

 つっても口でリアルタイムで解説しようにも間に合わねえし、やっぱコンテンツとしちゃ他のバトルよりはしょっぺえわ。

 どんまいデカブツとデカブツ二号)

 

 呑気に心にも無い同情を阿含が付け加える間にも、会場の空気と流れは傾きつつある。

 善戦を超え五分以上に渡り合う元拳豪達に、惨殺ショーを望んでいたはずの観客達が惹かれ始めていた。

 

「よし……これで勝ち越しだぜ! だが、戦いがハイペース過ぎるよな。ケンイチが来るまでの時間も考えて、テンポを落とした方がいいんじゃねえのか?」

 

「いや、戦は水ものだ……。ケンイチには早く来てもらいたいが、変に時間稼ぎはしないで、戦う当事者達の熱と勢いに任せる方が今はいい」

 

 宇喜田の提案ももっともだが、新島はあえて直感を頼りにアナログな理屈を優先した。

 それに今のところは、新島の意図通りに戦いは進行している。

 大将格であるケンイチ,阿含をオーディーン,バーサーカーに無傷でぶつける。

 おそらくオーディーン側も同じ作戦だったとしても、その勝ちルートを頼りに仲間達を送り出すまでだった。

 

 

 

『喰らいつかれてるね、龍斗』

 

 ラグナレク側のスペースで控えているオーディーン達に、突如緒方の声が届く。

 その音の届き方はまるで、各々にヘッドフォンを着け、直接語りかけているようだった。

 

「拳聖様! どちらに?」

 

『今は姿を隠し、音波を絞って君たちだけ声が聞こえるようにしている。超人ともなれば、さらに君達の内1人だけに声を絞れるようだがね』

 

「うぇー達人ってスゴッ」

 

 校舎の屋上から、若人達の戦いを眺める緒方の姿があった。

 校庭まで降りて近くで観戦したいところだが、自分が姿を見せればそれだけで、裏切った直後である連合側の拳豪達が萎縮するおそれがある。

 それが勝敗に影響するのは本意でない。決闘に真摯な彼なりの配慮だった。

 

『思ったよりもやるじゃないか、元拳豪組は。

 それと、あの自信たっぷりな様子の彼が金剛阿含君かー。白浜兼一君も実際見たら面白い素材だったが、やはり彼が興味深いね』

 

「……白浜の奴と会ったのですか?」

 

『ああ、ひょんな偶然でね。先日は彼に完勝したそうだが、その時と同じだと思わない方がいい』

 

 オーディーンからその忠告に対する返答は無かった。

 腕を見誤れば不覚を取りかねない程度の実力差だ、と判断されたことにプライドに障ったのか、それとも――

 

 

 

 気絶したロキ達が外へ運び出されたのを見届けると、ハーミットは再び中央へと戻り、敵陣へと啖呵を切る。

 

「俺はこのまま連戦可能だ。次、かかってこい!」

 

「ならば傷もの同士で仲良くやろうか」

 

「スリーオブカード、フレイヤ。あんたとも戦ってみたかった。……ん? てめえも出るのか?」

 

 応じて前に出たフレイヤにハーミットが呼応すると同じくして、いつの間にかジークフリートが音もなく前線へと現れていた。

 

()()に徹してよいのですか。あなたならてっきりオーディーンと戦いたがると思ってましたが」

 

「白浜と金剛には、ロキの件で借りがあるからな。今回は大将首を譲ってやるさ」

 

「変わりましたねハーミット。兼一氏と戦ってから、あなたを纏うメロディが殻を破った気がします。

 さて、私も金剛氏と兼一氏に路を空けるため、露払いと参りますか」

 

 なんでてめーは上から目線なんだ、という背後からハーミットのツッコミを浴びながら、飛び出すジークフリートをオーディーンが静かに指さす。

 

「アタランテー、対処は任せた」

 

「はいっ、龍……オーディーン様!」

 

 リミは持ち前の直感で、戦場の流れ,戦力,状況を把握していた。

 金剛阿含という男は、オーディーンやバーサーカーと同じく、()()()()の人間であること。

 オーディーンの勝利を信じてはいるが、一方的に消耗したハンデを抱えていては、万に一つは起こり得る。念には念を入れ、周りの駒を削りきっておく必要がある。

 いまだ無傷のジークフリートと最低でも相打ちに持っていくのが、己の役割だと。

 訓練のため金属を仕込んでいたブーツを脱ぎ捨て、戦闘体系に移行しジークフリートの行く手を阻む。

 

「地雷系や量産型が隆盛の昨今……ゴスロリという古風なファッションを貫くその姿勢もまたアート。同じ芸術家としてこのジークフリートがお相手しよう!」

 

「一緒にすんな! オーディーン様が望めば、ぴえん系だってなんだってなったるわ! 授かりし新技を披露する時!

