「子供を嬲って殺す異常者を九拳総出で護衛しろだって? 一影、堅物のアンタも冗談言うんだな」
欧州某所に存在する、闇の大規模拠点。
翔の死から8ヶ月ぶりに現存の九拳全員が顔を突き合わせた、幹部会議室の最奥。
すだれに仕切られた先に座している一影に、アーガードが快活に問いかける。
その口元は不敵に微笑んでいるが、目は笑っていない。
「ヴァンダル・ユーステッド……フォルトナに並び、屈指の支援を闇に与えている。
彼がこれから国連と梁山泊に狙われるとなれば、我らも彼の
ただでさえ彼の存在が"久遠の落日"のキーとなる上、武器組が全面支援を約束している現状ではな」
一影もユーステッドへの助太刀に対し、そこまで気は進んでいないようだ。
それでもこれまでの
「悪いが今回は降りる。弟子を一なる継承者として、非情な拳に育てられなかった俺の力など、無くても問題なかろう」
「フォルトナはいざとなれば、自分が矢面に立って戦う覚悟はあるようだが……。
ユーステッドとかいう奴は、安全圏から弱者を甚振ることしかしないんだろう? 俺もどうにも気に入らないな」
チクリと嫌味を流しながら、本郷が一影の意向を無視して固辞し、槍月がそれに続いたことで、その場の空気がヒリつき始める。
「カカカ……良いではないか一影殿。抜けたい奴は勝手に抜けさせれば良いわいのう」
場の空気を一変させるよう、ジュナザードがこともなさげに笑い飛ばした。
「今離脱を申し出た者はどれもこれも、梁山泊と一騎打ちで死合って勝ち越せぬ、情けない連中ばかり。
そんな役立たずが何人抜けようと……九拳最強の我さえいれば、どうってことないわいの」
ギロリと周囲を威圧する眼光から、暴論と思える発言が放たれる。
だが、あながちそこまで見当外れの啖呵でもない。
アーガード、本郷、槍月が離脱しようとジュナザード一人が参戦すれば、それだけで戦力の穴を十分補える。
それほどまでに、超人級とは戦局そのものを書き換える存在だった。
「邪神殿が先陣を切って参加表明されるのは、意外でしたね。
こういった上から押さえつける至上命令は、嫌うと思っておりましたが」
「梁山泊が動くとなれば当然、無敵超人も動く。
風林寺のじっさまとは、そろそろケリをつけねばならぬと思っていたところだわいの」
緒方の疑問に応えるジュナザードの視線が見据える先。
そこには常に強者との死合いが思い描かれ、ユーステッドという男の所業など欠片の興味も無いようだった。
その後セロを含めた4名の九拳が辞退を申し出、その場はお開きとなった。
あの人達いつも降りてるなあ、と内心ぼやきながら、緒方が退室しようとした美雲の背に声をかける。
「妖拳殿。拳魔邪神の参戦……あなたが一枚噛んでいるのですか?」
「我らに協力するならば……事が済んだ後に闇の武器組の頭領、二天閻羅王との死合いを内定させると約束しておいた。
邪神は死合いが楽しめて良し。武器組は久遠の落日の遂行確率が高められて良し。無手組は梁山泊に対抗しうる強力な軸を手にして良し。
まさに三方良しというわけじゃな」
そのままどこか上機嫌で立ち去る美雲。
緒方は少し目を丸くしながらもくつくつと笑い、おっかないなぁと零しながら、その後ろ姿を見届けるのだった。
***
孤児達との
「ユーステッド様、防衛プログラムによるシミュレーションが完了しました。
梁山泊と国連軍の一部が領空より攻め入る準備が整うまで、今から最低でも48時間の猶予があります」
室内で待機していた秘書が、タブレットに表示された情報を読み上げる。
島の表の主は目つきをギラつかせ本性を露わにしながら、鼻を鳴らす。
「2日あればセキュリティのアップデートと、達人衆の戦闘配備までに十分間に合うな。愚か者がスパイに凋落されたと聞いた時はヒヤヒヤしたが……この理想郷は何人たりとも滅ぼさせん」
「しかしよろしいのですか? 闇人達に島内での特権をああも気軽に与えてしまって……」
「バカを言え。この島が内側から崩されないのは、達人が目を光らせているからだ。
それに我らの
