耳障りな鋭い金属音。
続いて破壊音が、闇夜の広間を切り裂く。
達人級の斬撃は、常人の骨肉をバターの様に容易く両断する。
そんなゴルベの初撃は、阿含が際どいタイミングで横から添えた刀に受け流され、床を叩き割り粉砕した。
「あ、あの初太刀を捌いた!」
手を抜いていない達人の一撃に、阿含が初見で対応した。
苦戦を覚悟していたケンイチが思わず安堵しかけるが、ゴルベは気にすること無くニヤついたまま蛮刀を切り返す。
「わざと防ぎやすくしてやったんだぞ。そら、これでどうだ?」
「──ッッ!」
喉元迫る右切上げを躱し──
「その体術で同格以下にさぞイキり散らかしたんだろうなぁ。
だが達人の俺相手にゃ物足りねえわな」
横一文字、袈裟切りと続く追撃の連撃が容赦なく阿含を襲う。
約1分程。
両者の剣が幾度と交差し、鍔迫り合いが火花を散らす。
間合いを測るように、阿含が後方へ弾け飛び距離を取った。
避け切れず生まれた浅い創傷が身体には既に幾つも刻まれ、額からは汗が滲んでいる。
五分には遠く、なんとか阿含が凌いでいるといったところか。
「やっぱ達人だけあって倒し甲斐があるねぇ、オッサン」
「……ふん」
小童の軽口にゴルベが息を漏らす。
それは感嘆と忌々しさが同居した複雑なものだった。
(このクソガキ……剣を握って本当に半年ちょいかよ。この領域に達するのに、俺が何年修行したと思ってやがんだ)
春前、武術界に"100年に一人の天才"の噂が流れた。
その時はたかが弟子クラス一人に何を舞い上がっているのか、と内心冷笑していた。
だが実際に対峙したことで、ゴルベはその規格外の才能を思い知らされる。
(……この小僧、近い将来達人に上り詰めるだろう。だが今ならまだ俺の剣技が上! それでも焦りは禁物だ)
殺すなら今しかない。
だがそれに躍起になって、隙を生んでは本末転倒だ。
阿含の防御性能こそ見事だが、それでも全体的な能力は達人の水準に届いていない。
ならば、率先して阿含を殺そうとせず、攻めさせカウンターを狙う方が堅実か、とゴルベが狙いを切り替え様子を伺う。
阿含もそれを察した上で、あえてその意図に乗り攻勢に打って出る。
「秘剣 "
水平に振りかぶった刀を振り抜くと、刀身から不可視の真空波が一直線に走る。
顔面目掛けたカマイタチを、ゴルベは達人の眼力と反射で難なく横っ飛びに躱す。
「さっきの飛ぶ斬撃と同じ……いや、刀を高速で振るい真空の刃を飛ばしたか。
器用な奴だが、距離が離れすぎて余裕で見切れるな」
「"八門遁甲 開門"+"瞬歩"+"牙突壱式"」
その隙とも言えない隙を突き、阿含が全身と足裏に気を充足させつつも腰を落とし、右手を剣峰に添えながら突貫する。
相手の視覚からちょうど真正面に進む移動術も相まって、距離感を狂わせる高速の突進であったが──
「おっと、悪くねえ平刺突だ。妙手以下なら避け切れなかったかもな」
これも闘牛士のごとくひらりと躱され、惜しくも空を切ってしまう。
だが阿含もそれを見越し、既にフリーとなった右拳を横に振るっていた。
「"風の拳"」
間髪入れず空気弾を打ち込む。
さすがにそれはゴルベの虚を突いたものだったが、達人の反応速度により剣のガードで弾かれる。
「ほぉ……剣技と体術の併用かよ。一発もらいそうになったが、それも憶えたぞ」
基礎技術だけで優位に立てるゴルベに対し、阿含は初見殺しの技や未知の攻撃パターンを繰り出し、どうにか対抗している。
斬り結べば結ぶ程、動きと剣筋を見切られ不利になっていく。
(なんかひっかかるぞ。相手の男は達人だ。阿含くんも手を抜いてるわけじゃない。
それでもDオブDで共闘した時の様な、不退転の気迫が感じられない。
それにバスタードソード使いに有効だった、神速の攻撃も使う気配がない。
まるでこの後の連戦を想定して、余力を温存しているような……。一体何を狙っているんだ?)
