どうでもいい。
活人も殺人も、勝手にいがみあってりゃいい。
だが強いてどっちか選ぶなら活人拳か。
まず面白え使い手が多い。こっちの方が退屈しなさそうだ。
それに"殺せねえ縛り"のオレに負けた時、殺人拳の連中がどんな顔するか観物だよな。
──と思って、蓋を開けりゃどうだ?
活人拳の連中は命を懸けて、闇の達人から互いを守った。
殺人拳の粋を極めた様な叶翔もまた、命を懸けて一人の女を守った。
あいつらは最後に同じ場所へ辿り着いた。
疲れてたとか、フォルトナに気取られてたとか、関係ねえ。
翔に先越されて美羽を守られた。あの勝負はオレの完敗だ。
その上フォルトナの狡猾さを見誤り、オクタヴィア達を中途半端な形でリリースしちまった。
これがオレの限界か?
もうちょい上手くやりゃカバーできたはずの失態だったのか?
活人と殺人、本当にどうでもいいと切り捨てるべきか?
だりい。
気の解析,翔,達人戦。
気力使い果たしてこれ以上考える気が起きねえ。
連合部隊が翔の遺体を回収しようと、なんか梁山泊とごちゃごちゃやってる。
やりとりのどさくさに紛れて、オレは輪を抜けた。
オガッさんに教わってた脱出用ルートを抜け、気付けばデスパー島の断崖にアテもなく彷徨い歩き、着いてた。
何やってんだオレ。
とりあえず一人になりてえ。だが、どうやら先客がいたようだ。
タッパのある剣士が縁石に腰掛け、長尺の日本刀を手入れしながら黄昏れている。
派手な気配はねえが、殺気を超えた常闇の雰囲気がある。
なんだこの"のっぺりサン"、只者じゃねえ。
「アンタ……闇の達人?」
無遠慮に話しかけると、のっぺりサンは視線だけをこちらに移す。
「まあ、達人の端くれではあるね。ボウヤは無手組かな? じいー……」
のっぺりサンがガン見してくる。
てか「じー」って自分で言う奴いんのかよ。
「なかなか面白い気のうねりをしているねえ。闇人の素質はありそうだが……まだ殺しの童貞は捨ててないようだね」
「……分かるんだ」
「
のっサンが手作りの取説を投げて寄越す。
クセ強キャラと"紀伊陽炎"っつー名前の情報は仕入れた。
あと端くれとか言ってるけど、特A級だなのっサン。
纏う気が、さっきの達人共より段違いに強え。
「さて、今の私は不完全燃焼で虫の居所が悪い。一人にしてくれないかな?
斬り合いがお望みなら、あと5年くらいしたら遊んであげよう」
露骨に壁を作るように、視線外された。
有無を言わさず斬られねえだけマシな対応だが、これも何かの縁だ。
闇の武器使いでクセの強い達人。
今のオレに一見全く無関係だからこそ、関わる価値がある。
普段の精神状態なら、絶対に言わない言葉がオレの口から勝手に出た。
「刹那丸と何かあった?」
「……何故そう感じたんだい」
ピタリ、とのっサンの動きが止まる。
反応してくれるってことは、取り付く島はあるってことだ。
今までの挙動と取説の内容を照合──のっサンのツボを突いてみるか。
「気の運用 第三階層 "Akashic Recordへの権限委譲"」
限界に近い精神にケツ蹴っ飛ばして研ぎ澄ます。
のっサンとあの刀を循環してる気を、
"学習"は戦闘中の相手にしか出来ねえ
「アンタと刹那丸をリンクしてる気の配分が乱れてる。
刹那丸へ送り込んでる気が、返ってくる量よりちょっと強えんだよな。
だから何か気になることでもあんのかと思ったってわけ。……とまあこれがオレの能力かな」
まんまるに目を見開いてこっちをガン見してたのっサンから、キショい笑い声が漏れる。
「そうか、無意識に私の気が……。ムホホホ、初見で私と刹那丸の関係をこうも言い当てるとは、面白いボウヤだ」
そこからは、テンション上がったオタクみてえに一転まくしたてられた。
刹那丸を打った刀匠の子供──しぐれサンと戦ったこと。
相手が義理の姉ということで、刹那丸が"気乗り"しなかったこと。
諸々の話を合算して、人となりも見えてきた。
「話聞いてるとさ、アンタ人斬りであって殺人剣じゃねえよな」
「ほう、その心は? これでも数え切れない程の命を屠って来た身ではあるのだが」
「斬る事と剣技を進歩させる事がアンタの欲求であって、殺しそのものはただの結果っしょ」
のっサンは刹那丸に視線を落とし、ああそういうことか、と納得したように頷く。
「しかし何故私に絡んできたんだい? 無手で活人のボウヤでは、闇の武器組である私は対極の相手だろうに」
