「あとさ、勝手に1対2にすんなよ。狂戦士の相手は、やっぱ
ペングルサンカンが態勢を立て直し、再び唸り阿含へと斬りかかる。
そんな構図すら予想していた阿含のつぶやきを、体現するかの様。
その後方、頭上より音もなく現れた影が、巨漢の後頭部へと強烈な一撃を浴びせこむ。
「"バーサクモード" 発動」
「グルオオオッ!?」
影が巨体を蹴り飛ばし、着地する。
阿含を上回る引き締まった良質な鋼の肉体に、掴みどころのない表情。
しかし瞳の奥底には野生と狂気を孕む、鋭い眼光が宿る。
鍛冶摩や龍斗に劣らぬ、カリスマ性のオーラを放つ男の姿が露わになる。
「バーサーカーさん!?」
「拳聖殿の弟子か……」
元ラグナレク第二拳豪にして、緒方に弟子入りした吉川将吾。
更なる乱入者にゴルベが露骨に眉をひそめる。
だが、バーサーカーが達人級ではないと即座に見抜くやいなや、不敵に一笑した。
「なんだぁ? YOMIのガキが楯突く気か!? 無手組ってのはどいつもこいつも自分勝手で躾がなってねえな」
ゴルベの挑発を気にも留めず、バーサーカーはケンイチ達を一瞥する。
「阿含には借りがある。それを今日返すだけだ」
基本的に相手を苗字ないしフルネームで呼ぶバーサーカーが、下の名で阿含を呼ぶ。
明らかに2人の関係値が進んでいる事を示唆しつつ、再度立ち上がったペングルサンカンへと踊りかかる。
「オロロロロ!」
「ガアアアッ!」
一太刀でも浴びれば無事では済まない大太刀の斬撃。
バーサーカーは決まったフォームの無い、無型の動きで立ち回りそれを躱し続ける。
「ほぉ……ペングルサンカンの太刀筋を見切るか。悪くねぇ反射神経だが、動きが荒いな。まだ妙手に成り立てといったところか」
物見遊山で見守るゴルベの評価は、遠からず当たっている。
ラグナレク解散後、緒方に弟子入りしつつも、秘密裏に阿含のスパーリング相手を務め続け、見事妙手へと成り上がった。
その成長した動体視力と反応、避け勘を頼りに躱せてはいる。
だが妙手級という水準でシビアに判定した場合、最適な身体捌きとは言い難い。
「ぐっ……!」
その隙を突くよう、バーサーカーの脇腹や肩を斬撃が切り裂いていく。
大太刀とは逆の手に持つ、小回りの効くダガーが細々と負傷を積み重ねていった。
「ああっ……武器のリーチ差が影響してますわ!」
「相手の男もただ者じゃない! でもバーサーカーさんは……」
一見バーサーカーの劣勢に見える局面。
だがそれを見守るケンイチには、その劣勢を巻き返す予期があった。
「コォォォォ!」
かつてラグナレクと連合が激突した際、阿含とバーサーカーが繰り広げた一騎打ち。
PPVのアーカイブから何度もそのベストバウトを見返していたケンイチは、負傷こそがバーサーカーが覚醒するキーだと知っているからだ。
「 "バーサクモード セカン ベルセルク・タスク"」
開放された強力な動の気と脳内麻薬を体内で融合し、新たな気を創り出す。
かつて弟子クラスだった時代の阿含が最も苦戦を強いられた、極限集中状態が動の極地であるバーサーカーに静の力を授け給える。
「……これで暴れ馬だったオレの気が、ミクロ単位で制御できるようになった。
今なら制空圏を薄皮一枚まで絞り込める」
「ゴニョ……ゴニョ……?」
ペングルサンカンを徐々に困惑が蝕みつつあった。
それまで的確にバーサーカーの身体を捉えていた短刀が、急遽空を切る。
それはケンイチの流水制空圏 第一段階を再現したかの様。
野生と理性を融合させた最小限の動きで、攻撃を躱しペングルサンカンの領地を占有していく。
「あの方、私と同じ動のタイプですのに、ああも精密に静の武術家みたいな気のコントロールをしてますわ……」
だが、今々時点でこの場にいる者はバーサーカーの真価を未だ測りかねている。
龍斗,阿含から天賦と認められたその素質は、この程度の枠に収まらない。
「"ニュートライズ・ブロー"」
一撃、二撃と浅くはあるが徐々にバーサーカーの拳が、ペングルサンカンの身体を捉えていく。
強固なペングルサンカンの肉体に、ダメージはほぼ見られない。
だが、バーサーカーの目的は別にあった。
妙手に登り詰めたケンイチ達が警戒する程の、ペングルサンカンの動の気。
その強大な気から、狂気が削ぎ落とされていく。
「ゴオオオッッ!?」
「まさかこのガキ……ペングルサンカンの気から"動"の力だけを奪って、無の気にしようとしてやがるのか!?」
修行に失敗することで、リミッターの制御が効かなくなり、気の掌握を修められず達人に至れなくなる。
それが動の武術家における最大の難点だ。
だが、既にリミッターが壊れてしまった妙手を、使い捨て上等の鉄砲玉として扱えば、敵からすれば厄介な兵器となる。
そんな使われ方をしていたペングルサンカンに対し、バーサーカーは阿含も、達人ですらも辿り着いていない新たな気の運用術を試みた。
(動の力そのものに、この男の狂気が絡みついてやがる。だったら、狂気だけを力から分離してやる)
それはバーサーカーすら意図していなかった、ただの偶然。
狂気を削ぐだけでなく、ペングルサンカンの精神にある副作用を与えていた。
──そうら。次は開放した強力な動の気を更に高めつつ、制御する特訓だわいのう。
この試練に耐え、達人に登り詰めよ、ペングルサンカン。
もっと強く。
もっと激しく。
──キサマの才能は我が認めるわいの。
甘さを捨てればキサマは達人になれる。
我が命じた相手は、子供一人残らず全て切り捨てるのだ。
敵は殺す。
目の前の相手を殲滅しろ。
──むぅ……我としたことが、少々意気込んで修行ペースを追い込みすぎたわいのう。
あと一歩で達人になれたものを……じゃが、まだ利用価値はある。こやつを幽閉しておくのだ!
