千影が"解析"状態に移行した。
一方、"流水深層制空圏"により、洞察力が研ぎ澄まされたケンイチ。
彼がその姿を見て最初に抱いたのは、
『……』
「……」
掌打,踏み込み,いなしを互いに繰り返しつつ、無言で互いの制空圏を奪い合う。
互いの領地を制圧するチェスの様な攻防の最中、ケンイチの疑惑は確信へと変わる。
「闇め……!」
心静かに制空圏を練り上げていたケンイチが、露骨に嫌悪と怒りを示す。
鍛冶摩がその様子を訝しむが、すぐに理由を推察する。
(白浜が冷静さを欠く要素が、今の攻防にあったか……?
……まさか、これだけのやりとりで気付いたというのか。
千影が得たこの能力。主たる目的は解析ではなく、発動中に感情を喪失させること。
まだ幼く不安定な千影に、非情な闇人の性質を染み込ませるため、闇の……師である櫛灘美雲の目論見により仕込まれたという、その背景までも……)
手強いな、と鍛冶摩が呟く視線の先、突如ケンイチが千影に投げ飛ばされ、床に叩きつけられる。
両者の技量は現時点で互角。
ならば相手を殴れないケンイチが遅れを取るのは、順当な結果といえるだろう。
三度、四度と投げ飛ばされ、背に痺れるような痛みを宿らせながら立ち上がる。
ケンイチはいつのまにか憤りを表情から引っ込めていた。
その代わり、己のバックグラウンドを掲げるよう、誇らしげに微笑んだ。
「確かに阿含君の存在は大きかった。闇も彼から多くを得たのかも知れない。
でも……この世で彼を一番認め、才能の差を思い知らされ、最も多くを学ばされたのはボクだ。……"流水深層制空圏 第三段階"」
全身を纏う薄皮一枚の制空圏を、10cm幅のというどうにも中途半端といえる形で広げ、ケンイチが自ら千影目掛けて一直線に走り出す。
一瞬虚を突かれたものの、千影は何なく対応しケンイチの攻撃を捌いていく。
パワーもスピードも、技術も何も変わっていない。
ケンイチが千影に投げ飛ばされる構図が続くだけではないか、と鍛冶摩が訝しみかけた。その時──
『……! ……っ!?』
理想的と言えた千影の気のバランスと集中が、乱れ歪んでいく。
肉体には傷一つついておらず、ケンイチも攻撃を加えた形跡も無い。
やがて鍛冶摩はケンイチが実行しようとしている目論見に気付き、俄に目を見開く。
「これは……千影の"気"そのものを食らい、自身の気としている?」
千影がケンイチを投げ飛ばす。
接触が発生する都度、千影の気が蝕まれ、ケンイチの気へと置換されているようだ。
特A級の奥義とも、阿含が開発した技術とも違う事象。
だが実際に目の前で起きていることだ。
(相手の気を奪うなど信じられん。からくりもまだわからないが……。
なるほど、気を全て削り取ってしまえば、千影が白浜を倒すだけの力は残らない。
女子供に手をあげられない白浜にとって、うってつけの戦術と言えるだろう。
ふぅむ……これだから武術はかくも尊く面白い)
鍛冶摩が高揚しながら見守る視線の先、接触が発生する度にケンイチは千影の気を削りつつも投げ飛ばされ、負傷は蓄積する。
確実に勝ちたいのなら、通常攻撃と気の吸収を組み合わせて攻めるべき。
千影もそれをわかっているからこそ、堪らず追撃の手を緩めてしまう。
「この期に及んで意地を貫き、要らぬ負け筋を生む気か、白浜」
「君だってそうじゃないか千影ちゃん」
いてて、と背中の痺れる痛みを堪え、ケンイチが己の後頭部を指さす。
「最初に投げ飛ばした時、頭から叩きつけられていれば勝負はついていたかもしれない。反射的に背中から落としたのは、君の意思だろう?」
千影の解析状態は今やとっくに解除され、両眼には幾多の感情が浮かび、過ぎっている。
「私は……闇の、師匠の命で活人拳をこの手で……」
「闇人のホープとしての自分」と「一人の少女としての自分」が衝突し、せめぎ合う。
美雲がこれまで
ケンイチの、そして鍛冶摩の目にもそれは明らかだ。
戦いの潮目が変わろうとしていた、まさにその時──
