100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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35話 深層

「秋雨、剣星、アパチャイ、ジジイで東西南北のセキュリティをそれぞれ無力化。国連の先導と捕虜の救出は俺がやる……この段取りでいいな?」

 

 梁山泊と国連軍による、デスパー島攻略作戦。

 その最終確認を逆鬼が口にすると、隼人が横からプロポーザルを付け加える。

 

「しぐれも加えてやってくれんかのう。最近アパチャイ君やほのか君と"えーぺっくす"とやらをやって、銃火器相手の立ち回りも慣れてきておるようじゃ」

 

「ふふ……ゲームと本物の戦場は全然違うが……な」

 

 セリフとは裏腹に、表情は自信に満ちている。

 仲間内でも若輩のアパチャイとしぐれは、広域の対銃撃戦経験があまりない。

 一見無関係の様で、ほのか達との遊びも実を結んでいるようだ。

 事前の取り決めで、ケンイチ達のお守りを任されていたしぐれが参戦することで――

 

「子供達のことは秋雨君が頼む。視野が広く面倒見も良いからのう」

 

「承知しました。やはり九拳の他にも、大きな気が幾つか点在しているな。……皆、健闘を祈るよ」

 

 秋雨が代わってコロシアムに残ることとなった。

 控え席でのそんな彼らの様子を見下ろす、主催側のメンツもにわかにバタつき始めている。

 

「最後まで戦いを見届けたいところですが、我らも頃合いのようです」

 

『すまんのぉディエゴ殿、緒方殿。ゲストのそなたらを警備に使ってしまう形になって』

 

「いえいえ、梁山泊を招き入れたのは我々(というか私)ですから。事前の計画通りミスターフォルトナも、決して全兵退却の機を見誤らぬよう」

 

『うむ、試合のアーカイブは保管しておくので、後でごゆるりと観賞されい』

 

 梁山泊を迎え撃つべく、主賓席の裏口通路を駆け外へ出る。

 その道中、緒方がふと前方のディエゴに尋ねた。

 

「そういえば……昨日、阿含君が"気の第三階層"を宇喜田少年相手にお披露目した件ですが。

ディエゴ殿は理由に気付いて驚いていましたね。あれは一体、なんだったのですか?」

 

「ん? ああ、私がわかったのは技をご丁寧に口上した理由だけだがね。

金剛阿含はシンプルに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にやったんだろう」

 

「……たったそれだけだったのですか?」

 

 阿含が修得した気の性質をよく知っているからこそ、予想外の理由に思わず口を空け目を丸くする緒方。

 ディエゴはそんな緒方へ、含みを持たせるように高笑う。

 

「ハーッハッハ! そのたったそれだけ、が()()()()()()()()()()に気付けないとは、君もまだまだだな。ところで、君こそ金剛阿含が見せた新しい気の……真の正体を知っているのだろう?」

 

「ええ……あれを一言で言ってしまえば────ですよ」

 

「ハーッハハ……なんと!?」

 

 翔ける速度はそのまま。笑いながら思わず"素"で聞き返され、緒方もその反応を愉しむようクスクスと笑う。

 

「ですよね、私も初めて聞いた時思わず()()なりました。……あ、私はこれにて。ご武運を」

 

 持ち場へ移動するべく、明後日の方向へと飛び去っていった緒方の後ろ姿を見届けながら、ディエゴが小さく呟いた。

 

「金剛阿含……正直、スパルナ相手には相当分が悪いと思っていたが、これはわからなくなってきたな」

 

 もしも本気の翔相手に勝ち抜け、生き延びることがあればその時は──

 

 

 

 ***

 

 

 

 梁山泊と闇が各々計画へ動き出す間も、弟子達の死闘はお構いなしに激しさを増す。

 目の前のボリスが打撃とも、投げへの繋ぎとも見える拳を振るう。

 "流れ"そのものを捉えているケンイチは、その軌道と気配を読み続ける。

 だが――

 

「っ……!?」

 

 流水制空圏を通じ、ボリスの目の奥を覗いたケンイチの身体が、僅かに硬直する。

 

 凍てつく薄暗い戦場に上がる火の手。

 知らない兵士達の断末魔が耳元で響く。

 砕けた建物の下で絶望に泣き崩れる親子。

 