 見ててくれよオガヴァーさん! 加速・幻夜の燕 悪月仕様(バッドムーンエディション)!」

 

『うーむ、見どころのある弟子なのだが……』

 

「指導しておきます……」

 

 緒方とオーディーンが頭を抱えるリミの挙動に反して、技の威力は本物だった。

 動の気の発動とクラウチングスタートからの加速により、リミは更なるスピードを手にした。

 全自重が威力に加算された蹴りが、カウンターなど到底許さぬ速度でジークフリートの顔面へと吸い込まれる。

 

「ごふおっ!」

 

(速い……! 真正面からの突進に対し、受けきれなかったのは初めてだ! まるで十六分の一拍子……)

 

 かろうじて後ろに飛び退き威力を殺し、即KOを免れたことでジークフリートはリミの実力を察知する。

 早々に目的達成条件を、勝利から引き分けに軌道修正することを余儀なくされた。

 

「あまり気は進まないが、連合のため確実な戦闘不能へと追い込ませてもらう! 喰らいなさい……"くるみ割り人形"!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 直前まで長老に抱えられ、ものの数分で廃校まで辿り着いたケンイチが、一人校門をくぐる。

 白熱した歓声が聞こえる方角へ向かおうとしたその時――

 

「よし、到着した! ……ん? なんだあれは?」

 

「たっ、助けて龍斗様ー! 変態が相手なんて聞いてないー」

 

 全身の衣服をズタボロに破られ逃走する、見知らぬゴスロリ少女が視界に飛び込んだ。

 リミの速度から、正攻法での撃破は困難と判断したジークフリートは狙いを本体から着衣へと切り替えた。

 いかにリミが素早く回避しようとも、はためく服だけを掴みむしることは不可能ではない。

 もはや戦闘を放棄し、人気のいない場所を探すべく一心不乱に校庭を抜けたリミが――

 

「ほげっ!」

 

「ぐわっ!」

 

 校庭目掛け、駆け出していたケンイチとバッティングしてしまう。

 ほぼ裸の状態で、抱き合う格好で倒れてしまったリミが汚物を扱うかのように、ケンイチを突き飛ばし身を起こす。

 

「あんた、龍斗様にボロ負けした幼なじみ! リミにここまでお触りできるなんて、fantiaやfanboxだったら月額三万円コースだぞー!

 幼なじみ寝取られプレイに利用されたー! 龍斗様に無限月読グングニルされちゃえー! うわーん!」

 

「なっ……なんて無茶苦茶な娘だ……!」

 

 言いたい放題吐き捨て、何処へと走り去っていったリミを見届け、ケンイチは我に返る。

 校庭へと駆けつけると、仲間はもちろんのことその姿を視認したほぼ全ての者達が、平等に期待を孕んだ歓声で出迎える。

 

 チャットのリプレイ ×

 

 @デブナレク: 白浜兼一キター!wwww

 @user-53361: 白浜君逃げたと疑ってたわ。すまんなぁ申し訳ない…… 思ってへんけど

 @達人級マナー講師: リミちゃんの服脱がせた帽子の人ありがとうございます

 

「あれが白浜兼一か……思ったよりも……」

 

 バーサーカーが噛むチューインガムの咀嚼音は止まり――

 

「俺より目立ってんじゃねえよモブ。そろそろ頃合いだな……」

 

 実家のごとく実況席で延々寛いでいた阿含が立ち上がり――

 

「敗者一人が増えただけで滑稽なはしゃぎようだ。私が作り上げたラグナレクの力で、何もかも鎮圧してやる」

 

 全てを見通すとされるオーディーンの眼が、眼鏡越しに妖しく発光を始めた。

 

 白浜兼一、金剛阿含、吉川将吾、朝宮龍斗。

 緊湊(きんそう)に辿り着いた少年達による、終盤戦が始まる。




これで第二部も折り返しです。

次回14話は月曜の夜に投稿予定です
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