白髪の男が放つ必中,必倒の掌打がフォルトナ兵を纏めて秒殺する。
その姿を見た瞬間、いや声を聞いた時から、ケンイチは自然と瞳を潤わせ駆け寄っていた。
「龍斗ぉぉぉぉ!」
廃校での決戦を経た後、半年以上出会えておらず、ただただ安否が気がかりだった。
先ほど、龍斗が
だがそれでも、自分の攻撃が決定打となり後遺症が残ったのではないか、と内心ずっと引きずっていた。
「久しぶりだね……ケンちゃん」
かつてケンイチには、永劫憎まれても文句の言えないことをした。
だというのに、この期に及んでこの男は自身の身を案じているようだ。
お人好しの幼馴染との再会は、やはり彼にとっても喜ぶべきことだったのだろう。
名を呼ばれた元第一拳豪、朝宮龍斗はそんなケンイチの忙しない姿に自然と目元を緩ませる。
「あの時ケンちゃんに倒されたのが早いタイミングだったから、後遺症もそこまで重くならずに済んだ。
以前よりは機動力がパワーダウンしたが、それでもこの場で役には立てるだろう」
「谷本隊長! 無事だったんですね!」
残る1人の加勢者も名を呼ばれ、連合の元へ集う。
阿含がダイヤモンドのチームメイトとして保険に呼び寄せていた、龍斗。
そして、新白金連合と別れ行方不明となっていた、ハーミット。
目まぐるしく、闘技場内の者達の注目が移り変わる。
『お主ら拳聖の弟子じゃな? 九拳のパトロンでもあるワシの仕事を邪魔をして、拳聖が黙っていると思うか!?』
「ご心配には及びませんよ、ミスターフォルトナ。
今の私はただ、"チームダイヤモンド"の一員として、金剛阿含の加勢に来ただけ。
かつて彼らに敗れておきながら、今まで糾合されずにいた借りを、武人としてこの場で返すためここにいます。拳聖様なら弟子のやんちゃ程度、軽く笑い飛ばすでしょう」
「俺はもう拳聖様とは袂を分かっている! ただ師である馬槍月から、"達人と戦ってこい"と言われただけだ」
『むむむ……そういうことなら遠慮せずこちらも、将来有望な2人の子達を追加でお持ち帰りじゃあ!』
弟子クラスが多少増えようと大勢に変化無し。
そう言わんばかりに上機嫌に、にぱーっとフォルトナアバターが笑う。
その間にも、秋雨が身体の後ろでスマートフォンを操作し、グループチャットに救援の合図を送っていた。
「直に梁山泊の仲間が駆けつける! それまでここで耐え忍ぶんだ!」
『ぬうっ……癪な真似を! だが島の端にあるセキュリティエリアから、ここまで来るのに時間はかかる……。
ジャギバ,ロウエン,レアラル……速やかに捕らえよ!』
「おい、新島」
フォルトナの指示と重なるよう、阿含がアイコンタクトを交わす。
それを確認した新島は、先程までひたすら務めていた状況分析を切り上げ、初めて声を張り上げる。
ジークフリート達の加勢に、時の制約。
ここに来て、勝ち筋がようやく見えてきた。
「総員、ヒゲの先生の言う通り、救援が来るまで生き延びてくれ。そいつら、達人つってもあの地躺拳のオッサン程じゃねえ!
戦闘に自信のある者は阿含、オーディーン、フレイヤをリーダーとして3チームに別れ加勢するんだ! 編成と指揮は自己判断に任せる!」
『了解!』
『ほほう、こやつ軍才の片鱗がある。ついでにお持ち帰りしとくかのう……』
ようやく、本格的な臨戦態勢に移る3人の達人。
達人の中では末席に近いが、それでも今の阿含達では到底届かぬ領域。
本来このDオブDに参加していれば、間違いなく優勝していた"天地無真流"の田中勉。
彼以上の猛者達だ。そして何より……
「……愚かな、我が愛刀の錆となりたいか?」
バスタードソードが、ギラリと放つ鈍い輝きと仄暗い迫力。
ハッタリなどではなく、これまで多くの命を奪ってきた殺人剣であることを物語る。
ここにいる多くの者は無手同士の戦いがメインで、対武器の経験などほぼ無い。
その経験値のハンデは確実に影響するだろう。
だが、新島の号令の下飛び出した皆に迷いは無かった。
連合と元ラグナレクがほぼ勢揃いし、かつての遺恨の垣根を超えようとしている。
その事実が、圧倒的劣勢の状況を突きつけられた感覚を麻痺させるほど、高揚させていた。
***
レアラルは今の仕事を天職だと理解している。
自慢のハンドクローで島の侵入者やスパイを切り刻み、凌辱して嗜虐の欲求を満たす。
同格以上の相手と接敵することなどまず有りえぬ、温い環境。
趣味と実益を兼ねたホワイト職場が、この度課した任務は弟子クラスの確保。
改めて己と対峙する少年達を一瞥する。
龍斗、武田、そしてジークフリート。
