駅前からリムジンで目隠しされて2時間。
拳聖 緒方一神斎の拠点に着いて早々、阿含は修練場へと連れて来られた。
防音完備の室内に、古びた武術書から最新式の測定機器までが雑多に転がっている。
床や壁は何度も修復した痕が。
ここで何人の達人が生まれ、何人の失敗作が壊れたのやら。
稽古場や研究所というよりかは、狂人の秘密基地という表現が似つかわしい。
「我がトレーニングルーム、お気に召してくれたかな?」
「……2回目のデートで連れてくる場所じゃねえな」
振り返りもせず軽口を返すと、背後で緒方が愉快そうに笑った。
「しかしあの拳魔邪神に目を付けられるとは……とんだ災難だったねえ」
「っ……」
ジワ――と阿含の胸にもやもやが再発する。
あの日阿含は邪神に怯え、命からがら逃げた。
小動物が獅子から逃げ惑い、生き延びるように。
それ自体は合理的、最適解で何も間違ってはいない。それでも――
"最後は臣民の盾となろう……何故なら余は――王だからのう"
納得はしていない。
「励ましは要らねえって。それより早速始めんぞ」
言いながら、阿含が中央の空間へ歩み出る。
緒方の視線が、研究対象を見るように細まった。
「前に言っていた気の独自運用――その開発作業か。君も見ておきたまえ」
「……はい、拳聖様」
低い声。暗がりの壁際に寄りかかる、白髪の男。
以前より衰えながらも、なお王者然とした空気を纏う元第一拳豪・朝宮龍斗の姿があった。
「ところで――」
後遺症により、黒疸が刻まれた眼が阿含へと向けられる。
「拳聖様はともかく、無関係の私に修行工程を見せて良いのか? 開発中の技など、武術家にとって秘中の秘となる生命線の情報であろう」
「あ"ー別に構わねえけど?」
阿含からの意外な即答に龍斗の眉がぴくりと動く。
「お前が言ってんのは情報流出とパクられるリスクのことだろ。
前者はありえねえ。過去で対立してたとはいえ、今のオレは拳聖サマの正式なビジネスパートナーだ。上司の取引相手の情報を勝手にお漏らしする程、お前はバカじゃねえ」
肯定の意味で龍斗が無言のままメガネをくい、と上げる。
その肩に手を添えながら拳聖が微笑んだ。
「後者は龍斗への宿題にしておこう。なぜ阿含君が技術を模倣される心配をしていないか、考えてみるといい。
その答えがわかったことで、私は阿含君と協力する気になった――とヒントを出しておこう」
師弟のやりとりを他所に、阿含は意識を沈める。
第一階層 気の発動。
一時的に気を練り上げる基礎運用。
第二階層 気の接続。
気を体内と体外の中間に繋ぎ留め、自在に配分移動と形状変化させる応用技術。
ここまでは既に形になっている。
「オレが今修得しようとしている力は、雑に分類して2つだ。具体的には――――」
阿含の呟きと共に、室内の空気がわずかに張り龍斗が思わず息を呑む。弛んでいるのは緒方だけだ。
「ハハ、やっぱりイカれてるなあ君は。君の意図が知れ渡った時、武術界は蜂を突いた様に騒ぎ立てるだろう。今からそれを想像するだけで楽しみだよ」
「……舐めてたんだよ」
阿含の口から独りで漏れた言葉に、緒方は口を閉じる。
「時間がありゃ届くと思ってた。圧倒的な才能とセンスで、トライ・アンド・エラーを積めばそのうちな」
身体を取り巻く滑らかな気の流れが、僅かに乱れた。
「でも違った。あいつらはいつまでも待っちゃくれねえ。ぼやぼやしてたら勝ち逃げされちまう」
叶翔。
梁山泊の師匠。
拳魔邪神。
そして――王として散ったジェイハン。
「オレが生き延びるには当然、多少の運も絡むだろうが……1日でも早く、新たな気の運用体系を完成させてやるよ」
***
頭に描いた気の基本設計を詳細設計として身体に落とし込む。
しばし続いた試行錯誤の末、阿含は肉体への負荷と気の疲労からトレーニングを中断する。
無尽蔵のスタミナを誇るはずの阿含が、僅か30分程度で息を乱す程の修行光景。
それを緒方は終始穏やかに笑い傍観する。
「うむ、強さに焦がれ挑戦し続ける若者の姿ほど、素晴らしいものはない」
「感想がいちいちキショいっすよ。他にねえの?」
「ハハ、照れるねえ。私も
緒方から雑に振られ、龍斗は小さくため息を吐く。
「あなた達の会話を聞いていると、どっちが本当の師弟かわからなくなりますね。
ただ力を求め、ひたすら先を欲する。かつての愚かな私を見ているようで不愉快でしたよ」
「壊れた先輩の説教は重みが違うな」
返しの減らず口に空気が少しだけ尖るが、緒方は楽しそうに二人を見比べるだけ。
「だが……第二階層の方は龍斗にとっても勉強になるんじゃないかな?」
両者が眉をひそめると、緒方は近くの大型ディスプレイを指差した。
画面には人体図と気脈のような線、神経伝達の数値モデルが表示されている。
「龍斗の後遺症は、眼球と肉体だけではない。静動轟一の無理な気の運用による、神経系統と気経路の乱れも大きい。そこで気の接続の技術が活きてくる」
