校庭中央に備え付けたメインイベント用の照明は、安物で発色も素っ気ないものだった。
だがそれが逆に、二頭の怪物達を色濃く映えさせる。
「クカカカッ!」
まさに粗野で乱雑。だが一発一発がジャブのスピードとストレートの威力を兼ね備えている。
クリーンヒットを許せば、気の発動を修めていない者、耐久の低い者は戦闘不能となるだろう。
阿含はそれを静かに、神速のインパルスを
その一方で――
「潮時だな。これ以上の消耗戦は本意ではない」
校庭の端側で遠距離からの刺し合いを繰り広げる最中、フレイヤが杖を仕舞う。
戦いを中断され、対峙するハーミットはあからさまに眉をひそめた。
「何故やめる。まだまともに打ち結んでいまい」
「オーディーンは自分以外を盤上の駒としてしか見ていないようだ。
バーサーカーや金剛の野心はまだ見えないが、ラグナレク全体や私の部下達のことを考え立ち回るなら、相手は連合だけに留まらぬやもしれぬ。
最悪の事態に備え、少しでも余力は残しておきたいと思った」
「フレイヤ、あんたの都合は知ったこっちゃねえが……確かに横から全てを掻っ攫うっつーのは気に入らねえな」
拳を収めたハーミットが、フレイヤと並び立ち中央へと視線を移す。
そこには延々とデタラメな攻めを繰り出すバーサーカーと、それを防ぎ続ける阿含の姿があった。
チャットのリプレイ ×
@緒方八宝菜 : 速すぎて草 編集してる?
@オーディーンの手刀を見逃さなかった人 : 恐ろしく速い突き! 俺でなきゃ避けられないね
「全部……見えているのか」
「アレを止めるとなると、手を焼きそうだね」
観客と視聴者だけでなくハーミット達も息を呑み、冷や汗を流す。
武術レベルが近いからこそ、なおさら彼らの攻防レベルを痛感させられていた。
「マダマダァ!」
連打を凌ぎきられ、わざとらしい程に振りかぶり、オーバーな右ストレートの単打を放つ。
攻撃の正体、危険性を正確に把握しているのは、対峙する阿含だけだった。
(右じゃねえ。偽装した左ストレートだ。しかも突きの軌道が左に伸びてくるな。
左に避け……違う右だ。左じゃ三手後に差し込まれる)
コンマ一秒避ける方向へ思考を費やしたことで、左側頭部を拳圧と衝撃が掠める。
矢継ぎ早、連携として放たれたローキック――足を削るのが目的だろう。
即座に阿含は気の発動による防御を実行。
トールの張り手を防いだ時よりも、遥かに強力となった気の守りを安々と貫き、左足に重い衝撃が走る。
「さすがに三の矢は撃たせねえ」
が、左足を餌にしたカウンターの左拳を既に打ち込んでいた。
辛うじて視界に捉えたバーサーカーは、即座に選択肢から回避と防御を排除し――
「フンッ!」
腕が外れる程の勢いで左フックを合わせた。
衝突で互いの拳が潰れても構わない、それほどの勢いで。
渾身の拳が僅差で交錯。焦げるような摩擦音と共に、両者腕の側面が焼ける様に痺れる。
阿含が思わず顔をしかめるが、バーサーカーは眉一つ動かさず追撃を重ねていく。
「ドウシタ? オレニモ、技ヲミセテミロヨ!」
アドレナリンの分泌により、痛みに全く怯まぬ狂戦士が阿含を焚きつける。
初めて会った時から、この男といずれ戦うと思っていた。
この男と出会ったから、オーディーンという強大な壁に挑む気になれた。
それなのに、蓋を開けたらこの程度では拍子抜けもいいところだ。
「オマエモ偽物カ? 凡人ノクセニ強者ニ擬態シテタノカ!?」
一発、二発、浅くはあるが、徐々に嵐の連撃が阿含の四肢を削っていく。
その果て、拳に怒りと失望が乗せられ、顔面に放たれめり込む――
「あ"ー、言われなくても見せてやるよ」
「ムッ!?」
直前、突きの軌道は逸れる。バーサーカーの手首を捉えた阿含が不敵に微笑む。
バーサクモードの攻撃は不規則で変幻自在。更に緒方の指導で、
だが、トドメを刺す時の気配と攻撃入射角のクセが残っており、それを感知され捕捉されてしまった。
手首を引っ張り、態勢を崩した腹部へ――
「"剛体術"」
膝を少し屈めた態勢で阿含が左正拳突きを着弾させる。
「クク……オモシロクナッテ……」
めり込んでいく拳へ構うことなく、バーサーカーは反撃のため拳を振り上げ――
「グッ……ゲハアッ!」
そのまま大量の胃液を宙へ吐き出し、大の字に倒れた。
急転直下の事態。
連合もラグナレクも含め、皆がその光景を把握しかねていた。
「やられ……ちまったのか? たった一発だけだが……」
「バーサーカーが攻撃を喰らったところなど、見たことが無い。
耐久力は未知数だったが、あんなに打たれ弱かったのか?」
「……打撃の瞬間、金剛の関節が不動だったような……」
ハーミットがつぶやいた推測が、偶然にもその解となっていた。
身体中の関節を一瞬で固定し、全身を擬似的に一塊とする特異な体術。
シビアなタイミングが要求される上、偶然成功させたとしても一般人ならば自滅するのが関の山である。
肉体,気の鍛錬が甘ければ、関節が衝撃に耐えきれないからだ。
だがその障壁を乗り越えれば、全体重を突きの衝撃に加算できる、物体の破砕のみを目的とした無慈悲の奥義と成る。