殺意と怒りだけが燃え盛る。
それ以外は何処かに消失してしまった。
胸の奥に渦巻いていた殺戮マシーンとしての感情が、今嘘のように静まり返っていく。
「私は……何を……」
そこで初めて、周囲が目に入った。
武術家と思わしき者達が、固唾を飲んで見守っている。
薄暗い室内は荒れ果て、壁と床が砕けている。
短刀は血に濡れていた。
全身を蝕んでいた気から、禍々しさが跡形もなく雲散している。
そして、目の前に立つ傷だらけの獅子の様な少年。
「……そうか」
全て思い出した。
武器組の小組織から無手組の邪神へ売り飛ばされ、壮絶な修行を潜り抜けた。
そして最後に気の掌握を修める。
その最終工程直前。
才能溢れる自身の資質に奢り、ほんの一瞬、少しだけ気の制御を弛んでしまった。
赤黒い殺意に意識を乗っ取られ、気付いた時には子供の亡骸が眼前に転がっていた。
世話係として献身的に働いていた、従者の少女。
給金と邪神から福利で与えられた果物の一部を、毎月家族に仕送っている。
そんな、他愛もない雑談をした憶えがある。
あの日から心が決壊し、それから十数年ずっと地獄の中にいた。
そして今、その地獄から目の前の少年が救い出してくれたのだろう。
「
既に戦意を喪失し、剣持つ腕をダランと弛緩させた無防備な身体に、中段突きが突き刺さる。
雄々しくも美しく、洗練された動の気を纏う拳だった。
「見事……だ。感謝……する」
自身を制御できなくなった間も、数えないくらいの命を斬り捨てた。
それでも人として生きろ、と言われた気がした。
狂戦士は最後に人として、かつての己に少し似ている少年に謝辞を送る。
そしてその場に崩れ落ちた。
バーサーカーの突きが鳩尾に吸い込まれ、ペングルサンカンの巨体が音を立て床に倒れ、埃を派手に舞い散らせる。
実力で格下の者が格上の相手に勝利した。
ここにいる武術家達は、この勝負がそれだけに留まらない内容であったと気付いている。
「え……ちょっと待って、バーサーカーさんもしかして、他人の気のリミッターを外から掛け直したの!?」
「リミッターが外れ、達人への道が絶たれた動の気の武術家は少なくないと聞きます。
バーサーカーさんがいれば、手遅れと言われた彼らも、元に戻せるかもしれませんわ……!」
「クカカ……俺の前でまた一つ武が進歩した。たまらないな。これだから武術は素晴らしい」
眼の前でとんでもない事をやってのけられた。
無手組の者達が次々に高揚する中、唯一の達人が忌々しそうに舌打ちする。
「チッ……何が狂戦士だ、まるで役に立たねえ。所詮無手組なんぞママゴトってわけか」
「あのなオッサン、状況わかってんのかよ。YOMIに手出すなって言ったのお前だろ。今1対4だぜ?」
耳の穴をほじりながらの阿含の言葉に、ゴルベが「は」と周囲を見渡す。
ケンイチ、美羽、そしてバーサーカーにいつの間にやら四方を包囲されている。
3人が負傷していることを加味しても、妙手4人がかりは厄介だ。
初めて動揺を浮かべるゴルベを嘲笑う様、阿含は一人距離を詰め死地一歩手前の間合いまでやってくる。
「そうビビんなって。オレがタイマンで相手してやるから。
現時点でのおめーの実力は認めてやるよ。だからこそ、格下のオレに負けたら、どう転んでも言い訳できねえってわけだよな」
達人が格下にケンカを仕掛け、返り討ちにされる。
そんな事実が流布されれば、武の世界で信用はあっという間に地に落ちるだろう。
「バカが……仲間と戦えば良かったと、あの世で後悔しとけ!」
侮っていた相手から、脅しまがいの心理戦を仕掛けられた。
ゴルベはプライドを傷つけられた怒りに身を任せ、達人の脚力で踏み込み一瞬で距離を潰す。
そのまま開戦の狼煙を上げるよう、無慈悲の斬撃を不敵にニヤつく阿含の脳天目掛け、振り下ろした。
見守るケンイチを、言いようの無い不安が付き纏う。
この勝負、敗者はもとより勝者も大事なものを手放す、そんな死闘になるのではないか──
書き溜めが大分減ってきましたが、9月前半はなんとか定期連載できそうです