 大容量の動画を高速でダウンロードしたかのよう、脳内を濁流のように押し寄せ埋め尽くしていった。

 

「うあああっ!」

 

 弾けるように慌てて流水制空圏を解除する。いや、無意識下で解除してしまった。

 たった一瞬触れただけで、全身が震え心が呑まれそうになる。

 

「ケンイチさん、どうしましたの!?」

 

「相手の子。彼の内心……過去の闇を追体験してしまったのかもしれない。ケンイチ君の気質上、これは厳しい戦いになるかもしれぬ……」

 

 美羽と秋雨が険しい表情で見守る。その視線の先で勢いづいたボリスがケンイチを死地へと追い込むべく、制空圏を引き剥がしていく。

 

「どうした。この程度で心を乱すか、史上最強の弟子よ!」

 

 怒りではない。ただ任務を遂行する兵士の声で、ボリスが冷たく告げる。

 ケンイチが手にしたもう一つの制空圏は気の流れは読めても、動きまでは読めない。

 MMAの様に打撃,投げ,絞めを淀み無く切り替えるボリスの動きに翻弄され、徐々にダメージが刻まれていく。そして――

 

「もらった!」

 

 低い位置より捕まった状態から、柔らかい畳の上ではない鉱石で出来た床に叩きつけられる。

 

「ぐあああっ!」

 

 ケンイチの左肩から、破砕音のような音が響いた。

 喰らってはならない致命打が、勝負を見守る仲間達に窮地を告げ、観客達の嗜虐心を刺激していく。

 そのまま追撃のつま先蹴りを腹に受け、勢いのまま壁に叩きつけられた。

 だが幽鬼の様によろめきながらも立ち上がり、ゆらりと前羽の構えを取って、再度対峙する。

 

「まだ立ち上がるか。片手で投げた分、勢いが足りなかったようだが……次で仕留めてくれる」

 

「悲しい……」

 

 トドメを刺すべく迫るボリスへ、ケンイチが首を横へ振る。

 

「悲しいな、ボリス・イワノフ」

 

「なんだと?」

 

 闘争心の欠片もない、憐れむような表情で放たれた予想外の言葉に、ボリスの動きが一瞬止まる。

 

「前に会った時は、殺人拳だったが武術家の誇りや姿勢が確かに感じられた。お前は機械の様に人を殺す兵士じゃない!」

 

「……活人拳らしい減らず口だ。では永遠にその口を黙らせるまで。"ブラドゥヴィガーッツァ・スミェールチィ(死の行進)"!」

 

 僅かに走った動揺を掻き消すように、ボリスが命を捨てて躍りかかる。

 対するケンイチは、より深い静の気を練り上げた。

 気の流れを捉える第二層だけではなく、再び一層目の流水制空圏を築き上げるために。

 

(シャドーの阿含君との戦いが途中で終わっちゃったけど、あの時掴みかけていた感覚がある。相手の動きと気を捉えながら、同期させることができれば――)

 

 ケンイチは今一度、恐怖に立ち向かいボリスの心と向かい合う。

 戦場の地獄、その先に一瞬確かに見えた。

 闇人としての誇り、戦友を守ろうとする心、速やかに殲滅し争いの連鎖を断ち切る志、それらが奥底でまだ消えずに残っていた。

 それを知覚したことで――

 

(つ、掴んだ……!)

 

 全身が海底に沈むような感覚と共に、今度こそボリスの心と気を己の流れへ取り込み、二つの世界が重なった。

 二層の制空圏が、近づきドロリと蕩けるように、互いの存在を侵食しつつも認め合うよう、混じり合っていく。

 

「なんと……! 2つの制空圏を融合させたというのか……」

 

 秋雨が初めて目を見開く。

 隼人から直伝された動きを読む制空圏。己で独自に開発した気を読む制空圏。

 二つが合わさり一つのより強固で、重く静かな闘気を放つ。

 そんなケンイチを象徴する様な、新たな制空圏が眼前で生み出された。

 

「右側面から、脚を刈り取りにくる。次は負傷した左肩の破壊……」

 

 刺し違えてでもケンイチの命を刈り取ろうと、地より突進するボリスの動きが見える。

 そんな彼の未来の領地を占有するかのように、ケンイチが一歩踏み込んだ。

 その動きを繰り返す内、リアルタイム側の領地が徐々に削られ、ボリスを丁寧に詰ませていく。

 

(なんだ……こちらの動きが読まれている? 領空を侵犯されるかの様に、力が吸い取られていく……。俺の目を見て、こちらの思考を先読みしたというのか!?)