「オレも別に活人と殺人に頓着はないよ。
だからこそ、そこに本当に優劣があるのか、全て経験した上で答えを出してえ。
欲しいのは変化と刺激のきっかけだ」
「"変化"か。正直な話、私も伸び悩みを感じていてね」
15年前、しぐれサンがまだガキンチョだったとはいえ、その実力に天地の差があった。
だが今両者は近い領域にいる。
相対的に見りゃ、のっサンがここ数年、剣の腕が停滞してると考えるのもわかる。
未知の刺激を取り入れて、変化を求めるのもワンチャンありって反応だ。
「ならアンタも、オレとビジネスパートナーになってみる?」
「ああ、君が"拳聖"と結んでいる技術提携というやつか。
確かにボウヤの力は中々レアだ。……なるほど、興味が無いと言えば嘘になる。
とはいえ私は他人と組んだことがないし、まともに技を教えられる自信も無い。
それに近くにいる者を反射的に斬る、"オート斬り"も私にはあるしなあ。
さて、ミスターフォルトナが用意してた、用心棒脱出用の潜水艇も、そろそろ出立する頃だがどうしたものか……」
のっサンは悪くない反応をしつつも、色々と前途多難な独りごちを漏らす。
今んとこ半々ってとこか。まあでも、乗り気ならやりようはある。
「こればっかりは相性やら適正もあるしね。
それとも取引相手って形がなんかしっくり来てない感じ?」
「うーんそうだね。一つものは試しではあるけど……」
しばし考えた末、のっサンが胸襟開いた正直な提案をぶつけてきた。
最初、それをやんわりと拒否るつもりだった。
だが、オレも心の奥底ではとにかく、変化を望んでいたんだろうな。
気付けばオレの口から──
***
避けられない死から逃避するかの様に、ケンイチは静かに目を閉じた。
だが、銃声は耳を劈けど身体を撃ち抜かれた気配は一向に無い。
恐る恐る目を開けた先、視界いっぱいに映ったのは突如立ちはだかった乱入者の背。
やや遅れて、割って入った者が自分の身代わりとして、散弾銃の掃射を一手に引き受けた事を察し血相を変える。
「再定義二式 はがねタイプ "鉄塊"」
生物を破壊する。そのためだけに造られた銃弾は、無慈悲にその身体を突き刺した。
が、それも表皮の少し奥で食い止められ、衝撃の一部を内部に叩き込むところまで。
散弾銃が通用しなかった。
相手が倒れなかったことでその事実に気付き、襲撃者が硝煙の向こうで銃口を向けたまま呆然とする。
「防弾……いや……生身でショットガンに耐えたのか!?」
「……さすがにかなり痛えな」
00年代にジャンプで育った少年が、一度は言ってみたいセリフを吐き出しゆっくりと振り返る。
その前から、聞き覚えのある声にケンイチと美羽は息を呑んでいた。
2ヶ月以上も消息不明だった友が。
再会を待ちわびていた好敵手が。
今まさに凶弾を受け止め、運命を捻じ曲げた胸郭を向けていた。
衝撃と痛みに冷や汗を流しながら、ふてぶてしい表情で2人を一瞥する。
「あ、阿含君……!?」
「阿含さん!」
久方ぶりに姿を見せた金剛阿含は、風体だけならさほど前と変わらない。
ただ、全身を纏う気だけが、かつてとは別物の様に変化している。
主の肉体を守る様、鋼鉄の如く硬質化していたオーラが──
「伏せてろお前ら。再定義三式 ひこうタイプ "虚空瞬動"」
質量など感じさせない、羽根の様な質感に様変わる。
美羽や翔の様に、無重力を彷彿とさせるフットワークで跳ね上がる。
と、そのまま気を纏わせた足裏で虚空を蹴り上げ、隼の様に宙をジグザグと加速していった。
「ひっ……空を飛んだ!?」
男が美羽のことなどとうに忘れ、慌てて銃口を上空に向けるも──
「おせーよカス」
背後に着地した阿含に反応する間もなく、ただの突き一発でプロテクターごと肉体を撃ち抜かれ、昏倒する。
かつてとは比にならないパワー、スピード、耐久を披露した秒殺劇。
それはある事実を知らしめていた。
「この基礎力と気の運用の大幅向上……まさか阿含さんは……」
「驚い……た。阿含はこの二ヶ月で"妙手"に成り上がった!」
阿含が美羽と出会い、気の運用を知ってからまだ1年と経過していない。
あと10年早く武術を始めていたとしたら。
そんな"もしも"の可能性を過ぎらせ、身震いするケンイチと美羽。
だが、2人が阿含に戦慄するのはここからであった。
「ようしぐれサン、久しぶり。アパとランクマ回してる?」
"ガァン"!
