日本国内、"闇"の拠点の一角。
その一室は、若き闇人特有の荒削りな殺気の名残が満ちていた。
東南アジア系と思われる、豪奢な出で立ちの少年がカラカラと笑う。
「なんでも
「……相手が格上だろうと格下だろうと、自分は命令を遂行するのみだ」
蛇の王――ラデン・ティダート・ジェイハン。
西方諸島の皇太子でもある少年が、ぼやく。
それを聞いた軍服の少年、ボリス・イワノフが自主トレもそこそこに、ぶっきらぼうに返した。
「ふふ、職業軍人は堅苦しくてつまらぬ。のう"純龍"」
ジェイハンの視線は、壁際で腕組む白フードに。
代理で一影九拳入りしていた魯慈正の弟子であり、自身もYOMI幹部の代役である趙円臣が仏頂面を浮かべる。
「そういう意味で言えば私も似たようなもの。師の命で貴殿らを補佐するだけだ」
「ハハ、確かに君はYOMIの代行だ。そこには確かに身分の差が存在する。だが君が研鑽……中国拳法でいう"功夫"を積んでいることは明白。能力を持つ者を、不当に差別するようなことはせぬ。のうボリス?」
「当然だ。我らが討ち漏らした時は、あんたも等しく、梁山泊の弟子の首級を狙う資格がある」
「……気遣いありがたく頂戴する」
三者三様。互いの思惑と牙は隠したまま。
だが、この時において彼らは確かに同志だった。
***
「おのれ……罠だったのか! 汚いぞYOMI!」
吹雪荒れる夜。
山頂のホテルで緊迫したケンイチの咆哮が木霊する。
荒涼のスキー教室で訪れた雪山で、遭難しそうな少女を助けるべく、独断で動いたケンイチと美羽。
だがそれはジェイハンの仕組んだ罠。敵の拠点で包囲され、あまつさえ原因不明の体調不良に襲われた美羽をかばう状況だ。
「おや、先に戦う意志の無い
舌戦で返り討たれぐぬぬと口ごもる間に、ジェイハンが立ち上がり半身に構える。
「案ずるな。お主を始末する際は他人に手は出させぬ。そういう決まりだからのう。無敵超人の孫娘はボリス、そなたに任せる」
オーディーンと叶翔は、再起不能こそ狙っても殺しには拘らなかった。
李親子も、闇人でありながら人の情が残っていた。だが目の前の二人は違う。
初めて向けられる明確な殺意が状況の深刻さを語り、今までにない恐怖の冷や汗がケンイチの頬をしたたる。
直立不動で待機していたボリスがその合図と共、精細を欠く様子の美羽へ音もなく駆け掴みかかると――
「美羽さんに手を出すなあーっ!」
横っ飛びに静の気を練り上げたケンイチの覚悟を決めた蹴りが突き刺さり、思わずボリスも後方へ飛び退く。
「くっ……その態勢から制空圏を築き、この威力の蹴りを出せるのか。だが……」
「うっ!?」
気付かぬ間に徹甲弾の様な突きが腹に打ち込まれ、ケンイチの咥内から血が滴る。
「おい……お主の相手は余だ。白浜、ボリス。戦いを止めよ」
「黙れ、あんたに構ってる暇はない!」
「もう戦闘は始まってしまった! 我が師の命により、最強の弟子を殲滅する!」
美羽を守るため、ケンイチはボリスを。
被弾したボリスもまた、標的を梁山泊の弟子へ定める。
「うう……今ですわ!」
思わぬ計算違いに溜め息を吐くジェイハン。その一瞬の隙を突いた美羽が窓から外へ脱出を図り、ケンイチとボリスが後に続く。
すぐにスノーモービルを準備し、追撃を試みるジェイハンを……
「待ちなワカメ頭」
不遜,不敬な蔑称で呼ばれ、思わず立ち止まり振り返る。
正面の入口から堂々と侵入したダウンジャケット姿の少年――。
拳聖の食指を動かし、叶翔から名指しで標的と認識された、その顔を見間違うはずがない。
「お主……金剛阿含!? ……待てお主、余の髪を海藻に例えたと言うのか?」
「貴様、我らが王子を侮辱するか!」
周囲からの配下の言葉は、ジェイハンの耳に入らない。
嘲りとも謀略とも違う阿含の瞳、その色を見たことで全身の産毛が総毛立ち、それどころではなかった。
「下剋上を目論む野心家とも、抗う革命者とも異なる……貴様のその目、知っておるぞ! 王の庭に土足で踏み込み、全てを喰い荒らさんとする
「まあ半分は当たってるか。オレは旨そうなもん喰いに来ただけだし」
害獣を見下ろすようなジェイハンの態度など気にも留めぬとばかり、阿含が呑気に耳をほじる。
「地図に乗ってるかも怪しい小国だろうが、王様って肩書は獲物としておいしいわな。将来AI企業立ち上げた時は、データ倉庫置き場に使ってやるよ」
「な、なんと……神をも恐れぬ……!」
