あげなおしました
夜空を裂くように。流星と言う名の人影が、島の上空を舞い降りる。
普通ならば、酸素濃度,気圧,風圧が脅威となりて、人体に牙を向くだろう。
生身で飛び込むなど自殺行為。だが特A級の達人にとっては違う。
気を纏った強靭な肉体は空を裂き、重力すら味方につける。
「アパパ。ケンイチ、目を瞑ってじっとしてるよ」
防護布で包みこんだケンイチを抱え、アパチャイが──
その隣ではしぐれが美羽を抱え、空をダイブする。
その眼下では、島の照明が宝石箱の様に光り輝いていた。
遊園地とビーチを拠点とした、リゾート施設に豪華なホテル。
幻想的な光景だったが、その裏で島全体から嘆きの様な負のオーラも同時に滲み出ている。
「今だ!」
このまま自由落下すれば、間違いなく島に激突するというタイミング。
秋雨の合図と同時に、パラシュートの群れが夜空に咲いた。
デスパー島でジークフリートが、対空兵器を掻い潜るべく使った方法を再現し、第一陣が見事ユーステッド島に上陸する。
そこから先はあっという間だった。
警備兵の緊を孕んだ、敵襲を告げるアナウンス。
島中に鳴り響くサイレン。
一斉に赤へと切り替わる建造物の灯り。
闇の武人が蠢く気配。
その中を突き進み、島の中央へと滞り無く進軍していく。
「妙ね……我らが突入した地点はとっくにバレてるはずなのに、警備兵が誰も襲ってこないね」
「戦力の無駄遣いじゃからな。周辺警備には手を出さぬように通達してある。
武人の相手はあくまで武人……ということじゃ」
闇夜から剣星のつぶやきを拾う、艶のある声。
声のする方角──メインの設備が集約した巨大な施設の入口を守るよう、この島の最高戦力が集っていた。
頭領を除く八煌断罪刃の7人、そして櫛灘美雲と緒方一心斎。
「……現れたか」
対峙するは梁山泊の5人、そして──
岬越寺秋雨の親友である、裏ボクシング界の"破壊神" ジェームズ志場と古流武術の伝承者、山本大樹。
そしてフレイヤの祖父である杖術使い、久賀舘 弾祁。
剣聖の親戚である馬良。
総勢18人の特A級達人が相対する、終末戦争と言わんばかりの構図。
各々がただ睨み合うだけで、その場の空間を歪ませる程の迫力を放っている。
「へっ……死に方くらい選ばせてやるよ。
丁度9対9だが、オレ達断罪刃は集団戦もタイマンもどっちもござれだ」
「あれが最も人を屠った父の遺作……」
「アパ……もう一人の恐ろしい死神、きてたかよ。でもアーガードがいないよ」
ミハイが大鎌を肩に掛け軽口を叩くと、しぐれとアパチャイが露骨に嫌悪の反応を示す。
「本郷やヒゲのオッサンもいねえじゃねえか」
「兄さん……馬槍月も見当たらないね」
断罪刃に比べて九拳の欠けが明らかに多い。
そこに触れられ、ミハイがニヤ付きを尖らせながら肩をすくめる。
「それだけどさぁ、聞いてくれよー。「僕達良い子ちゃんなんで、ユーステッドに協力したくありませーん」とかホザいて、人越拳とか一部の腑抜けがボイコットしやがったのさ。
オレ達断罪刃は全員協力してんのに、お前らもひでえ話だと思わねえか?」
「そういうことかよ……本郷……お前らしいな」
「九拳勢の我が強く、武器組に迷惑をかけている点は弁解の余地もありませんねえ。
でもこれで人数が拮抗しましたし、楽しい死合いができそうですよ。
ところで……オープンチャンネルに映っていた白浜少年が見当たりませんね」
緒方が大して気に留めていない様子で、ふと話題を切り替えるとミハイもそれに釣られ後方の建造物を振り返る。
「あー……まさか別働隊か? どうするよ妖拳の。とっ捕まえるか?」
「何者かが潜入したようではあるが、達人の気配は無いようじゃ。
行かせてやろうではないか。我らの弟子の贄に丁度良い」
「へへ……そういや梁山泊の弟子は、バックレやがった腰抜け九拳共の弟子をことごとく打ち破ったんだったな。
そんな最強の弟子を、オレ達の弟子の誰かが屠るってのも確かに面白えな」
愛弟子、ジグマリゲンの鎌がケンイチの腹を貫く。
そんな様を思い描き、ミハイは一人舌なめずりした。
***
梁山泊の師匠達が九拳と断罪刃の連合軍を引きつけている間。
闇に紛れ、ケンイチと美羽は敵拠点の内部へと侵入していた。
「中に入ったのに、これでも警備の武装兵が襲ってきません!」
「建物内での銃撃や爆撃は、設備に影響が出ると判断したのかもしれませんわ」
拠点内は最低限の照明が照らすだけで、恐ろしいほどに静まり返っている。
奥へ奥へと突き進み、広間と思わしき開けた場所に出ると──
「やあ、待っていたよ梁山泊」