再度、銃撃音が鼓膜を強振する。
ケンイチと美羽は眼前の光景を、すぐに情報として頭で理解できなかった。
阿含がしぐれと世間話する間に、地に伏す男の利き手を散弾銃で撃ち抜いていた。
何故ここにいるかという疑問も。
再会の喜びも。
命が助かったという安堵も、全て吹き飛ばす阿含の挙動。
「……阿含君!? 何を……!」
「うっ……この者の手はもう元に戻りませんわ……どうして!?」
「どうしてって……気を逸らしてる間に、気絶から醒められたら厄介じゃん。
再起不能にした方が合理的だろ。銃の方が隙も手間も少ねえし」
助けてもらった感謝はある。
だからこそ、友人と雑談しながら部屋に湧いた虫にスプレーでも噴射する様な、阿含の言動が結びつかない。
容易くキサラの私兵を追い打ちし壊してみせた、初めて会ったあの頃に戻ってしまったような、薄気味悪い感覚に陥る。
「落ち着けお前……達。同じだ」
しぐれの言葉に、そんな2人はショックから我に返る。
「ケンイチの命を救ったのも、曲者の手をふっとばしたのも、同じ阿含だ……ろ。その行動と理念は、背反し……ない。それより何故ここに?」
「私の弟子だし、そりゃいるだろうね」
「……!?」
疑問の問いへの解答が、本人ではなく陽炎の口から放たれた。
ケンイチ達だけでなく、しぐれも思わず目を剥いて両名を交互に注視する。
"闇の達人の弟子になる"。それが意味するところは一つしかない。
「正確にはトライアル雇用の"仮弟子"だニョ」
「そーそー、ちゃんと師弟関係になれるか、仮交際の
なんか弟子を取ったら面白そう。
その程度の熱量での、陽炎からの提案であった。
それは存外阿含にとってもプラスと作用していた。
実はDオブDで見せた気の運用が世に晒されたことで、一度だけ武術位階が上の闇人が、阿含の命を狙おうとしていた。
それも仮とはいえ特A達人の強い後ろ盾があったことで、難を逃れていた。
「しぐれサンに因縁もねえし、今回は見学で付き添ってるだけ。
つーか今戦っても勝てるわけねえし……で続きどうすんの、"仮師匠"」
「興も削がれたし、この辺にしておこう。今の状況は、実質我らの勝ちと言っていいしねえ。……ムホホホ」
「む……う。そういうこと……か」
上機嫌に高笑う陽炎に対し、しぐれは唇を噛みしめるだけで、言い返す事ができない。
己の弟子の命を、敵の弟子が身体を張って守り抜いた。
しぐれが"活人拳"を掲げるならば、それは弟子の代理戦争による敗北と同義だ。
「じゃ、今日はこのへんで。当分梁山泊にゃ顔出せねえけど、お互いがんばろーや」
「ま、待ってよ阿含君!」
隣町に引っ越す程度の感覚で、別れの挨拶を済ませようとする。
そんな友を引き止める少年、白浜兼一。
彼はもう、武術界という海原の広大さを知らぬ、
活人拳こそ正しく、殺人拳は全て間違い。そんな二元論を掲げる程青臭くはない。
だからこそ改めて問う。
「今の阿含君は一体、何なの……?」
命のやり取りをしていた修羅場の最中で、気付いていなかった。
いや、本当は見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
彼の腰元に、一振りの刀が差されているのを。
「見りゃわかんだろ。活人拳でも殺人拳でもねえ……闇の
背中越しにつぶやき、阿含は陽炎と共に走り去る。
それを見届け、櫛灘師弟がケンイチ達の前を横切っていく。
「"史上最強の弟子"よ。
意地を通したまま、千影や鋼拳の弟子と死合うつもりかえ?」
"女に手を上げない"。
活人拳の中でも最大級と言っていい、ケンイチの縛り。
自身が度々宣言したことで、それは闇にも知れ渡っている。
以前なら迷わず答えたが、ケンイチは言葉を詰まらせる。
もしも自身の縛りが原因で、敵の女が仲間を殺してしまったら。
理想論だけでは済まない現実を、ここ数ヶ月で思い知らされた。
逡巡するケンイチの様子を、美雲が興味深そうに笑う。
「ククク……良い。この期に及んで悟った面で、売り言葉に買い言葉で即答されたら、失望しておった。
同じ武人として、千影に相応しい首級になると見込み、一つ忠告して進ぜよう。
たとえ停滞や後退をしようとも、それは必要なことじゃ。
迷うことそれ自体を迷うで無いぞ」
肩に乗せた千影がチラリと振り返る、と同時。
美雲の姿は跡形もなく消え去った。
数分前の鉄火場と喧騒など最初から無かったかのように、静寂が包む。
「ケンイチさん……」
身を案じ駆け寄る美羽の隣で、ケンイチは無意識に身体を寄せ拳を握る。
悩みも、超えるべき壁も、休む間もなく押し寄せてくる。
ならば、せめて一つだけでも。
白浜兼一としての答えを見つけよう、と。
コーキンと、千影と──あるいは阿含と対峙するその日までに。
第五部──"天使と悪魔の終着地" 開始
次話からオリジナルエピソードです