100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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31話 幻影

 四肢に無数の打撲痕と創傷を重ね、それでも致命打を防ぐオクタヴィアが睨む先。

 彼女を容赦なく攻め立て、蝕み続けた無機質な翔の瞳に、僅かに人間らしい光が灯る。

 

「このオレの攻めを一分以上耐えた者はそういない。今まで屠った者の中で、確実に上位に位置すると認めよう。もうこれ以上足掻くな」

 

「……梁山泊の弟子ならここで折れないでしょう。そして、あの悪童(阿含)なら勝機を狙い続けるはず」

 

 口でそうは言っても、追撃の中段蹴りを受け流す腕も、もう限界だ。

 これ以上スパルタカスの合流を待つため防戦しても、ただ無駄死にするだけ。

 強大な敵を恐れぬ活人拳(白浜)の気迫と、檻を恐れぬ悪童(阿含)の笑みを脳裏に過ぎらせながら、飛びかかる。

 

「追い詰められた者の捨て身など、今まで何度も経験している。"人越拳 捻り貫手"!」

 

蠍座(スコーピオン)の毒突き "スカーレットニードル"!」

 

 鈍い衝突音が、両者の拳の交差を語った。

 翔の捻り貫手はガードを弾き、そのまま左肩の柔肌を抉る。

 オクタヴィアの一本拳は翔の左腕に容易く阻まれるが――

 

「チッ……そうきたか」

 

 残る右拳でオクタヴィアの顎下を打ち抜き、意識を奪い去った。

 トドメを刺しながらも、腕に視線を落とし苦々しく舌打ちする。

 

「翔様? ガードは成功されたはずだが……」

 

「……おそらく経穴(ツボ)を的確に突いたのだ。勝ちは捨てて腕を狙っていたか」

 

 芳養美の疑問に応えるボリスの言葉通り、翔の左腕、その一部が痺れていく。

 見守るケンイチは悔しさを顔に滲ませ、阿含は無表情のまま翔の腕だけをただ注視する。

 

「お前の敢闘は記憶に留めておこう。スパルタカスはなるべく苦しませないように、仕留めてやるよ」

 

 視線の先、独り死地に追い込まれた男が倒れる弟妹達の姿を見てガクリと頭を垂れる。

 次第にその両拳が握りしめられ、血が滲み始めた。

 

「オクタヴィア……皆……仮に()()()()とやらが失敗したとしても、私達は最後まで5人一緒だ」

 

 血と蹂躙に飢える、熱気に包まれたコロシアムに冷たい風が吹く。

 歓声も、一瞬だけ静まり返った。

 スパルタカスの瞳から理性と聡明さが消え失せ、狂気が宿る。制御され押し留められていた動の気は、周囲を威嚇するように荒ぶり猛っていた。

 

「……あのご嫡男、ここまでの力を隠しておいででしたか。YOMIの幹部に見劣りしない……いや、それ以上の気のポテンシャルを感じますな」

 

『はっはっ、あやつは我が子の中で最も心優しいが……弟妹が絡むと、一変鬼と化す。ディエゴ殿の弟子と別ブロックにするよう、わしが進言した理由がわかったじゃろ』

 

 ディエゴとフォルトナも唸る程の気を纏い、スパルタカスが翔へ目掛る。

 それに応じて、翔も高揚から殺気を迸らせた。

 

「いざ……!」

 

「俺を狙うか。まあ左腕を使えない今が、お前が俺に勝つ生涯唯一のチャンスだしな。……ん?」

 

 この男の殺気と怒りは本物だ。だが翔を狙う意識だけが、どこか空疎で芯が無い。だとするならば、

 

「……そうか。釣られるな! こいつの狙いは――」

 

 翔が静止するが、一足遅く背後よりボリスら3人が迫っていた。急所であるスパルタカスの後頭部目掛け、打ち込まれようとした攻撃は――

 

「カハアアアッ!」

 

『!?』

 

 最初から誘い込むつもりであったスパルタカスの狙い通り、差し込まれる。

 

獅子座(レオ)の制裁拳 "ライトニングボルト"!」

 

 ケンイチ、阿含、皆が目を奪われる中、振り返りざまにカウンターとして発せられた渾身の高速拳が、闘技場に火花の様な炸裂音を生んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