「約束通り、格闘マンガの金字塔からお見舞いしてやったぜ」
「ぐっ……なんて一撃だ。目が醒めたぜ……」
ゆらり、とバーサーカーが身を起こす。
阿含が追撃する絶好の機会を見送ったのも、関節への衝撃の反動に加え、まだ相手が意識を残していると勘付いていたからだ。
とはいえ、もうこの戦いは決着している。
痛みを感じず動の気に守られていた鋼鉄のボディは大きく損傷し、バーサクモードも解除されてしまった。
剛体術という切り札が成功した時点で、ツメを誤らなければ阿含に軍配が上がるのは必定と言える。
だがバーサーカーとて、
負けるにしても、このまま終わらせたくはない。
「拳聖様曰く……オレは静の力の適正が無いらしい。
チマチマ冷静に考えるのが性に合ってねえのは、同意だぜ。だが――」
「だよな、これで終わらねえだろ」
バーサーカーは野生の直感から、"静と動の本質は表裏一体"という仮説を打ち立てた。
ならば動の典型である自分でも、擬似的に静の力を再現できるのではないか。
「コォォォォ……!」
己の殻を打ち破るため課した制約は、バーサクモードを打ち破る程のダメージを負うこと。
負傷がキーとなり、アドレナリンに加えドーパミン,エンドルフィンを排出。
モルヒネや覚醒剤の効能を遥かに凌駕する、三種の脳内麻薬と動の気が混じり、本人も未知の状態へと突入する。
「……これがお前の才能ってわけか」
バーサクモードとも異なる静かな動の気が全身から溢れ出す。
だがバーサーカーの顔貌には、先程までには無かった、確かな理性が宿っていた。
脳内麻薬と動の気の狂い咲きにより、多幸感と凶暴性はより強まっているはず。
その不気味な矛盾が、阿含の本能に警鐘を鳴らす程のプレッシャーを与えた。
事実、この男の天賦はここに留まらない。
「――生まれ変わった気分だ」
"ゾーン"。緊張とリラックスが完璧な配分となり、パフォーマンスを100%発揮できる、極限集中状態。
ダメージのスイッチが、偶発的にもこのゾーンへと引き込んでいた。
結果バーサーカーはこの瞬間だけに限り、動と静の力を同時に発現する。
「てめえ……!」
阿含が初めて他者にもわかる程に動揺を浮かべるのも無理はない。
静でも動でもない、阿含が掲げた第三のルート。
その候補として真っ先にあげたのが、まさにこの静動両方の発現であったからだ。
この少し後にこの状態は、"静動轟一"という名で禁忌の技として産声を上げる。
地力でそれを再現してみせた怪物が静かに跳躍し、飛びかかる。
「あ"ー? バカ正直過ぎんだろ」
阿含はすぐさま冷静に対処案を巡らせる。
脳内麻薬で誤魔化そうとも、剛体術による大ダメージ自体が消えるはずがない。
ならば回避のできない空中へのカウンターで、今度こそとどめを刺すまで。
放たれた突きは――
「"レフト・エアリアル・カーソル"」
だがしかし、バーサーカの左腕により空中に突如展開された、移動式の見えないバリアに弾かれる。
(こいつ……空中を飛びながら制空圏を築きやがった!
それにロキの技をパクって、更に強化した上で……)
「"ライト・ガウジ・ジャベリン"」
「チッ……!」
次いで、右の貫手が脇腹を紙のように切り裂いた。
螺旋のように腕を半回転させ、オリジナルより殺傷力を増した改良版。
もしもロキが気絶から覚醒しそれを目の当たりにしたのなら、屈辱と劣等感で震え上がっていただろう。
辛うじて致命打を避けながら、阿含はすぐさま後方に下がり距離を取る。
バーサーカーのやっていることは、ライフ度外視の神風特攻。
放っておけば力尽きるだろう、という判断も本来ならば最善手であった。
だがここで、阿含とバーサーカー。
稀代の天才は、共に初めての誤算を起こす。
「……これがこの力の真骨頂――。"ベルセルク・タスク"とでも名付けるか」
(こいつ……まさか一時的に負傷を緩和させたのか!?)
本来なら心身に多大な負荷をかけるこの状態。
今だけという限定的な状態ではあるが、ノーリスクどころかあまつさえ更なるアビリティが備わっていた。
本人すらも驚く中、バーサーカーの気が腹部を癒やすように包みこんでいく。
その光景に目を奪われた一瞬の隙を逃さず、クラウチングスタートからの構えから獣が射出された。
「"加速 幻夜の王虎"」
燕の速度に虎の火力、動の気を
「"ダブル・サイクロン・トルリョ・チャギ"」
衝撃で一時的に腕が機能停止となり、神速のインパルスで回し蹴りをとっさに回避した阿含は――
「チェックメイト」
「ぐあっ……!」
もう片方の脚から放たれた二の矢から、額を正確に打ち抜かれる。
ボールを蹴とばした様な衝撃音と共に、阿含の視界と意識が爆ぜていく。
校舎の上から眼下の光景を見守る緒方一神斎の眼差しは、きっと少年のように輝いているだろう。
――念を押そう。本来は金剛阿含が剛体術のバクチに競り勝つはずの戦いだった。
だがこの日武術の神は、気まぐれにも吉川将吾に味方した。
原作何度読み返してもハーミットVSバーサーカーは名勝負ですね