「おー……やってるじゃねえか、ガキ共」
この場の空気も、何もかもブチ壊し一変させる、闖入者のドスの効いた声。
巨大な蛮刀を肩に掛け、不敵に笑うドレッドヘアの大男。
拠点の奥の方から現れた、その姿を見たケンイチと美羽の背に悪寒が走り、顔色が変わる。
かつてフレイヤの祖父、久賀舘 弾祁を攫いケンイチを斬ったあの達人。
怒れる弾祁に返り討ちに合い、その後沖縄でもケンイチを斬ろうとしたことで、瀕死のアパチャイから制裁を受け、またも秒殺された。
ケンイチにとって強い因縁を持つ男。闇の武器組、蛮刀使いの乱入に、鍛冶摩は内心小さく舌打ちしながらも、態度に出さずにこやかに歩み寄る。
「いかがされましたかゴルベ殿。確か別区域の警備をされていたはずでは?」
「侵入者の気配が気になってこっちにな。その梁山泊の小僧にゃ、少々因縁がある。ここからは俺様が引き継いでやるよ」
「まだ我らYOMIの無手組が死合っている最中ですが……」
「テキトー吹くなやい。その小娘が殺る気ねえのはあからさまじゃねえか。情けねえ無手組に代わってこの場を仕切る。それとも俺の邪魔だてをするか?」
「いえまさか。今この場ではゴルベ殿が一番の権限を持っておりますから」
粗暴で武人の誇りなど持ち合わせていないが、それでもたゆまぬ努力と修練の果て、達人級に登り詰めた男だ。
この島における権限もゴルベの方が上である。
千影を貶され、横暴をふりかざされ鼻で一笑されても、鍛冶摩は二つ返事で従うしかない。
鍛冶摩の側近の女達も、体内武術段階を徐々に開放した美羽相手に劣勢に立たされていたが、ゴルベに従い戦闘を中断して美羽から離れる。
フリーとなった美羽が状況を察し、すぐさまケンイチに駆け寄ろうとする。
「ケンイチさん、達人相手に1対1は無謀ですわ! 私が一緒に……」
「そういやそっちの乳娘にも借りがあったんだったな。おい獲物だぞ──ペングルサンカン!」
「ゴオオオオオオオッッ!」
名を呼ばれ合図を受けると同時。
ゴルベをも遥かに上回る、異形とも言って良い巨体。
両手に刀を握りしめる仮面の男が、天井を揺るがす咆哮を上げ背後から現れる。
「なっ……この者は!?」
「こいつはペングルサンカン。無手組の拳魔邪神から借り受けた武器使いの一人だ。
地獄の修行に耐え抜いた結果心が決壊しちまい、達人になれなかった失敗作なんだとよ。
だがそれでも実力は妙手の上半分。つまり今のお前らより強いってわけだ」
ゴニョゴニョと聞き慣れない言語を漏らしながら、ペングルサンカンは虚ろな瞳でその場の武術家達を一人一人視認していく。
「達人級には本能で迂闊には襲いかからないが、それ以外は見境無く斬りかかる狂戦士らしいぞ。
つまりこの場で難なく対処できるのは俺様のみ。死にたくなきゃ引っ込んでな、YOMIのガキ共」
下卑た笑いを漏らし、マウントに勤しむゴルベ。
それに文句の一つも言いたくなる気持ちを抑え、鍛冶摩が千影と側近を退避させる。
その間にもペングルサンカンが美羽へと迫る。
その美羽を助けようとするケンイチを分断するかのように、ゴルベが割って入った。
「どけ! 闇の蛮刀使い! 美羽さんに手は出させないぞ!」
「命令ってのは自分より格下相手にするもんだろう? 活人拳ってのはそこまで頭が悪いのか?」
肩に掛けられていた蛮刀が、ギラリと黒い輝きを放つ。
と同時、ノーモーションで蛮刀が空よりケンイチ目掛け振り下ろされた。
「うっ!?」
「ケンイチさん!」
着弾まで0.1秒未満。かつてゴルベがケンイチを侮り、いたぶっていた時とは違う。
油断なしの達人が放つ、全力の一撃がケンイチの脳天へと吸い込まれ──
「おっ?」
刀身の横から突如見えない衝撃が叩き込まれ、蛮刀は軌道を僅かに逸らし、ケンイチの左肩を掠め床を豪快に叩き割る。
(制空圏が反応してとっさに右に動いたけど、躱しきれるはずがない一撃だった。
左肩を斬られる覚悟をしてたのに……今のは!?)
