47話 理想郷
「太平洋の理想郷、"ユーステッド島"か。日本から飛行機で7時間……。いつか、美羽さんとふたりっきりで行ってみたいなあ」
ここは梁山泊、武の達人が集う場所。
史上最強の一番弟子、白浜兼一が庭の軒先でスマホを片手に、ささやかな夢を妄想し、独りごちる。
『この"ユーステッド島"で滞在した数日間は一生の思い出です! お世話してくれた子供達も親切でかわいくて、もう最高でした!』
快晴の空の下。
人気女子アナがカメラの前で、迎えのクルーズ船に乗り込みながら、わざとらしくはしゃいでいる。
その対面で、中年の白人男性が穏やかな笑みを浮かべ、彼女を送り出そうとしていた。
『楽しんでいただけたようで、何よりです。
世界中の孤児を助け仕事を与え、大人になるまで育て守る理想郷。
そして観光者の皆様が日々の喧騒を忘れる、楽園のリゾート施設を創ること。
私の夢は9割方実現に近づいています』
『ユーステッドさんみたいな素晴らしい方が増えれば、世界は争いなく、もっと平和になるんでしょうね!
以上、欧州屈指の大富豪にして慈善事業家、ヴァンダル・ユーステッド氏の謎に迫る、独占インタビューの旅でした!』
稽古の合間に動画鑑賞し、つかの間の小休止を楽しんでいると、背後からほのかの甲高い声が聞こえる。
「あー、あたしも連れてって欲しいな。お兄ちゃん、この前も旅行いったばかりでずるいじょ」
「はは、デスパー島や沖縄はユーステッド島と大違いの地獄だったけどね……。
それにしても、ユーステッドさんかぁ。世界の子供を救おうだなんて、こんな凄い正義の信念を掲げている人がいるのか。
機会があったら、一度会ってみたいなぁ」
***
人の世の善性にケンイチが眼を輝かせていた頃。
応接間では逆鬼ら師匠陣が手渡された資料を片手に、ケンイチとは対照的な様子で憤慨している。
「調書に書かれてること、全部事実かよ……見てるだけで吐き気がしてくるぜ」
「ユーステッドは慈善事業の裏で、孤児の誘拐、性的虐待、人身売買を行っています。
自身が所有する島で、政財界の有力者と結託しての組織的な犯行……。
両手に収まらない数の、優秀な諜報員を犠牲してようやく掴んだ、紛れもない真実です」
出された茶を申し訳程度に啜りながら、初顔合わせの男が淡々と説明する。
公安の真野と名乗る、どこか裏の住人を思わせる雰囲気を持つ男だった。
「これが真実だとして、我ら梁山泊にリークするということは……」
「はい。ユーステッドはあなた方の言う、"闇"にも莫大な資金や技術提供を行い、闇はその見返りとして強力な後ろ盾となっています」
「真野さんよ。情報提供してくれんのは有難ぇけど、こういうのは本巻のおっさんの仕事じゃねえのかよ」
闇排斥の急先鋒であり、梁山泊からの信頼厚い本巻が今日はいない。
どうも煮えきらない様子の逆鬼に、真野は抑揚の無い調子で応える。
「本巻警部から途中で公安が引き継ぎました。彼は優秀ですが、家族がいます。
こういう時のため、妻も子も作らず弱みも持たぬ、死んでも替えの効く私の様な"捨て駒"が充てがわれます」
「今回はそこまで危険な相手か。それにしても、フォルトナがマシに思えるほどの邪悪ね……」
剣星が苦々しい表情で調書に目を落とすと、ふと出た単語に真野が反応する。
「そのフォルトナですが……奴はデスパー島を捨てた後、逃げ延びた兵力と共に軍事責任者として、ユーステッド島に潜伏しているようです」
「なんだとぉ!?」
「奴があの島にいるということは……デスパー島の陥落から学び、より堅牢で強固なセキュリティを築いていそうだね」
