20話 闇の胎動
「ええー!? 梁山泊をやめろ!?」
「うむ。君のような才能の無い者など、いつまでも面倒見切れんよ」
「アパ、武術なんて辛いことやめて一緒にエーペックスやるよ!」
梁山泊の大広間で、ケンイチを武から退かせるよう、なじり続ける師匠達。
こいつの才能の無さなんて普段からオレがイジってるし、何なんこの茶番。
あくび混じりで遠巻きに様子を観てたら、ケンイチが憤った様子で拳を握りしめ叫ぶ。
「たとえ破門されたってボクは梁山泊を動きませんよ!」
お前さ。これが昨日戦った、YOMIのスパークっつう女の一件だってわかってる?
命のやり取りと縁遠い、安穏に暮らせる最後のチャンスを皆与えてやってんだけど。
俗世間と縁を切って、武に骨を埋めるって宣言だからそれ。
師匠達もその啖呵へ感心した様に、やんやと盛り上がっていた。
が、美羽の祖父さんの一言で、道場の空気が僅かに張り詰める。
「さて、もう一つの話題に移ろうかの。美羽、阿含君もここへ」
やっぱ昨日の話だよな。
オレと美羽は素直に応じ、ケンイチと並ぶように腰を下ろす。
師匠達に囲まれている状態で、まずは岬越寺センセが口火を切った。
「昨日、ケンイチ君は闇の武術家と戦った。殺しに来た相手を殺さずに退けたことは、見事と言う他あるまい。話はその後……李天門という男が現れてからだ」
ケンイチの顔が自然と強張る。
オレとケンイチのケツ狙ってたあのおっさんか。
途中で馬っさんが駆けつけてくれなければ、どうしようもなかったな。
「殺人拳を啓蒙する強大な武闘派組織――"闇"は君達をマークしている。
ケンイチ君は闇の幹部である、拳聖の直弟子を討ち取った、梁山泊の正式な一番弟子として。
阿含君は拳聖の武術家育成プログラムであったラグナレクに、最も損害を与えた男としてね」
師匠達が代わる代わる"闇"について語る。
闇か……。
「あの時、敵の標的じゃったケンちゃんは美羽,剣星の娘さんと共に戦闘を。
そして阿含君は、単独での逃走を選んだ。その判断理由を聞かせてもらえるかのう」
ティータイムの雑談とも、尋問とも違う雰囲気……質問の意図は読めた。
隣のケンイチは――その顔じゃピンと来てねえか。
しゃーねーな。だらだら喋って時間稼ぎしてやっから、その間に考えまとめとけよ。
「じゃまずはオレから。あの局面で最悪のケースは、オレとケンイチが捕獲され、残る美羽達が全員抵抗を続け殺害されること。
最善のケースは、どちらかだけが捕獲されて済むことです。戦闘で勝ち目が無い以上、逃げ一択でしたね。馬っさんにもすぐゼンリン(位置共有アプリ)で、知らせたかったってのもあります」
事実、オレの救援要請のおかげで馬っさんの駆けつけが多少は早まってる……多分な。
「ケンイチがやったよう……に、阿含が殿をつとめて皆を逃がすことは、考えなかった……のか?」
「逆はダメだね。もしもオレ一人で皆を逃がそうとしたら、ケンイチと美羽はそのオレを庇おうと残るでしょう。
だったら我先に逃げようとするオレを、最初に狙ってくれた方がマシかな」
これは本心。別に自己犠牲とかねえけど、被害は最小限に済む方が合理的っつーだけだ。
自分から物見遊山で首突っ込んどいて、美羽達盾にして逃げる程、こちとら終わってねえ。
淀み無く答えるオレに対して、師匠達の表情は概ね満足したっぽいかな。
「うむ。仲間を見捨てて逃げ出したのか、などという浅い批判はせぬよ。
だが戦闘において何故その行動を取ったのか、根拠を自分の中で整理し、言語化できる能力は重要だ。阿含君、良い受け答えだった。そして次は――」
全員の視線を一手に集めたケンイチがグッと息を飲み、言葉を絞り出す。
「
逃げるという選択肢は頭に無かったです」
バカ正直すぎな回答をするケンイチへの、師匠達の眼差しに剣呑さが増していく。
「時にはやむを得えず、格上と戦う局面もあるだろ……う。
しかし、他の行動を最初から破棄して無策に挑むのは……違う。
恐怖心のマヒは武術家として致命的……だ」
「ケンイチ、おめーはこの前もクリストファー・エクレールの野郎に立ち向かった。
そこで達人級に挑む無謀さを思い知ったはずだ。
なのに昨日の今日でこの判断じゃ、この先身が持たねえぞ」
「うう……でも、雷薙さんの件が無くても仲間を見捨てて逃げるなんて、出来なかったと思います」
「しかしその選択の末、美羽や蓮華君も君を守るため共闘することになった。ケンイチ君はそれをリスクとして受容できるのかね?」
