44話 事後
アメリカ某所に存在する、闇の大規模拠点。
その最奥に位置する幹部会議室。薄暗い照明の下には、いくつもの人影が蠢いている。
「一影九拳が直に全員集うなど、何年ぶりか……」
西洋人の美丈夫、"殲滅の拳士" アレクサンドル・ガイダルが、手元のタブレットを操作しながら呟く。
頭に思い描いた絵や彫刻のパースなどを、備忘として描き留めているようだ。
「カッカカ……若いのは"フッ軽"でええかもしれんが、あまり年寄りに長旅をさせんで欲しいわいのう。そう思わんか"妖拳"の」
"拳魔邪神" シルクァッド・ジュナザードが洋梨を齧りながら、道着姿の一見妙齢と思わしき女性、"妖拳の女宿" 櫛灘美雲に語りかける。
年齢に触れられたことで、美雲はため息を吐きながらそっけなく無視する。
つれないのう、と邪神がボヤくと同時──
「ど、どうかお止まりください……ぐわーっ!」
屈強な衛兵達の静止をものともせず、"人越拳神" 本郷晶が会議室の壁を粉砕し、猪突猛進に入室する。
これにてこの室内に、闇の無手組最高幹部が揃い踏む。
もしもここにフォルトナがいたならば、終末戦争への予兆の様な光景を前に、さぞ無邪気にはしゃいでいただろう。
「我が弟子が……翔が死んだというのは真か!?」
常日頃から冷え切った様な、威圧的な雰囲気を纏う本郷であった。
しかし今はそれに加え、鋭い眼光から明確な敵意の感情を宿らせている。
「ええ。一昨日のDオブD最終日に、残念ながら」
大して悲観的に見えない表情で、拳聖 緒方一神斎が応える。
本郷はようやく愛弟子の死を確定情報と認識し、全身を見る見る内、激昂に染めていく。
「拳聖、鋼拳。あの場にお前らがいて、何故そうなった!? 翔の亡骸は!?」
その後、本郷から暗躍を疑われ攻撃を仕掛けられたことで、とばっちりを受けたディエゴがお馴染みの"笑いキレ芸"を披露する。
緒方がどうにか本郷を宥めようとするが……
「カカカ……弟子が一なる継承者に選ばれていたからといって、少し立場を勘違いしとりゃせんか? 人越拳の」
邪神が横槍で焚き付け、場をややこしくしようとする。
「何……?」
「鋼拳と我らの態度を見てまだ気付かぬか? お主以外は既に、ことのあらまし全て知っておるわいのう」
邪神に苛立ちつつも、本郷は平静を取り戻しその意味深な煽りを噛み砕く。
YOMIのリーダーが死んだというのに、他の九拳からメンツを汚された怒りはさほど感じられない。
どちらかというと、本郷の様子を白けた態度で傍観しているようだ。
そもそも何故あの場にいなかった邪神達が、
ふと緒方が手元のキーボードを叩き、中央のモニタに闇専用のクラウドサーバーを映し出す。
答えはそこにあった。
「フォルトナ殿からもともと提供を約束されていた、デスパー島のコロシアムの試合映像があります。ボリスとスタンレイ姉弟の証言ファイルもここに」
弟子クラスとは思えない死闘を金剛阿含と繰り広げ、内容的には負けと言っていい状況で退却。
その後、鋼拳からの撤退の厳命に背き闘技場に戻る。
そのまま活人拳の弟子である風林寺美羽を庇い、彼女に愛を伝え、梁山泊の弟子 白浜兼一、宿敵の金剛阿含と言葉をかわし、事切れた。
モニタに再生された動画ファイルを食い入るように見届けた本郷。
その瞳に動揺の色が浮かび上がっていく。
敗走までならば、どうにかフォローもできた。
だがその後はチームリーダーとしても、闇人としてもあるまじき行動を取り続けた。
そんな愛弟子の最期を突き付けられた本郷の背に、底意地悪い笑い声が、追い打ちするように刺さる。
「カカ……ようやく理解できたか? 待機の命を破った上、妙な因縁をつけ、あまつさえ乱心を起こす……お主が如何に醜態を晒したか。
温厚な鋼拳の対応に感謝するが良いわ。我が相手だったならば、"ぺなるてぃ"で指の1,2本でも
「邪神殿、今は本郷殿も心中穏やかではいられないでしょう。もうその辺に……。
とはいえスパルナが、闇の資質に不適格な行動を取ったことは事実でしょうな」
「ラフマン殿の言う通りじゃ。こんな未熟な師弟ではなく、わしらが一なる継承者に絡んでおれば、こんなザマにはなっておらぬわ」
「妖拳、キサマ……」
露骨に翔を貶され、本郷が再び殺気を美雲へと滲ませる。
それまで腕組みして静観していた、ムエタイ戦士と思わしき屈強な男──"拳帝肘皇" アーガード・ジャム・サイが、とうとうしびれを切らした。
「やれやれ無限ループか。人越拳、アンタ本当に自分の立場を自覚してるのか?
