100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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32話 重層

 試合を見届ける()()()阿含から、忌々しそうな舌打ちが小さく漏れる。

 "シャドー阿含"の動きは皆に見えても、その言葉はケンイチにしか届いていないようだ。

 だからこそ、仕草だけでシャドーの正体に至れたのは、この場において阿含ただ一人のみ。

 雲水との和解を経ず、今もただ自分以下の才能を踏み潰すことに固執し続ける。

 今となっては存在しない世界。I()F()()()()がそこにいた。

 

(……かつてのオレが変わること無く、無の気を貫くリスクを負わず順当に修行した先が()()ってわけか。もしそうなら――)

 

『あ"ー今のカウンターでダウンしねえのかよ、とんだタフなドM野郎だな。それならよ……』

 

 本物が睨めつけていると露程知らず、シャドーは見下すようなニヤつきを尖らせ、右腕を左腕の奥へ仕舞う。

 腕組みするように()()を作りつつ静謐の気を解除し――

 

『動の気開放 牡牛座(タウラス)の抜刀 "グレートホーン"

 

 一転、凡才への蹂躙,支配欲を全面に押し出した、禍々しい動の気が放出される。

 気の強化により研ぎ澄まされた手刀が、ケンイチの胸元を切り裂き、鮮血を迸らせた。

 

「ぐああああああっ!」

 

『内功とやらの鍛錬で打撃にはめっぽう強そうだが、斬撃はそうでもねえんだろ。攻略wiki見るまでもねえヌルゲーだな』

 

「くっ……動の気!? ほんの1,2秒で静の気から切り替えたのか……なんて荒業を!」

 

 患部を押さえ止血を試みながら後ずさるケンイチの瞳に、慄れが宿る。

 シャドー阿含は、独自の気の運用を全く使わない。

 現実の阿含が新たな運用を考案するため、試行錯誤に費やした時間。

 つまりは技の設計,開発コストと工数全てを、そのまま力と気のトレーニングに回せたということ。

 静と動の気という2つの武器を自在に使い分け、他者の大技を容易くラーニングする学習力。

 あまつさえ精密機械の様な判断,思考力を司る悪魔の頭脳さえも持ち得る。

 残酷な子供が破壊兵器と知恵を同時に手にしたら、きっとこの様になるのだろう。

 

(ダメだ……攻略法が見つからない! 静と動の気を切り替える武術家なんて戦ったことがない! それに普段の阿含君の無の気と、質も流れも違うのにどうすれば……)

 

『呼吸律動と心拍数に乱れ有り。……あーあ、このオモチャもガタきちまったか?』

 

 遊び飽きたから壊そう。

 その程度の感覚で退路を絶たせようと、影が歩を詰める――

 

 

[あ"ー? 静と動の気同時修得だぁ? オメーは()()()()()()()奴に怖じ気付くのか!?]

 

 

「ッッ……!?」

 

 火矢の様な一喝が戦場を切り裂いた。

 ケンイチただ一人に届く、この世の者とは思えぬ声色は初めて聴いたものだった。

 だが、すぐに直感でその正体を確信する。

 

 "肺力狙音声(ハイパワーソニックボイス)"

 声をビームの様に収縮させ、特定の相手にだけ聞こえるように届ける、超人の荒業。

 ほんの数秒喋った程度で焼けつく喉の痛みを堪え、阿含は控え席から技の持ち主(我流X)と視線を数瞬交差させる。

 

(チッ、しばらくは違和感が残るな……呼吸する様に涼しい顔で使いこなして、バケモンかよあの祖父さん)

 

(ワシの"肺力狙音声"を見ただけで無理矢理、喉を擦り切り再現したというのか……無茶ではあるが、なんという才能か金剛少年……)

 

 "天賦"と"超人"が互いを意識し合う傍ら、最強の凡人が影に今一度向き直る。

 その表情から怯えと迷いは雲散していた。

 

『クク……何跳ねっ返た顔してんの凡才クン。モブが完璧な才能のオレ相手にワンチャンあると思ってる?』

 

「……でも()()したよね」

 

『……は?』

 

 阿含の形を精巧に模した影、その笑顔が初めて凍りつき、くしゃりと歪む。

 ケンイチが放った言葉は、主語やら色々な情報がかけており、普通なら意味の通じないもの。

 しかし高い会話IQを手にしてしまったが故、影は言葉の真意を即座に読み取ってしまう。

 己の本心、本質をこの凡人は見事に見抜き、言い当ててしまった。

 知りすぎた者、もはや無事には帰すわけにはいかない。

 

『……モブカスが言ってくれんじゃん。じゃあその妥協野郎にプチッと潰されとけよ』

 

