100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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37話 "100年に一人の天才"

 トドメを刺すべく放たれた、翔の凶手がヒタリと止まる。

 理由は眼前で構える相手(阿含)の変化にあった。

 

 底知れない余裕の笑み。

 負傷に対する苦痛と発汗。

 生まれ持った天賦へのプライド。

 勝利、才能の格付けへの強い渇望。

 実兄や美羽、ケンイチといった周囲への情や想い。

 

 人間らしい感情も気配さえも。

 全て最初から存在しなかった様に、演算処理の外に切り捨てられていた。

 金剛阿含という肉体を借りた、"何か"に成り代わったと錯覚させる程。

 

 

 「──第二権限 参照権返却。"深 層 学 習(Deep Learning)"

 

 第三権限 更新権行使。"Akashaとの同期(Sync)"

 

 

 気の総量が急激に強まったわけではない。

 身体能力が爆発的に高まったようには見えない。

 ただ全身の気だけが、阿含という中央演算装置(CPU)を酷使する様に、循環加速を増していく。

 得体の知れない様相を前に、先程まで加勢を考えていたケンイチはその場で硬直し、翔は背筋に寒気を走らせる。

 

 鍛錬を重ねる。

 人体と物理の知識を学ぶ。

 武器を己の手足と化す。

 本能のまま、三大欲を満たす。

 はたまた、"暗鶚の陰伝"などという眉唾ものの禁術に手を染める──

 

 武術家が高みを目指すため営む活動、手段は多々ある。

 だがそんな既知のものとはかけ離れた、理解の及ばぬフェイズに突入した阿含に対し、翔の本能がアラートを告げていた。

 

『なにやら阿含選手の様子がおかしいぞッッ! 解説役の笑う鋼拳が不在のため状況がわからないが、これは何かの前触れかァー!』

 

 当然、周囲の人間になど何が起きているかわかるはずもなく。

 ただ息を呑むか、勢いのままに歓声を上げ続けるしかできない。

 しかし阿含が残した単語から、情報を断片的に漁り、推察に至った者達がごく僅かだがいた。

 

「推論演算……ディープラーニング……アカシックレコード……まさか」

 

「ヒゲの先生……こんなこと、ありえるんすか?」

 

 秋雨と新島が信じ難い一つの仮説に至り、共に言葉を詰まらせる。

 

「なんだい、私は小難しいことはよくわからないよ。金剛に一体何が起きてるんだい!?」

 

 思わせぶりなその言動に、隊員の総意を代弁するかの様にキサラが痺れを切らす。

 秋雨と新島は冷静さを完全に取り戻せぬまま、その問いに対し口を開いた。

 

「金剛君が最初に見せた、相手の解析能力……あれは数ある効能の内一つでしか無かったようだ。彼の力は……()()()()()()()()()()()既に動いていた」

 

「……阿含は気を鍛えようとしてるんじゃねえ。自身の一部として、創り変えようとしてんだ……」

 

 未だはっきりと要領を得ない2人の物言いであった。

 それでも、ただならぬことが阿含に起きていることはわかる。誰ともなくゴクリと生唾を飲む。

 一方膠着していた翔も、いよいよ打って出る決意を固める。

 武術家ならば時には未知への恐怖を受け入れ、理解できぬなら叩き潰すまで。

 

"静動轟一"!」

 

 凝縮と爆発。両立し得ない相反する二つの力を強引に融合させた気が、三度牙を向く。

 だが今度は、肉体への負荷を鑑みた簡易版ではない。

 かつての朝宮龍斗が開放したそれと同じ、強大な2つの気がオリジナル版の出力で交わる。

 相乗的に跳ね上がった新たな気が、翔というハードウェアの性能を限界近くまで引き出す。

 

如何に反射神経が優れていようと、キサマの肉体(フレーム)ではこの攻撃は止められねぇ!

 

 一時的ではあるが、力と疾さにおいて弟子級の頂点に立った者が放つ一撃。

 防げる道理のない正拳が、ガードする阿含の腕に吸い込まれ着弾する。

 衝撃は全身に波及。身体と意識もろとも吹き飛ばし、轟音,破砕音,衝撃波が観客席の空気すら震わせる。

 ――はずだった。

 

……なに?

