「ま、待て。金ならある! 待っ……」
ミッションを受け――こなす。
「お願い、私の命はいいからこの子だけは助けて! 子供だけは……」
機械的に――処理する。
某国お抱えの若き秘匿精鋭部隊。誰が呼んだか
合法的に磨いた殺しの技を振りかざし、報酬を得る。
そんな番犬としての日々は唐突に崩れ去る。
「――政府が今まで散々利用した我々を、消そうとしている動きがある。都合が悪すぎる情報を、数々の任務で知りすぎてしまったからだろう」
久々に帰郷し改めて見た、王都の姿は酷く荒れ果てていた。"彼ら"はようやく正気に返る。
腐敗しきった現政権を粛清、排除し、代わりに軍中枢部をTOPに据えかつての健全で強い国を取り戻す。
DオブDの優勝賞金1000万ドルと地位を手にしたならば、クーデターへの強い足がかりとなるだろう。
彼らには使命がある……
***
指揮官を務めるK隊長は、眼前の光景にため息を漏らす。
「……何故だ」
迷宮風のギミックがステージに設営された、1回戦第3試合。
J隊員の鼻柱は叩き折られ、
B隊員とT隊員は仲良く壁にめり込むように沈み、
R隊員は砕かれたあばらを抱え失神している。
「何故こちらの連携を容易く分断できる。何故、死角へ先回りできる?」
ブラックフォースは気の発動こそ行えるが、隠匿技術を体得していない。
迷宮のステージという有利なフィールドで無音の連携を試みるも、殺気の残滓を感知され全局面で阿含に先手を取られてしまった。
累々たるダウン体の中心で阿含が静謐に構え、
『なんと、"ダイヤモンド"のリーダー、金剛選手! 1対5のバトルロイヤル形式という不利な条件から、立て続けに4人を撃破しました! これは5タテもあるか!?』
司会の松本を筆頭に、会場が圧倒的ワンサイドゲームに興奮、没入していく。
だが美羽とケンイチは、阿含を良く知る立場としてこの戦闘に違和感を抱いていた。
「珍しいですわね……阿含さんは容赦なく相手を破壊することもありますが、それは合理的な根拠に基づく作戦ありきだったはず。
なのに今回は、かなり念入りに大きなダメージを相手に与えている……」
「相手がタフな現役の軍人だから、油断せずにトドメを刺してるとか……ですかね?」
仲間達が個別撃破されている隙に、K隊長は十八番の武器、ブレードワイヤーを全域に張り巡らせた。
それも皮膚,衣服を掠めるや否や、神速のインパルスにより一瞬で感知され、あえなく攻略されてしまう。
「キサマの力は認める……だが我らとて、負けられぬのだよ。国のため、大義のため、戦い使い潰された者達のため――」
「くだらねーな、自分で勝手に首輪付けといてよ。ヒモ彼氏に依存する女かよ」
嗤われながら熱の無い言葉を被せられ、無感情を貫いていたK隊長に初めて憤りが浮かぶ。
「お前の使えねえ部下共を殺さず、生かしてやったことくらいはわかるよな。オレ一人に舐めプされる様な奴らが、デカいことやれんの?」
だが悪童の指摘の前には押し黙るしかない。
「活人だの殺人だので差別するつもりもねえし、
それを静かに聞き届ける梁山泊の師弟達の眼に、複雑な色が浮かんだ気がした。
「けどよ、スナック菓子つまむ感覚でやりたい放題、殺生繰り返した奴の気配は何となくわかんだわ」
近くに転がっていたJ隊員の肩を石ころのように足で小突き、薄ら笑いを引っ込め睥睨する。
「そのくせ、眼だけはお高くとまった使命感と被害者仕草が同居してやがる……。カマセの分際で言動全てが一々キショいんだよ」
「くっ――」
職業軍人の本能が、K隊長に警告を告げる。
仕切り直すべく、頭上に仕掛けたワイヤーを使ったジャンプで、迷宮壁の上へと逃れる。
阿含はそれを追いかけ、足裏に気を集めた壁蹴りで壁上に登り、更にそこから垂直に高く跳躍する。が、それを見たK隊長の眼に活力が戻った。
「跳躍力をひけらかしたかったのか? 愚かな飛び方をしおって!」
阿含が着地するであろう、真下にワイヤーを散布しようとしたK隊長を――
「"超時空飛びヒザ蹴り"」
「むおおっ!?」
磁力で引き寄せられたかの様、斜めに鋭く滑空する阿含の連続膝蹴りが全弾命中。反応もできず、無防備なまま食らってしまい、即失神へと追い込まれた。
『なっ……なんと、先の試合で我流Xにより不発に終わったキックの魔獣、呂塞五郎兵衛の必殺技を阿含選手がコピー! K隊長はそのままリング外にふっとばされた!』
片足に気を集め空を蹴り方向転換し、敵の遠近感を狂わせる斜め上位置からの強襲。
もう片方の足を左右に高速振動させ、一瞬で数発同時攻撃を成立させる。
達人の技術を弟子クラスが再現したことで、衝撃を受けたギャラリーから一際歓声が上がるのは当然の帰結と言えよう。
『ほほう。威力こそオリジナルに及ばぬが、一度見ただけで、あの技の要訣をほぼ極めているな……』
「へぇ……マスタークラスの技を奪ってここまで注目を集めるとは、考えたわね」