この島の秘密がリークされ、闇の後ろ盾が無くなってみろ。
私達は半年と経たずに全員口封じされるだろう」
「賢明な判断ですなあ、ユーステッド殿」
ゴクリ、と息を呑む秘書の後ろから低くしゃがれた声がした。
ユーステッドと同じくビジネスパーソン然とした雰囲気を持ちつつも、同時に屈曲な体格と武の匂いを放つ中年の男。
この島の共同出資者にして影の王、フォルトナの姿を見て、表の王はスッと目を細める。
「フォルトナ殿……お出ででしたか」
「闇に依存してはなりませんが、それなりに仲良くしておいて損はありませぬ。
ましてやあの梁山泊が相手となればな。彼奴ら、よほどワシの首と養子達の安否が気になるようじゃ。その執念がアダになるとも知らずにのう」
フォルトナに呼応する様、ユーステッドが連られて忍び笑う。
「クク……フォルトナ殿も中々のワルですな。仕込みは上々といったところですか」
「ユーステッド殿程ではあるまいよ。梁山泊を尻込みさせる仕掛けも用意してあるとか……。逆にあの連中の逆鱗に触れねば良いがのう」
「それならそれで、邪魔なあやつらをここで根だやす良い機会だ。
私の楽園に土足で踏み込み、
支配者2人。
彼らの権力と武力に支配されぬ存在は、この世界でもはや梁山泊のみ。
秘書は一人心中で確信する。もしも彼らを上手く返り討ちにしたならば、この島が全世界を牛耳る日も遠くない──と。
***
猛暑、酷暑とあれ程騒がれていた夏もとうに過ぎ去りて。
日付を跨いだばかりのユーステッド島は、突き刺すような冷風が吹き付けている。
島の遥か上空、寒空の中を滑空する巨大な飛空艇。
その中には国連軍が限られた戦力から選出した精鋭兵、隼人を除く活人拳の武術家、そして公安の真野が集う。
皆、刻一刻と迫る
「いよいよだね」
武術家達が集められた大広間の中央で、秋雨が腕組み鎮座している。
眼下の遥か遠方に位置する島から、微かに漂う邪気に反応しているのか、普段滅多に見せぬ険しい表情を浮かべている。
ふと秋雨が持つ端末が着信した。
ビデオ通話に切り替えると、画面の先で新島が笑みを浮かべている。
ここ8ヶ月、YOMIとの抗争で修羅場を潜り続けたからか、すっかり顔付きに精悍さが増しているようだ。
『岬越寺大先生、こちらも準備完了してますよ』
「ああ。君達の協力に深く感謝する」
「新島!? どうして岬越寺師匠に連絡を!?」
秋雨の横からケンイチが割って入り、画面を覗き込む。
真野から情報を掴んでから、たった1週間でユーステッド島への急襲を仕掛ける電撃作戦。
この極秘任務に新島が介入する事など、聞かされていなかった。
「島を制圧するにはデスパー島と同じく、まずはセキュリティを無力化せねばならぬ。
後は大量殺戮兵器があった場合も同様だ。
そのため第一陣として、我ら武人班に加え新島君を筆頭とした情報処理班も同時に内部潜入してもらう。彼らは我らとは別働隊として突入する予定だ」
「っ……でもお前や情報処理班の人達だけじゃ、潜入はかなり危険だろ?」
『ああ、だからこっちはしばらく、ケンイチのとこの長老と一緒に行動する予定だ。
それと連合から3人を救援として呼んでいる。ケンイチの方へ加勢に向かわせるぜ』
「3人? ……やけに少なくないか?」
『厳しいが、この戦いに中途半端な戦力を投入するわけにはいかねえからな。
欲を言えば、DオブD決勝の時の阿含クラスは欲しいとこだ』
阿含の名前を聞いたケンイチと美羽の表情がピクリと動く。
もしも彼がここにいたなら、きっと戦力としても、精神的にも頼もしい存在になっただろう。
新島との通信を終えると、一人の軍人が大広間に足を踏み入れた。
いかにも頑固一徹といった、職業軍人風の雰囲気を纏う、貫禄のある男。
中央までやってきて、帽子を取り浅く頭を下げる。
「皆さん、挨拶が遅くなった。此度の作戦で指揮を預かる、国連軍のラングラだ。
此度は我らへの尽力、感謝する。こちらは協力を仰いでおきながら、制圧に十分な戦力が確保できずに申し訳ない」
「おたくらの上層部の中にも、ユーステッドとべったりしている者がいるのだろう?
