国連と梁山泊による連合軍の攻撃により、フォルトナ軍は徐々に崩れだし、自然と指揮系統も乱れていく。
混乱により度々、招待選手だと気付かずに無差別に攻撃してくる兵隊達。
それらを難なく返り討ちにしながら、YOMIを率いる叶翔の前進がひたりと止まる。
その理由を一言で言うなら、"虫の報せ"に尽きるだろう。
「……ポルックス、先に行ってろ。俺は後から合流するから、フォルトナ兵との交戦で遅れた事にしてくれ」
いきなり血迷い何を言い出したのか、と後に続くスタンレイ姉弟が訝しむ。
「スパルナ、状況がわかっているのか? 今はユーの指揮権よりも、鋼拳の勅命が……」
「YOMIのリーダーとしての命令じゃねえ。一人の武人としての頼みだ」
翔が立場で上の者以外に、人前で初めて深く頭を下げた。
思わずレイチェルが目を丸くし、イーサンが眉をピクリと動かすと──
「……ボルックス、俺も責任を取るから行かせてやってくれ。
自力歩行可能な程には回復した。足は引っ張らん」
いつの間にか目覚めたボリスが、イーサンの肩から降りる。
あの命令に忠実で口うるさいボリスが、独断専行しようとする翔の意図を察し、元来た道を顎でしゃくる。
やがて観念したようにイーサンが肩をすくめる。
翔は少しだけ微笑むと、今一度小さく頭を下げ引き返した。
「珍しいわね……堅物のボリスがスパルナのワガママを許すなんて」
「試合でスパルナを援護できなかった負い目があるからな……。
俺がもう少し立ち回れていれば、奴に変なわだかまりを残す事も無かったやもしれぬ。あんたこそ引き止めなくて良かったのか?」
「あー。まあ貸し一つだと思う事にするわ。アイツが私達に頭下げる、お宝映像見れたしね」
互いに繰り出される質疑への回答は、まるで翔を送り出すための口実の様に聞こえた。
だがボリスとレイチェルは深堀りせずに、切り上げその場を後にするのだった。
胸騒ぎが収まらない。
コロシアムが近づく度、言いようの無い悪寒が増していく。
いや、本当はわかっているはずだ。
島の私兵がこれだけパニックを起こしているということは、コロシアムに残った美羽の危険もそれだけ増しているということ。
攻め入った軍隊が誤って攻撃する恐れもある。
あの場には特A級達人が一人付いていたが、それでも確実な安全が保証されたわけではない。
専用通路を駆け戻り、主賓席から飛び出した翔の眼に映り込んだ光景。
活人拳もフォルトナ兵も一様に撤退を始め、ドローン兵だけが暴れ狂っている。
すぐに美羽を見つけ、客席から飛び降りる。
ケンイチ達含め、周囲から煙たがられるであろうことは重々承知。
それでも美羽が安全圏に入るまではカバーしよう。
そのつもりで近寄り、発見してしまった。
「美羽……ッッ!?」
美羽に手を引かれる最後尾のケンイチ。
その背にアサルトライフルのスコープを向け、トリガーを指に掛ける残兵を。
ミリ秒遅れて秋雨と阿含が反応すると同時、翔は声を掛けるより疾く反射的に"瞬歩"でコロシアムの床を蹴る。
武術の才能を闇に買われ、ただ殺人拳として生きた。
社会的常識もコミュニケーション能力も、不純物とばかりに鳥籠の半生を強いられた。
そんな翔でも一途に美羽を想っていたが故、美羽とケンイチのただならぬ絆、関係を恋敵として察知した。
ケンイチの手を引いていた美羽が、自分の体を銃口の軌道上に差し出す。
そんな最悪の未来も、想定することができた。
残兵への攻撃は確実に間に合わない。
ならばこの身に出来ることは──
銃声が無情に木霊した。
無慈悲な二点射が叶翔の肉体を暴れまわり、重要器官を抉る。
追撃は阿含が咄嗟に放った風の拳により、辛くも明後日の軌道に逸らされる。
激昂した秋雨の投擲が、残兵に命中する。
それを見届けた翔が、眼の前でスローモーションの様に崩れ落ちる。
「叶さ……翔? ……翔ーッッ!」
これまで聞いたことのない、悲しい声色で美羽が絶叫する。
倒れた翔の身体から、絶望的な量の血が流れていく。
直に駆けつけた秋雨の応急処置が出血を抑え痛覚を遮断させたが、ほんの幾ばくかの延命措置だろう。
涙を眼に浮かべ身を案じる美羽へ、初めて下の名を呼ばれた翔が、静かに己の想いと愛を伝える。
あまりの衝撃にただ硬直し、へたり込むことしか出来なかったケンイチの前に翔が残された力を振り絞り、半身を起こす。
翔の瞳の奥底を覗いたケンイチは、反射的に心の起源──壮絶なる孤独を読み取り、これまでの行動原理を理解した。
同じ女性を愛した少年と、拳を合わせ誓いを立て合う。
翔の身体からゆっくりと力が抜けていく。
この間、たった30秒程度の出来事。
ケンイチという少年の視点から見た一部始終であった。
一方の残兵はなおも悪足掻き、追撃を試みようとした。
だが闘技場の外で新島達に状況を聞きつけ、遅れて乗り込んだ逆鬼により紙屑の様に吹き飛ばされ、剣星に捕縛される。
「このクズ野郎がーっ!」
「あの様な邪悪な男の手足となり、未来ある若者を撃つとは……大人として恥は無いのかね?」
般若の形相を浮かべる特A達人2人に掴まり、点穴突きのフルコースを食らう。
激痛に絶叫し地獄の様な状況追い込まれながらも、男の眼が死ぬ事は無かった。
「ギャアアアッ! ……お前らにとっては悪人だったとしても、立場が変わればそうじゃねえってことだ!
