100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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24話 阿含「光の力だああああ!」

 曲者(阿含)を追撃すべく大広間を飛び出し、ジェイハンは一人駆ける。

 

 己に対する確かな敵意。それが宿る気の残滓を感じ取れば、姿は見えずとも追跡はできる。

 

「むっ……」

 

 阿含が待ち構えているとおもわしき一室の手前で、かすかな違和感を抱く。

 地面にはところどころ、光る粒子のようなものが。ドアノブはよく見れば透明な粘液のようなものが付着している。

 ガラスの撒き菱と粘着式のトリモチといったところか。

 

「ハハ、獣にしては知恵を巡らせるではないか」

 

 ならばこちらも戦場のしきたりに倣うまで、とインカムから腹心を4人呼び寄せる。

 合流した臣下が用意した布を使い簡易式の足場を用意し、ドアノブをくるみ開けた先――

 

 むわ、とむせかえる熱気がジェイハン達を覆う。

 ボイラー室と思わしき大きなバックヤードの中央。

 阿含が口元を釣り上げながらも、片手を前に添えわざとらしく優雅に一礼する。

 

「当ホテル自慢のVIPルームへようこそ。お連れの方もどうぞご一緒に」

 

 おそるおそる先に足を踏み入れた臣下達が、室内の安全を確認し、その後ジェイハンも悠然と室内へ踏み入れる。

 

「ふふ、ここで長時間戦えば()()()()戦闘に支障が出よう。だが、ぬかったな」

 

 王子は臣下達を侍らせ不敵に笑う。この環境はまさに、熱帯地域である彼らの故郷ティダート王国に近い。

 暑さに慣れた者ならばたとえ30分ここにいようとも、熱中症の症状を及ぼすことはない。

 高温の環境に慣れていない阿含が、ただ一方的に消耗するだけだ。

 部屋の出入り口が一つであることを確認し、臣下達が退路を固める。これで万に一つも阿含が逃げ出すことはない。

 

「もう多勢に無勢を隠すつもりもねえのな、そんなに勝ちたいか王サマよぉ」

 

「常在戦場、力無き者の泣き言よの。地に手をついて詫びれば、生かしたまま闇のもとに引っ立ててやっても良いぞ。

 五体満足かどうかは保証せぬがな!」

 

 軽口と共に繰り出される第三のジュルス。阿含はまたも皮一枚で捌き切る。

 分厚いジャケットを脱いだことで少し動きは良くなった。

 それでも幼少期から死に物狂いで積み上げたジェイハンの武が勝り、やや優勢気味に戦いを進めていく。

 

「ハハハ……良い神速の反射神経だ。良い素体だ。狭い島国の中ならさぞ才能において好敵手に不足しただろう。だが我らの次元からすれば、そんなもの初期搭載(デフォルト)が珍しく無いわ!」

 

 攻防は数分しか経過していないが、阿含は既に全身から汗を滴らせる。

 徐々に差し込まれつつあることを察し、温存していた技の解放へと踏み切った。

 

「"瞬歩"」

 

 視界から一瞬にして阿含が消える。だが右目の片隅に走った僅かな揺らぎに気付き、辛くも側面を取った阿含の手刀を躱す。

 

「ッッ! 今のは少々焦ったわ。……見事な高速移動だが、足裏に纏う気の"起こり"を見極めれば、多少は予測できる」

 

「"打震"」

 

 追撃の鳩尾目掛けた掌底を、素早い手技で肋骨へと逸らす。

 内蔵目掛けた衝撃が骨へ打ち込まれたことで、ジェイハンの体内で水分を揺らす目論見は空振りに終わる。

 

「ぬぅ……悪くない掌打だが、ただ打ち込むだけで水分を衝撃に変換せねば、本来の3割の威力も出せていまい。お主の技は旧兵器ばかりでつまらぬのう」

 

 阿含が繰り出した技は、ご丁寧にも全世界に配信したバーサーカーとの対戦動画で確認済である。

 完全な初出しならまだしも、情報として頭にあれば初見でも対応可能だ。

 残る阿含の大駒は、改造エアガンと"剛体術"のみ。

 改造エアガンを持ち出そうものなら、臣下を使い全方位から総攻撃するまで。

 そもそも隠し持てる場所も今は無いため、その心配もない。

 