スパルナを見逃したと証言された以上、ガイダル殿の弟子達もお咎めなしにはできまい。それどころか、他のメンバーも今後の処遇を憂慮してる状況だ。
他意が無かったとはいえ、スパルナはYOMI全体に迷惑をかけた。それを踏まえて、師であるアンタがすべきことは何だ?」
容赦のない殺人拳でありながら、九拳屈指の人格者でもあるアーガード。
彼に滔々と諌められ、本郷は今度こそひとまず心の着地どころを見つける。
「……笑う鋼拳、拳聖。取り乱してすまなかった」
本心かはいざ知らず、あの本郷が人前で謝罪した。
緒方とディエゴが思わず互いに顔を見合わせる中、
「それまでだ」
神聖な闇の気を孕んだ、一影の一声が室内を切り裂き静寂を生ませた。
「グローラー、カストル、ボルックスは梁山泊の弟子の首級を狙う権利を剥奪。
ただし任務で偶然接敵した場合は、その限りでは無い。
当面の間、YOMIの取りまとめは鍛冶摩に行わせる。それで良いな?」
肯定の意図で九拳達が沈黙を貫く中、ただ一人挙手する白髪の中年男がいた。
"拳を秘めたブラフマン" セロ・ラフマンが、翔の死に次いで気にかけていたことを口にする。
「金剛阿含についてはいかが致しますかな? ナガラジャだけでなく、スパルナ相手にも実質勝利していたあの男。
底知れぬ気の運用技術に、高い判断力と洞察力。紛れもない逸材である彼を、本格的に迎え入れて損は無いかと」
阿含は明確に自身のスタンスを謳っていない。
今までは闇も緒方に丸投げし、阿含が来るなら拒まず、のスタンスでいた。
だが、ラグナレクやDオブDといった偶発的な因縁が重なり、阿含が闇を敵視し出す恐れもある。
ならばその前に、骨を埋める場所として正式に特別待遇で迎えてはどうか。
筋の通ったラフマンの提案に、一影から思いの外即答が帰ってきた。
「結論から言うと
九拳の何人かの視線が反射的に向かう。それに気付き緒方はかぶりを振った。
「私は盟を結んでいるだけであって、彼の師ではないですよ」
緒方でなければ誰だというのか。
各々互いに様子を伺ってみるが、皆閉心術を極めているため、心中は読み取れない。
一影と話をつけられるということは、活人拳の可能性は低い。
かといって九拳ではない中途半端なレベルの闇の達人に、果たしてわざわざ弟子入りするだろうか。
金剛阿含なら自分の価値を良くわかっているはずだ。
まさか九拳の誰かが秘密裏に囲っているのか?