 

 驚愕に目が見開かれる。

 確実に打ち砕いたはず。

 だがその感触は、人間の腕を殴ったものではなかった。

 まるで幾重にも積層された、衝撃吸収材を打ち据えたかのような異様な手応え。

 さすがに無傷では済ませなかったものの、期待していた衝撃には遠く及ばず、その場で耐え凌がれてしまう。

 不退転の決意で発動した、"静動轟一"を反射的に解除し距離を取る。

 

「気血を運用した硬気功で防いだというのか!? バカな……その程度の気で止められるはずが……」

 

 気は強力になるほど、動の気ならばより猛火の如く活力的に漲り、静の気ならばより分厚く層を生み、重厚なプレッシャーを周囲に放つ。

 一影の弟子にして、翔と並びYOMIの頂点と噂される男、鍛冶摩里巳などその最たる例だ。

 本来そうであるべきという思い込みが先行し、翔は見落とす。

 天女が纏うベールのように薄く頼りない、阿含の全身を高速巡回する気の膜。

 現代科学が生み出した新素材の様に、強靭な硬度を顕現していることに。

 

 

 

 ***

 

 

 

「乱暴に言っちまうなら、第三階層の最終完成図は気のAI化だな」

 

 阿含、緒方、龍斗。

 DオブDを直前に控え、もはやお馴染みのメンツの中、阿含が緒方の修行部屋に実家のように入り浸り寛いでいる。

 

「具体的には戦った相手の解析,学習結果をもって自己成長する疑似生命体化だよね。やっぱり君は武術家の中でもダントツでぶっとんでるねえ」

 

「……解せんな。お前の才覚ならば静の気を鍛え上げることで、原理こそ違えど似たような力を発現できると思うが」

 

 クツクツと笑う緒方の隣。

 龍斗は納得いかぬ事をアピールするように眼鏡をクイ、と上げる。

 もしも無の気に拘っていなければ。

 YOMIのリーダー叶翔の様に、強力な静と動の気を巧みに使いこなし、その上解析も行えるハイエンドな武術家になっていたのではなかろうか。

 

「うむ。それこそ、阿含君が我々に──武術界に最初から打っておいた布石だったんだ」

 

 阿含は技と気の修行を本格的に始める際、隼人ら梁山泊の英傑達の存在を重く受け止めた。

 どれだけ苦労して新しい技──例えるなら"静動轟一"を考案したとして。

 それを実験材料とされ、達人級に後から容易く、上位互換としてトレース,改良されては追いつけない。

 

 "ならば──武の道において先を行く者達が、模倣できなくすればいい"

 

「無の気を学んで阿含君の力を後追いするには、今まで手にした静,動の気の総量,運用技術,知識を全て放棄し、無の気まで退化させる事になる。

 その作業自体が困難極める上、そもそもそんなことができるかもわからない。私の様に強ければ強いほど、達人であればあるほど、ね」

 

「そう……か。これが拳聖様が残した宿()()の答えだったのですね」

 

 龍斗は目を見開き、組んでいた二の腕を強く握りしめる。

 武術家としてのセンスは上々。頭も回るが故、阿含がやってのけた()()のスケールを察してしまった。

 これまでに無い武術体系を、ひよっこの弟子クラスが開発するだけでもただ事ではない。

 その上、技術流出対策まで講じていたというのなら、そのハードルたるや、推して知るべしだ。

 

「んで、まあ"気の接続"を実運用して、新しい課題も見えたし赤っ恥もかいたってわけ」

 

 実際に自分で使ってみなければ、想定していなかった改善点や、利用者視点のニーズは中々浮き彫りにならないものだ。

 

 "新たな気の運用体系の開発,維持管理の修行により、力や技を鍛える時間が大幅に削られてしまう"

 

 "自身を凌駕する気の大天才が現れたら、無の気による運用すら模倣されてしまう可能性も、万に一つ否めない"

 

 これらの問題に直面し、阿含の頭脳は一つの結論を導き出した。

 

