ラグナレクとの死闘から一週間後。
武道の達人が集いし、梁山泊の一室で響き渡る激しい銃声。
古風な武術道場に相応しくない、その音の正体は――
"GAME OVER 新たなAPEXチャンピオンが誕生しました"
「アパパ、また負けちゃったよ」
「難しな。エーペック……ス」
梁山泊に新しく設営された、ゲーミングPCルーム。
その一室でゲームパッドを握りしめ、オンラインFPSを楽しむアパチャイとしぐれ。
たった今敗戦を招いたことで、ランダムマッチで組んだ味方から怒りのチャットが飛んでくる。
naoya-kun: ジブ使いのキミヘタクソ過ぎやん VCもアパパパだけ言って報告せんの何なん?
香川県にでも住んでて1日1時間しか練習できんの? 引っ越せやドブカス
「アパパ、ゲームやりすぎたら美羽や長老に怒られちゃうよ……」
味方からの辛辣な批評に縮こまるアパチャイを、よしよしと慰めるしぐれにも、
naoya-kun : あと女の方はFPS向いてないから 女らしく三歩下がって索敵かサポートと飯炊きだけやっとけや 撃ち合うのは男でええんよ
「女の子扱いされちっ……た」
平等に罵声を浴びせられ、がっくしとする。そんな2人の背後でドアがノックされ――
「あ"ー2人だけで楽しいことやってんなぁしぐれさん、アパチャイ」
「助太刀に参ったぞー」
武術、勉強、FPS――全てにおいて競争の頂点を目指せる天賦が、遊熟者の相方ほのかを引っ提げ、救援に駆けつけた。
***
梁山泊の広い外庭、その軒先で達人は黄昏れる。
ひたすら鍛え研鑽し幾星霜。あらゆる中国拳法を極めたが、コンプラとご時世というものには指一本抗えず、赤子のように屈するしかない。
この数十年は一体何だったのか。このまま歯がゆく朽ちるしかないのか、と嘆く剣星を
「あなたの目の、"闇"のそれともつかない、不思議な暗さの正体……それは"憂い"ですね?」
まるで無敵超人の奥義、"流水制空圏"を張り巡らせた様な眼差しが、
「ただ健全に、婦女子の写真が撮りたいだけ。しかし世相はそれを許さない。あなたはただ時代の被害者となっただけです」
「……阿含くんや、わかってくれるのかね?」
名を呼ばれた少年は武術、勉強、FPS、はたまた女遊びまでを網羅する己の天賦に誇りを引っ提げ、啓示を授ける。
「ありますよ。あなただけでなく、女性の望みすらも同時に満たせる方法がね……具体的には……」
「ふむ、なるほど阿含くん……しかし、個室を貸し切っておいちゃんと女の子が2人きりになるというのが、もうマズくないかね?」
「それが気付けるだけあなたは立派ですよ。だから……ゴニョゴニョ」
***
「よう、阿含。また今度エペやろ……う」
「アパパ、阿含のおかげでゴールド2に上がれたよ!」
「あごん、今度は
「阿含くんや、先日は世話になったね。気の運用でよければ、今度はおいちゃんが相談に乗るね」
「って、めちゃくちゃ金剛君が馴染んでるぅぅ! 月島さんパターン!?」
趣味のDIYの域を完全に超えた、秋雨の修行マシーンにいたぶられ……もとい鍛えられながら、ケンイチは眼前の光景に全力でノリ突っ込む。
新島よりもケンイチよりも容易く、電光石火で師匠3人+ほのかと打ち解ける阿含には、逆鬼もどこか面白く無さそうだった。
「へっ、アパチャイ達はともかく、剣星までボウズ一人に懐柔されて、情けねえ」
だが、次の対象こそが缶ビールを不機嫌そうにあおるこの男であった。
「逆鬼さん……ワンパンマンの新台、負けた?」
「うっ……どうしてそれを!?」
そりゃ駅前のパチンコ屋で、あれだけいつも騒いでればわかるでしょ……。
と内心ケンイチが突っ込む横で、阿含は他所行きモードの笑顔で逆鬼の横に腰掛ける。
「今度一緒に、Re:ゼロ打ちに行きましょうや。オレが勝ったらマツエラークでご馳走しますよ」
(種銭もスパチャのあぶく銭だから、負けても被害ゼロだし)
「無限地獄の逆鬼も気安くなったもんだ! 逆に奢ってやるぜ坊主!」
「ああっ……この流れは……」
「うむ……(無限地獄?)」
缶ビールを握りつぶし動の気を垂れ流す逆鬼に、何か美しいまでの前振りとフラグを察するケンイチと秋雨。
――翌日、阿含と肩を並べて酒盛りする逆鬼の姿がそこにあった。
「……ミイラ取りがミイラになってるじゃないですか! どう考えても金剛君、計算づくで師匠にすり寄ってますよね!」
「ああ、そうだね」
阿含に強い二面性があることは皆とっくに周知している。
ならばそれを鑑みた上で体良く扱っているだけかというと、そういうわけではないよと秋雨が付け加える。
「確かに金剛少年は我らへ打算的に近づいている。達人と交友を結ぶ利は計り知れないからね。
それは事実だが、彼自身に独特の魅力がある上、言動と我らへ向ける内心には嘘がないのだよ」