ティダートの真なる支配者――拳魔邪神 ジュナザードには、物理的に首が飛んでも聞かせてはならない。
暴言などという生ぬるい表現に収まらぬ言葉に、配下達は怒りを通り越し血の気を引かせていく。
フ、とジェイハンが嘲笑する。だがその目だけは異様に殺気立っていた。
「珍しくスパルナが敵視したことに納得がいった。全方位に牙を剥く……お主はブレーキの壊れた異常者じゃな」
「
ケンイチだけならともかく、美羽も行方不明となった時点で、阿含もある程度背景を察知していた。
アクシデントや卑怯な手を使われない限り、こうはなるまい。
阿含の身体に癒着する気が暴力的に荒ぶる。そこには確かなYOMIへの敵意が宿っていた。
「ふむ……活人拳の仲間とは思えぬ気当たりではないか。一つだけ正直に答えい。お主、根は
「どっちでもねえし、どうでもいいわ。活人だろうが殺人だろうが、善も悪も等しくオレにひれ伏す。まずはお前だワカメ王子」
身構えながらもジェイハンはしばし思考に時を割く。
臣下と全員で襲いかかれば、負けることはまずない。
しかしそれだと阿含が早々に逃走してしまい、ケンイチと阿含、一兎をも得られない恐れが。
「……うぬら、
会話に"いつでも動けるように"という隠語を混ぜ、伝える。
まずは一対一の体を装い、危うくなればそこで臣下を動かせば良い。
ケンイチはともかく、阿含討伐に一対一の縛りなどはない。
戦場で卑怯などという泣き言は言うまいな、と内心でほくそ笑む。
それすら折り込み済んでいるかのように、阿含も釣られて軽薄に笑い腕を振るう。
「"風の拳"」
階段上、即席の玉座の前に立つジェイハンへと空気弾が飛び、戦闘開始の狼煙となる。
「ふっ……スパルナの言っておった
顔面に迫る不可視の弾は、あっさりと片手ではたき落とされた。
本来、王の誇りを徹底するジェイハンは高所より悠々と構え、登り来る
だが遠距離からノーリスクで、一方的に眼球を狙われ続けられるのは少々面白くない。
やむなしとばかりに俊足で駆け下り、飛びかかる。
「
名の通り、全体重を乗せた猛獣の如き飛びかかりを阿含は手刀で迎え撃った。
最善、最適のタイミングで弾き防いだにもかかわらず、阿含の腕に鈍い痺れと違和感が走る。
「"第一のジュルス"!」
「っと……」
インドネシアで生まれ、他国の侵略を防ぐため磨かれた秘伝の武術、プンチャック・シラット。
表向きは礼節や思いやりを重んじる武術としているが、
「"第二のジュルス"!」
「ッッ……!」
侵略者に対しては容赦無し、無慈悲の殺法と化す。
目潰し、金敵、首もぎ――次々繰り出される必殺の攻撃を、皮一枚防ぎ続ける。
普段は小憎たらしい程に冷静な阿含も、今はそんな余裕が無さそうだ。
蓄積する腕の痛みと、早くも滲む汗がそれを語る。
「ここまで余の攻撃を捌き切る、その反射神経は大したもの。
だが純粋な戦闘技術は、YOMI未満よのう……"第五のジュルス"!」
身をかがめ低所から関節を狙う、変則攻撃。
背後を取りかけたところで、辛うじて反応が間に合った阿含が身を捩り、ジャケットを掴みかけた手を手刀で弾いた。
「しぶといが時間の問題よの。そんな分厚いジャケットを着ておるから、後手に回るのだ。戦いが始まる前に脱いでおけばよいものを……兵法の基本も知らぬのか」
優勢から饒舌になるジェイハンに対し、阿含は折れる様にあっさりと両手を挙げると、
「たしかにな……しゃあねえ逃げるわ。"瞬歩"」
「む」
気を足裏に集め後方へ跳躍、元来た正面の入口へ一瞬でたどり着くと、そのまま廊下へと飛び出していった。
思わずジェイハンは固まり、臣下達も戸惑うように互いを見比べ、わざとらしく鬨を上げる。
「ハ、ハハハ! 王子に恐れをなし逃げ出しましたぞ!」
「と、取るに足らぬ小物でしたな!」
「いや……この一手は悪くない」
もしも仲間と共に追ってくれば、一騎打ちのフリをして集中攻撃を狙っていると推察できる。
追わなければホテルを抜け、ケンイチと合流しボリスを2対1で叩く可能性もある。
少なくとも戦闘に邪魔なジャケットを脱ぐ時間くらいは、確保できるだろう。
案外なかなかにしたたかな行動だ。
「仕方あるまい、シラットと余の力を知らしめてやるかのう」
狼藉者を自ら討つべく、配下を残し単騎ジェイハンが後を追う。
"ククク……特別待遇でもてなしてますよ、王サマ"
阿含、ジェイハン……
阿含の才能とケンイチ世界の武術の才能の比較について反響ありましたが
そこら辺に本編で詳しく触れるのはもう少し先となります