100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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5話 阿含VSケンイチ-1

 陽が傾き始めた夕暮れの梁山泊。

 大広間の道場で、少年二人が組手を始めるべく対峙する。

 ビジターでありながら阿含は余裕たっぷりに二ヤつき、師匠達に囲まれホームであるはずのケンイチは、緊張で顔を強張らせる。

 この勝負が何事も無く収束すると思っているのは、今この場においてアパチャイくらいのものだろう。

 

「"デビルバット・ゴースト"」

 

 中距離から阿含が突っ込んだ。

 バカ正直な突進と思いきや、ケンイチの眼前で全身が煙のように揺らぐ。

 

「えっ、消えた!?」

 

 わかりやすく、ケンイチの眼に動揺が走る。

 更に右後方からヒタリと脇腹に拳を押し当てられる感触を味わい、背後を取られた事実に背筋を強張らせる。

 だがギャラリーはそのカラクリを難なく看破してみせる。

 

「直前で高速のフェイントを入れて、消えたように見せやがった。

 だが踏み込みの瞬間、重心から右に移動するのが予測できるはずだ。ケンイチにゃまだ難しいか?」

 

「阿含さんのあの移動術は完全ではありません。

 剣道などの防具を付けて視界が著しく制限されていれば話は別ですが、よく注視すれば、見極められるはずですわ」

 

 美羽達に技の精度を批判されながらも、阿含は特段否定すること無く、(だろうな)と内心で吐き捨てる。

 この技は漫画を流し読みしていて、たまたま気に入ったからぶっつけ本番で運用した劣化コピーだ。穴くらいはあるだろう。

 だが今のこの場では格下のケンイチにさえ通用すれば良い。

 だとするならば、その効果は十二分に発揮していると言える。

 

「だとさ。美羽ちゃん達なら余裕で見切れてるぜ。おら、次行くぞ」

 

 動揺して振り返るケンイチへ、中段突きが放たれる。

 

「ッッ!」

 

 胸部へと突きが吸い込まれる直前、咄嗟に左手で払い落とし、その反動を利用し鶴頭を阿含の下顎目掛けて突き上げる。

 

「"跳ね上げ鶴頭"!」

 

 対多人数用の攻撃技。

 最初は一連の動作を覚えられず、型を小分けに分解してもらいながらも反復練習で修得したケンイチの尊い資産だ。

 だがそれは――

 

「"跳ね上げ鶴頭返し"」

 

 わざとケンイチが反応できる、ギリギリまで突きの速度を調整したことによる、用意された演出であった。

 突き上げた鶴頭は更にカウンターで払われ、同じ技をそっくりそのまま阿含に切り返えされる。

 

「ほいもう一本。さっき徒党組んでるラグナレクのことディスってたけどよ、お前タイマンでも拳豪(あいつら)に勝てないんじゃね?」

 

 またも寸止めで鶴頭を止め、阿含はおちょくるように自身の顔面を指差しケンイチの攻撃を誘う。

 

「……ボクが教わった技を! くっ……"正拳突き"!

 

 拳に180度の回転を加えながらの、直線突き。

 至近距離からの攻撃を、阿含は生まれ持った"神速のインパルス"による超反応で難なく捉え、腕でいなす。

 その勢いのまま回転し、無防備なケンイチの後頭部へと肘打ちを打ち込む。

 またもそれを寸止めで済ませながらも、阿含は不敵に微笑んだ。

 

"ソーク・クラブ(回転肘打ち)"。お前はこれ覚えるのに大分モタついてたよな」

 

 だいぶ前から手ほどきを受けていたというのに、ケンイチは"ソーク・クラブ"を身に着けたばかり。

 そして阿含が今放ったそれは、ケンイチ以上の精度を誇っている。

 その後も"烏牛擺頭(うぎゅうはいとう)"に"岬越寺流・四連撃"。

 これまでケンイチが教わった技を阿含は的確に繰り出し("デビルバット・ゴースト"はおまけ)、手打ちや寸止めで傷つけること無く的確に一本を取っていく。

 常人の尺度で考えれば驚くべき事態である。当の師匠達はというと――

 

「あのガキ……この前ここに立ち寄った時、ケンイチの稽古を見てやがったな。

 そこから教わった技を再現したのか」

 

「アパパパ、でもあの子がいた時はアパチャイ、"ソーク・クラブ(回転肘打ち)"を見せてないよ!」

 

「我々は二段階以上の工程がある技を教える時、型を分解して稽古をつけている。

 おそらくはケンイチ君が型の断片を反復練習をしているのを見て、そこをヒントとして元の技を構築して見せたのだろう」

 

「秋雨どんの推理が事実だとしたら中々非凡な素質ね。

 それにわざとケンちゃんを傷一つつけていない。

 寸止めに徹して生殺しにすることで、積み上げた努力を崩し、心を揺さぶろうとしている。しかし……」

 