「その考えで間違いないでしょう。
これは推測の段階ですが奴主導の下、闇の無手組だけでなく、武器組とも結託し、殺戮兵器の開発や製造を行っているようです。
ユーステッドが表の支配者なら、フォルトナは影の支配者と言えるでしょう」
「フォルトナがあの島に……まさか!」
接客を終え、後ろで座していた美羽がハッと顔を上げる。
デスパー島から脱出後に消息不明となった、スパルタカスらあの男の養子達。
彼らの何人かは、もしかしたらあの島に連れ去られたのでは。
より早く考察に行き着いていた秋雨が、顎に手を当てながらその先を見越す。
「我らの一番弟子にこの事を話したら、否応無しに島へ行きたがるだろうね」
「アパ……ケンイチ、この8ヶ月で本当に強くなったよ! 美羽と同じく、"みょうしゅ"になれたけど、それでも今度は危険過ぎる気がするよ……」
アパチャイが神妙な様子で、左脇腹に刻まれた傷跡を擦る。
2ヶ月前、沖縄で闇の拠点を潰し、九拳のアーガードと死闘を演じた際。
ケンイチは見事、その弟子のティーラウィット・コーキンを下した。
現存するほぼ全てのYOMIを打ち破り、ついに妙手へと至る。
「釈迦に説法かと思われますが……情報を開示する相手は熟慮し、厳選していただきたい」
「案ずる……な。我らの弟子は死に場所を武に定めて……いる。
だがほのかは当分ここに来させぬ方が、よかろ……う」
真野の忠告にしぐれが毅然と応えると、その肩に隼人の手がスッと添えられる。
「うむ。ケンちゃんが望む限りは、彼の命運は我らと共に。
じゃが、無手組と武器組が本格的に手を組んだとすれば……闇との決戦の時は、直ぐ側まで迫っているやもしれぬ」
避けられぬ闇との全面抗争を予期する隼人の脳裏に、一つの不穏なワードが浮かぶ。
"久遠の落日"──
***
レジャーエリアからは、観光客共の喧騒──
ライブ会場からは、大物アーティストの歌声──
どっからどう見ても、ただのリゾート施設にしか思えねえわな。
だが俺の気のセンサーは誤魔化せねえ。
禁足エリアの方角から微かに臭う、闇の気配と悲鳴の様な気の囀り。
この島の本性が隠せてねえよ、ユーステッドさんよ。
表向きは天使が出迎える理想郷。
その実は、悪魔が巣食う伏魔殿。
"天使と悪魔の終着地"
孤児に描かせた絵が掛けられた壁に、豪奢なシャンデリアの天井観てると、光と闇の境界線を歩いてるみてえだな。
「どうした
オレの前を歩く紀伊陽炎──のっサンから、背中越しの指摘が飛ぶ。
「この島から漂う雰囲気が一々キショいんだよ。
「ああもちろん。刹那丸がずっと私に囁いている。"こんな仄暗い地は初めてだ。己の比にならぬ血と魂を吸っている"とね」
「刹那丸もドン引きしてんのかよ。やべーじゃん」
「とはいえ気配には出さないことだ。我らは今、常駐の用心棒という立場でここに滞在しているのだから。特A級の上澄みは目ざとくその変化を嗅ぎつけるだろう」
「ウイッス」
廊下を抜け男性用ゲストルームに辿り着いた時には、のっサンの忠告通り平静を装っておいた。
入室した先に待ち構えていた、先客三人の視線が一斉に刺さる。
大鎌を担いだ巨漢。
小太刀を腰に差した壮年。
物静かな雰囲気漂うロンゲの男。
闇の武器組を統括する最高幹部、"八煌断罪刃"。
オレらを呼び出した張本人達だった。
その内の一人が、いの一番に絡んでくる。
「おう、"鍔鳴り"の。それに久しぶりだな阿含。任務でデータセンター襲撃した時以来か」
「ご無沙汰です、ミハイ殿」
「おめーもこんな偏屈の仮弟子なんて罰ゲームやってねえで、いい加減オレの弟子になれよ。