紛争で俺の家族を皆殺した傭兵団を、裏のネットワークで見つけ粛清し、何も残されちゃいねえ俺の働き口まで与えてくれた。
お前らがどう蔑もうとあの方は、俺の主君さ。フォルトナ様……万歳」
残兵があまりの痛みに失神する。
剣星はため息を吐き無益とばかりに手を離し、逆鬼は胸糞悪い話を聞かされた、とばかりに近くの瓦礫を蹴飛ばし八つ当たりする。
すぐに2人は翔を思い返し駆け寄った。
だが先に診ていた秋雨の表情と様子から、状況を察し
阿含はこれまで見せたことのない、狼狽と途方に暮れた様子で翔を見下ろしている。
言葉を詰まらせる阿含と視線を合わせた翔が、最後の力で無理やり口を動かす。
「金剛……てめーとの再戦は地獄まで持ち越しだ……」
「人を勝手に地獄に落として
叶翔は決勝戦の試合を敗北と認め、
阿含は敵である翔が先んじて、美羽を無傷で守り抜いた事実を敗北として享受する。
互いに相手がそう認識していると認め合い、翔は満足そうに微笑み瞳を閉ざす。
称賛でも,決意表明でも,拒絶でもない、ただのぶっきらぼうな減らず口。
はなむけとしては十分な言葉であった。
最後に最も通じ合った恋敵と、武の好敵手2人に見届けられ、一人の武術家がその短い生涯を終えた。
***
気付けば
あれから度々気絶を繰り返し、ボクの記憶は飛んでばかりだ。
喪失感と安堵でアドレナリンが切れたからだろう。
ようやく今になって意識が安定してきた。
その間、長老,美羽さん,阿含くん,師匠達,新島と話した記憶はある。
時に再会の喜びを分かち合い、時に敢闘を称えられ、時に叶翔を偲んだ。
耳元からチリンと音が届く。
ボクの枕元に置かれた翔の耳飾りが、船に揺られ悲しい音色を奏でた。
"美羽さんを護る"。
翔と立てた男の誓いを胸に、耳飾りを強く握りしめる。
──もっともっと、強くなろう!
翔の死という悲壮と、違えてはならない約束。
それらの重い出来事が、ボクの心に引っ掛かった
いや、この時無意識に現実から目を背けていたのかもしれない。
薄らぐ意識の中、一度だけ阿含君と師匠達から不穏当な会話が聞こえたのを。
『結局島を制圧したものの、フォルトナは見つけられなかった。奴はやはり……』
『ああ。あのカスタヌキ親父、最初から別の場所で一人だけ安全圏からモノ見てやがった。クソッ……オレとしたことが!』
『阿含、おめーに落ち度はねえだろ。気付いたところで、フォルトナがあそこにいねえんじゃ、どうしようもねえじゃねえか。
奴隷として飼われていたパンクラチオンチームのガキ共も、上手いこと先に逃がしてやったんだろ?』
『違う。金剛君が気付いたのは……フォルトナがあの島にいなければ、全ての前提が変わってくるということだ』
『んん……? あっ……おいおい、嘘だろぉ!?』
『まさ……か……。フォルトナ……め!』
3日後、梁山泊に某国の諜報員から一通の報せが届いた。
パンクラチオンチームの5人を乗せた船が、目的地である北欧の某港で協力者共々消息を絶った、と。
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かくしてこの私の弟子時代における、初めての大冒険。
最大にして最難関の戦場となった、デスパー島での3日間は幕を閉じた。
第4部 DオブD編、お楽しみいただけただろうか。
愛する妻の命を救った叶翔という勇者の存在。そして、彼との誓いは生涯忘れない。
私が出会った中で最も孤独にして純粋、そして同じ女性を愛した武術家。
ついぞ彼との決着をつけられなかったことが、今はただ悔やまれる。
──ああ、私も重々承知している。
読者の皆様方が今最も気になっているのは、私ではなくこの物語の影の主人公の方だろう。
我が武術家人生で最大の好敵手にして、目標であり続けた男──金剛阿含。
16歳の春、この日私と阿含は"決定的な敗北"を味わった。
翔に命がけで美羽さんの身を守られ、その上フォルトナの狡猾さを見抜けず、パンクラチオンチームの皆を再度魔の手に落としてしまった。
阿含はこの日を境に、私の前から姿を消した。
代わりに私の首を狙うべく、次々と迫りくるYOMIの幹部達を迎え撃つことになる。
彼らとの死闘を経て、私はとうとう弟子級から妙手へと到達するのだが。
阿含とはその間、1度しか顔を合わせていない。
これは語るのも野暮な"もしも"の話だが。
金剛阿含がもしも、無の気という博打に手を出さず、静と動の気を極めていたのなら。
特A級達人の一歩先──かつての闇の一影、風林寺砕牙その人や、我ら梁山泊を幾度となく苦しめた宿敵、妖拳の女宿 櫛灘美雲。
彼ら"S級達人"の領域に達したかもしれない。
だが彼は無の気を突き進み、デスパー島で私と共に"決定的な敗北"を味わった。
あの出来事があったからこそ、才能の欠片も無かった私は無事(?)達人へと転げ落ち──
天賦の彼は"100年に一人の武術家"へと変貌を遂げた。
"梁山泊!戦う弟子!!" 弟子編第4部 完
著者:白浜 兼一
これにてDオブD編完結です。
これまでも感想評価お気に入りなどありがとうございました。
この後は少しだけ幕間を挟んで、ケンイチが妙手に到達した時期でオリジナルのストーリーを始める予定です。
もうちっとだけ続くので、よろしければ引き続き、よろしくお願いします。