 敵意と破壊衝動を隠す素振りすら見せず、動の気を最大級まで放り出し、影が襲いかかる。

 だがケンイチの気と闘志は静かに靭やかに燃え、揺るがない。

 

"いや、美羽のじいさん越えだな"

 

(ボクだけが、世界でただ一人阿含君の最終目標を知っている……)

 

"最強になるための、合理的な最適解がコレだったっつーだけだよ。手探りだろうがやるしかねえんだよ"

 

 出会ってから常に目標とし、超えるべき壁として追いつこうと探求し続けた。

 その標高と志の高さを誰よりも、知っているから。

 影と本物の気,技術,動きを脳内でリアルタイムに比較(ベンチマーク)したその時――

 

"ただ、前から来る流れを後ろに流すのみ"

 

(あっ)

 

 "カチリ"とケンイチの中で何かが当てはまった。

 影が打ち込みし手刀がギリギリ、頬を掠める。

 影はすぐさま追撃すべく動の気を膨らませ、"バーサク・モード"の如く不規則な乱打へと切り替える。

 だがその全弾が、掌からスルリと抜ける蝶の様にヒラヒラとケンイチに躱されていく。

 その光景の異様さにすぐさま気づいたのは、達人であった。

 

「おいおい、あの連打を皮一枚で捌いてるぞ。今のケンイチにはちと厳しい速度だと思ったが」

 

「先程、長老がケンイチ君に奥義の要訣を伝授しておられた。それが今、実戦の中で開花しつつあるのだろう。だが、それだけではない気もするね……」

 

「おいちゃんの見間違いかね? 普段のケンちゃんの制空圏が狭まってて、代わりにもう一つ薄っすら別の制空圏が見えるね」

 

 闇ヶ谷で隼人と制空圏の稽古をしていた時、隙間時間に試運転していたもう一つの技。

 "気"そのものに対する知覚に特化した制空圏を考案できないか。

 相手の動き全体を一つの"流れ"として捉える"流水制空圏"の第一段階。

 それを無意識に僅かながら発動し、併せて新しく張り巡らせた二層目の制空圏が影の動きではなく気の流れ、その"発生点"を薄っすらと見切り始めていた。

 

『ッッ!? ……クソカスが!』

 

 ここからが本番──となるはずが、決着はあっけなく訪れる。

 攻撃が全く当たらぬことに焦燥する間も無く、影の姿が突如薄らぎ、崩れ始める。

 内面と挙動、その両軸を見切られたと影自身が自覚してしまった。

 それにより試練としての役割を終え、存在を強制終了させられようとしていた。

 美羽がいる方角からも、強力な気の気配が薄れていく。

 あちらも試練を無事切り抜けたのだろう。

 

『……あ"ー? 満足かよ!? オレを解析して、理解した気になって指摘して、笑いものにして気ぃ済んだか!?』

 

 消滅の際、無傷のまま影が、満身創痍となったケンイチの両肩を掴み、精一杯吠える。が――

 

「見下さないよ。生半可な気持ちや中途半端な修行で、静と動の気を開放なんて、できるわけないじゃないか」

 

 どこか少しだけ寂しい目を見せたケンイチ。

 その肩を締める力が緩んでいく。

 

「妥協したとて、凄まじい努力と才能に疑いようが無いし、君のことだって目標にしたいよ。ただ――」

 

 とうに憤慨など失せた影に向かい、ケンイチが誇らしく微笑みかけひっそりと耳打ちする。

 

「ボクがずっと心の中で張り合ってる男は、100年に一人の天才だった。それだけだよ」

 

『チッ……ならもうちょい才能ガチャ当てとけってんだよ……』

 

 凡人へ渡せる最大の賞詞を送り、影はまるで最初から居なかったかのように、跡形もなく消え去った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いけー宇喜田! 副長の意地見せてやんな!」

 

 キサラ達に背後から檄を飛ばされ、宇喜田は武者震いする手でサングラスを外す。

 阿含と当たってしまった第四試合。

 控え席でどっしり構えている新島は実の所、最後まで判断を決めかね、揺れていた。

 

 先の第3試合。颯爽と会場を飛び去り棄権した我流X、こと無敵超人との修行を見事ケンイチがクリアした。

 ほぼ戦闘不能の疲労困憊に陥りながらも、ケンイチが一段上のステージに至ろうとしている。

 それは武術の心得が無い彼も、強い予兆して感じ取れていた。

 一方美羽の方はどうにもメンタルがピリッとしてないようだが、彼女なら明日までには復調するだろう。

 