次々と師匠達が咎めるが、身を案じてるからこその愛の鞭ってやつか。
美羽もそれをわかってるから口挟んでこねえ。
マジメなケンイチ君は、ガチダメ出しされたと思って凹んでるだろうな。
「クク……」
空気を読まない様な、わざとらしい笑い声をあげる。
全員の意識がケンイチからオレに移った。
「どうしたのかね、阿含君」
「いえね、最善の状況分析と判断行動を行ったのはオレで、ケンイチの取った行動は短絡的でした」
そのまま立ち上がり、出口のふすまに手をかけたところで止まる。
「でも、達人級と戦いその経験を血肉としつつ生還しろ、と言われてもオレには出来ない。
達人二人と直対したケンイチの気の質は、この前と違う。
出来過ぎの結果論とはいえ、モノにしたんだろ? だったらこれ以上師匠達に迷惑掛けねえように、チャンスをどう活かすか必死に頭捻りやがれ」
リアクションを待つことなく、早々に梁山泊を後にした。
あんまオレにメンタルケアさせんなよな。お前の彼ピじゃねえし。
色々逆算した結果、こっちはこれからスケジュールがカツカツなんだよ。
"闇"――危険な連中だ。
あの地面転げ回ってたおっさんが、幹部ですら無いただの構成員ってだけでそれは覗える。
梁山泊の後ろ盾が無い以上、ケンイチや美羽の様に振る舞うってわけにはいかねえ。
ただ、雲水を考えるなら――な。
それに梁山泊の師匠達は、オレに伏せてることがある。
ラグナレクを潰したことで、緒方ってオッサン個人に目つけられるのはわかる。
だが梁山泊に属してねえオレが、闇全体に狙われる事の説明にはなってねえ。
その理由――自分で考えてみろってか?
個人の修行も進めなきゃなんねえ。
この前の襲撃で発生した、大損害の事後処理に追われてる新島の様子も見なきゃな。
後は金とコネ持ってるハーミットとの同盟打診もか……。
オレだけハードル上げちゃってくれるね。
***
国内某所。市井が間違っても足を踏み入れることのない、禁則の私有地。
その奥地に構える巨大な施設の一室で、闇人の頂点――その一角が顔を突き合わせる。
一人は一影九拳の拳聖 緒方一神斎。そしてもう一人、
「拳聖。キサマの弟子、その後息災か?」
濃紺のロングコートとサングラスがミステリアスさを漂わせる空手家、人越拳神 本郷晶。
身体の奥底で押し殺しているその強大な静の気は、悪意を以て全力開放すれば、それだけで一般人を再起不能に追い込む程。
「お気遣いありがとうございます、人越拳殿。龍斗にはダメージこそ残りましたが、幸い症状はそこまで深刻ではないです。
やあ翔君、久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」
緒方は大して年の変わらぬ本郷に自ら会釈し、敬語で接すると本郷の背後にいた青髪の少年へと声をかける。
「どーもー緒方先生! 今日はラボの方でデータ採取に協力してました」
闇の弟子集団"YOMI"の現リーダーにして、一影九拳全員の技を継承する闇のプログラム。
「一なる継承者」の対象となった男、叶翔。
オーディーンを含む全てのYOMIが一目置く程の圧倒的な武の才能、頂点の資質と血族を兼ね備えている。
「これまでの武術実験について翔君と積もる話もあるが、まずは幹部会議を立ち上げなければな。
あまり九拳の歴々は、気の長い人達では無いからね」
薄暗い部屋の中央に設営されたスクリーンが、無機質な発光と共に起動する。
八分割された画面に次々と、残りの一影九拳達の姿が映し出されていく。
これは今でこそありきたりな、顔出しオンライン会議の光景である。
しかし彼らは技術と資金にものを言わせ、25年以上も前からこの方式を導入していた。
『これより、一影九拳会議を始める。拳聖、君が主導で進めよ』
「はっ」
サムネイルに"影"のアイコンを表示させた男の声に、緒方は忠実に従いスピーカーへと経緯を語る。
活人拳の総本山、梁山泊が初めて弟子を取り、
己の弟子育成プログラム、ラグナレクがその弟子を擁する組織、新白金連合に吸収された。
その抗争に最も影響を与えた、金剛阿含という少年と梁山泊の弟子を狙うべく、急先鋒を動かしたが、
地躺拳の達人 李天門とその娘のスパークがあえなく失敗。
一通りの事務報告を終えたところで、会議は本日の主題へと移る。
活人拳の弟子、白浜兼一。
そしてラグナレクを喰らい尽くした異物、金剛阿含。
闇はついに、その存在を本格的に認識し始めた。
第3部からは基本的に毎週月曜と金曜の夜を目標として投稿します。