 ──武術,気以外に己が持つ天賦を総動員して、誰も再現できない"気の自立学習成長システム"創生(つく)ればいい。

 

「人工知能研究、機械学習、人工生命論──情報知能科学を一通りならして、身体と気に理論としてぶち込んどいた。仮に気の才能だけはオレより凄い奴が現われようと、学術体系立てて自分の身体で立証しなきゃ、後追いで真似るこたぁは不可能だ。

んで、気そのものに成長させる概念を与えりゃ、修行それ自体が不要となる。

これまで気の運用に支払ってた、莫大なコストも浮くって寸法だよ」

 

 もはや龍斗も驚愕を通り越し、ただ口を噤むことしかできない。

 その眼の前を「解析中は気の燃費の悪さとか、弱点も幾つかあるけどな」とボソッと付け加えながら横切り、冷蔵庫から無断で高価なプロテインヨーグルトを取り出す。

 

「後はこれを切り札としていつ()()かだね」

 

「あ"ーDオブDの中盤辺りで切るつもり。……最近のは美味えな」

 

 ヨーグルトを口に運びながら、アイドリングさせるかの様に全身の気を、緩やかにサイクルさせる。

 

「"気の解析"っぽい力で、大々的にお披露目すりゃ、勝ち残った頭の回る奴らは、必ず研究と対策を講じてくるわな。

その後に行われる、"学習"と"成長"っつー、肝心な部分に気付かずにな」

 

 冷酷かつ悪巧む笑みを浮かべる。

 そんな阿含の後ろ姿を見守る龍斗は、かつての敵でありながら高揚を禁じ得なかった。

 

 暴挙とも、武の革命と言えるこの男の目論見。

 それが見事にハマり、決勝戦の舞台でその力が完全解放されたなら、もう想像もつかない。

 そして、それだけではない。

 阿含が修得すべく、最初に宣言していた気の運用は()()ある。

 "Akashic Recordへの権限委譲"は強力だが、如何せん即効性が無い。

 別口で戦闘特化の術すら、保険として用意しているのなら──

 

 

 

 ***

 

 

 

「──"100年に一人の天才"と表現する他ない。それが私の仮説だ」

 

 阿含の計画、謀略に近しい考察を観客席で巡らせ、それを聴く周囲の者に激震を走らせる。

 そんな秋雨の言葉など全く耳に届いていない翔であったが、武術家として積み上げた類まれなるセンスが類似する理解に及んでいた。

 

「お前は……何なんだ」

 

 皆が武の到達点という山の頂上を目指している。

 その高さに届くため。

 己の肉体と気を鍛え、技を磨き、精神を研ぎ澄ませ、何十年という時間を費やす。

 活人拳に殺人拳、いけ好かない奴(ボリス)に才能の無い虫けら(白浜)──皆それだけは違えずに共有する志だったはずだ。

 

 だが眼前の男は違う。

 皆が一歩一歩山道を己の足で踏みしめているところ、道にエスカレーターを整備しようと、別のゲームを始めている奴がいる。

 自然と生まれた感情は、怒りでも呆れでもない。

 

「金剛阿含。万に一つ、億に一つ俺を倒しここを生き延びたとして、既存の武術そのものを壊そうとするお前に未来はない。

だが我道を貫くキサマの姿勢と才能には敬意を払おう。認めるからこそ、やはり今日ここで俺に殺されろ」

 

 美羽を思う余り芽生えた小さな嫉妬心。

 想像の埒外に至る阿含への怖れ。

 それら全てを捨て去り、これまでの戦いで僅かに乱れていた平常心を取り戻す。

 武人としての原点、無心の境地へと立ち返っていた。

 

"静動轟一 オーバーロードレーティング"、加えて"神謀のビレイグ"。更に加えて、"九撃一殺"!」

 

 今までにない未知なる使い手が、この世に新たに生まれようとしている。

 殺人拳の弟子は、己の武術理念も忘れただ一人の武術家として立ち向かう。

 

 息を呑んで見守る者全ての耳を、突如島のスピーカーから鳴り響く警報音が劈いた。

 しばし後に起きる、不吉な何かを予兆する様に。




阿含対翔は次回で完全決着します。
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