たとえ叶翔や金剛阿含と言えど、この3人同時相手では苦戦は避けられない。
そんなメンツに対し、ヌルゲーもいいところ、と内心ほくそ笑む。
「キキキ……マスタークラスを相手に3人で事足りると? ナメられたものだわ!」
「足りずとも手持ちのカードで戦うしか無い。貴女がその領域に達するまであらゆる物を切り捨て、妥協した様にね」
「知った口利くじゃないのボウヤ!」
達人である自分相手に、一歩も怯まぬ龍斗の態度が癇に障ったのか。
いの一番に標的として定め、襲いかかるレアラルの軌道上にジークフリートが横から割って入る。
「まずは私から殴りなさーい!」
非武装を謳うかのように万歳するジークフリート目掛け、レアラルは殺さない程度の力でハンドクロ―を振り下ろす。それでも弟子クラスなら、確実に一撃KOする威力であったが――
「"完全なる円運動"」
着弾と同時に前転して完璧に威力を殺し、
「"涅槃のカノン・縦"!」
一回転しながら、かかと落としを振り落とす。
それはフリーだった片方のクロ―で容易く防がれた。
だが、手加減していたとはいえ自身の一撃を完璧に受け切られ、レアラルの眼がスコープ越しに見開かれる。
「キッ……このボウヤ、受けに特化した使い手!?」
「ジーク、カバーするよ! "フリッカー・ジャブ"!」
側面に回り込んだ武田から、鞭の様にしならせたジャブが波状攻撃として襲いかかる。
プロボクサーですら、ガードと被弾を前提とする程のリードブロー。
それもまた、キャッチボールの如くクロ―にあっさりと摘まれてしまう。
「グアアアアアッ!? ボクサーのジャブを掴んだ!?」
爪先が拳に食い込み、思わず苦痛に悶える武田。
今度はジークフリートが再びカバーしようとするも――
「"ダブルスラッシュ"!」
斜めに振り下ろされた両手の鈎爪が、武田とジークフリートの腕から胸元を切り裂き、鮮血を盛大に宙へと舞わせる。
「痛ぅ! ……引っ掻きは反則じゃなーい!」
「OUCH! さすがは達人……さっそく受け流せなくなりましたねえ……」
「所詮は一発芸ね。気の開放も出来ないひよっこが、何人集まっても無駄よ」
悪くないコンビネーションではあった。
しかしレアラルのパワーと反射神経は、近距離からの銃弾をも見切り防ぐ。
ただ相手が悪かったというだけのこと。
凡百の使い手なら、ここで投降を選択していたかもしれない。
だが今このチームを率いている男は、弟子クラスといえど、かつてラグナレクという一大組織の頂点に立った存在だった。
「こちらも最後まで命を燃やすまで。"静動轟一"。併せて "神謀のビレイグ"!」
いつの間にかメガネを外し気を練りながら、両手を太極図の様に形取る龍斗。
不吉とも、神聖ともつかない気が放たれる。
ケンイチとの戦い後のリハビリ中も、阿含の気の運用を参考に、ひたすら静動轟一により乱れかけた気のコントロールに勤しんでいた。
結果、短時間という制約が付き纏うものの、これまでとは比にならない質量の気を練り上げるまでに至る。
レアラルは甲高い笑い声をあげながら、龍斗への警戒を強める。
10年を裕に超える自身の武術経験に無い、未知なる性質の気。
"静動轟一"の出力という一点において、叶翔のそれをも凌駕するオリジナル版への対応としては、正着手と言えるだろう。
「キキ……へぇ、気の重さだけは大したもんね。けど……」
鍛錬不足か後遺症かは知るところではないが、気の強さと佇まいに反して、龍斗の機動力はそこまで高くない。
ならば、先手必勝で仕留めるのは造作も無いこと。
「ぐあっ!」
「おおうっ!」
サポートすべく立ちはだかった、武田とジークフリートの腕を爪の先端で突き刺し抉り、薙ぎ払う。
仲間達をあえなく蹴散らされながら、その一瞬のタイムラグに賭け龍斗も飛びかかる。
「っ……死ぬなよ……ケンちゃん、美羽……!」
生死の際、幼馴染と憧れの人の安否を気遣う。
そんな思い虚しく、やはり達人の一撃が凌駕し、容赦なくその身体を撃ち抜くだろう。
全てを見通す目、オーディーンの眼が捉えた、その残酷な未来が変わることはない。
「そこに立つんはリミや!」
異物でも混入でもしない限りは。
「ギッ!?」
「っ!?」
側頭部へと突貫した飛翔物、いやリミの蹴りにより、レアラルが怯む。
タイミングのズレが生じ、クロスカウンターの形で、見事"グングニル"が突き刺さった。
受け入れたはずの未来が改変され、龍斗は思わずポカンと口を開ける。
「1回戦であそこの
レアラルとて、当然周囲の殺気は警戒していた。
その網を容易く潜り抜け、リミが奇襲を成功させた理由。