「一刀流 "三十六煩悩鳳"」
左の回廊から現れた一人の少年が、一振りの刀を手にこちらへと歩むと、ケンイチと美羽は息を呑む。
眼前に敵が迫るのもお構いなしに、その姿に眼が釘付けになり離れない。
「達人が妙手以下の決闘を邪魔してんじゃねえ。すっこんでろ」
久方ぶりに再会した金剛阿含は、半年前とは別人の様な眼力と気で、周囲を牽制,威圧する。
斬撃を衝撃に変換し、飛び道具として解き放ちケンイチの窮地を救った。
それに気付いたペングルサンカンが雄叫びと共に、深く踏み込み斬りかかるが──
「おめーもだよデクの坊。飛天御剣流──」
天井近くまで飛翔し斬撃を躱しつつ、刀の柄を頭上目掛け振り下ろし、
「"龍槌翔閃"」
返す刀で顎を打ち抜き、その巨体を後方へと退かせる。
「ルオオオオオオッ!?」
「あ、阿含君!?」
「阿含さん、どうしてここに……」
ケンイチ達のリアクションに触れることなく、阿含は2人を守るようゴルベの前に割って入り、刀の切っ先を突きつける。
「お前……"鍔鳴り"の弟子じゃねえか。今のは斬撃の衝撃を飛ばしたのか?
この前は俺にヘコヘコしてた弟子クラスだったくせに、タメ口で盾突くたぁ良いご身分になったもんだな」
「いつの話してんだ。オレの成長速度はおめーとはモノが違うんだよ。一生特A級達人に届かねえ、底辺達人止まりのゴルベさんよ」
「んだとぉー!?」
口論で鮮やかに切り替えされ、見る見る内に顔を朱に染めるゴルベ。
怒りのままに斬りかかりたい気持ちを抑え、戦力分析に勤しんでいた。
(クソガキめ……だがペングルサンカンから、あっさり初手を奪いやがったあの動きは、ハッタリじゃねえ。
達人級ではないにしろ、妙手の上位レベルはあってもおかしくねえ。油断しない方が良さそうだな)
「ケンイチ、美羽。増援は引き受けてやっから、YOMIとのケリをさっさとつけちまえ」
再会の余韻も挨拶も無しに、ゴルベとペングルサンカンに立ち向かう。
そんな阿含の背に、ケンイチ達が慌てて静止の声を掛ける。
「ちょっ……阿含君一人でその蛮刀使いと、仮面の大男を相手にするつもりか!?」
「いくら阿含さんでも、それは無謀ですわ……!」
達人級と上位の妙手。
その二人を同時に相手取る。
暴挙に出ようとしているのだと察し、ケンイチ達が堪らず制止する。
「オレのことは気にすんな。お前達の援護はするが、オレは活人拳でも味方でもねえ」
だが顔を向けることなく、背中越しに返された言葉はひどくそっけないものだった。
まるで、ケンイチ達との間に意図的に壁を作るように。
活人拳、闇連合、そして金剛阿含。
三つの勢力がここに揃い、この物語は最後のステージへ──
肌感で妙手2人≧達人はちょっとパワーバランスどうなのかなと思ってましたが
本編でとうとう妙手2人が達人を倒したので感覚間違って無くてよかったです