組織として一枚岩で動けぬ以上、貴殿が気に病むことは無いね」
ラングラの心中を慮る様に剣星が呟くと、兵卒の一人がツカツカと駆け寄ってきた。
「ラングラ将軍! オープンチャンネルに通信が入っています! 通信相手は……おそらくユーステッドと思われます!」
雑談の声がひたりと止み、広間の注目が一斉に集まる。
人工衛星かなにかで、飛空艇の接近を察知したのだろうか。
ラングラは即座に指示し、室内のモニタを起動させた。
画面の先には、ソファに足組し穏やかに微笑むユーステッドの姿があった。
そして両脇には衛兵、そして孤児と思わしき子2人を侍らせている。
子供達は一見、もてなすように笑顔を浮かべているが、どこかぎこちない。そして眼だけは助けを求めるように泳いでいる。
『これはこれは国連軍の皆様。こんな寒い夜更けにこの島の領空を彷徨い、どうされましたか?
空路に迷われているのでしたら、我が島で休憩されてはいかがでしょうか。温かいスープを用意してお迎えしますよ』
入島前に武装は全面解除していただきますが、と付け加えるユーステッド。
ラングラが有無を言わさぬ高圧的な口調で応対する。
「ヴァンダル・ユーステッド氏だな。私は国連軍のラングラ。
貴殿らには重国際犯罪の疑いがかかっている。
島の警備とセキュリティを直ちに解除し、我らをこのまま島の中枢に迎え入れてもらおうか」
『国際犯罪ぃ? これは酷い言いがかりですねえ。この子達も甚だ遺憾のようですよ、ねえ君達』
わざとらしく問いかけられ、子供達は必死にブンブンと首を縦に振る。
『もしもあなた達が突入すれば、この子達は更に悲しむことになるでしょう。どうか引き返してはくれませんか?』
その発言が意味する事を察したラングラは、一瞬返答に窮したが──
「交渉の余地は無い。投降かあるいは──」
毅然と答え、完全なる敵対の意を示す。
ユーステッドの瞳にス、と一瞬黒いものが走った様な気がした。
『なんと……この楽園に軍隊が攻め入るなど、子供達がさぞ怯えてしまうな。
ああ皆が心配だ。衛兵、この子達を
『ヒッ……』
『いや……!』
無機質に立ち尽くしていた衛兵が、子供達を引きずり画面の外へと消えていく。
「ま、待て……その子達をどうするつもりだ!?」
明らかに恐怖の反応を見せた子供達。
思わず口を挟んだケンイチに、初めてユーステッドの視線と意識が移る。
『少年兵……? 国連軍はそこまで人手不足なのですか。心中お察ししますよ。では……』
嘲笑する様な笑みを浮かべられたまま、通信は一方的に切られた。
スタンバイ状態に戻ったモニタを呆然と見つめたまま固まる。
そんなケンイチの異変に気付き、真野が声をかける。
「どうした白浜少年、顔色が悪いようだが」
よほど勘の悪い者でもなければ、子供達の
叶翔が凶弾に斃れた、あの日の光景が蘇る。
眼の前で助けられなかった命があった──あの時の感覚だ。
師匠陣も各々明らかに憤慨した様子で、拳を握りしめている。
「ケンイチさん……今は気持ちを切り替えて!」
ケンイチが
美羽が冷え切った手を握りしめ、ラングラはケンイチの精神状態を危うんでいるのか、師匠達と何やら耳打ちしている。
その横で真野が同じ視座になるよう、身をかがめた。
「我々は神様ではない。全てを救うことはできずとも、一人でも多くの命を助けよう。
梁山泊の歴々が参戦を認めた君の拳なら、それが出来るはずだ」
「っ……!」
連合軍の突入。決戦まであと10分に迫ろうとしていた。
ふと、島の外を出歩いていた阿含が、上空を見上げる。
暗雲立ち込めるユーステッド島の夜空が、彼に一つの覚悟を背負わせた。
ここから先、己の目的を、意を最後まで貫く。
たとえ闇を──そして活人拳、その全てを敵に回したとしても。
大分書き溜めた貯金が減ってきましたが
今月はどうにか週2投稿できそうです