 次に――金剛阿含。

 パンクラチオン対YOMIの戦い辺りから、阿含の雰囲気と様子がどこかおかしい。

 感情を時折見せながらも、常に情報の取得と思考を繰り返しているようにも見える。

 1回戦から感じた進化と覚醒の兆し。

 それが更に強まり現実のものとなる――その時がすぐ傍に迫っているかのようだった。

 

 そして最後に、連合の隊員達。

 新島は当初、2回戦か準決勝でケンイチおよび阿含とぶつかった場合は、優先的に相手を勝ち上がらせようと考えていた。

 ケンイチ達をほぼ無傷で送り出し、優勝への合理的かつ最善のルートを辿る。

 戦うにしてもスパーリング程度の負荷に留め、適当なところで連合員を棄権させるつもりであった。

 だがカポエイラチームを喰らった武田達は、阿含との真剣勝負を強く望む。

 その気勢に意思がブレたところで、宇喜田にも背中を押された。

 

「新島。俺はお前に忠誠は持ってねえし、武田達ほど戦力に貢献できてねえ。でも皆で一丸となって、デカいこと成し遂げたのは事実だ。……連合の名を掲げてる間は、最後まで一緒に夢見ようぜ」

 

 ケンイチと阿含の変化。

 それに呼応するかのように、隊員達を取り巻く何か――格とでも表現すべきものが、大会前より強まろうとしていた。

 潰し合いになったとしても、どんな化学反応と覚醒が起きるか見てみたい。

 しかし最善策より願望を優先しては策士失格。最後まで迷いに迷った末――

 

「どいつもこいつもバカばっかだ……俺含めてな」

 

 全力の解禁を許し送り出した。

 

 新島はいずれ、世を変える可能性を持つほどの将器を持っている。

 だが今はまだ発展途上で、連合の規模だけが急拡大してしまった。

 結果、一時的に己の器が組織の格に追いつかず、今回梁山泊に猛反対されたDオブD殴り込みというリスキーな行動に打って出てしまった。

 

 だが――連合に種蒔かれた結束心が芽生え伝播したことで、半分売名ありきで連合を扱っていた男の瞳に、小さな焰が宿る。

 慧眼を持つ者は語る。

 その灯火こそ、新島春男が初めて見せた王の資質。その片鱗であったと。

 

 

 

「やあ連合の皆! 今日は味方同士だけど正々堂々、戦おうね! まずは宇喜田先輩、手加減はしないよ!」

 

 今回の闘技場は、特別なギミックや仕掛けの無い、ベーシックな円形フィールド。

 その中央で先鋒の宇喜田に対し、薄気味悪い程に爽やかな笑みと猫なで声で、阿含が待ち構える。

 意図の読めぬその挙動に、思わず宇喜田がたじろぐ一方で、

 

「あの柔道君さー、ここにいていいレベルじゃないだろ。そもそもあいつら味方同士っぽいよな。マジ茶番じゃん」

 

「フォルトナ殿、何秒でケリが着くか賭けます?」

 

「ここは大物一点買い……五秒以内じゃ!」

 

 連合の内情を知る翔や主催側の反応は、冷めたものだった。

 阿含が既存の技でサクッと宇喜田を片付ける、消化試合の光景を各々が頭に思い浮かべる中――

 

 

「気の運用 第三階層──"Akashic Recordへの権限委譲"

 

 

 予期せぬ唐突な技詠唱に、会場全体が思わず一瞬静止する。

 阿含の全身に癒着していた気が、循環を始めていた。

 血流や電子回路の様に、滑らかな一定の動きで全身を巡る。

 数拍置いて、観客は何やら面白いことになりそうだ、と無邪気に盛り上がり始めた。

 だが阿含と連合の関係者達は、敵味方問わずその頭に次々と「?」や「!?」を浮かべていく。

 

「おっ? ……マジじゃん。おいおい、ここでお披露目していいのかよ金剛」

 

「確か、阿含君の気は今まで第二段階だったはず……あれは本当に新技だ! でも……」

 

 何より一番困惑しているのは、当の宇喜田であった。

 

(第三階層……? 金剛の奴……ここまで伏せてた切り札を切ったってこと? 俺が自分で言うのもなんだけどよ……なんでこの俺(宇喜田)に切る!?)

 

 第三階層の仕様をある程度把握している緒方ですら、このタイミングでの解禁は予想していなかった。

 これではただYOMIのメンバーに、気のメカニズムを解析するチャンスを与えるだけだ。

 僅かに目を丸くする緒方の横で……

 

「あっ……そーいうこと!?」

 

 頭に過った一つの仮説。

 それを何度も反芻するディエゴの瞳が、マスクの奥で微かに発光した。




DオブDラストシーンまで殴り書き完了しました
次章について色々構想しながら推敲していきます
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