 その程度では師匠陣は浮足立たない。

 ケンイチが死に物狂いで手にした宝物()をオモチャにする阿含を伺う様子は、どこか冷めていた。

 阿含のやっていることは"お前が必死に覚えた技を、オレは指導無しで簡単に覚えられる"というケンイチへの示威行為。

 確かに阿含とケンイチの才能、現時点での実力は圧倒的である。

 しかし、風林寺美羽という存在が傍にいるケンイチからすれば、己の資質などとうに理解している。

 阿含がそこに追加された程度で心が揺らぐことはない。

 

 当の阿含にしても、高い武術的素養があることは事実なのだが、梁山泊の豪傑達や美羽からすれば、浮かれるほどではない。

 仕込まれた大道芸を、動物が披露しているところを見るのに近い感覚だ。

 徐々に周囲からの活人拳の武術家としての興味、熱が薄れていく。

 その時、唐突に流れが変わった。

 

「ブッ!?」

 

 至近距離で組み合っていたケンイチの顎が跳ね上がり、後方へとのけぞる。

 阿含がケンイチの顎に当てた手のヒジをもう片方の手で下から突き上げ、ゼロ距離から爆発的な衝撃を与えていた。

 

「おっ、初めてケンイチにクリーンヒットさせたな」

 

「あれは八卦掌の近距離掌底か。

 剣星、ケンイチ君はあれをもう修得できたのかね。……剣星?」

 

 秋雨の隣で、剣星が珍しく渋い表情を浮かべている。

 

「いいや……あの技はそもそもまだケンちゃんには教えてないね」

 

「ってことは、ケンイチが習ってる武術でまだ知らねえ技を見せびらかしてやがるのか?」

 

 あまりいい趣味とは言えないマウント行為だ。逆鬼が内心でそう吐き捨てるが、剣星が放った次の一言で空気が一変する。

 

「あれはおいちゃんが()()()()()()()()()()()()()()()()()技ね。精度も合格点レベルまで再現できている」

 

「アパパパ、金髪の子が代わりに見せてくれてよかったね剣星」

 

 アパチャイが裏表無く喜びを共感する横で、秋雨と逆鬼、美羽が顔色を変える。

 師匠達はケンイチを指導する際、その場のテンションやアドリブを持ち込んだりするが、教える技に限っては真剣な計画と厳選をしている。

 修得の時期と内容を見誤れば、ケンイチのみならず戦う相手をも不幸にするからだ。

 弟子の才能,技術,既存の修得技,身体能力から逆算し、次に覚えさせる技を選定。

 仮に阿含が師匠陣の思考を再現したというのならば――

 

(まさか……己の才能をひけらかす。ただそれだけのために、未来のケンイチ君に楔を打ち込んだというのか?

 それも我らを経由して!?)

 

 

 

***

 

 

 

 あの組手は最高だった。

 白浜(モブ)には次元の違いと現実をわからせ、美羽と達人共がオレを見る目も変わった。

 それだけじゃねえ、時限爆弾式のおまけ付きだ。

 後でちッサンがあの近距離掌底を解説した暁には、更にオレとの彼我差を突きつけられるってわけだよ。

 文句なしの展開、気分爽快のはずなんだが――

 

「よう阿含、帰るとこか?」

 

 言語化できないモヤモヤを抱えたまま、帰路につくオレを呼ぶ声がする。

 

「ん? ……おー……戸叶じゃねえか」

 

「お前一瞬俺の名前トんでただろ……」

 

 ややフケ顔のグラサン男、こいつは戸叶。

 オレはクラスで周りから意図的に距離を置いてる。

 そんなオレに臆さず話しかけ、いつもコミックを貸してくれる変わった奴。

 気を許してる(ちっとだけな)数少ない男の知り合いだ。

 借りた漫画の感想やら、再現した技やらをくっちゃべりながら分かれ道に差し掛かった。

 

「じゃあな、阿含。しかし今日は何か不機嫌になることでもあったのか?」

 

「あ"ー? 別にんなこたねえよ。何だってんだ?」

 

「そうかぁ? 俺が声かけた時、お前の顔イラついてたぞ。じゃーまた明日な」

 

 去りゆく戸叶の後ろ姿に、オレは何も声を掛けられずにいた。

 ラグナレクとの立ち回りも気の運用も、順調にこなしていたはず。

 イラつく要素がねえだろ。

 

 ……いやちげーな。

 確かにオレの腹の底には、違和感が残ってやがる。

 見て見ぬ振りをするのは凡人の悪癖か。

 わだかまりの原因を特定しようと思考の先を巡らせる。

 

 ……脳裏に過ったのは――()()()()完了したはずの泥臭いモブの顔だった。

 今日の組手で揺さぶる。

 そのはずが、逆に何かのきっかけを与えちまったような――

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