 そして残る剛体術も危険な技だが、"正確なタイミングで打ち込まねば、反動がそのまま関節に跳ね返る"という見過ごせないリスクが存在する。

 警戒する相手に成功する可能性は極めて低い。

 打てるものなら打ってみろ、と舌なめずりするジェイハンの内心を知ってか知らずか、唐突に阿含が両手を挙げる。

 

「チッ……手詰まりか。おい、もう見逃してくんね? お前もそろそろケンイチ追っかけたいだろ」

 

 いきなりのコケにしたような提案。手下達が戸惑いを見せるものの、ジェイハンはけんもほろろに阿含の言葉を一笑する。

 

「そう気を遣わんで良い。白浜の首はボリスにくれてやるわ。勝ちが確定した盤面をむざむざ放棄などせぬよ」

 

「へっ、どうせ仮にオレが勝ちそうになったら、そこの手下共をけしかけるつもりだったんだろ?」

 

「敗者の負け惜しみなど、聞く耳持たんのう。余と我が国を貶したお主はどう足掻いても無事に帰さぬ。……とはいえ、さすがに暑うなってきたの。そろそろ終わらせるか」

 

 口八丁で煙に巻こうとする阿含の言葉を一つ一つ丁寧に潰す。

 絶対に許すまじ、という気迫に阿含はわざとらしく肩をすくめる。

 

「そうかよ……なら時間も時間だし、最後にとっておきの出し物でも披露しようかね」

 

 言うやいなや、ポケットから取り出したライターを放り投げる。

 あ、と誰ともなく声を上げる間に、部屋の片隅に溜まっていた液体へと着火。直後猛々と火の手があがった。

 

「なっ……この男、正気か!?」

 

「王子……お逃げを!」

 

 ボヤという程度では済まない火の勢いに、一様に泡を吹く。

 だがジェイハンだけは抜け目無く、阿含を視界に捉え続けながら、思考を巡らせる。

 

(油を用意していたか! すぐに逃げるか? スプリンクラーが直に作動するはずだが、こやつが事前に切っておったとしたら……)

 

「ジェイハン王子……今なら!」

 

「動くなと言ったはずだ!」

 

 退路を守りながらも一歩後ずさり、ドアを開けようとした者を一喝する。

 

 純粋な武の才能において、ジェイハンを上回るYOMIは少なくない。

 しかし戦略面という領域において、彼の右に出る者はいなかった。

 

「浮かれるな者共。火炎に焦り逃げるため奴から目を切らす。それこそが退路を生むためのこやつの狙いなのだ。構わぬ、余が良いと言うまで出口を塞ぎ続けよ!」

 

 すぐさま阿含の意図、この場面における悪手を的確に潰していく。

 阿含にとってファイトIQが噛み合うジェイハンは、相性最悪の相手と言える。

 だがそれは――ジェイハンにとっても同じ。

 

「炎のショーはご堪能いただけましたか? ならお次は水のショーをお楽しみあれ」

 

 演出家(阿含)がパチンと指を鳴らすと同時、天井のスプリンクラーが一括起動する。

 外気により氷点下まで冷やされた水が、最大出力で敵味方等しく身体を急激に冷やしていく。

 

「うわわっ……! 水かっ!?」

 

 主の厳命を受けた配下達はさすがにその場を動きこそしなかったものの、思わず頭と顔を手で覆ってしまう。

 一転悪化する視界と極寒に晒されながらも、敵から目を離さずにいるのはジェイハンと阿含のみ。

 

(火は消えた。まさかこれは……毒水!? いや、あやつも浴びている。この水に怯む、あるいは警戒させて意識を逸らすことが、最後の罠か!)

 

「侮っていたぞ金剛阿含……! 数々の罠に伏線――余以外のYOMIであったら、差し込まれていたかもしれぬ。最上の獲物として認識を改めた上で、敬意のままに息の根を止めて進ぜよう」

 

 リップサービスではない。殺意をそのまま、対等と認めた眼差しを阿含に向ける。

 裸足で滑らぬよう慎重に距離を詰め、冷水のシャワーをものともせず阿含に掴みかかり――

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 異変がジェイハンを襲う。

 呼吸の乱れ、安定しない心拍、眩む視界――。致命的でないにせよ、放っておけぬ心身の不調。

 毒物の仕込みを再度疑うが、等しく水を浴び薄ら笑う阿含が、満を持してネタバレを開示する。

 