利用価値があるから近づいたのではない。
本心から彼らを認めようと思えたから、このタイミングで接触を図ったのだ。
阿含は理解している。
他者と関わる上で、無闇な二枚舌や面従腹背ほど愚かなものはない、と。
サラリーマンが、バカな客やムカつく金持ちに平身低頭するのは、生活がかかっているから仕方なくそうしているだけ。
そうでないのなら、最初から一定の距離を置いて割り切るか、きっちりと敬意を持って接した方が合理的。
梁山泊の豪傑達もそれをわかっているから、阿含をすんなりと受け入れたのだ。
そんな阿含の周囲を、複雑そうな様子でケンイチが眺める。
おそらくはやきもちに駆られているであろう愛弟子を慰めるため、修行負荷を割増しよう。と秋雨は密かに心へ書き留めるのであった。
***
アパチャイは単純作業への集中力がすげえ。
しぐれさんは銃器や投げ物の使い分けは完璧だ。
射撃練習場で毎日トレーニングさせて、ほのかとランク回しゃプラチナ行けんだろ。
馬っさんにはファンサイトに投稿する際のガイドラインと、演者の女の子へのキックバックをアドバイスだな。
イベントの日は至緒ニキとバジリスク打ちに行って――
「ねえ金……阿含君、聞いてもいいかな」
もう帰るとこなんだが……。
名前呼びたぁ、ケンイチ君もオーディーンを倒して随分気が大きくなったね。
「灼熱地獄の阿含も気安くなったもんだ。1回3000円な」
「早速逆鬼師匠の真似してるし! てかお金取るの!?」
「歴代の女の子達は喜んで貢いでくれたけど、ケンちゃんはそれすらできないのかな?」
「うぐっ……うちは小遣い少なくて……」
その1円スマホ見りゃわかるって。
煽り甲斐ねぇやつだな。戦ってる間だけしかレスバIQ上がんねえのか?
ケンイチを萎縮させるよう、大げさに音を立てて軒先に腰を下ろす。
「あ"ーこの前勝った奇跡に免じて、サービスしてやるよ。オレの気が変わらねえうちに聞けば?」
その間ライブ配信の収益でもチェックしとくか
「阿含君は……梁山泊の師匠達を目指そうと、越えようとしてるの?」
「いや、美羽のじいさん越えだな」
今月サボってたから12万かよショボ。ラグナレクから多めに搾り取っといて正解だったな。
「それって違う? 師匠達と長老ってそんなに差があるのかな?」
「じいさんが本気出したら、梁山泊の師匠達が5人総掛かりでも分が悪ぃ。
それくらいの差があんだよ。しかしキミも大変でちゅね、才能カケラも無いのに、あの人達と張り合おうなんてよ」
そろそろミミちゃんがメンエス退勤するころか。焼肉連れてってもらお。
「えええっ!? ボクは別にそこまで強くなろうだなんて……ただ美羽さんを守りたいだけで」
「だったら最低でも師匠達より強くなんなきゃ、意味ねえじゃねえか。
世界のどこかに、じいさんと同じくらい強いやつが存在する可能性を考えろよ。
そいつが美羽襲ってきたらどうすんだ?」
「う……それは!」
え? めっちゃショック受けてる顔してんだけど。まさかマジで気付いてなかったのか。
相変わらずオレがちょっと見直したら、すぐこれだ。
いつになったら一人前になるのかね、ケンイチクンは。
「でも、長老越えって阿含君も大変なんじゃ……」
「だろうな。今試してる修行も半分バクチだし。大コケすりゃ、特A達人どころか並の達人も危ういんじゃね」
「えっ……阿含くんはそれでいいの?」
「オレが最強になるための、合理的な最適解がコレだったっつーだけだよ。手探りだろうがやるしかねえんだよ。しくじったらそん時は……」
チッ……喋りすぎた。
――突如流れを断ち切る、ケンイチとオレのスマホ同時着信。
連合幹部のグループ通話をスピーカーで立ち上げると、緊張を孕んだ伝令係の声が反響する。
はっ、束の間の休息ももう終わりか。
『白浜将軍、金剛将軍、お休みのところ失礼します! 連合からの急報です!
"スパーク"と名乗る武術家が連合本部に襲撃し、下位隊員達に被害が……。
あと、奴は白浜将軍と金剛将軍を出せと要望しています!』
あ"ー焼肉はキャンセルだな。
「……だとよ。怖かったら梁山泊に篭ってていいんだぜ、白浜将軍」
「まさか! 今から救援に行くけど、阿含君こそいいのか?」
味方の被害を聞いた途端、あからさまに気の総量が跳ね上がるか。
まだまだ、お前といると退屈しなさそうだな。
これからもオレの予想を裏切るバグを起こし続けてみろよ。
「ククク……精々遅れずに着いてこいよ、凡人クン」
途中で合流した美羽、新島、蓮華とかいう謎のチャイナ服娘と共に、オレとケンイチは駆け出す。
途方もないはるか先、武術の極地へと旅立つかのように。
あ"ーまだ終わんねえよ? もうちっとだけ続くんじゃ、ってやつね。
前半部分が終了しました。
ひとまずここまでありがとうございました。
次回から後半部分に移行します