『ケンちゃん、これが静の極み、"流水制空圏"! 流れに乗り、相手と一つになり、最後は自分の流れに乗せる……これこそが極意じゃ!』

【美羽、おぬしは気のコントロールがまだ不完全じゃ。それは生まれつき、強大な気のポテンシャルを生まれ持ってしまった者の定めよ!】

 

 2回戦第3試合。

 長老扮する"我流X"による無双から始まり、己の力を0.0002%まで制御した個別指導対局へと、戦いは佳境に向かう。

 

「ふん……無敵超人 風林寺隼人か。あれで全力とは程遠いなんて、噂に違わぬバケモンだね」

 

 YOMIの控え席で、ただ一人残った翔が左腕を擦りながら眼前の光景に鼻を鳴らす。

 先の試合、スパルタカスが放った切り札の一撃は、チームに大きな損害を与えた。

 勢多と芳養美は有無を言わさず即リタイア。

 ボリスはさすがに致命傷こそ避けたものの、ガードに使った右腕を砕かれ医務室で治療を受けている。

 3人が襲われた毛ほどの隙。

 背後から翔が、九拳より授かった技の連撃、"九撃一殺"でスパルタカスを仕留め、どうにか準決勝へと駒を進めていた。

 

『おおっと! 我流X選手、白浜選手と風林寺選手の渾身の攻撃を容易く躱したが、仮面にヒビが入ったー!』

 

 最後の打ち込みが終わる。

 我流Xは2人の成長を認め、任務に向かうため何処へと退散する――そのはずだった。

 

「では白浜兼一……そなたの進言通り()()()()()を与えよう」

 

 唐突な追試宣言。

 戸惑い耳を疑うのは観客達よりもむしろ、予想を覆された身内の方であった。

 

「お、お祖父様!?」

 

「おいおい本気かよジジイ。……ケンイチの奴はもう限界近いぞ」

 

 満身創痍の身体を引きずり、ケンイチは疲労でふらつく美羽を庇うように前に出る。

 微笑みかけながら、我流Xの真正面に並び立った。

 

「大丈夫です、美羽さん。ボク達を信じて!」

 

「まずはケンちゃん。心身の力を抜き、楽にするのじゃ。……"流水制空圏 エミュレートモード"

 

 5秒、10秒、我流Xとケンイチが至近距離で見つめ合い、時が停止したかの様硬直する。

 12秒が過ぎようという頃、ケンイチが弾かれるように飛び退いた。

 

「ぷはーっ! 今のは一体……」

 

「あいわかった、今のお主に相応しい相手が。無敵超人108奥義の一つ……"編 纂 独 闘(エディットシャドー)"

 

 我流Xの気が生物のように唸り、右隣に黒い影人形として形作られていく。

 その光景を見た秋雨が唸り、息を呑んだ。

 

「あれは……編 纂 独 闘(エディットシャドー)か」

 

「知ってるのか、日下部……じゃなかった、ヒゲの大先生!」

 

「(日下部……?)シャドーボクシングは自主トレーニングとして有名だが、一部の達人ともなれば想像力を極限まで高めることで、幻想の相手と実際にシャドーファイトができるという。

 長老はそれに加え自身の気とイメージを融合させ、想像で生み出した者を自分ではなく他人と戦わせることができる。無論、再現できる強さの限界値はあるがね」

 

 最後の一言が無ければ、いやあったとて十分ヤバすぎる発言がさらっと秋雨から飛び出し、連合の皆がドン引きする。その間にも影人形はより鮮明なシルエットとなりて――

 

 

よう……プチッと踏み潰してやるよ、凡人クン

 

 

 ついにその影は我流Xの傍らで人の姿を顕現し、言葉まで発する。

 

「あ、阿含君……!」

 

「まあ……阿含さん!?」

 

「……」

 

 完全に阿含の姿瓜二つとなった影に、ケンイチと美羽は息を飲む。

 当の阿含はというと、困惑とも憤りともつかぬ表情のまま、無言で影とケンイチを遠見しているままだ。

 

『これは……控え席にいるはずの、金剛阿含選手の姿が我流X選手の隣に見えます! しかし……どこか影がかっているような。通称、"シャドー阿含"とでもいうべきかー!』

 