「サウナ後の水風呂で()()()かい、王サマよ」

 

「まさか……!」

 

「物わかりが良くて助かるな。やっぱ獲物はこういう()()()()に賢い奴でなきゃ」

 

 高温の部屋で戦闘を続け、体温が上がったところで大量の冷水を浴び続ける。

 急激な血管収縮により、不整脈の様な症状が起こるのは明らか。そして被害はそれだけに留まらない。

 

「うう……王子、ご無事ですか!? ぐう……」

 

 ジェイハンからの指示を忠実に守り続けた臣下達も、逃げる機会を失い同様の症状を発症させる。

 既にスプリンクラーが停止したとはいえ、阿含だけは未だ平然としているのは、インナーに防水服や保温材を身につけているからだろう。

 悪魔の如き仕込みと策略により、完全に形成は逆転した。

 だが勝機は十二分に残っている以上、思考だけは放棄しない。

 

(おのれ……こうなればリスク度外視で短期決戦を仕掛ける他あるまい! 地力は余の方が上なのだ――)

 

「"風の拳"」

 

「ウヌウッ……!」

 

 旧兵器とこき下ろされた風の飛び道具が、こきおろした高潔な男の顔面を、面白い程的確にしばいていく。

 ジェイハンの不調もあるが、それだけではない。

 

(先程よりも速度が上がった? やけにヌルい攻撃だと思ったが、あえて最初は加減をしておったのか!?)

 

"瞬歩"。本来はこうやって視界を奪ってから使うんだわ」

 

 今度こそ完璧にジェイハンの死角、背後を取った悪童から――

 

「ッッ……!」

 

「阿含流最強コンボ1号 "剛体術"(簡易版)」

 

 振り向きざまの脇腹に、関節を不動として生まれた鉄塊がめり込まれる。

 関節への負担を和らげるため威力を少し抑えてはいたが、かつてより遥かに強力となった阿含の気がそれをカバーし、ジェイハンに決定的な一撃を刻み込んだ。

 

「グオッッッ……こんなことが!」

 

 絶対不敗を貫き続けた王が初めて膝をつく。水音だけが、数秒遅れて戦場を支配した。

 

「くっ、なぜここまで回りくどいことを……。それに何故割れた切り札ばかり切る? キサマの才覚をもってすれば、新技の一つでも開発できたであろうに……」

 

「あ"ー? オレが勝とうとしても、手下共がしゃしゃり出るってさっき言ったろ。 それも踏まえて、取り巻き共々まとめて片付けるためのフィールドを用意したんだよ。それにどうせこの戦いも情報収集されてんだろ? わざわざ手の内明かすかよ」

 

 始めから多対一を、そしてこの先をも想定していた立ち回り。

 思考、戦闘スケール共に上を取られた事実を突きつけられジェイハンは、

 

「下郎の策かと思うたが、み……見事だ。しかし……王は負けぬ……決して負けぬ!」

 

 それを素直に受け入れる。

 それでも敗北だけは拒絶するかの様に、左脇腹を抱えゆらりと身を起こす。

 阿含は少しだけ感心した様に目を細め、フと溜め息を吐いた。

 

「あのなあ……根性は認めてやるが、このままいたら今度はヒートショックになんぞ。おい、おめーらもさっさとこのアホ王子救助してやれや」

 

「うう、王子。一旦仕切り直された方が……」

 

「ま、負けられぬのだ! これだけ周到に計画し、有利な条件で負けたとなれば……」

 

 微かな違和感。つまらぬ意地や安いプライドとも違う、小さな恐怖がジェイハンの瞳で揺れ動く。

 阿含がそれに勘付き訝しみながらも、ジェイハンへと駆け寄る臣下達とすれ違いざま、ボイラー室のドアを開けた時――

 

 

これだけの膳立てをしてこのザマとはのう

 

 

『ッッ!?』

 

 ただ声が聞こえただけ。

 それだけでボイラー室の茹だる熱気も、身体を突き刺す冷水の寒さも、全て吹き飛ばす。

 その場の生命体全ての五感を歪め、呼吸律動を狂わせる。それほどの絶対的な"圧"。

 奇怪な仮面を纏い、片手にブドウをぶらさげた――おそらくは老人と思わしき男がエントランスから、阿含の方へひたひたと歩を進めていた。

 




なんとか7月中くらいまでは今の週2更新ペースは維持できそうです
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