疑問が疑問を呼ぶ中、一影から静かに解答が告げられる。
「金剛阿含が選んだ師……そして武術理念は──」
***
デスパー島の死闘から1か月が経った頃。
寒冷の冬が過ぎ、心地よい春風と清かな日差しがさす、荒涼高校の新学期初日。
そんな晴れの日だというのに、校庭に立ち尽くすケンイチの表情は重く険しい。
「YOMI……ボク達の学校に何しに来た!?」
棘のあるケンイチの視線が、本日
ボリス,スタンレイ姉弟,そして──初めて見る、タイ人と思わしき浅黒い肌の少年、ティーラウィット・コーキン。
YOMIの宣戦布告と思わしき、大胆かつ一見無謀な一手。
だがケンイチ達は何も出来ず、手をこまねくことしかできない。
殺人拳の組織が攻め入ってきた、と学校や警察に騒ぎ立てたところで、頭がおかしくなったと思われるのが関の山である。
新島曰く、
「普通、海外から優秀な留学生が来るならもっとマシな学校を選ぶだろ、と疑問に思うはずだが……校長の頭には多額の寄付金しかねえみてえだ。
結果、ガバガバに思える潜入作戦がハマっちまった」
とのことらしい。
「白浜兼一とやら。お前、金剛阿含がいた頃は、奴に遅れを取っていたらしいな。
ではもう少し修行を積んでおけ。オレとやる前にな……」
ケンイチを焚きつけるコーキンから、その名を聞いた皆の顔色が変わる。
「阿含……さん!」
「ま、待て……阿含君の行方をお前達は知っているのか!?」
梁山泊がデスパー島を去る直前。
阿含は忽然と姿を消した。
後日になって学校には書面で退学届だけが提出され、以降音沙汰が一切無い。
LINEを送ろうとも、完全に未読スルーが続いている。
「さあな……いなくなった奴より自分の心配をしたらどうだ? 殺人拳に命を救われた、活人拳の弟子共よ」
これまで立ちはだかったYOMIに、勝るとも劣らぬ気当たり。
ケンイチと隣の美羽を睨めつけ、コーキンは踵を返し去っていった。
不穏な兆しを胸にしこりとして抱えたまま。
放課後に、新白金連合の新しい基地へと顔を出す。
「しぃーんはくきーん! お待ちしておりました、白浜大将軍! 風林寺将軍!」
DオブD以来に一堂に会した幹部の皆と、連合の急成長と快復の喜びを分かち合う。
あいにくトールを含め、一部の隊員は傷が重く完治まではいかなかったが、それでもいずれ戦線復帰は可能なレベルだ。
だが、今日ここに集ったのは決して馴れ合うためだけではない。
梁山泊の弟子予備軍として、武田達がYOMIに勧誘を受けたこと。
その際、叶翔をも凌駕する忌まわしい威圧感を放つ、鍛冶摩と名乗る男がいたこと。
避けることの出来ない重い話が続き、そして──
「阿含の消息だが……こうもさっぱりだと、覚悟しなきゃならねえな。
何らかの脅しやら、不本意な取引を強いられてる状態か、それとも自ら闇に……」
「阿含君が殺人拳を選ぶだなんて……そんなこと、絶対あるもんか!」
信じたくない可能性から逃避するかのように、頭を抱えふさぎ込むケンイチの叫びが新島の言葉を遮る。
シンと静まり返った会議室で、それまで遠巻きに様子を見ていた男が口を開く。
「奴が闇に入ったとして、そこまで悲観する事もないだろ」
「谷本くん……?」
足元にしがみつくほのかの頭を優しく撫でながら、ハーミットが諭すような口調で続ける。
「オーディーンとアタランテーを思い出せ。九拳、拳聖の直弟子であるあいつらは、立場上YOMIに在籍している。
DオブDで再会した奴らは、修羅道だったか?」
は、と顔を見上げると、キサラの横にいた宇喜田が歩み寄り、ケンイチの肩に手を置く。
「阿含はたまにおっかねえし、考えが読めねえ時もある。
だが、あいつが浅い選択をするとは思えねえ。活人だろうが殺人だろうが、俺は意思を尊重するつもりだ。
次あいつと会った時に、胸張って並び立てるようになろうぜ!」
お前らの成長に取り残された、チャオズ状態の俺が言うのもなんだけどな。
と最後に言い残し場を沸かせる宇喜田に、ケンイチは力強く頷き返す。
叶翔は人を殺める殺人拳だった。
それでも最後の瞬間、大切な人の命を守るため戦った。
活人拳だから正しい。
殺人拳だから間違っている。
そんな簡単な話ではないならば、拳の道を決めるものは何なのだろう。
未だ武の頂は途方もない遥か先。ケンイチに答えはまだ見えてこない。
それでもいつかもう一度阿含と会った時、どんな道を選んでいようと隣に立てるようになろう、と。
翔との誓い、美羽を守るため。そして、自分自身の拳の意味を見つけるため。
迷っている暇など無い、と今一度全身の気を滾らせた。
そんなケンイチに対し、YOMIの刺客達はお構いなしに迫りくる。
彼らとの度重なる死闘を経て、ケンイチは半年後に見事妙手へと登り詰める。
阿含とケンイチ。彼らの物語は瞬く間、妙手時代へとステージを移ろいゆくところ……。
ではあるのだが、その前に一つのエピソードだけ語らねばならない。
ケンイチと美羽が関わった、ある
今話から3話ほど幕間の話が続いて、新章に移る予定です