ディエゴとカストル師弟が感心する程の大反響。
他選手も露骨な態度にこそ出さないものの、金剛阿含という男の存在を強く認識し、内心警戒を強めるのだった。
その後の第4試合、ケンイチと美羽が激戦の末、中国三大武術を辛くも突破する。
それ以外は、YOMI姉弟のチームジェミニ、パンクラチオンチーム、といった事前予想通りの強者が順当に生き残る、予定調和の戦いで1回戦が幕を閉じた。
***
昼間の狂騒が嘘のように静まり返った、夜のデスパー島。
艶麗な金髪に羽根帽子を被せた少女が、ゲストハウス前の夜道を静かに歩く。
パンクラチオンチームの一人にして島の主の養子、オクタヴィア・フォルトナ。
今日も無事、兄弟5人で生き延びた。
その幸福を神へ祈るため、島内の教会へ向かおうとしていた。
前方で不意に彼女の義兄、テアゲネス・フォルトナ――"スパルタカス"の字名を持つ男が足を止める。
「どうしたの、兄さん?」
「……先客がいたか」
教会の扉を開き、低く呟いたスパルタカスの視線の先。
通路脇のチャーチチェアに、黒龍のジャケットを羽織った少年が座っている。
無造作に投げ出された脚、片手には炭酸飲料。
島の招待客とは思えぬ、自室で寛ぐ様な佇まいの少年が、2人に気付き振り返る。
「あ"ー?」
昼間、ブラックフォースを圧倒的パフォーマンスで叩き潰した怪物――金剛阿含が見上げる。
「……パンクラチオンチームか。黄色人種が羨む発育だな」
トップアスリート然としたスパルタカスの恵体、オクタヴィアのボディラインが誇るモデルの様な凹凸。
値踏みするように見上げるその鋭い視線が、早くも2人の全身を
身体,呼吸律動,視線,内包する気の強さ。
一瞬で現時点の己を分析されたのを察し、反射的にオクタヴィアは小さく口を噤んだ。
だがスパルタカスに倣い、阿含への警戒心は匂わせずに平静を装う。
「挨拶がまだだったね金剛選手。リーダーのスパルタカスだ。こちらはオクタヴィア。そういう君も筋肉の質や運動神経が常人離れしていて、天性と呼ぶに相応しい肉体だと思うよ」
「まーね。で、アンタらは2回戦も勝てるように神頼み?」
「そんなところだ。君こそ、無像崇拝をする様には見えないが」
「オレも明日が不安で眠れなくて……神サマへお祈りにね」
互いに隙は見せまいと、探り合うような上辺の駆け引きが繰り広げられる。
無論、阿含に信仰の趣味など無い。柄にもなく教会で物思いに耽っていたのは、昼の振り返りであった。
ブラックフォース――今の阿含にとって、取るに足らない弱者のはず。
しかし彼らの挙動が癇に障り、過度の破壊行為を行ってしまった。
殺しに来た敵がどうなろうと知ったことではないし、気分のままに暴れたことを省みるつもりもない。
だが合理性を欠く行動を取った事実は、受け止め記憶に留める。
そう習慣付けなければ、いつか一時の感情で判断ミスを犯し、勝ち目のない相手に立ち向かう愚を晒すかもしれない。
島の熱狂にあてられた無意識の舞い上がりを抑えるための、気まぐれの行動だった。
「帰ろう、礼拝は自室でもできる」
「いやもう寝るし、邪魔なら捌けてやるよ。……おっ」
立ち去ろうとしたところで月光が差し込み、暗がりにあった2人の顔が照らされ、はっきりと見えるようになった。
「どうかしたか? 我々の顔に何か付いてるかな?」
「……1回戦の連中とは違うなと思ってよ」
緒方からのタレコミにより、阿含も彼らの事情は把握している。
フォルトナが定期的に子供を奴隷として買い集め、剣闘の見世物として使い潰していること。
DオブD優勝の報酬として、"解放"という餌をぶら下げられていることも。
二人から流れる気は重い。
不自由,恐怖,義憤。
絶望的な立場へ押し込められながら、それでも前へ進もうとする気配。
他の兄弟達を守ろうとする意思なのだろうか。
手を汚す覚悟を決めた眼の光は、ケンイチと美羽に少し似ていた。
「アンタらにも色々あったとして、オレには関係無いけどね。けどまあ自由を奪おうと足掻く奴は嫌いじゃねえよ。特にアンタ」
すれ違いざま、阿含が不意に笑う。
視線が向けられ、オクタヴィアの肩が僅かに跳ねる。
「隣のスパルタ君が皆の兄貴なら、アンタはさしずめ姉貴ってとこか」
そのまま教会の外へと立ち去り、静寂が訪れる。
「兄さん……」
「……分かっている」
オクタヴィアが気付かぬ内に胸元を握り、スパルタカスもまた、その精悍な表情を鋭くさせる。
「縛ろうとすればその檻ごと壊す制御不能の獣の様で、一転高い合理性と思考を垣間見せる。かと思えば他者への洞察力と理解力も兼ね備える……危険な男だ」
それでも、少しだけ眩しく見えた。
その本音を押し留め、2人は神に祈りを捧げた。
――だが神とやらが果たして存在したとして、ソレは彼らに告げることはしないだろう。
今夜交わりし3人。この出会いが、1人の未来と命運を大きく左右することを。
中国三大武術戦はうまく書けそうになかったのでカットしました