敵意もへったくれも無く、ただ龍斗の身を守るため。
そしてあわよくば惚れてもらおうと、下心で機を伺い動いたことで、功を奏していた。
「ははは……全く君という女は……」
普段は付きまとわれ、少し鬱陶しいとさえ思っていた。
ボロボロのボディースーツで、Bling-Bang-Bang-Bornなどの微妙に古いTikTokダンスメドレーを横で踊る。
そんな少女の姿は、今とてつもなく頼もしく輝き、龍斗の眼に映っていた。
そして、リミの活躍はそれだけに留まらない。
「キィィ……! アタシの顔を足蹴しといて、ただじゃ帰さないよガキンチョ!」
「ぬおおおっ! 見様見真似"瞬歩"!」
阿含や翔が使っていた移動術を本能と感覚で模倣し、再現する。
弟子クラス最速のリミが使ったそれは、激昂し手加減し損なったレアラルの一撃からでさえ、致命傷を免れる程だった。
「何っ……バカな!?」
「クックックッ ツメが甘いんじゃクソ女ぁ……!」
クローで引き裂かれた背中から血を流しながらも、どこかのマンガのモラ男から借りた様なセリフで煽り散らかすリミ。
達人ともなれば全身に強力な気血を纏い、一般人からすれば異次元の耐久力を持つ。
だがリミが抱かせたショックと、度重なる怒りで、気の脈動に乱れが生まれた。
「"シーピング・スクリュー・ブロー"!」
「"旋風のダカーポ"!」
その僅かな隙に付け入るべく、武田とジークフリートが更なる不意打ちを浴びせ――
「アグッ……!? キィィィ……おのれおのれ、こっちが殺せないからって図に乗るんじゃないわ! "ドリル・クロー"!」
その綻びを決定的にせんと、龍斗があえて、手加減を止めたレアラルの攻撃を真正面から受け止める。
「うおおおおっ! "静動大威徳気功"!」
螺旋状に打ち込んだ渾身の鉄爪。
弟子クラスの肉体など易く貫くはずだった。
しかし、胸にめり込めど臓器を抉るところまではいかなかった。
"静動轟一"を維持できる残り時間を凝縮し、更に数倍の出力へと押し上げ気血を強化する、荒業中の荒業。
両掌と胸元、三点に阻まれ推進力を失い、今度こそレアラルは致命的な隙を晒してしまう。
「何で……何で私の攻撃が弟子クラスにィィィ!?」
それは時間にしてほんの1,2秒。
だが集中力と士気が最大まで高鳴った彼らにとって、それは静止と言える程の十分な隙だった。
「"加速・幻夜の燕"
「"ジャアイント・ネコメガエル・パンチ"!」
「"冥界のワルツ"!」
「"静動陰陽太極"!」
「ガハアッ……!」
四方から最大火力の奥義を同時に浴び、血反吐を垂れ流しグラつきながらも、無闇やたらとハンドクローを振り回す。
「まだ動けるのかーい!? とんでもないタフ姉さんじゃなーい!」
「待て、突きの武田。我らの負傷が限界近いのと同じように、彼女はもう私達を捕らえる余力は残っていない」
そんなレアラルの姿に武田が思わず驚嘆し、追撃を試みるが龍斗に静止される。
"神謀のビレイグ"の副作用による、他者の負荷,負傷の可視化。
その情報が、これ以上の戦闘は無意味と龍斗に告げていた。
「ギギ……まだまだ……」
構うこと無く、力尽きるまで手当たり次第に飛びかかろうと構えたレアラル。
突如、無音でジークフリートが胸部の出血を抑えながら、眼前に立ちはだかった。
「あなたからも聴こえましたよ。微かですが、仲間との
「なにぃー!?」
「かつて無頼だった我らも、
互いの力を重ね合わせ、何倍にもすれば達人のあなたとだって戦える。
そして
友情,愛,打算,私欲──時には反目する力が意識しあい、共に登ることで相乗する。そんな戦友の形を知れなければ、結果は逆だったやも……」
ジークフリートの喉元を狙いかけた鈎爪がだらん、と力なく垂れる。
ここまでの失態を晒した時点で、既にフォルトナからの評価は失墜し、闇人としての未来が絶望的となったのも、容易に想像できる。
だからこそ、ここに来てレアラルは今一度自身に立ち帰ることができた。
粗野でガサツでやかましいジャギバ。
大人しい時とキレた時の差が激しく、扱い難しいロウエン。
異性としては欠片も興味のない同僚ではあったが、時たまオフでつるむ時間は嫌いじゃなかった。
"もしも、日頃から連携のトレーニングを積み、協力していれば──"
「キッ……今からカタギに戻って、引き取り手現れるかしらねぇ……」
長年使い古した手元の武器を、永劫壁掛ける日が来たのかもしれない。
殺人剣の達人はそう覚悟し、最後に一人の女として敗北を受け入れた。
目標とする完結話数の兼ね合いから
ほとんどの連合+元ラグナレクの活躍は今回が最後となりそうです。