この場でケンイチの疑問に辿り着いている者は、ただ一人。
先ほどペングルサンカンを下したばかりで、高揚冷めやらぬバーサーカーが小さくつぶやいた。
「欲張りだねえ……」
天賦同士で何かが通じ合うものがあったのか、阿含の双眸に宿る意思を見抜き忍び笑っていた。
「バーサーカーさん……何かわかったんですか?」
「具体的な方法まではわからねえが、阿含の勝ち筋はなんとなく思い当たる。この勝負の要点はパワーでもスピードでもねえ。射程と間合いだ。ほらよ」
バーサーカーから手渡されたチューインガムを噛みながら、ケンイチは今一度阿含の動きと狙いを注視しながら、見守る。
その視界の先で、ゴルベの蛮刀が更に阿含をジワジワと削り取っていた。
「ククク……ジリ貧だなぁ」
阿含は持ち前の反射神経とセンスで、動脈や眼球、首筋といった急所への攻撃は的確に反応してみせる。
だがそれに注力する余り、その他の末端部位に対するガードを犠牲にしている。
ならばまずは
ゴルベの狙いは単純ながら、効果的に機能していた。
「秘剣 "
「またバカの一つ覚えの飛び道具か……うおっ!?」
先程は顔面を狙った真空の刃が、今度は眼前でホップする。
軌道を見誤り、回避しそこねたゴルベの右側頭部から髪が離れ、ハラリと床に散らばった。
「このガキ……俺様のドレッドを!」
「余裕こいてギリギリで躱してるからそうなんだよ。依然おめーはノーダメなんだし、気にすんなって」
なおも挑発を繰り返す阿含に憤りかけ、ゴルベは辛うじて踏みとどまる。
怒らせて冷静さを奪い、精密な距離感を狂わせようとしている。
その狙いがあからさまな以上、これまで通り堅実に戦うだけでいい。
阿含が自身の急所を庇いながら戦っている以上、技量で優位なゴルベを攻め崩すことは無理なのだから。
(俺の動きに対する奴の剣の呼吸、技の速さも読めてきた。そろそろ仕留めるか)
僅か、ゴルベのつま先に力が入り重心が前に向く。
阿含もそれに合わせるように、あからさま上半身を前に傾けた。
お互いが
それを察したその場の武人達が息を呑み見守る中──
「"八門遁甲 休門"+"瞬歩"」
阿含が果敢に最短距離を疾走し、自ら間合いを詰める。
本日最高速のダッシュは、ゴルベの動体視力に捕捉され蛮刀の腹が斬撃を食い止める。
一歩引いた阿含が刀を切り返し、右横一文字切りを放つ。
とりとめて何の変哲もない、ただの一撃。
それも容易く受け止められる──そのはずだった。
「気の運用 第二階層 "Utoposへの接続"
阿含の体表を纏う気が、皮膚から剣へ。
その超常現象に皆が気付いた時には、気は手に持つ剣と強い
「"旋空弧月"」
(なっ……気を刀に纏わせ刃のリーチを伸ばした!? なんてガキだ……だが!)
自身の気を物質へ癒着し、伝達させる。
妙手がその離れ技をやってのけたこと、それ自体は驚愕すべきものだ。
しかし斬撃の速度そのものは、先ほどまでと変わらない。
つまり、達人の反応が十分間に合ってしまう。
伸びる斬撃に対し、反射的にゴルベが阿含の顔面へ蛮刀を抜き放つ。
達人の速度差も相まって、それは皮肉にも美しいクロスカウンターとなりて襲いかかった。
(タイミングが際どいですわ……! おそらく両者の攻撃は同時に当たる! でも……)
(まじいな。蛮刀野郎の胴に命中するはずが、奴の反応が間に合ったことで腕に阻まれちまった)
(ダメだ……蛮刀使いの手と阿含君の顔じゃ、相打ちでも釣り合わない!)
その場の誰もが、阿含が攻撃を取りやめると思った。
だが──
ザクリ。
小気味良さと不快さが入り混じった、独特なサウンドエフェクトが室内に木霊する。
人体を切り裂いた時に生まれる、あの音だ。
阿含の伸びる斬撃が、ゴルベの左手首に突き刺さった。
しかしこの攻撃は相打ちとなるはずだ。だから、
「キャアッ!」
「あ、阿含君!?」
美羽とケンイチが手で口を覆い悲鳴をあげる。
その視界の先で、阿含の眉骨から下顎にかけて蛮刀が鮮やかに、そして無慈悲に切り裂いていた。
左顔面は盛大な血しぶきを宙に舞い上げる。
「ぐおあっ……!」
(まさかこの小僧……俺の手に一撃与える、それだけのために左目を捨てやがった!?
バカかこいつ……今日俺にどうしても勝つ必要はお前にねえだろ。
勝ち目がねえなら、適当なところで逃げりゃいいだろうが。何故そうまでして……!?)
左手に走る、痺れる様な痛み。
全員の予想と思考をブチ抜いた鬼手への動揺。
それらは取り返しのつかない、致命的な隙となりて阿含に勝機をもたらす。
「刀がまともに振るえなきゃ、捌くこともできねえよな」
腹筋,胸筋,背筋,両腕──上半身のバネが素晴らしい機能美の下、最効率で連動する。
瞬時に極限まで振りかぶった刀が、零距離からゴルベ目掛け突き刺さり──
「ギャアアアッ!」
その巨体は、遥か後方の壁まで吹き飛びそのまま昏倒する。
斬撃というより、むしろ砲撃と言って良いその破壊力は、強大な気血に守られた左肩に大穴を空けていた。
戦闘不能──それどころか、再起すら怪しいレベルだろう。
一方、それを右目一つで見下ろす勝者からは、今も血が滴り落ちている。
今まさに決め手となった技名を高らかに口上し、その場の武人全てを畏怖、圧倒させる勝鬨を上げた。
「"牙突零式"」
その左顔に、一見取り返しのつかない致命的な傷を刻み──
それすらも後への伏線として用意したかのよう、不敵に笑い立ち尽くした。
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