 

 かつて一度だけ、師のガイダルから耳にしたことがある、静の者が使える極意の技術。

 それを思い出し、ほんの少し硬直したボリスの胸に――

 

「小さく前へ倣え。……"無拍子"!」

 

 ケンイチが踏み込んだ。だが、ボリスにはそう見えなかった。

 間に合わなかったのではない。避けなければ、と認識する前に拳が打ち込まれていた。

 全身に走る衝撃と共に、師とのかつての会話が脳裏に蘇る。

 

 

 

『お前の様な静の者の極意に、敵の立場に自分を置き、心を読むという技がある。だが……お前はまだ学ばずとも良い』

 

ウチーチェリ(師匠)……なぜですか! 過酷な修行だろうと自分は耐え抜いてみせます』

 

『武術家ならば構わん。だが今後兵士として戦場に立つなら一度忘れろ。上層部が起こしたこの下らん戦争が終わった時……そこで改めて学ぶが良い』

 

 珍しく厳しい顔で、ガイダルが応える。

 その時ボリスは頷きながらも、内心首を傾げた。

 自身の技量、才能が師に信用されていないのではないか。

 ――そうではなかったとしたら。どれだけボリスが生真面目に命令をこなそうとも、戦場で機械的に虐殺される相手の立場に一々身を置いていては、いつか必ず精神を壊してしまう。

 時折粗暴で非情な部分を垣間見せる師。

 そんな彼とて、酷なことを弟子に求めたくなかったとするならば――。

 

 

 

(そうか……ウチーチェリ(師匠)が俺の身を慮っていたとしたら。ククク……もし我らが活人拳ならば、こうはなっていなかったかもしれないということか?)

 

 仰向けのまま意識が途切れる際、久方ぶりにボリスは笑みを零しながら、今しがた己を打倒した男を見上げる。

 

「ぐっ……認めん……活人拳の力などな。だがそれでも……」

 

 最後の力を振り絞り、半身だけ起こして――

 

「今この場においては腕の負傷を抜きにして、誰がなんと言おうと貴様の勝ちだ。必ずまた決闘を挑むぞ。史上最強の……弟子……」

 

 兵士ではなく、武術家としてケンイチの瞳に宿る光を認め、崩れ落ち意識を途切らせた。

 

「はぁはぁ……ボリス……」

 

『ボリス選手、戦闘不能ゥーー! 三局の戦いの一つを、梁山泊の白浜選手が制した! あの"YOMI"の一角が崩れたとは……活人拳、梁山泊は我々の想像を上回る存在だというのかー!?』

 

「や……やった。やりやがったぜケンイチ!」

 

「ケンイチさん……」

 

 1回戦の中国三大武術相手から常に苦戦を強いられ、ギリギリまで追い込まれる一方だった白浜兼一。それが今、闇の精鋭ボリス・イワノフを1対1で真っ向から打ち破った。

 その瞬間を目に焼き付けられ、思わず息を呑む観客席。

 それに対し新島達、美羽らが自分ごとの様に感極まらせる。

 これを数ある決闘の一勝利と見なさなかったのは、秋雨もまた同じであった。

 

(まだまだ課題は無限にある。小言を言い始めればキリがない。だが……相手を読むという技術。その一点において、ケンイチ君はこの戦いを経て"妙手"の領域に足を踏み入れた!

 私の見立てでは、ケンイチ君の資質でこの領域にたどり着くのに、もう最低半年は要すると思った。もしも成長が外的要因で早まっているとするならば……)

 

 秋雨の視線の先――彗星の様にケンイチ達の前に現れた一人の悪童。

 もしも彼が特異点となり、周囲に影響を与えていたとしたら。

 時には目標として、時には味方としてケンイチと深く交わった少年、金剛阿含。

 叶翔との激闘の最中、ケンイチ勝利のアナウンスに彼は一瞬だけ口元を緩ませた。

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