たんまり金稼いで、美味い飯と酒にいい女囲って、この島でのんびり暮らそうや」
この人案外生き様が裏表無くて、オレ好みなんよな。
たまに俗っぽ過ぎるけど。
「最高の余生すね。仮師匠にポイされたら、その時は拾ってやってくださいよ」
品性は金では買えないよ、と活人拳から煽られそうなやりとりしていると、隣のグラサン男も割って入ってくる。
「また一段と剣気が磨かれているようだ。だが無手に浮気せず剣一本でやっていれば、今頃更なる剣技を手にしていたであろうに」
「いやあ色々覚える技術多くて。來濠殿は手厳しいなあ」
低く押し殺した声で評してくる、その横から最後の一人も入ってきた。
「我がしらべと通ずる稀有なアダマント。ステュクス川のほとりにて、師弟の契を結ぶなら、やぶさかでなし」
「お弟子さんにポエムわかってもらうようになった方が、てっとり早いすよ」
相変わらずふざけたポエムと、内包する気のエグさのギャップがやべえ。
波長が合うのか、言ってる事がなんとなくわかるのがちょっと嫌だ……。
"死神と踊る武王" ミハイ・シュティルベイ (あだ名 "飛段")
"偃武の執行人" エーデルトラフト・フォン・シラー (あだ名 "オサレ")
"不動の武士" 來濠 征太郎 (あだ名 "マダオ"(声が似てるから))
断罪刃に呼び出されたのは他でもない。
完全無欠を誇った島のセキュリティに、とうとうインシデントが発生したみてえだ。
昨日からにわかに島がバタついてやがるのは、そういうことか。
「どうやら昨日、潜り込んでたネズミが、この島の秘密を持ち出したようだ。
ユーステッド殿は大層ご立腹で、ネズミにまんまと利用された使用人は、今頃太平洋の底で海水浴だってよ。気の毒だねえ」
ミハイ殿がめっちゃニヤついてるけど、一々突っ込まねえ。
「闇と光の衝突は避けられぬ。嘆こうとアルカディアは血に染まるであろう」
「立華はミルドレッド達に状況を説明しに行っている。直向こうにも情勢が伝わるだろう。
近日中にも活人拳……梁山泊が島に介入してくる、と」
やっぱそうなるよな。だがこの島のセキュリティはデスパー島の失敗から学んで、堅牢さは比じゃねえ。
梁山泊の師匠達でも突入はてこずるはずだ。
潜入してた奴はよっぽど上手くやったんだろうな。
「紀伊陽炎、てめえはけったいで掴めねえ野郎だが剣の腕は本物だ。
軍事責任者のフォルトナ殿らの判断で、特例としてこの島に滞在中はオレら断罪刃と同等の権利を与えるそうだ。
精々梁山泊との抗争で、役に立てよ」
「ほほう、地位に興味はないが制約に縛られず、侵入者を自由に斬って回れるのは有難い話だ」
断罪刃に目もくれずのっサンが刹那丸をさすると、ミハイ殿が面白くなさそうに「ケッ」と吐き捨て、乱暴にソファへ腰を下ろす。
用が済んで帰ろうとしたところで、背中から來濠殿の声が飛んできた。
「金剛阿含、君も呼び出した理由は立派な即戦力の自覚を持ってもらうため、だ。
この半年で妙手の上半分──達人寄りまで積み上げた力を、存分に発揮するといい。
貢献に相応しい対価を与えるよう、私からユーステッド殿に強く進言しておこう」
闇の弟子を名乗っときながら、この半年でまだ一度も殺してねえからな。
期待半分。オレの殺人剣の資質に対する値踏みが半分、ってとこか。
ま、やるこたぁ変わらねえ。
この島はオレのやり方で終わらせる。
活人拳にも、殺人拳にも。
誰にも真似できねえ形でな。
今の阿含くんは口が滑ってあだ名で呼ばないように内心でも陽炎以外の闇人のあだ名は封じています。