 松本命名、シャドー阿含の誕生に闘技場を驚きと期待が取り巻くと、影はその要望に応えるかの如く身を前傾し、ケンイチへと飛びかかる。

 

"デビルバットゴースト"

 

 ここまでくれば、ケンイチ含め勘に聡い方でない者でもこのシャドー阿含こそが、ケンイチの仮想相手だとわかるだろう。

 直前で煙のように揺らぐ様に面食らいながらも、すぐさま心を落ち着かせ静の気を練り上げる。

 

「その技はもう知っている……今のボクなら眼でギリギリ追えるし、"制空圏"がある!」

 

 阿含との初戦で手も足も出なかった、因縁にして始まりの技。

 それを制空圏で探知し、側面から脇腹へと打ち込まれた突きを払い落とした。

 

『……!』

 

 そのファーストコンタクトで、ケンイチは確信する。

 このシャドー阿含は隼人が操作しているが、その強さは実物に遠く及ばぬ、弟子クラス。

 ならば、先程の理不尽な強さ設定の0.0002%組手よりも対抗策は十分に練られる。

 

「今だ……"扣歩(こうほ)"!」

 

 白浜兼一という武術家の誕生となった技。

 美羽から教わった八卦掌の歩法で回り込み、側面を取り返す。

 阿含が生まれ持つ"神速のインパルス"は反則に近い性能を持っているが、攻撃が見えなければ超反応も意味が無いという弱点を抱えている。

 その隙を突くよう、"無拍子"を構え打ち込むと――

 

()()()()() ()"制空圏"

 

 不可視のバリアという、新たな玩具を手に入れた悪童が嗤っていた。

 

「えっ……? 静の気……!?」

 

 前へ揃えた両手を弾き飛ばされ、驚く間も無く――

 

()()()()() ()"交差撃墜(クロッシングショットダウン)"

 

「ぐふぉあっ!?」

 

 中途半端に飛び出したケンイチの顔面に、交通事故の様なカウンターの掌底が突き刺さる。

 

『あ"ー最初の攻撃はわざと防がせてやったんだよ。モブにオレの才能を最適なタイミングで知らしめるためにな』

 

 この盤面を計算通り演出し、勝ち誇るシャドー阿含の言葉は、後ずさるケンイチの耳に話半分にしか入らない。

 今、注視すべき点はそんなところではなかった。

 

(妙だ。本物は無の気しか使えないはずだぞ……それに言動は出会った頃にそっくりなのに、強さだけは今に近い。この阿含君は一体、何なんだ!?)

 

 己よりも精細な静の気を手足のようにくねらせ、嘲笑う影。

 疑惑と思考を巡らせるケンイチの様子を伺いながら、隼人は意識を反対側で見届ける孫娘へ向ける。

 

【さて美羽……お主もじゃ。お主は優しい心を持っておる。しかしそれが反転した時、負の力として暴走してしまう。その行き着く先……悪趣味な見世物になってしまうので、姿は隠しておこうかのう】

 

 気がもう一つの影を生むが、顕現化した人物の周囲に黒いモヤが取り巻いたままで、周囲から正体まではわからない。

 好奇と凄惨なショーに飢える観客達の視線への、隼人の配慮だった。

 だが、唯一近距離でうっすらとその姿、声を認識した美羽は背筋を凍らせる。

 

 

【オクタヴィア……皆……仇は私が取る】

 

 

(これは……先ほどご兄妹がやられて豹変した時の、スパルタカスさん……!?)

 

 誰よりも暖かな心を持つからこそ、強大な気がコントロールの臨界点を超えた時、闇へと暗転してしまう。

 その先駆者となってしまった男の影が、双眸をギロリと美羽へ向ける。

 

【美羽、この試練に力や気は要らぬ。心のみで立ち向かうのじゃ】

『ケンちゃん、その影は根性や執念だけで打開できる相手ではない。根拠ある攻略法……お主に眠る静の力を自力で見つけ、引き出すのじゃ』

 

 2人ならこの苦境を突破すると信じているから。

 我流Xの言葉は力強く鼓舞する様、ケンイチと美羽の耳朶を叩いた。

 

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