しばし考え込んだ阿含が「そういうことか」と呟くが、龍斗は納得していない様子だ。
「お待ちください拳聖様。金剛の"気の接続"は無の気だから使える技のはずでは?」
もっともな指摘に対し、阿含は面倒くさそうに頭を掻きながらそれに応える。
「あ"ー気の接続はぶっちゃけ、形状変化をさせるためにやってんだよ。配分移動の方は別に接続する必要はねえんだ。そこらの達人でもできる技術だからな」
「そういうことだ。気を体内で精密移動させ、断線した気の流れを再構築させたなら――」
体内の気の乱れを負荷分散できるかもしれない。
その答えに辿り着いた龍斗がハッと顔を上げる。
「拳聖サマとの取引の要求品質を満たすために、知識提供してやるだけだ。後は自分でどうにかしろ」
龍斗の口元がきゅっとわずかに締まる。が、次には何かを受け入れたかのように綻んだ。
「金剛、負荷をそのままに修行時間をあと1割増やせ」
「お?」
「お前は合理的だがそれ故、肉体の反動やダメージに対するブレーキが無意識に働いている。
さっきお前はリミットの8割5分のところで切り上げてしまっていた。あと一息を踏み込めるはずだ」
「龍斗……君まさか」
「ええ、静動轟一とアナザー・アイの後遺症を負ったことで、皮肉にも私の身体に副産物が生まれました。
武術家の身体や気の負荷具合が、なんとなく目に見えるようにね……。借りの作りっぱなしは性に合わないんですよ」
それだけ言い残し、龍斗は背を向け気の運用技術をブツブツとつぶやき始めた。
その様子と阿含を交互に見比べ、緒方が手で額を抱えながらカラカラと笑う。
「ハッハッハ、実に良い。才能ある若者同士が打算と意地を交えながらも、相互作用し合うとはね」
「つーかオガッさんって、そういうキャラなのな。てっきり弟子とか実験台にして使い倒してるイメージあるから、拍子抜けだな」
「まあ実際、龍斗が
「ほーん。でも梁山泊の先生達はそう思ってないみたいだけどね」
「そうなんだ。でも別に彼らの評価なんてどうでも良くない? 頑張って外道のレッテル払拭したところで私が強くなるわけでも、新しい技を得るわけでもないし」
「なるほど、さいですか……」
半壊した元支配者、喰らいつく悪童、それを嗤う拳聖。
傍から見たらろくでもない面子かもしれない。
だが高め合うならそんな関係性でいい、と阿含は一人心の中でつぶやいた。
「それに今は少しでも修行ペースを早めるのが得策だ。なんせ……2ヶ月後に"大会"が開かれるからね」
「……大会?」
「それは私も初耳ですね」
デスパレート・ファイト・オブ・ディサイプル。通称、
20歳未満の有望な武術家が5名までのチームでエントリーできる、裏世界では著名な武の祭典が開かれる。
緒方から2人に様々な仔細が語られた。
「一影九拳である私は推薦権を所持している。もちろん、他のYOMIのメンバーも九拳の推薦をもって何人か出場するだろう。さて……どうする阿含君?」
優勝の報酬といい条件といい、今の阿含にお誂向きの大会と言っていい。
参加したくないと言えば嘘になるだろう。
「興味はあるな。だがそのルールだと、極端な話未成年で達人の奴がいたらそいつが無双するだけじゃねえの?」
「うむ、確かに……一影九拳の人越拳神の様に、若くして達人になった"ヤングマスター"という例はある。だがそれはもう、将来特A級達人の上澄みも上澄みになれる様な不世出の素材だ。
そんな
妙手。弟子級と達人級のちょうど中間にあたる武術位階。
真正面から戦えば、弟子級の阿含ではまず歯が立たない実力の相手だ。
「ただ彼は
そう語る緒方の瞳にほんの少し、非情さとも狂気とも異なる複雑な色が宿る。
阿含はあえてそれを見過ごした。
「ならいいが……そうなると、なおさら気の第二階層をもっと鍛えて、新技もさっさと完成させなきゃな。
後は数だな。本気で優勝目指すなら、使える仲間がいなきゃ話になんねえ。後は残り最低限の頭数も揃えねえと」
「ふむ……紹介できるアテはあるよ」
「一応オレも心当たりは無くもねえかな。お前はどうすんの?」
「私は……」
少し悩んだ末、龍斗はその選択を口にする。
一方の阿含も、全身の気をシステマチックに稼働させ、いつもの小憎たらしくも底の見えない笑みを取り戻す。
"情けなく逃げだしたあの日のツケを取り戻す――んなヌルい事は言わねえ。全部奪って、上書きしてやる"
阿含,ケンイチ,YOMI。
各々の事情や想いなど些事とばかりに、光陰矢の如く月日は流れ2ヶ月後――。
南の地。デスパー島で前途輝かしい武術家達が死闘を演ずる、灼熱の数日間が開幕する。
そしてこの地で
活人拳か、殺人拳か、はたまた別の道か――
今回で第3部が終了します。
第4部のDオブD編は少し長くなる予定です。
話数的にはもうそろそろ折り返しの半分が迫るかなという感じです。