そこで待ち構えていた人物達を視認し、ケンイチは息を呑んで身構える。
一人は眼帯を身につけた屈強な男。
両隣に、くノ一と思わしき風貌の女2人を侍らせている。
全身からみなぎる生命力に満ち溢れた強大な気が、ひと目見ただけでケンイチに問答無用の警戒を抱かせた。
「オレはYOMIのリーダー、鍛冶摩里巳。なるほど、お前さんがYOMIをここまで追い込んだ白浜兼一か。いい目をしている」
これまで出会ったどのYOMIよりも強力な、"対峙圧"を放つ鍛冶摩。
しかしケンイチの意識はどうしても、その隣に並び立つもう一人に移ってしまう。
知り合いを通り越し、顔なじみとも言える道着姿の子供。
「その才能の欠片も無い素体で、よくぞ妙手に成り上がった。
お前の努力には頭が下がる、"バンソーコー"。……いや、この期に及んであだ名は失礼だったな、白浜兼一」
「千影ちゃん……」
「だからこそ、今日私が直々に引導を渡してやろう」
櫛灘千影がケンイチの進路を塞ぐように立ちはだかり、半身に構える。
双眸に連合の皆といる時の様な光は無く、無機質に冷え切った闇人特有のそれとなっている。
「リーダーであるあなたが、ボクの相手では無いんですか?」
「今日は千影の
オレも死合ってみたかったが……可愛い後輩に首を譲るよ」
「ありがとうございます鍛冶摩さん。必ずや、史上最強の弟子の首を挙げます」
ケンイチVS千影の構図が出来上がり──
「私だけ横をお先に失礼──というわけにはいきませんわよね」
「そうだな、あんたを素通りさせるわけにはいかない。
やはり暗鶚の末裔の相手は、同じ暗鶚のエリートがふさわしい」
鍛冶摩が指を鳴らすと、側近のくノ一二人が音もなく美羽を取り囲む。
「一人で数個師団の価値がある、とうたわれた暗鶚の精鋭……相手に不足はありませんわ! でも今気になるのは私よりも、ケンイチさんと千影ちゃん……」
千影はかつて精神が不安定となり、ケンイチとの死合いをドタキャンし、死合う権利を一度剥奪されている。
ハンデを抱えるケンイチはもとより、千影にとってもこの戦いは試練となるはず。
どう決着するか、美羽にも全くもって想像がつかない。
「お前とは幾多の因縁、借りがあった。今日この場で全てを精算しよう」
千影は息つくまもなく、一直線にケンイチへと翔け進む。
その瞳には、ケンイチという武術家の重心配分が、精密機械の如く映し出されている。
どう動けば、どこから攻めれば安全かつ速やかに態勢を崩し、投げ飛ばせるか。
答えが視えた状態でケンイチの懐に潜り込み、道着に掴みかかる。
「とりゃ!」
「むっ……?」
が──直前で千影側にとって好ましくない態勢、重心に直前で切り替えされ、伸ばした腕が軽い掌底に払われる。
力を使わず技で捌く、櫛灘流に近い鮮やかな対処。
一瞬動きを鈍らせながらも、千影は冷静に原因を分析する。
「防がれた……偶然ではないな」
「"流水深層制空圏 第二段階"!
YOMIの皆……そして阿含君と出会った事がきっかけで、目覚めた力だ!」
シャドー阿含との戦いで産声をあげ、ボリスとの戦いで覚醒した新たな制空圏。
この8ヶ月間、更なる宿敵達と死闘で揉まれた結果、制空圏は新たなフェーズへ突入していた。
相手の気の流れを読む力を研ぎ澄ませ応用する。
相手の意識下より外れている"孤塁"に加え、力んでいる箇所、筋肉に力を込めている箇所を気の偏りから推察できるようになった。
千影が"神童"と呼ばれるに至った、重心を見抜く能力になんとか対抗しうる能力へと昇華される。
「相手が力を入れている箇所を見抜く能力……私の天禀に少し似た眼力を、後天的に身に着けたか。いつもお前は想像を超えてくれるな」
どこか嬉しそうに千影が呟き、遠巻きに戦いを眺めていた鍛冶摩も感嘆の息を漏らす。
「ほぉ……ここでも金剛阿含の名が出るか。だが……彼の置き土産で強くなったのは、何も活人拳だけと思わない方がいいんじゃないか。そろそろ頃合いだ、千影」
意味深な鍛冶摩のつぶやきに、ケンイチの意識が一瞬奪われる。
その時、千影の全身を纏う気が緩やかに循環を始めていく。
「はい、鍛冶摩さん。お前との死合いを心待ちにしてたが、愉しむのはここまでだ。……"解析"実行」
瞳から、一切の感情が喪失を始める。
それを見たケンイチの脳裏に、否が応でも終生のライバルの姿が過ぎる。
かつてのDオブD決勝。
あの時の阿含の雰囲気に、千影が侵食していくようだった。
ダイヤモンドの輝きは、かつて活人拳の弟子達に大きな影響を与えた。
そしてそれは今、闇にも等しく祝福をもたらし、ケンイチに牙を剥く。
なんとか50話まで続けることができました